第48話
――まぁ、個人的に君にまた会いたかったっていうのもあるんだけどね。
上目遣いでじっと見つめられたまま沈黙が続いて、自分の口元が徐々に引きつっていくのがわかった。
(えっと……?)
つい数時間前にも「またお会い出来て嬉しい限りです」と言われたけれど、あれは社交辞令で。……社交辞令のはずで。
でも今、おそらく素であろう彼の口から出た今の言葉は……?
「なのにさ~」
ゴンっ、と音を立てて彼は再びテーブルに突っ伏してしまった。
「なんなの竜帝のあの態度。めちゃくちゃ敵意剥き出しじゃん。なにあれ牽制? 俺への牽制なわけ? 怖ぇ~。竜帝は怖ぇって聞いちゃいたけどマジで怖ぇ~~」
ブツブツとぼやく声がくぐもって聞こえてきて、アハハ……と乾いた笑いが漏れる。
……でもお蔭で、妙な空気は霧散してほっとする。
「――まぁ、それは置いといてさ」
そんな軽い言葉と共に彼は身体を起こし億劫そうに椅子から立ち上がった。
そのまま私のいる窓際にやってきて、先ほどの私のように外の花壇の方を眺めた。
「とにかく、砂漠の国としては君に来て欲しいんだ。王もまた君に会いたがってる。改めてあの時のお礼がしたいみたい。ほら、君は魔王を封印して、そのまますぐに帰ってしまっただろう?」
視線がこちらに戻ってきて、今度は私が彼を見上げるかたちになる。
「いえ、お礼なんてそんな……」
「ぶっちゃけさ、王はあの頃君のことをあまり信用していなかったんだよ」
……それは、流石にぶっちゃけ過ぎじゃないだろうか。こっちが心配になってしまう。
でも、まぁそうだろうなと特に驚きはなかった。
私自身あの頃は自分がまさか本当に魔王を封印出来るなんて思っていなかったのだから。
「でも今回は違う。君に……聖女サマに本気で助けを求めてる。虫がいいと思われるかもしれないけどね」
口調はあの頃と変わらず気怠げだけれど、こちらを見つめるその瞳は確かに真剣みを帯びていて。
(やっぱりカネラ王子、変わったなぁ)
少なくとも今目の前にいる彼は、あの頃の何に対しても関心のなかった彼とは違う。
今、彼は自分の国のためにここに……私の前にいるのだ。
「だから、聖女サマ。砂漠の国を助けてもらえないですか」
そして彼はもう一度コテンと首を傾げた。
――こんなふうに頼られて、必要とされて、NOと言えていたら多分私はこの世界で聖女になんてなっていない。
「護衛をつける。これは譲れない」
「はい」
「どうせあの妖精は一緒にくっついて行くんだろうからな。少しでも疲れが出たらすぐに癒してもらえ」
「はい」
「絶対にひとりでは行動するな。それと、あの王子とふたりきりにはなるな」
「はい」
明日、急遽カネラ王子と共にこの城を出て砂漠の国へ赴くことになった私。
皆に手伝ってもらいながらバタバタと準備を整え、漸く寝るばかりになって寝室に入れば待っていたのはリューの長々とした話だった。
……ちなみにカネラ王子を交えた晩餐の最中もリューの態度は相変わらずで、私はずっと引きつった笑みを浮かべていた気がする。
多分今頃カネラ王子は客室のベッドに突っ伏しているのではないだろうか。
腕を組みどっかりとベッドに腰掛けたリューの話はまだ続くようで。
「長くなりそうなら一旦帰ってこい。長くて半月だ。それ以上かかりそうなら」
「リュー」
彼の言葉を遮り声をかけると、彼は目の前に立つ私を見上げた。
その顔はやっぱりぶすっと不機嫌そうで。
「砂漠の国へ行くことを許してくださって、ありがとうございます」
頭を下げて、改めてお礼の言葉を口にする。
「十分に気を付けます」
すると、少しの間を置いて大きな大きなため息が聞こえた。
「……コハルが困っている者を放ってはおけない性分なのは知っている。俺も、7年前そうしてコハルに助けられた。そんなコハルに俺は惹かれたんだ」
なんだか投げやりな口調で彼は続ける。
「だからあいつも、俺のようになるんじゃないかと考えたらムカムカしてきてな」
「だからそれはないですって」
――多分。
先ほど一瞬流れた妙な空気を思い出して、でも悟られないように苦笑する。
(そんなこと話したら、やっぱりダメだってなるに決まってるし)
でもカネラ王子に限って、リューが心配するようなことになるはずがないのだ。
先ほどの言葉はきっと彼なりの誠意で、深い意味はないのだろう。そうに決まっている。
「だが、絶対に気は抜くな。あの王子もだが、砂漠の国の連中の言葉を全部は信じるな」
「わかりました」
内心そこまで警戒しなくてもいいのにと思いながら頷く。
と、やんわりと手を取られた。
「必ず戻ってこい」
睨むような強い眼差しを向けられて、私はその手を握り返して笑顔で答える。
「はい。必ず戻ってきます。……ここが、私の帰る場所ですから」
瞬間その顔が泣きそうに歪んで、ぐいと引き寄せられる。
「抱いてもいいか?」
「!」
熱を帯びた金の瞳に見上げられて、一気に顔が熱くなる。
でも、断る理由はなかった。それに――。
「私も、リューに触れたいです」
そうして私は彼の首に腕を回した。




