第35話
そして、早速その日の昼過ぎからセレストさんの授業は始まった。
場所は図書室。先日お城を案内されたときにちらっとだけ見せてもらったそこは立派な本棚が並び古い本特有の何とも言えない良い香りがした。
時間は90分ほどと言われたけれど、忙しい合間を縫ってこうして私のために時間を作ってくれたのだから本当に感謝だ。
「よろしくお願いします!」
机の前に立ったセレストさんに頭を下げる。
と、彼の視線が私の隣の席に移った。
「メリー様もご一緒ですか」
「!」
そこに座っていたメリーが慌てたようにその身を机の下に隠した。
一人はやっぱりちょっと不安で連れて来てしまったのだけど。
「ダメでしたか……?」
「いえ、メリー様もこれからこの国で過ごされるのでしたら是非。――で、なぜ陛下までこちらに?」
「様子見だ」
私を挟んでメリーとは逆隣に座ったリューが腕組みをしながら大真面目に答えて私は苦笑する。
彼の場合、私が大丈夫ですよと遠慮してもやはり心配だからとついて来てくれたのだ。
「陛下には陛下のすべき事があるはずですが」
「少しだけだ。すぐに戻る」
するとセレストさんは諦めたようにはぁと息を吐いて、手にしていた一冊の本を私の前に広げた。
「こちらがこの世界の文字の一覧になります」
開かれたページにはこの世界で確かに見覚えのある文字が並んでいた。
今はその全てが記号に見えてしまうけれど。
「ちなみに、こちらの本は陛下が幼少の頃に使っていたものです」
「へぇ」
「ああ、懐かしいな」
リューもふっと顔をほころばせた。
言うなれば、小学一年生用の国語の教科書みたいなものなのだろう。
幼いリュー皇子がこの本を一生懸命に読んで勉強している姿が目に浮かんだ。
「こちらを覚えていただくことになりますが、コハル様の場合コハル様の世界の文字と照らし合わせながらの方が覚えやすいですかね」
「あ、はい」
「では手始めに名前からいきましょうか。まずコハル様の世界の文字でこちらに書いてみてください」
そうして目の前に紙と羽ペン、そしてインクが差し出されて戸惑う。
「すみません、私羽ペンを使うの初めてで……」
「そうなのか? ペン先にインクを付けるだけだぞ」
リューがそう言いながらペンを手に取り、お手本を見せてくれた。
思ったよりも簡単そうで、私もリューに倣って試し書きをしてみることにした。
はじめ筆圧の加減が分からず太く滲んでしまったけれど、なんとかいけそうだ。
平仮名と片仮名どちらにしようかちょっと迷って『コハル』と片仮名で書いていく。
「これで『コハル』です」
両隣からリューとメリーがそれを興味深そうに覗き込んできた。
するとセレストさんはその下にサラサラっと文字を書き足した。
「こちらの世界で『コハル』はこう書きます」
6つの文字で綴られたそれを見て、日本語よりも英語に近いのかなと思った。
「コハルの世界の文字で俺の名はどう書くんだ?」
「え?」
「メリーも! メリーも書いてくださいコハル様!」
「う、うん」
ふたりに言われて私はその下に『リュークレウス』『メリー』と続けて書いてみせた。
「これでリュークレウスか。なかなか格好良いじゃないか」
「そうですか?」
「メリーはなんだか可愛いのです!」
ふたりが何やら喜んでくれている中、セレストさんが感心するように言った。
「コハル様の世界の文字は、こちらよりもおそらく数が多いのですね」
「世界というか、これは私の国の文字なんですが、世界の中でも多いと言われてます」
日本語には平仮名、片仮名、更には漢字もあるのだ。
「でしたら、きっとこの世界の文字はすぐに覚えられますね」
「が、頑張ります。……あ、そういえば、この文字って世界共通なんですか?」
「それぞれの国に古代文字は存在しますが、現在この世界で主に使われている文字はこちらですね」
それを聞いて少しホッとした。
それこそ日本語のように覚える文字が大量にあったらどうしようかと思った。
私はセレストさんの書いてくれた文字をお手本に自分の名前をいくつも続けて書いていった。
(これを覚えれば、私の署名が出来るんだ)
「綺麗に書けていますね」
「ありがとうございます!」
褒められて嬉しくなる。
(なんだ。セレストさん普通に優しいし)
厳しいと聞いていたから変に身構えてしまったけれど、杞憂だったようだ。
――と、ほっとした矢先。
「後日テストをしますので、しっかり覚えてください」
「えっ」
(て、テスト!?)
なんて嫌な響きだろう。一気にプレッシャーが圧し掛かった気がした。
と、リューが小さく私に耳打ちをした。
「気を付けろコハル、こいつ間違えるとなぜ間違えたのかとネチネチネチネチ訊いて来るぞ」
「陛下。そろそろご自分の仕事に戻られてはいかがです?」
「そ、そうだな」
セレストさんの鋭い視線を受けてリューが慌てたように椅子から立ち上がった。
「頑張れよ。コハル」
ぽんと肩を叩かれて笑顔で頷く。
「はい。リューもお仕事頑張ってください」
「あぁ」
そうしてリューは図書室を出て行った。
その後はセレストさんに教えてもらいながら英語のアルファベットと照らし合わせた表を作っていった。
途中で、やはり日本のそれよりも英語のアルファベットに近いことに気付いたのだ。
セレストさんは私が新たに書き始めた文字を見て少し驚いていた。
出来た表を見て、これを覚えればなんとかなりそうだとひとり頷く。
「本、ペン、インクなどの単語に関しては追々覚えていきましょう」
「はい!」
「では残りの時間は、この世界の成り立ちや歴史についてお話いたします」
一時間目は「国語」、二時間目は「社会」というわけだ。
「まずは、こちらを」
机に広げられたそれは世界地図だった。
メリーも机に身を乗り出してその地図を見つめた。
「すでに御存知のこともあるかと思いますが確認だと思って聞いてください」
そう前置きしてセレストさんはこの世界について改めて教えてくれた。
この世界は大きく5つの国に分かれていて、それぞれの王が治めている。
竜帝の治める『竜の国』
花の女王の治める『花の国』
妖精王の治める『妖精の国』
砂漠の王の治める『砂漠の国』
氷の女王の治める『氷の国』
そして、今は封印されている魔王の治める『魔界』が、この世界の『裏側』に存在している。




