第69話
水と食料を分けてもらい、日が沈んでから私たちはその村を出発した。
「オアシスを経由して行くから少し日数かかっちゃうけど、いいよね?」
カネラ王子にそう言われたら頷くしかなく、そのまま私たちは日中オアシスで休み、夜間にラクダで砂漠を渡るという旅を続けることになった。
夜はやっぱり寒いくらいだったけれど、昼間の暑い中を進むよりは確かに体力の消耗が抑えられる。
それでもそんな昼夜逆転の旅は想像以上にキツかった。昼間休むと言ってもぐっすりと眠れるわけもなく、夜ラクダの背に揺られながらついうつらうつらしてしまって危うく落ちかけ、後ろのローサに度々心配をかけてしまった。
野盗も出た。そんな時はローサがすぐに追い払ってくれたけれど、彼女も顔には出さないけれど相当疲れているはずで、自分の無力さが情けなくて申し訳なかった。
(これで、もしその『竜の洞』にリューがいなかったら……)
そんな考えが脳裏に浮かんでは頭を振って「きっといる!」と自分に言い聞かせた。そうでないと心が折れてしまいそうだった。
――そして。
リューらしき目撃情報が得られたのは、王都を出てから5日目のことだった。
「本当ですか!?」
立ち寄った小さなオアシスの村で、私は思わず歓声を上げていた。
「は、はい。数日前の明け方、大きな竜が飛んでいくのを見たと、この子が……」
そうしてその女性は自分にぴったりとくっついている3、4歳の女の子を見下ろした。
「どっちの方に飛んで行ったか覚えてるかな?」
私がそう訊ねるとその子はおずおずと空を指差した。
「あっちの方に飛んでいったよ」
その方角は『魔族の街』の方に間違いなくて、私達は顔を見合わせしっかりと頷きあった。
でも母親だろう女性は娘の話に半信半疑のようで。
「本当に竜だったの? 大きな鳥じゃなくて?」
「違うよ! だって、すごくすごーく大きかったもん!」
手を大きく広げて教えてくれた女の子に「ありがとう」と心からお礼を言うと、その子は嬉しそうに笑ってくれた。
この情報は本当に有難かった。お陰で折れそうだった心が大きく救われた。
それはローサも同じだったようで。
「良かったですね、コハル様」
木陰で休みながら、久し振りに穏やかな笑顔を見せてくれた。
彼女にとっても初めての砂漠の旅なのに、私を守るために常に気を張っていなくてはならないのだ。もしかしたら私以上にホっとしたのかもしれない。
「アイツ見つけたら必殺キックを一発お見舞いしてやらなきゃ気が済まないのです」
メリーがめちゃくちゃ低い声でボヤくのが聞こえて苦笑する。
でもメリーもこの数日本当に頑張ってくれていた。
夜は相変わらずぐっすり寝てしまうけれど、昼間毎日のように私たちに癒しの魔法を掛けてくれた。
初めての砂漠の旅でここまで体調を崩さずにやって来られたのはメリーのおかげに他ならないだろう。
竜の国にいた頃に比べてすっかり埃っぽくなってしまったその身体を撫でながら私は言う。
「そうだね。私もどんなに大変だったかって文句言ってやろう」
と、ローサが浮かべていた笑みをスっと消し、少し離れた場所で仰向けに寝転んでいるカネラ王子に訊ねた。
「あとどのくらいで着きそうですか?」
「……」
「カネラ殿下?」
「……」
「カネラ殿下!」
「んえ?」
やっと気が付いたらしいカネラ王子が眠そうな目をこちらに向けた。
……彼は当然ながら砂漠の旅に慣れていて全く疲れた様子はなく、今もおそらくぐっすりと熟睡していたのだろう。
ローサが先ほどよりも若干強めの口調で訊き直すと、カネラ王子はゆっくりと空を見上げた。
「あー、順調に行けば、明日の朝にはクレマのいる街に着けると思うんだけど……」
「クレマ、とは?」
「弟。『魔族の街』との境にある街だから、一応見張りって体でそこに住んでる」
(カネラ王子の弟か……そういえば兄弟が何人もいるんだもんね)
7年前、王宮にいた兄弟の何人かを見た気はするけれど会話もなかったし殆ど憶えていない。
「境にある、ということは」
「そ。明後日には『魔族の街』に入れるかな」
(明後日……)
もう少しだと私は自分を奮い立たせた。
――しかし。
「どういうこと……?」
自分の口からそんな掠れた声が漏れていた。
翌朝到着した『魔族の街』との境にあるというオアシスの街。
その街が、半壊していた。




