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Herobrave's Hope -英雄たちが遺した希望-  作者: かげ2500
第1章 『プロローグ』

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第4話 急変

 依頼を終えたガイルたちは、オノクスの街へ戻ってきていた。


 今回の依頼は、街から少し離れた森に生息する小型魔獣の討伐だった。

 魔獣そのものは決して強くなかった。エリスが初めて戦った相手としても、危険度は低い部類に入る。


 しかし、その魔獣はノワラ王国から遠く離れた国にしか生息していない、珍しい種類だった。

 その皮や爪、牙には特殊な性質があり、加工品の素材として高い価値を持っていた。


 討伐した魔獣を冒険者ギルドへ持ち込むと、査定を担当した職員は驚いたように目を見開いた。

 そして、予想していたよりもはるかに高い報酬が支払われたのである。


「いやぁ、まさかあんなに高く売れるとはねぇ!」


 アリィが嬉しそうに笑いながら、酒場のテーブルをばんばんと叩いた。


「エリス様々ってことだね!」


「えっ、わ、私?」


 突然話を振られたエリスは、驚いたように目を瞬かせる。


「そうだよ。今回の魔獣を見つけたのはエリスなんだから」


 シリアンが眼鏡の位置を指先で直しながら、穏やかに微笑んだ。


「見つけたというより、たまたま見つけただけだけど……」


「それでも、見つけたのはエリスだろ?」


 向かいに座っていたガイルが、楽しそうに口を挟んだ。


「それに、最後に仕留めたのもエリスじゃないか」


「うん……」


 エリスは頷きながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。


 今日、エリスは初めて魔獣を討伐した。

 もちろん、ガイルたちの助けがあった。


 魔獣の動きを封じ、逃げ道を塞ぎ、エリスが安全に魔法を使えるように支えてくれたのだ。

 それでも、最後に魔法を放ったのは自分だった。


 自分の力で魔獣を倒した。

 その事実が、エリスには何よりも嬉しかった。


「じゃあ今日は、エリスの冒険者一歩目を祝って――」


 アリィが勢いよくジョッキを掲げる。


「乾杯!」


「乾杯!」


 他の者たちも、それぞれ手にした酒や飲み物を掲げた。

 エリスも慌てて自分のグラスを持ち上げる。


「かんぱい!」


 七つのグラスが、軽快な音を立ててぶつかった。

 その音が、酒場の喧騒の中へ溶けていく。


 店内には、料理の香りと酒の匂いが満ちていた。

 焼きたての肉。香草を練り込んだパン。色とりどりの野菜を使った煮込み料理。

 大皿に盛られた料理が次々と運ばれてきて、テーブルの上はあっという間に埋め尽くされていった。


 エリスは、目の前に並ぶ料理を見つめながら、思わず頬を緩めた。


「エリス、遠慮しないで食べなよ!」


 アリィが大きな肉の塊をエリスの皿へ載せる。


「え、でも……」


「今日はお祝いなんだから、いっぱい食べるの!」


「そうそう。エリスが頑張ったんだもの」


 シリアンもそう言って、今度は野菜の煮込みを取り分けてくれた。


「……ありがとう」


 エリスは小さく頭を下げる。


 以前の彼女なら、誰かに料理を取り分けてもらうことなど考えられなかった。

 食事は、許可されなければ口にできないものだった。


 食べる量も、食べる時間も、すべて誰かに決められていた。

 けれど今は違う。


 目の前には、好きなだけ食べていい料理がある。

 隣には、食べろと笑ってくれる仲間たちがいる。


 その事実が、エリスの胸をいっぱいにしていた。


「そういえば、エリスは今日の魔法どうだった?」


 リアンが、料理を口に運びながら尋ねた。


「最初は少し緊張したけど……ちゃんと使えた」


「すごい!」


 エテルネルが嬉しそうに身を乗り出す。


「私たちなんて、初めて魔獣と戦ったときは転んじゃったものね」


「転んだのはリアンだけ」


「エテルネルも転んだの」


「私は転んでない」


「転んだの」


「転んでないったら」


 まったく同じ顔をした二人が、同時に頬を膨らませる。

 その様子を見て、アリィが声を上げて笑った。


「どっちが本当のこと言ってるのか、全然分かんないんだけど!」


「私が本当のことを言ってるの」


「私なの」


「だから、どっちだよ!」


 酒場の一角に、楽しげな笑い声が響く。

 アマンダはそんな彼女たちを横目に見ながら、黙々と料理を口に運んでいた。


「アマンダは今日、何もしてないの?」


 アリィがからかうように尋ねる。


「……あ?」


「いや、今日の依頼では魔法を使ってなかったなぁって」


「魔力を温存してやったんだよ」


「へぇー。つまり、さぼってたんだ」


「表に出ろ」


「酒場で暴れるなよ、二人とも」


 ガイルが苦笑しながら止めに入る。

 だが、アリィはまったく反省した様子もなく、アマンダへ向けて舌を出した。


「ほら、ガイル様もそう言ってるし!」


「てめぇが言わせてんだろうが!」


 再び、笑い声が上がった。

 エリスは、その光景を眺めていた。


 誰かが笑い、誰かが怒り、誰かが料理を取り分け、誰かがくだらない話をして、また笑う。

 そんな当たり前の光景が、エリスには眩しかった。


 かつての彼女には、こんな時間など存在しなかった。

 暗い牢獄の中で、ただ生き延びることだけを考えていた。

 明日が来ることさえ、望んではいなかった。


 それなのに今は、温かな食事を囲み、信頼できる人たちと笑い合っている。


 エリスは、手元のグラスを見つめた。

 中に入った果実水が、酒場の明かりを受けて淡く揺れている。


 この時間が、ずっと続けばいい。

 そんな願いが、自然と胸の中に浮かんだ。


 明日も、明後日も、これから先もずっと。

 ガイルたちと一緒に、こうして笑っていられたらいい。


 エリスがそう思った――そのときだった。


「あの、ちょっといいかな?」


 背後から、聞き慣れない男の声がした。


「この街のことを教えてほしいん――」


 男は、空いている席を探すように周囲を見回していた。


 そして、ガイルの姿を見つける。


「……ガイル?」


 その瞬間、男の表情が凍りついた。

 血の気が、見る間に引いていく。


「な、なんで……」


 男の唇が震えた。


「ガイル……お前が……?」


 それまで賑やかだったテーブルの周囲から、少しずつ音が消えていく。


 ガイルは、ゆっくりと男へ顔を向けた。

 その表情から、先ほどまでの笑みは消えていた。


「……なんで生きてるんだ、って?」


 静かな声だった。

 だが、その声を聞いた瞬間、エリスの背筋に冷たいものが走った。


 ガイルから、何かが溢れ出している。

 目には見えない。けれど、確かに感じる。


 空気が重くなり、呼吸がしづらくなるほどの圧力。

 肌を刺すような、凄まじい殺気。


 それは、エリスがこれまでガイルから感じたことのないものだった。

 優しく笑っていたガイルとは、まるで別人のようだった。


「お前がそう思うのも、無理はないさ」


 ガイルは、男を見据えたまま淡々と告げる。


「あのとき、確かにお前は俺を見捨てて行ったんだからな」


「ガイル様……?」


 ガイルの背後にいたリアンが、不思議そうに声をかけた。

 その声に反応して、アリィたちも一斉に男へ視線を向ける。


 つい先ほどまで笑い合っていた空気が、完全に変わっていた。


「どうしたの? 知り合い?」


 エテルネルが首を傾げる。

 口調こそ軽やかだったが、その瞳には明らかな警戒心が浮かんでいた。


 アリィもいつでも立ち上がれるように、椅子へ浅く腰掛け直している。

 シリアンは眼鏡の奥から男を見つめ、アマンダは無言のまま腕を組んだ。


「まあな」


 ガイルは短く答えた。


「昔の仲間だ」


 その言葉に、男は苦しそうに眉を歪めた。


「昔の……仲間……」


「けど、今はどうでもいい存在だ」


 ガイルは、冷たい声で続けた。


「なあ、レイン?」


 レインと――そう名前を呼ばれた男は、拳を強く握り締めた。

 指の間から、ぎり、と骨の軋む音が聞こえる。


「ガイル……本当に、お前なのか?」


「他に誰がいるんだ?」


 ガイルは肩をすくめた。その仕草は淡々としていた。

 しかし、以前の彼からは感じられなかった自信と威圧感が、全身から滲み出ている。


 レインは、ガルスを見つめていた。

 その目には驚きと恐怖が入り乱れ、まるで死人でも見ているかのようだった。


「それにしても……」


 ガイルの声が、さらに低くなる。


「よくもまあ、今まで何も気にせず暮らしてこられたよな」


 ガイルは一歩、レインへ近づいた。


「俺のことを殺しておいて」


 レインの顔が、大きく歪んだ。


「違う……それは……」


 何かを弁明しようと、レインが口を開く。

 だが、続く言葉は出てこなかった。


 ガイルの冷たい視線が、レインの喉を締めつけていた。


「言い訳なんて聞きたくない」


 その声には、抑え込まれた怒りが滲んでいた。


「お前たちは俺を見捨てた。それだけだ」


 エリスは、ガイルの横顔を見つめていた。


 怒っている。悲しんでいる。

 そして、深く傷ついている。


 それが、エリスには分かった。


 ガイルは、ただ怒りをぶつけているのではない。

 かつて信じていた誰かに裏切られた痛みを、今も抱えているのだ。


 やがてガイルは、レインから視線を外した。


「行くぞ」


 仲間たちへ向けて、短く告げる。


「こんな奴と話しているだけ、時間の無駄だ」


 そう言って、ガイルはレインに背を向けた。

 先ほどまでの楽しい空気は、もうどこにも残っていなかった。


 エリスは席を立ちながら、もう一度だけレインを見た。

 男はその場に立ち尽くし、握り締めた拳を震わせている。


 そしてエリスは、初めて知った。

 自分を救ってくれたガイルにもまた――誰にも語られていない、深い傷があるのだと。

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