第76話
「エル、私を連れて行ってくれないかな」
「ん?」
私がお願いすると、エルは首を傾げた。
「エルなら飛んで行けるでしょう?」
このままラクダに乗って進めば明日には魔族の街に入れるとカネラ王子は話していた。
でも今はその時間すら惜しい。
だから、お城のバルコニーから竜の都へ飛んだときのように連れて行ってもらえたらと考えたのだ。それに……。
「それは構わないけど、さすがに僕でもこの人数は難しいかなぁ」
エルが苦笑するのを見て、私はローサたちの方を振り返った。
「皆は後から……ううん、それより王都へ戻って応援を」
「何を仰るのです!」
私の言葉を遮って、ローサが驚いたように声を上げた。
「わたくしもコハル様と共に参ります!」
……ローサならきっとそう言ってくれると思っていた。
「でも、急がないといけないし、それにもし本当に魔王が復活していて、もしリューが操られていたら」
そこで私は言葉を切った。あとを続けられなくなってしまった。
ローサは確かに強い。けれど、それは人間相手の話で。
聖女である私には魔物や魔王、魔族に対抗できる力が備わっているけれど、ローサにはそれがない。
7年前、魔王に操られた竜帝は自国の民を、部下たちをも躊躇なく手にかけていた。
私はリューがローサを……そんな場面を見たくはない。
ローサもそれはわかっているはず。私の考えていることも、きっとお見通しだろう。
でも彼女は引き下がらなかった。
その場に片膝を着くと真剣な眼差しで私を見上げた。
「コハル様をお守りすることが竜帝陛下から与えられたわたくしの役目。竜騎士として、わたくしは最期のときまでコハル様のお側におります」
「ローサ……でも」
「確かにわたくしにはコハル様や妖精王様のような特別な力はありません。しかし、コハル様の盾にはなれます」
「! 私はローサを盾になんて!」
「まぁまぁ」
私が声を荒げたところでエルの呑気な声が間に入ってきた。
「なんにしても仲間は多いに越したことはないよ、コハル」
「でも、ラクダで行くとなるとどうしても時間が」
「メリーが人の姿になればもうひとり行けるんじゃないかな」
「え?」
エルの発言に皆の声が見事にハモった。その中には私が抱っこしているメリーの声も混ざっていて。
次の瞬間メリーは私の腕の中からスポンと抜け出てあっという間に人の姿に変身してしまった。
「それならメリーがコハルさまを抱っこするのです!」
「えっ、ちょ、わっ!」
言うなりひょいっと抱き上げられてびっくりする。
少し目が回って、軽く頭を振ってからメリーを見上げる。
「メリー、別に抱っこじゃなくても」
エルとは手を繋いだだけで一緒に飛べたのだ。
でもメリーはにこーっと満面の笑みを浮かべた。
「いつもの逆なのです。コハルさま」
そんな嬉しそうなメリーを見て、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「じゃあ、君は僕と行こうか」
「えっ、あ……よろしくお願いいたします」
手を差し出されたローサが慌てたように立ち上がり、心なしか頬を赤らめてエルの手を取るのを見て私は小さく息を吐く。
結局、ローサも一緒に行くことになってしまった。
「早速お役に立ててメリーは嬉しいのですコハルさま〜」
「ちょっ、メリー苦しっ」
ぎゅ~っとメリーに強く抱きしめられて思わず呻き声を上げていた。
(確かにいつも私がメリーにしてることだけど!)
こんなふうに誰かに抱き締められるなんてリュー以外初めてで、メリーだとわかっていてもどうにも落ち着かない。
そこでふと、頭に疑問が浮かんだ。
(そういえば、メリーって)
「ねぇ、君って男? それとも女? どっち」
カネラ王子が今まさに私が考えていた疑問を口にした。
そうなのだ。その綺麗な顔はやっぱり男の子にも女の子にも見える。
もこもこの愛らしい姿でいるときには性別なんて気にしたことはなかったのだけど……。
当のメリーはきょとんとした顔で答えた。
「わからないのです」
「は?」
「この子はまだ生まれて間もない妖精だからね」
そう続けたのは妖精王であるエルだ。
「性別が決まるのはもう少し先かな」
(そ、そういうものなんだ?)
私と同じように驚いた様子のカネラ王子を見て、エルが薄く笑う。
「気になるのかい?」
「気になるって言うか、これからあの竜帝のとこに行くのに男だったらマズイんじゃないかと思って。普通に男にも見えるし」
(それは、確かにそうかも……)
こんなところを見られたらまた誤解されかねない。リューはメリーが人の姿になれることを知らないのだから。
と、エルは呆れたように小さく息をついた。
「君がそれを言うのかい」
「え……」
「まぁ、向こうに着いたらすぐに元の姿に戻ればいいんじゃないかな。それで、君はこれからどうするんだい?」
そうだ。カネラ王子はこれからどうするつもりなのだろう。先ほどエルに色々言われて青くなっていたけれど。
皆の視線を受けたカネラ王子は目を瞬いてから「あー」と小さく声を漏らした。
「俺も行くよ。ぶっちゃけ怖いけど、ここに残っても王宮に戻っても気マズイだけだし」
王子らしいなぁと思った。
しかし、飛んでいくにもメリーは私、エルはローサで手一杯……いや、もしかしてエルは両手にふたり行けるのだろうかと想像していると。
「一応俺も魔族だから飛んでいけるしね」
それを聞いて、そういえば魔族の姿に変身した彼には翼があったことを思い出した。
「それに、俺にも何か出来ることがあるかもしれないから」
(あ……)
それはさっきエルに言われていた言葉だ。
そう思ってエルの方を見ると、心なしか嬉しそうに微笑んでいた。




