第74話
(えーと……)
どういうことかわからないけれど、この人はメリーらしい。
何がどういうことかさっぱりわからないけれど、この綺麗な人がつい先ほどまでふわふわの可愛らしい姿をしていたメリーらしい。
数十年眠ったままかもしれないと言われたメリーがこうして目を覚ましてくれてすごく嬉しいはずなのに、驚きが大きすぎて地べたに座り込んだままぽかんとその姿を見上げていると、メリーは眉を寄せた。
「コハルさま、どうされましたか? 涙が……あれ、そういえばメリー……ふぁ!?」
そこで、漸くメリーは自分の姿に気づいたみたいだ。
「な、なんですかこれ! メリー、人になっているのです!?」
自分の身体を見回しながらその場でぐるぐると回るメリー。
その背後から楽しそうな声がかかる。
「『れべるあっぷ』ってやつだよ」
「は? ――よ、妖精王さまぁ!?」
エルの存在に気付いたメリーは飛び上がって驚き、そのままバランスを崩したのか私の目の前で思いっきり尻餅をついてしまった。
「メリー!」
「痛いのです~! コハルさまぁ~~」
メリーは目を潤ませ、いつものように私の胸に飛び込んでくるつもりだったのだろう。
「ちょ、わっ!?」
ガバっといつもの勢いで抱きつかれた私はしっかり人一人分の重みに耐え切れず、そのまま無様に後ろに倒れ込んでしまった。
「いったた……」
「ご、ごめんなさい、コハルさま~」
間近でその姿を見上げて、改めて綺麗な顔をしているなぁと思った。
年の頃は高校生くらい。男の子にも女の子にも見える。
でも不安げに揺れるその大きくつぶらな瞳は確かにメリーのものだ。
と、そんな私たちを見ていたエルがクスクスと笑った。
「今までとは感覚が違うだろうからね。まぁ、すぐに慣れるさ」
「……それで、レベルアップってどういうこと?」
メリーと一緒に立ち上がりながら訊くと、エルは優しい笑みをメリーに向けた。
「コハルのためによく頑張っているからね。僕からのご褒美だよ」
目をぱちくりとさせるメリー。
「ご褒美……?」
「そう。ご褒美。これからもコハルの役に立ちたいだろう?」
するとメリーはびしっと姿勢を正して手を上げた。
「はい! メリーはこれからもコハルさまのお役に立ちたいのです!」
エルはにっこり笑う。
「その姿の方が、これから何かと役に立ちそうだからね。勿論、君が願えば元の姿にも戻れるはずだよ」
それを聞いて、私は少しほっとしてしまった。
メリーだとわかってはいてもこの姿に慣れるには時間が掛かりそうだし、あの癒しの存在がもう見れなくなってしまうのはやっぱり寂しい。
メリーもそれは一緒だったみたいで。
「本当ですか!? えーと、元の姿、今すぐ元の可愛いメリーに戻るのです!」
そう声に出して願った途端、メリーの身体は再び光に包まれた。その光はみるみる小さくなっていき、消えると同時に元のふわふわなメリーが現れた。
「戻れたのです! コハルさまー!」
そうして再び、今度こそ私の胸に飛び込んできたメリーを私は今度こそしっかりと受け止めた。
「良かった、メリー」
「コハルさま~」
うん。やっぱりメリーはこの姿、このサイズがしっくりくる。
「あ、あの、妖精王様」
「ん?」
そのときエルに声を掛けたのはローサだった。
緊張した面持ちで彼女は言う。
「妖精王様は、その、どうしてこちらに?」
「それ!」
思わず私はローサの後を続けていた。
「だって、あのブローチもないのに」
「“妖精の瞳”ならあるのです!」
「へ?」
答えてくれたのは腕の中のメリーだった。
「メリーがちゃんと持ってきたのです!」
言うなりメリーは自分のもこもこの身体の中に短い前脚を突っ込んで、あの翡翠色のブローチを引っ張り出して見せた。
(い、いつの間に……)
もこもこの毛の中に見事に隠れていて全然気付かなかった。
「そう、この子がこうして持っていてくれたお蔭でコハルのピンチも救うことが出来たんだ」
「ピンチって……」
そのとき、エルの視線がちらりとカネラ王子の方を向いたのを見て、私はハっとする。
「もしかして、眠っていたメリーを起こしたのって」
あの夜、砂漠の王宮で誰かに呼ばれた気がして目を覚ましたというメリー。
誰かって一体誰だろうと思っていたけれど。
「そう、僕だよ。“妖精の瞳”は、その名の通り僕の目と繋がっていてね」
「!?」
「本当はコハルが呼んでくれるまではと思っていたんだけど、あのときは流石にまずいなと思って」
自分の翡翠の目を指しながらなんとも楽しそうに種明かしをするエルに、じゃあ、これまでのこと全部ブローチを通してエルに見られていたということで、確かにお蔭で助かったけれど、でもそれってプライバシーの侵害では? とか、だったら先にちゃんと言っておいてよ、とか、色々言いたいことが一気に脳裏を駆け巡った。
でも。
「本当にお手柄だったね、メリー」
「えっへん!」
妖精王であるエルに褒められ思いっきり胸を張るメリーを見て、私は軽く溜息を吐くに留めたのだった。




