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Herobrave's Hope -英雄たちが遺した希望-  作者: かげ2500
第2章 『入学編』

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第12話 家族

 レインたちと別れたエリスは、ベルモンド夫妻に連れられ、カーヴァインの街を歩いていた。


「ここから少し歩けば、僕たちの家だ」


 そう言ったのは、ノルス・ベルモンドだった。

 穏やかな笑顔を浮かべながら、エリスの歩幅に合わせてゆっくりと歩いている。その隣には、妻のルーシュ・ベルモンド。

 二人とも、特別に裕福そうな服装をしているわけではない。


 けれど、その表情にはどこか温かさがあった。


 ――やがて。


「ここだ」


 ノルスが立ち止まる。

 エリスは顔を上げた。


 そこにあったのは――。

 大きすぎず、小さすぎない、ごく普通の一軒家だった。


「……ここが」


「そうだよ」


 ノルスが笑う。


「今日からエリスちゃんが暮らす家だ」


「……」


 エリスは家を見つめた。

 立派な屋敷ではない。豪華な装飾もない。

 けれどなぜだろう。胸の奥が、少しだけ温かくなった。


「さあ、入りましょう」


 ルーシュが扉を開ける。


「お、オジャマシマス……」


 思わず片言になってしまう。


 すると。


「ふふっ」


 ルーシュが優しく笑った。


「そんなに硬くならないで、”ただいま”、でいいのよ」


「……え」


 エリスが目を丸くする。


「ここは、エリスちゃんの家になるんだから」


「……私の……家」


 その言葉を聞いた瞬間、エリスの胸がきゅっと締め付けられた。

 家――その言葉を、自分に向けて使われたのはいつ以来だろう。


「……はい」


 小さく頷いた。


「た、ただいま……」


「ええ!」


 ルーシュは嬉しそうに笑った。


「おかえりなさい、エリスちゃん」


 その一言が、妙に胸に響いた。


「……」


 エリスは俯く。

 泣きそうになった。

 けれど、今度は涙を流さなかった。


「こっちが居間だ」


 ノルスが家の中を案内していく。


「ここでみんなでご飯を食べるんだ」


 テーブルと椅子。壁際には食器棚。

 窓からは柔らかな日差しが差し込んでいる。


「それから、こっちが台所」


「……わ」


 エリスの目が僅かに輝いた。


「エリスちゃんも料理を覚えたければ、いつでも教えるわ」


「本当、ですか?」


「もちろん」


 ルーシュが笑う。


「ノルスより、私のほうが料理は得意だからね」


「おいおい」


 ノルスが苦笑する。


「僕だって、それなりには作れるよ」


「それなり、でしょう?」


「……否定はできないな」


 二人のやり取りにエリスは思わず笑った。


「ふふっ」


 その笑顔を見て、ノルスとルーシュも笑う。


「それから――」


 ノルスは廊下を進み、二階へ続く階段を指差す。


「二階に寝室がある。もちろん、エリスちゃんの部屋もね」


「私の部屋も……?」


 エリスの足が止まった。


「もちろんだ」


 ノルスが頷く。


「好きに使っていいからね」


 扉を開ける。そこには、小さなベッドと机。

 そして、衣服をしまうための棚が置かれていた。


「……」


 エリスは、部屋の中へ一歩入る。


 自分だけの場所。

 誰かに奪われることもない。鍵をかけて閉じ込められる場所でもない。


 ただ、自分が眠るための部屋。


「……綺麗」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


「気に入った?」


 ルーシュが尋ねる。


「はい」


 エリスは笑った。


「すごく……好きです」


「それならよかったわ」


 ルーシュも嬉しそうに頷く。


 そして。


「ああ、そうそう」


 ノルスが何かを思い出したように振り返った。


「うちには、もう一人家族がいるんだ」


 そこでエリスは思い出した。

 以前レインが言っていた、ベルモンド家の一人息子、エリスと同い年の男の子の存在を。


「……もう一人?」


「ええ」


 ルーシュも笑う。


「息子のルークよ」


「ルーク……くん」


「エリスちゃんと同い年なの」


「同い年……」


 エリスは少しだけ緊張した。


「今は学校に行っていて、まだ帰ってきてないけどね」


 ノルスがそう言う。


「学校……」


「そうだよ」


 ノルスが頷く。


「帰ってきたら紹介するよ」


「……どんな子なんですか?」


 エリスが尋ねる。

 すると、ノルスはなぜか自信満々に笑った。


「きっとエリスちゃんと気が合うよ」


「そう……でしょうか?」


「うん。絶対だ」


「どうして分かるんですか?」


 エリスが首を傾げる。

 ノルスは少しだけ考えてから。


「父親の勘、かな」


「ふふっ」


 エリスは笑った。

 その横から、ルーシュも口を開く。


「私もそう思うわ」


「ルーシュさんも?」


「あの子は少し元気すぎるところもあるけれど、優しい子だから」


 ルーシュは優しく笑う。


「エリスちゃんとも、きっと仲良くなれるわ」


「……」


 エリスは二人を見つめた。

 まだ会ったこともない男の子。どんな人なのかも分からない。


 それでも、不思議と少しだけ楽しみになった。


「……はい」


 エリスは頷く。


「私も……仲良くなれたら嬉しいです」


「大丈夫だよ」


 ノルスが笑う。


「きっとすぐ仲良くなる」


「ええ」


 ルーシュも頷いた。


「焦らなくても大丈夫よ。ゆっくりでいいの」


 そう言って、ルーシュはエリスの手を優しく握った。

 その手の温かさに、エリスは少しだけ目を細める。


 ここには怒鳴る人はいない、殴る人もいない、自分を道具のように扱う人もいない。


 ただ笑っている人がいる。

 そして、自分を迎えてくれる家がある。


「……」


 エリスは、小さく息を吐いた。


 ――今日から、ここが自分の家。

 そんな実感が少しずつ、胸の中に広がっていった。



 ―――。



 それから、しばらくの時間が流れ――午後。

 窓から差し込む夕日が、リビングを橙色に染め始めた頃、玄関の扉が勢いよく開かれた。


「母さん、ただいま!!」


 元気いっぱいの声。

 続いて、廊下を駆けてくる、慌ただしい足音。


「んぐっ!?」


 リビングでルーシュから出された紅茶を飲んでいたエリスが、声量に驚いて肩を震わせた。

 危うく、口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになる。


「ふふっ」


 向かいに座っていたルーシュが笑いながら立ち上がった。


「ルークだわ」


 そして、呆れたように呟く。


「あの子……また手も洗わずに」


 その直後、リビングの入り口から、ひょこっと茶色の何かが飛び出した。

 それは、穂先のようにも見えた。枯れた草のようにも見える。


 だが、次の瞬間。

 その正体が、ようやく姿を現した。


 男の子だった。

 頭の上で跳ねるような茶色の髪。その髪が、まるで草むらのようにあちこちへ跳ねている。


「母さん母さん!」


 少年は元気いっぱいに叫びながら、ルーシュへ駆け寄ってくる。


「僕、今日ね! 授業ですごい発見しちゃった!」


「まあ」


 ルーシュは嬉しそうに笑う。


「今日は何を発見しちゃったのかしら、ルーク?」


「それがね――」


 少年、ルークはそこでようやく気づいた。

 母親の後ろ、ソファーに座っているエリスの存在に。


「……」


 ぴたりと、ルークの動きが止まった。


「……」


 エリスも、ルークを見る。

 少年の姿を見て、エリスは目を丸くした。


 ルークの姿は、話を聞いてエリスが想像していたものとは違っていた。

 眉の上で綺麗に切り揃えられた茶髪。丸眼鏡。

 そして――その眼鏡の奥にある茶色の瞳は、まるで顔の大半を占めているかのように大きかった。


 度が強いのだろう。

 眼鏡越しの瞳は、夕日の光を受けてきらきらと輝いている。


「……」


 ルークが、エリスを見る。

 エリスも、ルークを見る。


 数秒、何も言わない。


 やがて。


「あ」


 ルークが言いかけた。

 しかし、その言葉は途中で途切れた。


「あがっ」


 奇妙な声を漏らす。


 そして、一歩二歩後ずさる。


「ルーク?」


 ルーシュが不思議そうに声をかける。

 しかし、ルークは答えない。ただひたすらに、エリスを見つめながら後退していく。


「……」


 エリスの胸が、ざわついた。


 何だろう。どうして、あんな反応をするのだろう。

 もしかして――歓迎されていないのか。


「……」


 胸の奥が、きゅっと縮こまる。


 ベルモンド夫妻は優しくしてくれた。

 家を案内してくれた。自分の部屋まで用意してくれた。

 けれど、この家の息子であるルークまで、自分を歓迎してくれるとは限らない。


 当然のことだった。

 それなのに、自分は何も考えず、のんびりとリビングで紅茶なんか飲んでいた。

 まるで、この家に最初から住んでいたかのように。


「……」


 急に、今までの自分が恥ずかしくなった。みじめだった。


 やっぱり自分は――ここにいてはいけないのかもしれない。

 そんな考えが、頭をよぎった。


「ごめんなさ――」


 エリスが小さく呟こうとした、その瞬間。


「かわいい!!!」


「え」


 エリスの思考が、止まった。


 ルークは目を見開いていた。

 頬を紅潮させ、両手を胸の前で握りしめながら。


「誰このかわいい子!!」


 もう一度。

 今度は、先ほどよりも大きな声で叫ぶ。


「母さん! この子、めちゃくちゃかわいい!!」


「……え?」


 エリスは呆然とする。

 ルーシュも一瞬、目を丸くした。


「ふふっ」


 そして。


「あらあら」


 嬉しそうに笑う。


「ルーク、驚かせちゃ駄目でしょう?」


「だって!」


 ルークは興奮したようにエリスを指差す。


「こんなかわいい子、ぼ、僕見たことないよ!」


「……か、かわ……」


 エリスの顔が、一気に熱くなる。


「え……あの……」


 何を言えばいいのか分からない。

 すると、ルークは今度こそ、エリスの前まで駆け寄ってきた。


「もしかして、君がエリスちゃん!?」


「は、はい……」


「僕、ルーク!」


「……ルーク、くん」


「”君”付け……! く、可愛すぎるっ!」


 満面の笑み。大きな瞳が、キラキラと輝いている。


「今日から一緒に暮らすんだよね!?」


「……はい」


「やったぁ!」


 両手を上げて喜ぶルーク。

 そのあまりの勢いに、エリスは思わず目を瞬かせる。


「母さん!」


「何かしら?」


「僕、エリスちゃんと仲良くなれるかな!?」


「もう仲良くなってるんじゃない?」


 ルーシュが笑う。


「そっか!」


 ルークは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、エリスちゃん!」


「は、はい」


「僕がこの街のこと、いっぱい教えてあげる!」


「……!」


 エリスは目を見開いた。

 そしてほんの少しだけ、緊張が解けた。


「お……お願いします!」


 エリスが微笑む。


「うん!」


 ルークも笑った。


 夕日の差し込むリビング。

 そこに二人の子供の笑顔が並んだ。


 その光景を見つめながら、ルーシュは優しく微笑む。


「ほらね」


「……え?」


「きっと仲良くなるって言ったでしょう?」


 エリスはルーシュを見る。

 そして、隣で嬉しそうに笑っているルークを見る。


「……はい」


 エリスもまた笑った。


「私も……そう思います」

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