第73話
「エル……?」
――なんでエル……妖精王エルフェイツィー様がここにいるのだろう。
ブローチはないのに。
ここは『妖精の国』から遠く離れた『砂漠の国』なのに。
夢? それとも、幻だろうか?
「妖精王様!?」
「え、妖精王って、あの妖精王?」
でも、ローサの素っ頓狂な声に続いてカネラ王子の声が聞こえて、彼女たちにも見えているのなら夢や幻ではないと確信する。
なぜかはわからないけれど、エルが本当に来てくれたのだ……!
「全然呼んでくれないんだもんなぁ。もっと気軽に頼ってくれていいのに」
そんなようなことをぼやいているエルに、私は縋りつくようにメリーを差し出した。
「エル! お願い、メリーを助けて! 癒しの魔法をいっぱい使って、そしたら急にこんなにぐったりしちゃって、私どうすればいいか」
「大丈夫」
「え?」
エルは翡翠の瞳を細め綺麗に笑っていた。
「大丈夫だよ。ちょっと力を使い過ぎて深い眠りに入っちゃっただけ」
「深い、眠りに?」
エルが笑顔で頷く。
「そう。コハルと一緒だよ。コハルも聖女の力を使うと……ほら、前に話してくれたコハルの世界で言う『えむぴー』だっけ? それを一気に使い果たして気を失ってしまうだろう?」
ゲームの『MP』について、7年前にエルに話したような記憶は確かにあるけれど。
メリーに視線を移してエルは続ける。
「まぁ、妖精は普通そんなことないけど、この子はまだ生まれたばかりだから自分の限界に気付けなかったんだね」
「じゃあ」
「うん。大丈夫。妖精はこんなことで死んだりしないよ」
それを聞いて安堵した私はもう一度その場にへたり込んだ。
(良かった……っ)
メリーの身体をぎゅうと抱きしめる。
「良かったですね。コハル様」
「うん……!」
ローサの優しい声がして私は何度も頷く。
(本当に良かった……!)
でも、エルの話はまだ終わりじゃなかった。
「ただ、眠りから覚めるには数十年かかってしまうかもしれない」
「!?」
ローサが息を呑むのがわかった。
――数十年……。
私はメリーの静かな寝顔を見つめる。
エルの言った「深い眠り」の意味。
長く生きるという妖精にとって、数十年はほんの一瞬なのかもしれないけれど。
生まれたばかりだというメリーに、そこまで大きな負担をかけてしまったことに改めて自己嫌悪で涙が滲んだ。
(ごめんね、メリー)
「でも、異国の地でこんなに頑張っている妖精を見るのは初めてだなぁ。ご褒美に、ちょっと『ウラワザ』を使おうか」
「……裏技?」
私が顔を上げると、エルの手が伸びてきてメリーの身体に優しく触れた。
途端、メリーの身体はキラキラと輝き出して私の腕からふわりと浮き上がった。
「!」
その光はどんどん強さを増していき、あまりの眩しさに目を開けていられなくなる。
――そして。
「えっ!?」
誰かの驚いた声が聞こえて、なんとかうっすらと目を開けて私は驚愕する。
ついさっきまでメリーを包んでいた光の中に『人』がいた。
目を瞑ったその人はエルのような中性的で綺麗な顔立ちをしていて、その柔らかそうな白銀の巻き毛を見て、まさかと思う。
光は次第に収まっていき、消えると同時にその人はゆっくりと目を開けた。
エルと似た翡翠色の瞳が私を見下ろして、その人は不思議そうに首を傾げた。
「コハルさま?」
その声はとてもよく耳に馴染んだもので、私は震える唇で訊ねる。
「メリー……?」
「はい?」
その人――どうやらメリーらしい、はパチパチと目を瞬いてもう一度可愛らしく小首を傾げた。




