回想 帰り道にて 3
「始まりは一つの依頼だったんだ……」
浮かない顔をしながら語りだした柊を有夏と八巻は無言で見守る。
「禁足地ってあるだろ? 一般の方のじゃなくて祓い屋の方の。あれ関係の依頼が両親に来たんだ、秘匿依頼でな」
当然のように同じ祓い屋にしか通じない情報を口にする柊。祓い屋ではなく前提情報も無いため八巻は理解が追いつかないが、それとは対照的に、それが神仏とて手出しを躊躇うほどの尋常でない危険地域を指す言葉と知っている有夏は話の続きを催促する。
「内容は?」
「ああ。先ず依頼の前提としてな? ある血筋を引く一族が昔から定期的に誰かしらが不可解な死に方するってんで、とうとう耐えかねてどこぞの寺社にお祓い受けに行ったんだそうだ。そうして頼られたソコの坊さんがお祓いを始めたら、全身から血を噴いて死んだ」
「……呪いか」
柊の説明に一言こぼしてから険しい顔をする有夏。一緒に聞いていた八巻も分からない専門用語は一旦棚に上げておいて質問をする。
「でも、そんなにヤバい呪いなら本当にお祓いができる人だったら、やる前にわかりそうなもんだけど、そのお坊さんは気付かなかったの?」
異世界に行く前ならばとてもじゃないが信じられないような内容の話だったが、悲しいかな彼は向こうでそういうものに慣れすぎて感覚が麻痺していた。
柊は先程から八巻がすんなりと話を受け入れている事に少しだけ驚きながら話を続ける。
「結果からすりゃあ、どうもそうらしいな。まぁ、そんな事があったから即、他の神社に回されてよ。そこで詳しく調べたら、その呪いは活性化さえしなけりゃ無いのと変わんねぇ位に弱いモンだったんだそうだ。それでその坊さんも気が付かずに呪いに触れちまって、その縁を辿られて殺られたんだろうってな」
「うわ~、ソレ超厄介なタイプだわ。潜伏型ってヤツっぽい。向こうでも暗殺に使われて、色んなとこで苦労したんだよなぁ……」
「向こう……?」
八巻の言葉の節々から不審なものを感じ疑問に思う柊だったが、そこに割り込むように話しかけてきた有夏へと慌てて意識を向けた。
「それで、それが柊の家の事情にどう関係してくんの?」
「えっ? あっ、ああ、それでな。さらに詳しく調べて呪いの縁を辿ろうとしたら、ソコの御祭神様に止められて、死にたくなきゃこれ以上刺激するなって釘を刺されたんだそうだ」
「それで組合に回ってきたってワケ?」
「そうなる。で、事前調査で密かに探るのが得意な四迷家の輪胴さんが探ったら、かなり根深くて強力な呪いだったから組合でも下手な奴には仕事を回せないってなってな」
「その人、確か甲級だったよね」
「そうだな。甲の二番位」
「なら間違いはないか……」
術者としての家格で蓮堂や五塔杢に匹敵する四迷家の者が話に出てきた事で、有夏はこの話の厄介さを理解する。端から聞いていても話の先行きの悪さを感じ取った八巻に関してはもう言葉もない。
「本来ならそのまま輪胴さんか四迷家の誰かが呪いを祓うはずだったみたいだけど、輪胴さんは呪いの調査段階でダウン、他の人は強力過ぎて手が出せなかった。そこでウチの両親にお鉢が回って来たんだ。まあ、指名依頼ってお題目で伏せられてたから、両親以外のウチの者はこの事実のほとんど全部をあとから知ったんだけどな」
「秘匿依頼だったのならまあ……。でも、それが始まりって事か……」
「依頼を受けた両親は早速依頼者の所で解呪に取り掛かった。……そこで具体的に何があったのか、それはあたしたちにはわかんねぇ。だけど結果は失敗。依頼者の呪いは解けず終いだ」
幸い依頼者の一族に今はまだ被害は出てないそうだけどよ…、と呟き柊は力なく苦笑した。
「それだけじゃなくウチの両親も被害を被って瘴気に犯されたんだ。今は家の地下で瘴気の侵食を抑える為に慧儺明王様のお力を借りて封じてる」
「侵食か……今はどの程度なの?」
「親父の方は鬼化しかかってるけど何とか話はできる。けど母さんの方は……もう会話も儘ならねぇ」
「身体の変化は?」
「それは何でか親父の方が進んでる。母さんの方は目に見えて変わった所はないな」
有夏の問いかけに対し侵食の度合いを隠す事なく開示した柊へ、八巻が無言で同情の目を向ける。それは四迷家や禁足地、鬼化などの細かな事情は分からずとも、経験則から事態のおおよその深刻さを悟り、自分から彼女へかけられる言葉がやはりなにも無いということを理解したからであった。
そして少しの沈黙が流れたあと、柊の全身をじっくり観察して何事かを考えていた様子の有夏が尋ねる。
「……じゃあ柊たちは?」
「あたしらはなにも――」
「柊と梓、身体入れ替わってる他には変化は無いの?」
「ッ……そ……んな……そんなに、分かりやすかったか?」
その問いかけを誤魔化そうとした柊を遮って有夏が再び尋ねる。その声色にはある種の確信が込められており、それに気付いた柊は顔を顰めつつ肯定した。
「あたしたちはちょっと特別だからね。一目見れば魂と身体が合ってないことくらいは分かる。だから初めて会った時から、好きでそのキャラに見合わない格好してるってワケじゃないのも分かってたよ。まあ、それが何でかまでは流石に分かんないし、触れて良いのかも分かんなかったから、今まで言わなかったけどさ」
「…………そうか」
真剣かつ確信と自信をもって有夏から語られた言葉に、柊は沈黙の後に呻くようにしてそう絞り出す。
今まで身内以外にはひた隠しにし、決して誰にもバレていないと思っていた事実を初めから知っていたと言われた柊のショックは大きかった。
実際のところ、ちゃんと隠し通せていたのかどうかについては諸説あるのだが、少なくとも本人達の間では完璧だと思っていたのだ。
そこに有夏の言葉を受けた彼女は、もうその一言しか出すことが出来なかった。
「……それで何か問題ないの?」
「……今んところはない。体調も普通だ」
「ならいいんだけど、何があってそうなったのさ?」
その沈み様に気まずくなった有夏が探る様に問いかけると、柊は頭を小さく振り、気を取り直してから答える。その答えと持ち直した雰囲気に安堵した有夏は続けて尋ねた。
そして柊はその日の事を思い返しながら喋り出す。
「……依頼が失敗した日、アタシと梓は現場付近の駐車場で待機してたんだ。万が一失敗した時の後詰めとしてな」
そう話し始めた柊の脳裏には、梓と共に車の後部座席に座り、早く終わらないかなどと何の憂いもなく呑気に話し合っている光景が浮かんでいた。
「後詰めつっても、当時はウチの両親が失敗するなんて夢にも思ってなかったから、2人で気楽に待ってたんだ。依頼内容も両親以外詳しくは知らなかったしよ」
「まあ、よく内容知らないなら当主ほどの術者が失敗するとは思わないかもね」
淡々と話す内容に有夏が確かにと納得の合いの手を入れる。八巻も何も言わないがウンウンと頷いていた。
二人に対して柊はそう語りながらも、改めて当時の自身を思い返し、しょうがないヤツだと言わんばかりの苦笑いを浮かべて……。
しかし――
「でも、それが災いした」
――その一言から彼女の語り口は一変した。
「車で待ってたらよ、現場から両親が出てきたんだ。普段通りの顔してよ。依頼者の見送りがなかったのが少し引っ掛かったけど、アタシは依頼は大成功してもう終わったもんだと思ったんだ」
両の手でスカートの裾を強く、強く握りしめ、肩を震わせ地面を見つめる彼女からは後悔の念が滲んでいる。その態度は己の失態や、その失態によって味わった恐怖を伺わせた。
当時の柊はこの時点で持った、ほんの少しの違和感に、決して蓋をしてはいけなかったのだ。
「車に乗り込んできた両親は終わったから帰ろうって言って車を出した。家に帰る道中、何を話しかけても返事がなくてな、察しの悪いアタシらはそこで初めて異変に気がついたんだ。『なんかおかしいぞ』ってな」
記憶の中の彼女は梓と共に仕事が早々に終了し、退屈だった待機時間が終わることを無邪気に喜んでいた。二人で帰ったら何をしようかとか、両親に仕事はどんなだったのかと問いかけていたのだ。
しかし、いつもならにこやかに応えてくれる、その他愛もない会話に両親からの反応は何もなかったのである。
「車が急に路肩に止まって、いよいよ明確な危機感を持った。警戒しながら原因はなんだって探したよ。そしたら運転席と助手席に座ってた両親は肉眼では普通なのに、バックミラー越しにチラッと見れば二人は既に鬼化しててよ。完全にヤバいと悟って梓と一緒に護符を取り出したら、2人がバカ笑いしだして言ったんだ。『気付かれたか』って……」
にわかに車内へ漂い始めた緊張感を払拭すべく話かけ続ける梓を一切無視した両親が、車通りの少ない道を選び、その端へと車を寄せて行った時点で柊の脳内ではけたたましく警報が鳴り響いていた。
故に彼女は密かに腰のポーチから護符を取り出して警戒し、同時にもう一枚取り出した護符を気付かれないよう梓の手へと握らせたのだ。
車の速度が落ち、車内に梓の声だけが響く中、柊は最大限の警戒をして両親の様子を探っていた。
そしてふと視界の隅に入ったバックミラーが気になり目線を向ければ、そこには肌が変色し、額から角を生やした二人の姿が映っていたのだ。
柊は驚きと共に二度見をし、しばしその光景を理解できずにいたが、それが現実だと受け入れると直ぐさま梓へと警告を飛ばし臨戦態勢に入った。
そこで初めてグリンと勢いよく振り返った両親が、対処しようとする彼女たちを大声で嘲笑ったのだ。
相手を見下した、心底愉快そうなその嗤い声には、淀みきった霊力と瘴気が混じり合い、物理的な圧となって柊たちの行動を阻害した。
それはまるでこの世の悪意と邪気を煮詰めに煮詰めた様な嗤いだった。
「依頼者の家から出てきた最初の時点で二人とも乗っ取られてたんだよ。……で、そもそもソイツらはアタシらを騙して、乗っ取る器を増やそうとしてたらしくてな。アタシらに気付かれたからって方針転換して、壊して遊ぶ方向にシフトしたんだ」
嗤いに気圧され行動できないでいる柊と梓を前に、鬼に乗っ取られた母親はベラベラと話し出す。
曰く、『やっと依頼者の一族を見つけた』、『今までは印に呪いを送ってチマチマとやるしかなかったから面倒だった』、『両親を乗っ取ったお陰で一網打尽にできる目処が立ち感謝している』、『その礼にお前達も乗っ取ってやろう』などと自分勝手な事を一通り喋り終えた。
しかし、ゲラゲラ嗤う母親を乗っ取った鬼に、父親を乗っ取った鬼が『そんな脆弱な器は使えないだろう』と待ったをかけたのだ。
すると、それもそうかと言うように頷いて、一言『ならば壊すか』とそう言って、ニタニタと歪んだ笑みを浮かべたのだった。
「突然助手席から乗り出してきた母さんにアタシと梓が頭掴まれて、魂を抜かれそうになったんだ。身構えてても反応できねぇ程の速さだったし、どういった術なのかも分かんなかったから、そう大した抵抗は出来なかった。ただ、その時にはもうとっくに緊急救援要請を送ってたからよ、しばらく耐えればって必死に抵抗したんだよ」
未だ気圧され動けない柊と梓に、鬼の両手が伸び、二人は顔から頭を掴まれた。そしてその手が淀んだ光に包まれると二人に激痛が走る。
魂を苛む様な痛み、肉体から切り離される途轍もない喪失感。
今までに感じたことのないほど危機的な感覚、その2つに柊と梓は絶叫を上げ、鬼達は呵々と哄笑を上げていた。
「どのくらいそうしてたのか分かんねぇけど、急に少しだけ手が緩んでな。見たら親父が母さんの両手を掴んでたんだ。親父は乗っ取りに少しは抵抗出来たみたいで、アタシらに逃げろって言った。半分鬼化したままだったけどな……」
必死に耐える柊達に掛かっていた手が唐突に緩み、ゆっくりと離されていく。朦朧とした彼女達の耳には、何やら言い争う声が聞こえてきていた。
痛みに霞む視界には、顔半分だけ鬼化から戻った父親が鬼と化した母親の両手首を掴み、その状態でにわかに拮抗している光景が映る。
しかし、ぶるぶると震えながらも徐々に抑え上げられていく母親の両手。その母親の細腕と、それにめり込む父親の指がギチギチと音を立て、断続的に続く音が双方の力の込め具合をうかがわせていた。
やがて柊達の頭から完全に手が離されると、父親は彼女達に向かって逃げろと叫んだ。全く余裕のないその叫びは彼の悲痛なまでの必死さを物語っていた。
しかし、なおも光り続ける母親の鬼の手は柊達の魂と繋がっていたままで、二人はその場から逃げ出すことは叶わなかったのである。
「そこで丁度家から救援の人員が到着して一気に封印術をたたみかけたんだ。半ば乗っ取りを抑え込めてた親父は、それを受け入れて封された。だけど母さんを乗っ取った奴は、最後の嫌がらせでアタシと梓の魂を入れ替えやがったんだよ」
救援要請を受けた五塔杢家の人員は直ぐさま出動し当主夫妻の車を見つける。柊はどのくらい攻防していたか分からないと言ったが、実際には十数分間の出来事であり、そこまで迅速に駆けつけられたのは既に五塔杢家の近くまで帰ってきていたからであった。
到着した者たちは外からでも分かるほど異様な気配を漂わせている車に警戒をしながらゆっくりと近づき、その中の一人が窓をのぞき込む。すると彼は当主夫妻が額から角を生やし、娘達の頭を鷲掴みにして術を行使している光景を目撃し、車内で振り返った当主と目が合った。
彼と半ば正気を取り戻していた父親の双方が状況を把握すると『封印術を使用しろ』と同時に叫ぶ。
両者の絶叫を聞いた者たちは弾かれた様に車を囲み術を行使し始めた。全員で輪唱し唱える呪言は帯となって、車のフロントガラスをすり抜け当主夫妻へと絡みつく。
行使された封印術の威力が充分だと理解した当主は一言『それでいい』と言い残し意識を失ったのだった。
「ソイツは封される前に『お主らも我らが大義の妨げとなり申した。覚悟せよ』って嗤ってから封された。そして家の地下に安置して今に至るわけだ」
迅速に当主の封印は成功したのだが、当主夫人に関しては別であった。
封印の呪言が絡みつき乗っ取りを行なっている怨霊には激しい苦痛を与えているはずなのだが、車の外を囲む者たちを嗤いながら睥睨し、柊と梓の魂を肉体から引きずりだした。そのまま騒然とする者たちを尻目に二人の魂を入れ替えて手を離す。
少し満足したようにニタニタしながら頷くと視線を外に向け、おおよそ当主夫人の声とは似つかない邪悪な男の声で捨て台詞を吐くとカクリと意識を落としたのだった。
「ヤツの最後の言葉を聞いてたウチの者は軒並みブルっちまってよ。それ以来みんな、ほとんど家にも寄りつかねぇ」
全ての処置が終わった後日、五塔杢家は組合に内密に報告を行い、秘匿依頼への情報開示を要求する。組合は事の重大さを鑑みて本来は開示されない秘匿依頼の情報を開示。その情報から全てを把握した五塔杢家の者たちは秘密裏に対処する事を決定し、表向き当主夫妻は療養中として柊を代理として立て、自分達は情報と対処法を探し全国を飛び回ることとなった。
五塔杢家一同があまりに慌てて対処したため、うっかりと説明を飛ばしてしまい、その事を知らない柊と梓からは腰の引けた臆病者たちと認識されている事を彼らは知らないのだ。
また、後見人である叔父の優爾は術者でないがため、柊達と術者の家人達で話がついていると報告されている。故に双方がすれ違っているとは思ってもみないのだった。
そこまで語った柊は寄り付かない一族への不満やら、自身の不甲斐なさから、静かに涙を流していた。
途中から無言で聞いていた有夏は当主を封じざるおえなかったという問題の大きさに軽く頭を抱え、八巻は八巻で何かのトラウマを刺激されたのか能面の様な無表情で遠い目をしている。
やがて『ふー』と深く深呼吸をして前に向き直った有夏が柊へ話しかけた。
「大体はわかったよ。で、エンジにその両親を蝕んでる呪いの瘴気を浄化してほしいってことね」
「そうだよ。我ながら無茶言ってるのは分かってんだけどな」
「そうだね。だいぶ無茶な話だ」
「……それでも頼みたい。エンジの浄化はやっと見つけた希望なんだ!」
「……まあ、話はしとく。でも受けるかどうかはエンジ次第だからね? 断られたら諦めて」
「大丈夫、話してくれるだけでもありがたい。断られても文句は言わねぇよ」
そう言って泣き笑う柊から有夏は少し目線を逸らし、続けて問う。
「それでその呪いは何処のどいつが掛けてんのかわかってるの?」
「ああ」
問われた柊は一度頷いてから「これが最初に言った禁足地に関わるんだけどよ」と前置きしてから言った。
「呪いの大本はあの宍枌山だったんだと」




