第72話
確かにメリーは癒しの力を持っている。
傷を治すことも可能だ。
「でも……」
こんな大人数に魔法を掛けたことなんてこれまで無いはずで。
それでなくとも慣れない旅で疲れているはずなのに大丈夫なのだろうか。
私が答えに逡巡しているとメリーは真剣な眼差しで続けた。
「メリーはコハルさまのお役に立ちたいのです!」
「メリー……」
本当に、なんていじらしい子なのだろう。
じんと胸が熱くなって、そのふわふわボディをぎゅうと抱きしめると、ボソっと低い声が聞こえた。
「それに、この人たちコハルさまのこと見くびっていてなんかムカツクので見返してやりたいのです」
「メリー……」
相変わらず口が悪いなと小さく苦笑して、私はそんなメリーに言う。
「お願いメリー。でも、無理はしないでね」
「お任せください!」
そう言うなりメリーは私の腕から勢いよく飛び立って行った。……かと思うと、すぐに私の元へ戻ってきて。
「コハルさまも一緒に来て欲しいのです……」
「勿論!」
そして私はメリーを抱っこしたまま、先ほどの男の子の元へと向かった。
涙をいっぱいに溜めた男の子が私を不安げに見上げる。
「聖女様……」
「大丈夫。すぐに治るよ」
そう笑顔で言ってから改めてその子のお父さんを間近で見て私は顔を引き締めた。
巻かれた包帯は真っ赤に染まっていてその顔は土気色。ゆっくりと胸は上下しているけれど意識はないようだった。
このままでは死んでしまうという男の子の言葉は嘘ではないとわかった。
「メリー、お願い」
「はい!」
男の子や周りの人たちが見守る中、メリーはお父さんの上でいつものようにくるくると踊り出した。
お父さんの身体がキラキラとした輝きに包まれると、あちこちから驚きの声が上がった。
その輝きが収まると、先ほどまで血の気のなかったお父さんの顔に生気が戻っていて私はほっとする。
「お父さん……?」
男の子が呼びかけるとお父さんの目がパっと開き、メリーはびっくりして私の胸に飛び込んできた。
そのままむくりと起き上がったお父さんは震える手で真っ赤に染まった己の胸に手を触れた。
「痛みがない……傷が、治ってる?」
「っ、お父さん!」
男の子が感極まった様子でお父さんに抱きつくと、周囲でワっと歓声が沸き起こった。
「良かったぁ! 聖女様が魔法で治してくれたんだよ!」
「ううん、私じゃなくて、この子のお陰。妖精のメリーっていうの」
「ありがとうございます、メリー様!」
男の子とお父さんからもお礼を言われて、メリーは満更でもないような顔をしていた。
それからメリーは何人も続けて癒しの魔法をかけて回ってくれた。
クレマ王子が負傷者の様子を詳しく伝えてくれたお蔭で、重傷の人優先で治してあげることが出来た。
でも、10人を超えた頃だろうか。傷が治って喜ぶ人々を背に私の元へ戻ってくる途中でメリーの身体がふらっと傾いたのを見て、私は慌てて手を伸ばした。
そのまま私の腕の中にくたりと身を預けたメリーを見て、サっと血の気が引く。
「ごめんなさい、ここまでにしてください!」
もう命にかかわるような重傷の人はいないはずだ。
残った人々が落胆の声を上げる中、私はメリーを抱っこしたまま廊下へと駆け出した。
「メリー、大丈夫?」
「大丈夫なのです〜」
そう小さく答えてくれるけれど、明らかにいつもの元気がない。
「ごめんね、メリー。オアシスにお花探しに行こう!」
泉の周りなら花が咲いているはずだ。
これまでのオアシスでも種類は少ないもののちゃんと花のついている植物はあって、メリーは堅くてあまり美味しくないと文句は言いつつもしっかりと食んでいた。
だから、やっぱりあまり美味しくはないかもしれないけれど、いっぱい食べてゆっくり休めばきっとすぐに元気に――。
「メリー、コハルさまのお役に立てましたか?」
建物の外に出たときだった。
そんなか細い声が聞こえて見下ろすと、こちらをじっと見つめるつぶらな瞳とぶつかった。
「十分すぎるほどだよ!」
思わず叫ぶように言ってその身体をぎゅうっと抱きしめる。
「だってメリーがいてくれなかったら私なんにも出来なかった。こんなになるまで頑張ってくれて本当にありがとう、メリー」
するとメリーはとても嬉しそうに笑った。
「良かったのです~」
「だから、大好きなお花いっぱい食べて、ゆっくり休んで、早く元気に」
メリーは目をつむっていた。
「メリー?」
「……」
答えはない。
「メリー」
そのふわふわの身体をいつものように撫でながら呼びかけるけれど、何の反応もない。
いつも日が沈んで眠ったときには気持ちよさそうに鼻提灯を出しているのに、今は呼吸すらしていないように見えて。
「嘘でしょ……メリー!」
強く呼びかけてみても、ぴくりとも動いてくれない。
「コハル様?」
背後でローサの声がして、私は急いで振り返って彼女に詰め寄る。
「ローサどうしよう。メリーが!」
「コハル様、落ち着いてください」
「ねぇ、ローサ。妖精って、魔法を使いすぎるとどうなっちゃうの?」
「いえ。わたくしは妖精のことは何も……」
困り果てた様子でローサは続ける。
「妖精王様なら、お分かりになるかもしれませんが」
私は目を見開く。
――妖精王。
「エル!」
そうだ。妖精王である彼ならわかるに違いない。なにせ妖精の王様なのだ。
妖精のことならなんでも知っているはず。
でも今ここに彼はいない。
ここは『妖精の国』から遠く離れた『砂漠の国』だ。
(どうしよう……)
そのとき、ふと彼の優しい声が耳に蘇った。
――もし万一何かあったときには、あのブローチに呼びかけてみて。どこにいてもすぐに駆け付けるよ――
「ブローチ!」
思い出したはいいけれど、ブローチの存在なんて今の今まですっかり忘れていた。
竜の城の、自室の棚奥に仕舞ったままだ。
持ってくれば良かったなんて今更思ったところで後のまつりで。
(どうしよう……)
全身の力が抜けて、メリーを抱きしめたまま地面に座り込む。
「どうしよう、エル」
小さく声が漏れて、遅れて涙が溢れてくる。
「メリーが死んじゃったらどうしよう。ねぇ、エル。お願い、メリーを助けて……!」
動かない身体を抱きしめて強く願った、そのときだった。
「やっと呼んでくれたね、コハル」
「え……?」
ゆっくりと顔を上げると、銀髪の彼がにっこりと笑っていた。




