2. 波乱と退屈
夏美は一瞬ためらった。あまりに唐突で、どう反応していいかわからず、脳がフリーズする。
「あの、私……」
やっと声を出せた夏美を、その女性の遠慮のない声が遮っていた。
「いーじゃん。つまんなそうな顔してるし、今日は飲んで忘れよ。ほら、これ」
その女性は、焼酎パックを掲げて笑った。爪のマニキュアは剥げかけていた。決して身なりが良いとは言えない。
しかし、その笑顔は太陽のように眩しく光っていた。
夏美は自分の体に目をやった、当たり障りのないスーツ姿とローパンプスは、ステレオタイプのOL姿。すれ違っても、誰の印象にも残らない特徴の無い自分。
顔だって別に目立つわけじゃない。ナチュラルメイクに黒髪のミディアム。無難なヘアスタイル。
夏美は、普段なら絶対しないであろう行動をとった。
少し座る位置をずらし、この女性のために、隣を空けたのだった。
夏美の目の前に、見たことのない「自由」の扉を提示したように感じられた。
夜風が少しだけ熱を冷ます。
その女性は夏美の隣にドカッと座ると、紙パックの焼酎をぐーっと飲みだした。
「夜になってもまだまだ暑いねー、あ、私冬香って言うの、春夏秋冬の冬に、香りね」
夏美は、自分も名乗ろうか躊躇した。
「あ、あの私は……」
「あ、いーのよ、無理しなくて。こんな初対面の人に個人情報教えたくないもんね、だから、おねーさんって呼ぶね」
夏美はなにも言えず、頷いただけだった。
「おねーさんが、つまんなそうに公園のベンチで飲んでたからさ。ほら物騒じゃん?私もちょうど飲みたい気分だったし、ね?」
冬香は、弾けるような笑顔で言ってきた。
ーーいいな、この人は。きっとつまらない悩みなんてなくて、人生楽しいんだろうな。
「私さ、今日、日本に帰ってきたとこ。だから帰国のお祝いをしたくてさ。おねーさんがここにいてくれてラッキーだったってわけ。だって一人で祝杯なんてありえないでしょ?」
冬香は軽く自分の持っていた焼酎パックを掲げてみせた。
夏美はつい笑ってしまった。
「焼酎で祝杯って、ちょっと合わないですね?」
冬香は、意外なことを言われた様に、焼酎パックのパッケージを眺めた。
「そお?だって安かったし。度数も二十五。ビールよりコスパ良いじゃん」
思わず、夏美は吹き出していた。
「あれ? おかしかった?」
「だって、祝杯にコスパって……」
冬香もつられて笑い出す。
「冬香さん、どこか海外に行ってたんですか?」
「そ、十八ぐらいの時からね。もう十年ぐらいになるかな? あれ? そんなに経ってないか……今二十七だから……」
「冬香さん、二十七歳なんですね! 私も同じ!」
「そうなんだ! じゃ同級生ってことだね!」
ーーそれにしても……。十八歳で海外なんて!
年齢よりもそっちの方に夏美は驚いた。夏美が大学に入学したころ、もうこの人は海外に行っていたんだ。
ーー私なんて、新婚旅行でハワイに行ったぐらいなのに……。
「十八歳から海外って、留学とかですか?」
「ぜーんぜん、そんなんじゃないよ。だいたい私高校もまともに行ってないから」
「え?」
「日本から逃げ出したのさ。身一つでね」
夏美は、この金髪で輝いている、弾けるような笑顔の女性の人生に興味を持った。
ーーどんな人生をおくってきたのだろう?
夏美が夢見た波乱に満ちた人生を想像した。
だが、冬香の送ってきた人生は夏美の想像を超えた波乱に満ちていた。
<つづく>




