第70話
「一体、何が……」
ローサの小さな声が聞こえた。
あのカネラ王子も口をポカンと開けたまま声が出ないようだった。
街は酷い有り様だった。
いたる場所で煙が上がり、露店はめちゃくちゃ、倒壊している建物もあった。
人の姿はなく、しかし折れた剣や矢など武器らしき残骸があちらこちらに落ちていて。
ここで、何らかの争いが起きたことは明白だった。
(まさか……)
呼吸が震えて、ドクドクという心臓の音が頭にまで響いていた。
だって、この光景にはすごく見覚えがあった。
7年前嫌と言うほど目にした、魔物の襲撃を受けた街の姿だ。
「まさか、アイツが……?」
メリーのそんな呟きに頭が真っ白になりかけた、そのとき。
「クレマ!」
カネラ王子が急に大声を上げ、ラクダを降りて駆けだした。
その先には、今しがた建物から出てきた金髪の男性がこちらに気付いて立ち止まっていて。
(クレマ……確かカネラ王子の弟)
無事な人がいたことにホッとして、私たちもラクダを降りて王子の後を追った。
「カネラ兄様……?」
カネラ王子が駆け寄ると、長い金髪を一つに結んだ彼――クレマ王子は驚いた様子でなぜか後退り、何かに躓いたのかよろけてそのまま倒れ込んでしまった。
「クレマ!」
慌てたようにカネラ王子がその身体を支える。
よく見ればその身体は傷だらけだった。腕や脚に巻かれた包帯からは血が滲んでいる。
「大丈夫か?」
「……だ、大丈夫、です」
そう小さな声で答えた彼はカネラ王子に支えられながらゆっくりと立ち上がった。
やはり兄弟だ。カネラ王子の話によると母親は違うのかもしれないが、髪色といい良く似ていると思った。歳もそれほど変わらないように見える。
しかし、なぜか彼は兄であるカネラ王子の顔を見ようとしない。
「一体何があった」
カネラ王子がそう訊ねるが、クレマ王子は心なしか青ざめた顔で唇を震わせたまま答えようとはしない。
その姿は、まるで何かに怯えているように見えた。
「竜に、やれらたのか?」
「!」
カネラ王子の言葉にギクリとする。
彼もやはり同じことを考えていたのだ。
――リューが、この街を襲ったのではないかと。
しかし、クレマ王子は眉をひそめ首を振った。
「竜……? いえ、竜の姿はありませんでした」
それを聞いて私は大きく胸を撫でおろした。
おそらくはローサも。
「なら、」
「魔族たちです」
「!?」
その答えに皆が息を呑んだ。
「昨夜、魔族たちがいきなり攻めてきたのです」
強く握られた拳が小刻みに震えていた。
「私達も精一杯応戦したのですが、急なことで満足には戦えず……」
(魔族たちが、攻めてきたって……)
それではまるで、カネラ王子がついた“嘘”の話ではないか。
カネラ王子は続けて弟に訊ねた。
「被害のほどは」
「……今のところ死者は出ておりませんが、怪我人が多く、いま私含め動ける者で手当てを」
死者はいないと聞いてほっとする。しかし。
「なぜ、カネラ兄様はこの街へ?」
そこで初めて、クレマ王子はカネラ王子をまっすぐに見据えた。
「王都へ使者は出しましたが、いくらなんでも早すぎます」
その、何か言いたそうな……いや、はっきりと疑いの眼差しを見て、私は気付いてしまった。
――カネラ王子も『魔族』だからだ。
兄弟ならば、そのことは知っているはずで。
クレマ王子はこのタイミングで現れたカネラ王子を疑っているのだ。
カネラ王子もきっとそのことに気付いている。
「彼女たちを案内していて、この街に立ち寄った」
淡々と、彼は弟の問いに答えた。
その表情は普段の彼と何も変わらないように見えたけれど――。
「案内?」
そうして、クレマ王子の視線が私たちに移った。
「この者らは?」
「聖女サマと、その従者」
そう紹介された私は慌てて姿勢を正し頭を下げる。
「初めまして。佐久良小春と申します。あの、カネラ王子には砂漠の道案内をお願いしていまして」
「聖女、様……?」
私を見つめるその瞳がみるみる大きくなっていったかと思うと、彼はいきなりその場に膝を着き勢いよく頭を下げた。
「聖女様、お願いします!」
「えぇ!?」
突然のことに驚く私に、彼は大声で言った。
「この街を、いえ、この国をお救いください!」
「え、えっと」
「魔族たちが、叫んでいたのです」
「え?」
そして、彼は口に出すのも恐ろしいという様子で続けた。
「魔王が、再び復活すると」
「!?」
――魔王が、復活?




