第86話
7年前はリューと私のふたりだけだった。
でも今は違う。
花の女王ティーア
氷の女王ブランカ
妖精王エルフェイツィー
この世界の3人の王がこの場にいてくれる。
それに、砂漠の国の王子であるカネラ王子。
竜騎士のローサ。
妖精のメリーもいる。
こんなに心強いことはない。
それに……。
私は自分のお腹に手を当てる。
そこはまだ熱を持っていて、でも熱いわけじゃなくてとても温かい。
ここには、リューと私の赤ちゃんがいる。
(リューに、早く伝えたい)
でも今は先ず、ブランカの言う通り目の前にいる魔王を封印してしまおう。
そうすればきっとリューも元の彼に戻るはずだ。
しかし魔王は私たちを前にけたたましい笑い声を上げた。
今や魔王は赤い眼だけが不気味に輝く化け物に成り果てている。
『 これで勝った気でいるなよ貴様ら! 』
そのときズシンっという重い地響きがして鍾乳洞全体が揺れた。
『 竜帝はまだ余の手の中ぞ! 』
そして再びの地響きと共に私たちの背後から現れたのは、美しい黒竜だった。
「リュー!」
私は彼の名を叫ぶ。
間違いない。あの夜私を助けてくれた竜だ。
でもこちらを見下ろすその目は、あのとき見た優しい金の眼ではなかった。
『 聖女よ、先ほどオマエが最後の引き金を引いたのだ! 竜帝は完全に余の傀儡と成り果てたわ! こやつの父のようにな!! 』
魔王と同じ赤い眼をしたリューを見て、私は思い出した。
リューのお父さんもあのときこんな赤い眼をしていたことを。
『 親子揃って哀れよのお! “愛”とか言うつまらぬもののために簡単に心を惑わされおって! 』
そして魔王は嗤い叫んだ。
『 竜帝よ! こやつらを殺せー!! 』
魔王の声に応えるようにリューが雷鳴のような咆哮を上げる。
その場の空気がビリビリと震え皆に緊張が走る。
こちらを睨め付けるぎょろりとした赤い眼に、いつもの彼の優しさは微塵も感じられない。
――でも。
「リューーー!!」
私が大きく叫ぶと、ぴくりと彼の硬そうな目蓋が反応するのがわかった。
だから、私は彼に向かって駆け出した。
「コハル!?」
「コハル様!!」
皆の焦った声が聞こえたけれど、私は止まらなかった。
不思議なほどに不安はなかった。
今の私なら、リューを取り戻せる絶対的な自信があった。
――リューは、私とは逆。
リューは愛を知っていたからこそ、愛を失う恐怖にずっと怯えていた。
そんな彼をこんなになるまで追い詰めてしまったのは私。
だから、彼を取り戻すのは私の役目だ。
何より、今はリューとたくさん話したかった。
まだリューに話していないことがたくさんある。
別々の世界で過ごした7年の間のこと。
私たちが出逢う前の話だって。
リューから聞きたいこともたくさんある。
話して欲しいことが、たくさん、たくさんある。
リューが大きな口を開けて、その中にメリーたちを襲った黒い炎を見た。
それでも私は足を止めなかった。
――と、そのとき私は誰かに腕を掴まれ、そのまま風に吹かれるように宙を飛んだ。
「コハルさま! メリーがお手伝いするのです!」
「メリー!」
人の姿をしたメリーが私の片腕をしっかりと握りリューの背後へと旋回していく。
ギョロリとした赤い眼がそんな私たちを追いかけてくる。
「メリー、私を鼻の上に下ろして」
リューの鼻先を指差して言うと、メリーはぎょっとした顔をした。
「え!? でも」
「お願いメリー!」
「わ、わかったのです!」
メリーは再びこちらに炎を吐こうと大きく口を開けたリューの頭上までぐんと上昇してから叫んだ。
「降ろしますー!」
「ありがとうメリー!」
メリーの手が離れ、私はなんとかリューの鼻先に着地することに成功した。
リューが苛ついたような唸り声を上げてブンブンと頭を振るう。
私は振り落とされないように近くの鱗を掴みながら、寄り添うように赤い両目の間に額をくっつけた。
「リュー、聞いて」
瞬間、ぴたりとリューの動きが止まるのがわかった。
私はひとつ深呼吸してから、優しく語りかける。
「ごめんなさい。いつもいつも不安にさせて」
彼の本当の心に届くように。
「リューはずっと私を待っていてくれたのに、本当にごめんなさい」
祈るような気持ちで私は続ける。
「もう大丈夫。私はずっとここにいる。リューの傍にずっといる。もうどこにも行かないから」
リューが苦しそうな唸り声を上げている。
それはまるで泣いているようにも聞こえて。
「だから戻ってきて。お願い、リュー!」
先ほどと同じように、私の身体が淡く輝き出していた。




