第79話
「コハルたちはここで待っていて」
エルはふわりと浮き上がった。
「私も」
「いけませんコハル様」
私も一緒にと続けようとして、ローサに強い口調で止められてしまった。
「でも」
「魔族たちは魔王を封印したコハル様のことを恨んでいるかもしれません」
「っ!」
「姿は見えなくとも、万一のことを考えてここで待ちましょう」
真剣な顔で言われて口を噤む。
(そっか……私、魔族たちから恨まれているかもしれないんだ)
ツキリと小さく胸が痛む。
でも仕方のないことだ。7年前、私は魔王を封印し魔物たちをたくさん殺してきたのだから。
「メリーもあそこには行きたくないのです、コハルさま……」
申し訳なさそうに小さく言ったメリーに私は笑顔で頷く。
「うん、そうだね。待ってる」
魔族たちの様子は気にはなるしエルと王子のことが気掛かりだけれど、ここで大人しく待っていた方が良さそうだ。
「すぐに戻って来るから。心配しながら待ってて」
「そこは心配しないで、でしょう普通」
思わずツッコミを入れるとエルはにっこりと笑って地上へと降りていった。
カネラ王子の元に合流し、横穴の中へと入っていくふたりを見下ろしていると。
「申し訳ございませんコハル様」
「え?」
「恨んでいるなどと……」
ローサが頭を下げていて私は慌てて両手を振る。
「ううん、全然。ローサは私を心配して言ってくれたんだし。確かに、恨まれててもおかしくないし」
でもそこまで言ってふと気付く。
(そういえば、カネラ王子は魔族なのに私のこと恨んでないのかな)
7年前も今回も、そんなふうに感じたことは一度もない。
あの夜だって、私を恨んでいるならあんなことせずにさっさと殺してしまえば済んだことだ。彼にはそのチャンスがいくらでもあった。
(それとも、本当は恨んでいるけど王様になるために仕方なく……?)
だとしたら改めてショックだ……。
そんなことを悶々と考えながら、ジリジリとした暑さの中を待つこと10分ほど。
その間おそらく集落中の魔族たちがその横穴に入っていったのだろう、今外には誰もいない。
「あっ、出てきたのです!」
横穴から出てきたふたりの無事な姿を見て私たちはほっと胸を撫でおろした。
そのままこちらに飛んできたふたりにすぐに声を掛ける。
「どうだった?」
「うん、ちゃんと皆元気になったよ」
エルの変わらない笑顔にホッとする。
「良かった……」
「みんな驚いてたよ。妖精王さま、結局一度も姿を見せてくれないんだから」
はぁとカネラ王子が疲れたように溜息をついた。
「そうだったの?」
「僕の姿はそう簡単に見られるものじゃないんだよ。その方が面白いだろう?」
なぜか得意げなエル。
姿は見えないけれど妖精王様の力で奇跡が起きたなんて、また彼のレア度が上がってしまいそうだ。
と、カネラ王子が少し口調を変えて続けた。
「でもお蔭で『竜の洞』の場所がわかったよ」
「! どこです!?」
「もう少しこの先。方向は合ってたみたい。行こう」
大きく頷いた、そのときだった。
「カネラ王子様ー!」
そんな可愛らしい声が聞こえてきて集落の方を見下ろすと、先ほど泣いていた魔族の女の子がこちらに大きく手を振っていた。
「ありがとうございましたー! 妖精王さまもーー!」
カネラ王子は笑顔でその子に手を振り返した。
エルもまんざらでもない顔で、こちらも自然と笑顔になる。
「聖女さまも、ありがとうー!」
「え!?」
思わず声を上げてしまってから慌ててエルに訊く。
「私のこと言っちゃったの?」
「だって、コハルが治してあげたいって言うから妖精王のこの僕が、わざわざ足を運んだんだよ」
「でも、魔族たちは私のこと……」
「魔族でも、色んな考えの者がいるってことさ。彼だって、魔族だけど君を恨んでなんかいないだろう?」
視線を受けたカネラ王子がパチパチと目を瞬く。
「恨む? なんで俺が聖女さまを?」
「ほらね? だからコハルは素直にあの子の気持ちを受け取っていいんだよ」
言われてもう一度見下ろすと、女の子はまだ笑顔でこちらに大きく手を振っていて、なんだか鼻の奥がツンとしてちょっと涙が出そうになってしまった。
「……エル、ちょっとの間だけ魔法解いてもらっていい?」
「勿論」
今度はローサも止めなかった。
私が姿を現し大きく手を振り返すと、女の子は少し驚いた顔をしてから嬉しそうにぴょんぴょんとジャンプしながら両手を振ってくれた。
もしかしたら、あの子の家族の誰かがクレマ王子の街の誰かを傷つけたかもしれない。
もしかしたら、あの子の家族は私のことを恨んでいるかもしれない。
でも今は、エルの言うように素直にあの嬉しそうな笑顔を受け取ろうと思った。




