↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Herobrave's Hope -英雄たちが遺した希望-  作者: かげ2500
第1章 『プロローグ』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/18

第8話 復讐

 森の中を抜ける街道。

 その両脇に立ち並ぶ木々の陰へ、アリィとシリアン、そしてガイルは身を潜めていた。


 エリスもまた、彼らとともにいた。

 本当なら、街で待っているべきだったのかもしれない。


 これから何が起こるのか、エリスには分かっている。

 分かっているからこそ、ここにいるべきではないとも思っていた。


 それでも、彼女はついてきた。

 ガイルを止められるのは、もはや自分しかいない。


 そんな思いだけが、エリスをこの場所まで連れてきた。


 アリィはガイルに協力することを決めていた。シリアンも、昨夜まで見せていた迷いを捨ててしまったかのように、今では復讐を受け入れている。


 リアンとエテルネル、そしてアマンダがエリスの言葉に耳を傾けるとは思えなかった。


 誰も、ガイルを止めようとはしない。ならば、自分が止めるしかない。

 そう思っているのに――エリスの胸の奥には、最初から答えなど存在していなかった。


 街道の先へ目を向ける。

 そこには、巨大な魔獣の死骸が横たわっていた。


 ガイルたちがここへ来る途中で遭遇した魔獣だった。全身を切り裂かれ、骨を砕かれ、皮膚を引き裂かれたその姿は、もはや生き物の面影をほとんど残していない。


 血と腐臭が混じった生温い風が、森の中を漂っていた。

 死骸は街道を塞ぐように放置されている。まるで、誰かをここへ誘い込むための標識のように。


 それを見つめているだけで、エリスの胃の奥が激しく締めつけられた。

 喉の奥に酸っぱいものが込み上げる。また吐いてしまいそうだった。


「エリス。やっぱり街で待ってればよかったんじゃない?」


 隣にしゃがみ込んでいたアリィが、声を潜めながら言った。

 いつもと変わらない、明るく軽い口調。けれど、その瞳の奥には、エリスを気遣う色がわずかに浮かんでいた。


 エリスは答えず、ただ小さく首を横に振った。

 帰るつもりはなかった。帰ることなど、できなかった。


「そう……」


 アリィはそれ以上、何も言わなかった。

 その代わり、エリスの背中へそっと手を添える。


 その温もりに縋りつきたいと思った。

 けれど、今のアリィは、エリスが知っているアリィとはどこか違っていた。


 昨夜、扉の向こうで聞いた声が耳の奥に蘇る。


 ――私も。ガイル様を傷つけた奴らは許せないよ。


 あの言葉を口にしたのも、目の前にいるアリィだった。

 エリスは、彼女の手から逃れるように、わずかに身を引いた。


 その様子を見ていたシリアンが、ふっと笑った。


「ふふ……エリスさんも、見届けたいのですよ」


 シリアンは腰に差した剣を抜き、刃に付着したわずかな汚れを布で拭っていた。

 何度も、何度も。すでに十分磨かれているはずなのに、彼女は手を止めようとしない。


「これから起きる……“喜劇”を」


 半ば冗談めかした声だった。

 しかし、その笑みはどこか歪んでいた。


 以前のシリアンは、冷静で、知的で、何事にも慎重な女性だった。

 誰かが感情に流されれば、必ずそれを諫める。

 危険があれば、誰よりも先に退路を考える。


 そんな彼女が、今は復讐の時を待ち望むように、剣を磨き続けている。

 その姿は、まるで何かに取り憑かれているようだった。


 エリスは、シリアンの横顔から目を逸らした。


 怖かった。ガイルも、アリィも、シリアンも。

 みんな、少しずつ何かを失っているように見えた。


「お前ら、少し黙れ」


 それまで一言も発さず、街道の先を見つめていたガイルが、低い声で言った。

 その視線は、魔獣の死骸の向こう側へと向けられている。


「そろそろ、レインたちがここを通る頃だ」


 その言葉を合図に、森の中から音が消えた。

 アリィも、シリアンも、息を殺す。

 エリスも口を閉ざし、震える手を胸元で握りしめた。


 ガイルは微動だにしなかった。

 ただ、ひたすらに一点を見つめている。


 その横顔には、怒りも憎しみも浮かんでいない。

 感情そのものが、すでに凍りついてしまったかのようだった。


 やがて――遠くから、車輪の軋む音が聞こえてきた。

 森の静寂を踏み荒らすように、規則正しい音が近づいてくる。


 馬の蹄が地面を打ち、湿った土を跳ね上げる。

 小さな馬車が、街道の向こうから姿を現した。

 荷台を覆う布は泥で汚れ、車輪には旅の疲れが滲んでいる。


 その馬車は、何も知らずにこちらへ向かってくる。

 そして、街道を塞ぐ魔獣の死骸を目にしたところで、ゆっくりと停止した。


「……何だ、あれは?」


 荷台から、最初に一人の男が降りた。

 銀色の髪。整った顔立ち。腰には剣を帯びている。


 その姿を見た瞬間、エリスの胸が強く締めつけられた。


 レイン――ガイルが憎み、殺すと決めた男。

 その後ろから、三人の女性が続いて降りてくる。


 一人は杖を手にした魔法使いらしき女性。

 一人は聖女を思わせる白い衣装を纏った女性。

 そしてもう一人は、弓を背負った凛とした風貌の女性だった。


 ガイルが語っていた特徴と、寸分違わない。

 彼らは周囲を見回しながら、街道に横たわる魔獣の死骸へ近づいていった。


「これ……酷い……」


 杖を持った女性が、顔をしかめる。


「こんな大きな魔獣を……一体、誰が?」


 聖女のような女性も、死骸を見下ろしながら声を震わせた。


「これって、まさか……全部ガイルがやったってこと?」


 その言葉に、レインの表情がわずかに険しくなる。

 彼は周囲へ視線を走らせた。


 森の奥。木々の間。街道の両脇。

 何かを探すように、慎重に目を動かしている。


 だが、ガイルたちの潜伏に気づいた様子はなかった。

 少なくとも、そう見えた。


 ガイルは静かに息を吸った。

 その口元に、薄い笑みが浮かぶ。


「来たか……!」


 小さな呟きだった。

 次の瞬間。


「今だ!」


 ガイルが叫んだ。

 同時に、街道の脇に停められていた馬車が、見えない何かに押し潰された。


 轟音が森を揺らす。

 木材が砕け、車輪がひしゃげ、荷台を覆っていた布が引き裂かれる。

 馬車は一瞬にして形を失い、無数の木片と肉塊のような残骸へと変わった。


 馬が嘶き、レインたちが咄嗟に飛び退く。


「な、何……今の!?」


「敵はどこだ……!」


「見えない……? どこから攻撃しているの!?」


 四人は背中合わせになり、周囲を警戒した。

 杖を持った魔法使いが杖を掲げ、弓を持つ女性が矢をつがえる。

 聖女のような女性は、仲間たちの背後へ回り込むように身を動かした。


 レインだけが、何かを察したように森の奥を睨みつけている。


 そのとき、ガイルが立ち上がった。

 右手には、あの盾が握られていた。


「ここら一帯を――“開く”!!」


 叫びとともに、ガイルは盾を頭上へ掲げた。

 瞬間――盾が、黄金の光を放った。

 目を開けていられないほどの眩い輝きが、森の中を一気に駆け抜けていく。


 次いで、地面が震えた。

 木々が軋み、枝葉が大きく揺れる。

 まるで大地そのものが、何か巨大な力に押し潰されているかのようだった。


 森を構成していた木々が、次々と地面へ倒れ伏していく。

 幹が折れ、根が引き抜かれ、枝が砕ける。それは伐採などという生易しいものではなかった。

 木々は押し潰され、薙ぎ倒され、街道の周囲から一掃されていく。


 視界が開けた。

 森の天井に覆われていた空が、むき出しになる。


 いつの間にか、雨は止んでいた。

 雲の切れ間から差し込んだ太陽の光が、荒れ果てた街道と、押し潰された木々を照らし出す。


 黄金の光を纏う盾。

 その異様な威力を目の当たりにして、エリスは息を呑んだ。


 これが――ガイルが拾ったという『神器』。

 世界の理から外れたような力。人の手で扱えるものとは思えない、圧倒的な破壊の力。

 それを、ガイルはまるで己の腕の一部であるかのように振るっていた。


「行くぞ」


 ガイルは短く言った。

 そして、開けた街道へと降り立つ。


 アリィがその後に続き、シリアンも剣を手に歩き出した。

 エリスは一瞬だけ足を止めた。


 逃げるなら、今しかない。そう思った。

 けれど、次の瞬間には、震える足を動かしていた。


 ガイルを止めなければならない。

 そうでなければ、また誰かが死ぬ。


 エリスは彼らの後を追い、街道へと降り立った。


「ガイル……!」


 聖女のような女性が、震える声で彼の名を呼んだ。

 その顔から、血の気が引いていく。


 魔法使いの女性は、ガイルの姿を見た途端、口元を歪めた。


「よくあそこから生きて出られたわね」


 彼女は杖を構えながら、鼻で笑う。


「無能なあんたが」


 その言葉を聞いた瞬間、ガイルの表情が変わった。

 凍りついていた顔に、初めて明確な感情が浮かぶ。


 怒り。憎悪。

 そして、長い年月をかけて胸の奥へ押し込めていた、癒えることのない傷。


「生き延びたさ……」


 ガイルは、ゆっくりと盾を構え直した。


「お前たちの裏切りを、胸に抱えながらな!」


 その声が、森の跡地に響き渡る。

 怒鳴り声ではなかった。


 それでも、聞く者の胸を抉るような重さがあった。


「ようやく、お前らに復讐ができる!」


 ガイルの目が、鋭く細められる。


「俺に味わわせた苦痛を……今度はお前らに思い知らせてやる!」


 魔法使いの女性は、肩を竦めた。


「ぷっ……無能のあんたが復讐?」


 杖の先端に、淡い魔力の光が集まり始める。


「そんなお笑い劇場、私たちには似合わないんだけど」


 挑発するような笑み。侮蔑に満ちた瞳。

 それを向けられても、ガイルはすぐには反応しなかった。


 ただ、静かに盾を掲げる。

 黄金の光が、盾の表面をゆっくりと走った。


「お前たちを許すつもりはない」


 その声は、驚くほど静かだった。


「今度こそ――お前らのすべてを潰してやる」


 レインが一歩前へ出た。


 銀色の髪が、風に揺れる。彼は剣を抜き、構え直した。

 その顔には、警戒と困惑、そしてわずかな痛みが浮かんでいる。


「ガイル……本当に、それでいいのか?」


 レインの問いに、ガイルは答えない。


「こんなことをして……お前に何が残る?」


 レインの声が、静かに響いた。

 その言葉を聞いたガイルの瞳から、温度が消えた。


「お前らを地に伏せることでしか――」


 ガイルは盾を握る手に力を込める。


「俺の心は救われない」


 冷たい風が、荒れ果てた街道を吹き抜けた。

 血の臭いと、砕けた木々の臭いが混じり合い、エリスの鼻腔を刺す。


 誰も、動かなかった。誰も、言葉を発しなかった。

 ただ、互いの殺意だけが、張り詰めた空気の中でぶつかり合っていた。


 そして――戦いが始まる。

 長い間、胸の奥に閉じ込められていた憎しみと、かつて仲間だった者たちの因縁に、決着をつけるための戦いが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。