第37話
「――あ、そうだ。手紙」
ティーアから届いた手紙のことを思い出す。
セレストさんと作ったアルファベット表を見ながらなんとか少しでも読めないだろうか。
……友人からの手紙を読んで、この不安な気持ちを紛らわしたかった。
ソファに腰を下ろしてその手紙を改めて見てみる。すると。
「あっ、“コハル”って書いてある!」
封筒の表側につい先ほど何度も書いた自分の名前を見つけて嬉しくなった。
早速、授業の成果が出たのだ。
「コハル様、もう文字が読めるようになったのですか?」
そう言いながらメリーがこちらに飛んできて私の隣に舞い降りた。
「とりあえず名前だけね」
でも問題は中身だ。
(単語はまだ何もわからないし、まだ無理かな……)
そう思いながら封を切って中の手紙を取り出すと、ふわりと花の香りがして友人の優しい笑顔が目に浮かんだ。
そして折り畳まれた手紙を開いた、その途端のことだ。
『 コハル 』
そんな綺麗な女性の声が耳に響いて驚く。
「え、ティーア!?」
間違いない。今の声は彼女のものだ。
思わず周囲を見回すが、その姿はない。
と、メリーが興奮したようにジャンプした。
「魔法のお手紙なのです!」
「魔法の……?」
するとティーアの声が再び手元の手紙から聞こえてきた。
『 コハルはこの世界の文字が読めなかったと思うので、声も一緒に送ります 』
そうだ。ティーアは私が文字を読めないことを知っている。
ティーアの治める『花の国』は魔法の技術が世界で一番発達した国。そう聞いてはいたけれど、こんなことも出来るなんて驚きだ。
(でも私を異世界から召喚出来るくらいだから、このくらい簡単なのかも?)
ティーアの鈴を転がすような声は続く。
『 コハル、竜の国で元気にしているかしら。突然のことだったからコハルがそちらの国で戸惑ってはいないかと、とても心配しています 』
「ティーア……」
その声音からも心配してくれているのが伝わってきて、なんだか少し涙が出そうになってしまった。
でもこれはあくまで手紙。会話が出来るわけではないのだろう。
『 本当は私が会いに行けたら良いのだけど、少しでも早くコハルに伝えたいことがあって、こうして手紙を書くことにしました。……これを今、コハルだけが聞いていればいいのだけど 』
「え?」
「メリーは聞いてはダメなのでしょうか……?」
メリーがしょんぼりした顔で私を見上げた。
『 あ、メリーは一緒にいて大丈夫よ 』
まるでメリーの反応がわかっていたかのようなティーアの言葉に、メリーの顔がぱーと輝いた。
良かったねと言いながら、少しの緊張を覚える。
(私とメリーだけに聞かせたい話って、なんだろう……)
『 実は、コハルがこの花の国を発ったその日の夜、何者かによって聖殿が破壊されてしまって 』
「え?」
――聖殿が、破壊……?
聖殿……聖女召喚のための魔法陣がある、あの石造りの建物だ。
『 召喚の間も酷い有様で……ごめんなさい。とても言い辛いのだけど、コハルを向こうの世界に帰してあげられなくなってしまったの 』
自分の喉から声にならない声が漏れた。
『 召喚の間を作り直しても、もう一度コハルのいた世界に繋がるかどうかわからなくて……こんなことになってしまって本当にごめんなさい 』
ティーアの声が少し震えていた。
『 誰が、何のためにこんな酷いことをしたのかわからないけれど、なんだか凄く嫌な予感がして……コハル、どうか十分に気を付けて。また何かわかったら、こうして手紙を送ります。花の国のティーアより 』
そこで手紙は終わりのようだった。
「コハル様……?」
「……」
メリーの気遣うような声が聞こえたけれど、応えてあげることが出来なかった。
――向こうの世界に、帰れなくなった……?
竜帝妃として、この竜の国で暮らすことを決めたのに。
向こうの世界に会いたい人がいるわけでもないのに。
聞いた瞬間、足元がガラガラと崩れていくような感覚に襲われた。
帰りたかったらいつでもまた帰れるのだと、無意識に思い込んでいたのだろうか……?
「コハル様……お顔が真っ青なのです。大丈夫ですか?」
「え? あ、ごめん。大丈夫。ちょっとびっくりしちゃって」
ソファの背もたれに寄り掛かって、一度大きく深呼吸をする。
「メリーもびっくりしました。――あ! ひょっとして、あの竜人族の仕業でしょうか!」
「え?」
メリーが憤慨したように続ける。
「アイツ、コハル様に帰って欲しくなくて聖殿を壊したんじゃないですか!?」
「まさか……」
そう笑おうとして、うまく笑えなかった。
もしかして、ティーアもその可能性を考えて私とメリーだけにこの手紙を聞かせたかったのだろうか。
「……で、でも、私がこの国に来た日の夜は、リューは私と一緒に寝てたし」
そうだ。あの日、初めての夜、抱き枕のようにされてなかなか眠れなかったのだ。
それにリューは花の国で再会したあの日、戸惑う私に「たまの里帰りは許可するぞ」と確か言っていたではないか。
だから、リューのはずはない。
「では、一体誰が……」
「……」
私をこの世界に留めておきたい誰かの仕業……なのだろうか。
ティーアの言う通り、なんだか嫌な予感がした。
トントン、とそのときドアがノックされてビクっと肩が震えてしまい隣ではメリーが大きく飛び上がった。
「は、はい」
「失礼いたします。コハル様、お茶をお持ちしました」
入ってきたのはローサたちでほっと胸を撫でおろす。
私はその手紙を封筒に戻し、棚の引き出しに仕舞った。
……このことをリューに話すべきかどうか、迷っていた。




