第36話
魔王は封印しただけでその存在が消えたわけではない。
今もこの世界の『裏側』に配下の魔物たちと共に存在しているのだ。
そのことを思い出して背筋がぞくりとした。
「コハル様は全ての王にお会いしているのでしたね」
「え? あ、はい。一応……魔王を封印するために王の力を分けてもらう必要があったので」
――そう。7年前、そのために私は全ての国を訪れた。襲い来る魔物たちを撃退しながら。
聖女の力を授かったとはいえ、本当に良く生きていられたものだと思う。
と、メリーが何かに気付いたように声を上げた。
「コハル様はその頃、妖精王様のことは知らなかったのではなかったですか?」
「うん、その時は王の代理って人が対応してくれたの」
でも今思えば、エルから道中知らぬ間に力を分けてもらっていたのかもしれない。
「現在この5つの国では平和が保たれておりますが、一昔前は国同士の争いが絶えませんでした」
「え!?」
思わず大きな声が出てしまっていた。
「魔王がこの世界に現れ魔物が蔓延ったことで、国同士協力せざるを得なくなったのです」
私は目を見開く。
「じゃ、じゃあ、」
嫌な予感がして、でも口に出来ずにいるとセレストさんが頷いた。
「はい。魔王が封印され平和になった今、再び各地で小さな小競り合いが起き始めています」
「そんな……」
そういえば、つい昨日セレストさんから“妖精の国と戦になるところでした”と言われて、そんな大袈裟なと思ったけれど。
(全然、大袈裟なんかじゃなかったんだ……)
机の下でぐっと強く拳を握る。
「幸い、この竜の帝国内ではまだそのようなことは起きていませんが、今後もないとは限りません。無論、争いに発展する前になんとかするのも王の務めです。そして争いに発展しないよう国力をつけることも必要となってきます」
(国力……)
なんだか重たい言葉に思わずゴクリと喉が鳴ってしまっていた。
「聖女であるコハル様を竜帝妃としてお迎えすることは我が国にとって、とても大きな力となりえます」
「え?」
思わず間抜けな声が出てしまっていた。
(私が、国の力に……?)
「おそらく今頃はどの国でも大変な騒ぎになっているでしょう。妖精王様がいち早く様子を見に来られたというわけですね」
「!?」
私のことを心配して来てくれたのだとばかり思っていたけれど、エルにそんな思惑があったのだろうか。
なんだか少しショックを受けているとセレストさんは続けた。
「私は、今こうしてコハル様にこの国のことをお話出来ていることをとても嬉しく思っております」
「え……?」
「竜帝妃となる決心をしてくださって、本当にありがとうございます」
そうして丁寧に頭を下げられて慌ててしまう。
……ひょっとして、ずっと迷っていたことをセレストさんには見抜かれていたのだろうか。
「い、いえ、でもほんと全然自信はないので、これからもご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いします」
何かのスピーチで聞いたような言葉をそのまま使って深く頭を下げると、ふっとセレストさんが吹いた気がした。
(セレストさんが、笑った……?)
すると彼はそれを誤魔化すように咳払いをしながら顔を上げた。
「失礼いたしました。こちらの方こそよろしくお願いします、コハル様。これから共に、陛下を支えてまいりましょう」
「はい!」
――こうして、セレストさんの第一回目の授業は終了したのだった。
「ふぅ」
自室に戻って一息つく。
メリーが花瓶に生けられた花の方へとふわふわ飛んで行くのを見送りながら独り言ちる。
(争いか……)
てっきり、魔王を封印してこの世界は平和になったのだと思い込んでいたからショックが大きかった。
大きな窓の方へと足を進めてその綺麗な景色を眺める。
この美しく幻想的な世界にも、国同士の争い「戦争」が存在するのだ。
竜帝妃になるということは、この国をリューと共に守る立場になるということ。
例えば『花の国』や『妖精の国』と戦争になれば、ティーアやエルと敵対しなければならなくなる。
(そんなの、絶対に嫌だ!)
ふたりと争うなんて考えたくもなかった。
……ティーアもエルも、私が竜帝妃になるかもしれないと知って本当はどう思ったのだろう。
そして、私が国の力になるという話。
そう聞いても未だに全然実感がわかないけれど。
(リューも、この国のために私を選んだのかな……?)
そう思ったら、なんだか胃の辺りがすうっと冷たくなった気がした。
(ううん、それはない)
ぶんぶんと首を振る。
リューの気持ちは、この数日間一緒に過ごした自分が一番わかっているはず。
この国のためという気持ちも、もしかしたら少しはあるかもしれないけれど、それ以上に私を想ってこの世界に喚んでくれたのだと……そう、信じたい。
(だよね? リュー……)




