↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Herobrave's Hope -英雄たちが遺した希望-  作者: かげ2500
第1章 『プロローグ』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/18

第3話 成長の証

 あれから――三年の月日が流れた。

 エリスは、十二歳になっていた。


 あの頃の面影を残しながらも、少女の身体は少しずつ成長していた。

 かつては骨ばかりが目立っていた細い身体にも、今では年相応の肉付きがつき、長かった髪も肩の辺りまで切り揃えられている。


 そして何より、大きく変わったものがあった。


 言葉だ。

 かつてのエリスは、誰かが何を言っているのかさえ分からなかった。


 自分の名前すら曖昧で、文字を読むこともできなかった。

 けれど、あの日から始まった日々の中で、エリスは少しずつ言葉を覚えていった。


 文字を覚え、単語を覚え、文章を覚え。

 やがて、人と会話ができるようになった。


 今では、ガイルたちと当たり前のように言葉を交わしている。


 それでも――エリスには、決して手放さないものがあった。

 あの日、ガイルが買ってくれた一冊の魔導書。

 幼い頃のエリスにとって、それは初めて自分のために与えられた物だった。


 最初は、ただ絵を見ることしかできなかった。

 けれど、文字を覚えるにつれて、本に書かれている内容が少しずつ理解できるようになった。


 そこには、言葉があった。歴史があった。

 そして――魔法があった。


 エリスは今でも、その魔導書を大切に持ち歩いている。

 何度も読み返したせいで、表紙には細かな傷が増え、ページの端も少しずつ擦れていた。


 それでもエリスにとっては、何よりも大切な一冊だった。


「今日はそうだな……火元素魔法、いってみよう!」


 少し離れたところから、ガイルの声が飛んでくる。


「うん!」


 エリスは元気よく頷いた。

 目の前に広がっているのは、街から少し離れた森。


 周囲に人の姿はなく、魔法の練習をするにはちょうどいい場所だった。


 エリスは一歩前へ出る。

 ゆっくりと息を吸い込み、右手を前へ突き出した。


 その瞬間、身体の奥底にある何かが、熱を帯び始める。

 胸の奥から手のひらへ、血液とは違う何かが流れていくような感覚。


 エリスは、その力を意識しながら、頭の中に一つの光景を思い浮かべた。


 燃え盛る炎。熱。赤く輝く火。

 それを球状にまとめ、前方へ放つ。


「――ファイア・ボール!」


 叫んだ瞬間だった。

 エリスの手のひらから、轟々と燃え盛る火球が飛び出した。


 赤々と燃える炎の塊は一直線に森へと突き進み――木々へと直撃した。


 炎が一気に広がる。

 葉が燃え、枝が弾け、熱風が周囲へ吹き抜けていく。


 そして、火球の直撃を受けた木の幹が大きく傾いた。

 ミシミシと嫌な音を立てながら、巨木がゆっくりと倒れていく。


 大地が揺れた。


「……っ」


 エリスは、自分の手のひらを見つめる。

 その指先は、わずかに震えていた。


 何度経験しても、魔法を使った直後には不思議な感覚が残る。

 自分の身体の中にあった力が、一気に外へ放出されたような感覚。


 そして――。


「よくやったじゃないか、エリス!」


 後ろからガイルの声が聞こえた。

 振り返ると、ガイルが嬉しそうな笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる。


「今のは下級魔法並みの威力だった!」


「本当?」


「ああ。本当に」


 ガイルは倒れた木を眺めながら頷いた。


「最初の頃は、火を出すことすらできなかったのにな」


「……うん」


 エリスは、少しだけ嬉しそうに笑った。


 魔法。

 それは、エリスがこの三年間で学んだものの中でも、特に強く惹かれたものだった。


 そもそも、この世界における魔法とは何なのか。

 それは――自然界に存在する現象を、人の力によって再現する技術だ。


 火を生み出す。水を操る。風を起こす。土を動かす。

 人間が本来持っていない力を、魔法という形に変えて実現する。


 魔法は大きく四つに分類される。


 火。水。風。土。

 この四つは、総称して――『四大元素』と呼ばれている。


 もっとも、魔法には四大元素だけしか存在しないわけではない。

 四大元素から派生した様々な属性や、それらを組み合わせた特殊な魔法も存在する。


 しかし、魔法を学ぶ者にとって、その基礎となるのはやはり四大元素だった。

 そして、魔法を使うためには二つのものが必要になる。


 一つは――想像力。

 もう一つは――魔力。


 魔力とは、人間の身体の中に宿っているエネルギーのことだ。

 魔法を使う際には、この魔力を消費する。


 だが、魔力があるだけでは魔法を使うことはできない。

 例えば火を生み出すのであれば、ただ「火を出したい」と思うだけでは足りない。


 どんな火なのか。どれほどの大きさなのか。どのような形で、どの方向へ飛んでいくのか。

 それを頭の中で明確に思い描く必要がある。


 つまり――魔力によって現象を生み出し、想像力によってその現象を形作る。

 それが、魔法だった。


 なお、大気中にも微量の魔力は漂っている。

 だが、それを魔法の創造に直接利用することはできない。

 魔法を使う際に必要となる魔力は、あくまでも術者自身の身体に宿る魔力なのだ。


 だからこそ、魔力が尽きれば魔法は使えなくなる。

 そして、強力な魔法を使おうとすればするほど、多くの魔力と、より鮮明な想像力が必要になる。


 エリスは、そのことを魔導書から学んだ。

 そして今――自分自身の身体で、それを理解していた。


「……もっと、強くなりたい」


 ぽつりと、エリスが呟いた。


「ん?」


「もっと魔法を上手に使えるようになりたい」


 エリスは、自分の手を見つめる。


 三年前、この手は何も知らなかった。


 言葉も、文字も、世界のことも。

 自分が何者なのかすら、知らなかった。


 けれど今は違う。


 本を読めば、知らなかったことを知ることができる。

 言葉を覚えれば、誰かと話すことができる。

 魔法を覚えれば、自分の力で何かを生み出すことができる。


 世界は、少しずつ広がっていた。


「もちろんだよ」


 ガイルは笑った。


「だったら、もっと勉強しないとな」


「うん!」


 エリスは大きく頷いた。

 その瞳には、かつて地下牢で死を望んでいた少女の面影はない。


 そこにあるのは――。


 もっと知りたい。もっと見てみたい。もっとできるようになりたい。

 そんな、純粋な好奇心だった。


 エリスは再び魔導書を抱きしめる。

 自分の世界を広げてくれた、一冊の本を。


 そして彼女は知らなかった。

 今覚えたばかりの小さな魔法が――やがて、自分自身の人生を大きく変えていくことを。



 ―――。



 エリスたちは今、魔法大国ノワラ王国の首都――カーヴァインから少し離れた場所にある、オノクスという街に滞在していた。


 オノクスは、どこまでも広がる平原に囲まれた交易都市である。


 街道には朝早くから荷馬車が行き交い、商人たちは声を張り上げながら商品を売り込んでいる。大通りには様々な種族の人々が歩き、露店からは焼いた肉の香ばしい匂いや、香辛料の刺激的な香りが漂っていた。


 人の声。馬のいななき。車輪が石畳を踏みしめる音。

 それらが絶えず混ざり合い、街全体が一つの生き物のように騒がしく息づいている。


 そんなオノクスには、別の顔もあった。


 街の近隣には、大小様々な迷宮が存在している。

 地中深くへと続く古代遺跡の迷宮。魔力の影響によって生まれた洞窟。さらには、強力な魔獣たちが巣を作る広大な森まであった。


 迷宮や魔獣の巣窟には、貴重な魔石や素材、珍しい薬草などが眠っている。

 そのため、オノクスには多くの冒険者たちが集まっていた。


 彼らは街の冒険者ギルドに掲示された依頼を引き受け、魔獣の討伐や護衛、素材の採取などをこなしながら、生計を立てている。


 オノクスが交易都市として栄えている理由の一つは、そうした冒険者たちの存在にあった。


 商人が物資を運び、冒険者が道中の危険を排除する。

 迷宮から持ち帰られた素材が市場に並び、それを求めてさらに商人が集まってくる。


 人と物と金が絶えず行き交うこの街は、まさに冒険者たちの拠点と呼ぶに相応しかった。


 そして――。

 ガイルたち一行もまた、そんな冒険者の一組だった。


「今日は……そうだな」


 冒険者ギルドの前。

 壁一面に並べられた依頼書を見上げながら、ガイルは腕を組んで唸っていた。


 掲示板には、様々な依頼が貼り出されている。


 薬草の採取。街道の護衛。迷宮内の捜索。魔獣の討伐。

 依頼内容によって報酬も危険度も大きく異なり、冒険者たちは自分たちの力量や人数、目的に応じて仕事を選んでいく。


 ガイルは一枚一枚の依頼書に目を走らせていた。


「これなんかどう?」


 そう言って、ガイルの隣に歩み寄ったのはシリアンだった。

 かつて、エリスがガイルに救われたあの日。彼女を助けるために力を貸してくれた仲間の一人である。


 シリアンは、華麗な剣技で戦う剣士だ。

 眼鏡の奥にある瞳は知的で落ち着いており、艶やかな黒髪は今日も乱れ一つなく整えられている。


 長い髪が風に揺れても、彼女はすぐに指先で整えてしまう。

 エリスは、シリアンの髪が乱れたところを一度も見たことがなかった。


「どれどれ……」


 ガイルがシリアンの指差す依頼書へ視線を向ける。

 そこには、街の近くにある森での薬草採取依頼が記されていた。


「いやいや、こっちの方が効率的に稼げるでしょ!」


 横から勢いよく割り込んできたのは、魔剣士のアリィだった。

 短い金髪を揺らしながら、アリィはシリアンの背中へ軽く肩をぶつける。


「ちょっと、危ないわよ!」


「いいじゃん、いいじゃん! あたしたちの仲なんだからサ!」


 悪びれる様子もなく、アリィはいたずらっぽく笑った。

 少し切れ長の目に、凛とした雰囲気を宿した美女。

 その見た目だけなら、近寄りがたい印象を与えるかもしれない。


 しかし、実際のアリィは明るく、細かいことをあまり気にしない性格だった。

 シリアンに怒られても、まるで堪えた様子がない。


 そんな彼女の姿を、エリスはいつも少し離れた場所から眺めていた。


 強くて、明るくて。

 誰に対しても臆することなく接することができる。


 エリスにとって、アリィは憧れの存在だった。


「こっちもいいと思うの」


 不意に、二つの声が重なった。

 エリスが振り向くと、そこには瓜二つの少女が並んで立っていた。


 二人ともエリスとそれほど変わらない小柄な体格をしている。顔立ちも、瞳の色も、表情の作り方さえもよく似ていた。


 彼女たちは双子の姉妹――リアンとエテルネルである。


 短い髪のほうがリアン。長い髪のほうがエテルネル。

 それが、二人を見分けるための数少ない手掛かりだった。


 もともとの顔立ちがあまりにも似ているため、髪型や服装、身に付けている装飾品などで違いをつけなければ、誰であっても見分けるのは難しい。


 だが、二人はとても仲が良かった。仲が良すぎる、と言ってもいい。

 同じ服を着て、同じ装飾品を身に付け、同じような髪型にしなければ気が済まないらしい。


 そのため、エリスも出会ったばかりの頃は、どちらがリアンでどちらがエテルネルなのか、まったく見分けられなかった。

 見かねたガイルが、とうとう二人にこう言い渡したのだ。


『せめて、どちらかは髪を伸ばしてくれ』


 その結果、現在のように髪の長さだけで区別できるようになったのである。


「うるせぇぞ、馬鹿ども」


 低く、不機嫌そうな声が響いた。

 最後に姿を現したのは、魔法使いのアマンダだった。


 炎を思わせる真っ赤な赤毛。鋭く細められた目。

 その視線には、見た者を無意識に怯ませるような迫力がある。


 エリスも、初めて会った頃はアマンダの顔を見るだけで少し緊張していた。

 しかし、彼女の性格は見た目とは大きく異なっていた。


 アマンダは、可愛らしいものが大好きなのだ。

 ぬいぐるみ。小さな人形。花飾り。

 そして、可愛い服を着た少女。


 エリスも何度か、アマンダの着せ替え人形にされたことがある。

 最初は戸惑ったものの、アマンダが嬉しそうに服を選ぶ姿を見ているうちに、いつしか嫌な気持ちはしなくなっていた。


「朝っぱらから騒ぐんじゃねぇ。依頼を選ぶだけで、なんでこんなに時間がかかるんだよ」


「アマンダが遅れてきたんじゃん!」


「うるせぇ」


「ほら、また怒った!」


「てめぇ……」


 アリィが楽しそうに笑い、アマンダが眉間に皺を寄せる。

 その様子を見ながら、シリアンは小さくため息をつき、双子の姉妹は顔を見合わせてくすくすと笑っていた。


 ガイルはそんな仲間たちを見て、困ったように肩をすくめる。

 ガイルが率いる冒険者パーティーは、彼を含めて六人で構成されていた。


 前衛を担う魔剣士のアリィ。その補助の剣士シリアン。

 息の合った連携を得意とするリアンとエテルネル。

 そして、強力な火元素魔法を操る魔法使いのアマンダ。


 それぞれが異なる役割を持ち、互いの弱点を補い合う。

 攻撃、守備、支援、魔法。バランスの取れた、優れた冒険者パーティーだった。


 エリスは、そんな彼女たちの姿を眺めながら、胸の奥に小さな願いを抱いていた。

 いつか、自分もこの中に入りたい。いつか、自分も彼女たちの隣に立ちたい。

 それは、いつの間にかエリスの中に芽生えていた、新しい目標だった。


「今日はエリスの特訓も兼ねてるんだ。あまり危険な依頼は受けられない」


 ガイルがそう告げると、アリィたちは一斉にエリスへ視線を向けた。


「そっかぁ。今日はエリスの魔法の練習もするんだね」


「もう魔法が使える歳になったんだもんねぇ」


 アリィの言葉に、エリスはこくりと頷いた。


「うん。もっと上手に使えるようになりたい」


「その意気だよ!」


 アリィは嬉しそうに笑い、エリスの頭を軽く撫でた。

 エリスはくすぐったそうに目を細める。


 魔法。それは、エリスがこの三年間で学んできたものの中でも、特に強く惹かれたものだった。


 しかし、ノワラ王国では、誰もが自由に魔法を使えるわけではない。

 魔法の使用には、年齢による厳しい制限が設けられている。


 この国では、十二歳以下の子供が魔法を使用することを固く禁じられていた。

 それは単なる決まり事ではない。王国の法律によって定められた、明確な禁止事項だった。


 十二歳に満たない者が魔法を使った場合、その者には悪魔が宿ると考えられている。

 人々はそれを――『悪魔付き』と呼んだ。


 悪魔付きとされた者には、非常に重い罰則が科せられる。

 その処罰は時代や事情によって異なるものの、過去には死刑を言い渡された者さえ存在したという。


 なぜ十二歳なのか。なぜ魔法を使うと悪魔が宿るとされるのか。

 その理由を、エリスはまだ詳しく知らなかった。


 ただ、十二歳になった今、ようやく自分も魔法を使うことを許された。

 それだけは、はっきりと理解している。


 そして今日、エリスは初めて、ガイルたちと共に冒険者としての一歩を踏み出そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。