「だから、やる」
クーラーの効いたリビングで有夏がそこまでを語り終えると、話を静かに聞いていたエンジが口を開いて質問する。
「宍枌山って?」
「古都の近くにある山ね」
「表向きは組合の私有地かつ人の手が入っていない山だからという理由で、立ち入りが禁止されている山ですよ」
「実際のところは、曰く付きの山だからって大昔から地元民も話題にしないし、不法投棄するような奴らですら寄り付かない山なんだってさ」
「へぇ〜。知らなかった」
エンジの問いに愛梨亜、杏里沙、有夏の順に知っている知識を話していく。それらを聞きエンジは、次いで率直な感想を述べる。
「音だけ聞くと物騒」
「そうだね。前に実家へ帰った時、風猫に聞いたけど、今の字は当て字で昔はまんま『肉削ぎ山』って書いてたんだって」
「うわー、痛そう」
有夏からもたらされた追加情報に顔を顰めて嫌そうにするエンジ。なお、台詞は抑揚のない棒読みであった。
回想話に一区切りついた所で四人は一旦休憩を取ることにした。エンジにはそこそこ長かった説明を整理する時間が必要だろう、という考えからである。
そんな風に慮られた彼女は目線を下げ、己の考えをまとめるように杏里沙が淹れてくれた冷えた麦茶をちびちびと啜る。
しばしのあいだ茶を啜っていたエンジが不意にコップを置き、考えをまとめ終わったのか、一つ小さく頷いた。
「話は大体わかった」
「うん。それでこの話どうする? 断わる? それとも……受ける?」
おもむろに話し出したエンジに有夏が問うと、彼女は少し遠くを見て呟く。
「……このことかな」
そう言った後の言葉が続かないので、その続きを愛梨亜が確認するように継いだ。
「このことって何のことかしら?」
「……話すことがある」
居住まいを正し、真っ直ぐに愛梨亜たちを見つめて放たれたエンジの一言に、三人は少し困った様子をみせる。愛梨亜たちは互いの顔を見回して、全員に全く心当たりがないことを確認すると愛梨亜が三人を代表し、改めて聞き返した。
「話って何かしら?」
「夢で破壊神と話した」
「「「…………えっ?」」」
「それでコレをもらった」
「「「…………はっ?」」」
エンジが驚く三人に向かって差し出した左の手のひらには、淡い光で優しく輝く結晶が乗っている。破壊神よりもたらされた知識の詰まった結晶だ。
普通の者達からすれば一見、何の力もないただの光る石。自ら光を放つという時点でただの石と言えるかはかなり怪しい所ではあるが、科学的に調べたとて、ただそれだけの石であることには変わらない。当然、放射性物質などでもない。ただの石ころだ。
だが、愛梨亜たちからすれば、それはそんなものより遥かに危ない代物で、世界の理から逸脱した結晶であり、八巻のときの願いを叶える石など比べものにもならない危険物にしか見えない。
「エンジ、色々聞きたいことはあるけどさ、とりあえずコレって何?」
「管理者に必要な知識」
「……コレが?」
「中に入ってるらしい」
「…………そ、そうなんだぁ~」
有夏が結晶を見ながらエンジに問いかけると、彼女は手のひらの上で結晶をコロコロと転がしながら答えた。そして、そんな雑な扱いをしていれば案の定、エンジの手から転がり落ちた結晶がコロコロと杏里沙の前まで転がっていく。
「あっ……」
「もうエンジ、迂闊ですよ! あの破壊神の寄越した物なんて、もっと丁寧に扱わないと何があるか分からないんですから!」
エンジの行儀の悪い仕草に注意をしながら杏里沙が慎重な手つきで結晶をつまみ上げ、手のひらに広げたハンカチの上に置いたそれをしげしげと見つめる。
愛梨亜はそんな杏里沙を横目に話の方向の軌道修正を試みる。
「あれについては、一旦置いておきましょう。それで破壊神とはどんな話をしたのかしら?」
「わたしの魂とお仕事の話」
「エンジの魂の話……。内容は?」
「魂が拡張してるって」
「……崩壊しかかっているではなくて拡張?」
「そう。崩壊は溶け落ちるんだって」
「ヒビが入ってから溶けるのではなくて?」
「そのまま溶けるみたい。ドロドロって」
「……それが本当なら……私たちは勘違いをしていた。ということ……?」
「そうらしい」
エンジが聞いた話が本当ならばこれほど喜ばしい話もないのだが、愛梨亜たちは破壊神を信用できないあまり、彼女が騙されているのではないかという感情を捨てきれない。
しかし、愛梨亜たち三人には今すぐにその真偽を確かめる術がない。だから自分たちの知り合いである、くたびれたOLみたいなこの世界の管理者に尋ねる事にした。要はセカンドオピニオンみたいなものである。
三人は素早く互いにアイコンタクトで意思の疎通を図ると、それに反対する意見は誰からも出ない。
ついでに結晶の中身の知識についても管理者に正誤の確認をすることを身振り手振りで決めると、希望と不信の間で揺れる気持ちを落ち着かせる。そして、今は核心の持てないエンジの魂云々については、一先ず置いておく事にして、今度は杏里沙がもう一つの話について問いかけた。
「じゃあ、お仕事の方はどんな話だったんですか?」
「この世界の崩壊点をどうにかしてだって」
「………………えっと、もう一度聞いていいですか?」
「この世界の崩壊点をどうにかしてだって」
エンジの発言を聞き間違いだと思いたい様子の杏里沙に、エンジは不思議そうに一言一句同じ文言を言う。彼女の発言にお茶を手に取ろうとしていた愛梨亜と有夏は動作の途中でピシリと固まり、杏里沙は内心の動揺を隠せず、震えた声で再度問いかけた。
「…………そ、それ、まさか引き受けたんですか?」
「うん」
「世界の崩壊点って、そんなの世界の管理者の領分でしょう!?」
「放置しても問題ない程度らしい」
「そういうことじゃないですし、そんなわけないじゃないですか! 『崩壊』点ですよ? 伊達や酔狂で『崩壊』ってついてるわけじゃないんですよ?! エンジも知っているでしょう?!!!」
平然とした、あるいはまるで何も考えていないような態度で答えるエンジに、顔を青くしてわなわなと震える杏里沙のボルテージが静かに高ぶっていき、そして爆発した。愛梨亜と有夏の両名もそれを止める事なく、固まったままエンジの回答に唖然としている。
それもそのはず、愛梨亜たち三人の認識では『世界の崩壊点』とは、文字通り世界を壊し得る破滅そのもので、規模によってはその世界の管理者たちですら対処できるかどうか分からず、できないのならば外部の専門家に対処を委託するしかない程に危険かつ厄介な代物だからだ。まあ、その外部委託先というのが破壊神なワケだが。
愛梨亜たちも諸事情から世界間を旅する中で、管理者から依頼を受ける事は多々あれども、できるだけ世界の崩壊点関連の依頼は避けていた。それは偏に自分たちの実力と労力に完全に見合っていないと考えているからであった。なお、その比重は労力の方が上ではある。
しかしエンジは偶然なのか、必然か、そういった依頼を受け付けている破壊神に出会い、彼の者からの説明を受け、実力と失敗しても問題ないとのお墨付きを貰っていた。
故に現在、対象となる『世界の崩壊点』への認識が、彼女と三人とで大きく食い違うことになっているのだった。
「落ち着いて」
「これが落ち着いていられるわけがないじゃないですかっ! どうしてそんなに危機感がないんですかっ!?」
あくまで余裕の姿勢を崩さないエンジに、焦燥を滲ませた杏里沙が立ち上がり叫ぶ。愛梨亜と有夏はフリーズから立ち直り、静かにことの成り行きを見守っていた。しかし、なおもエンジは穏やかに話し続ける。
「専門家が問題ないって」
「その専門家が一番信用できないんですよっ!」
「でも、知った以上無視はできない」
「だからといってエンジ自身が動く理由にはなりませんッ!」
「なる」
「なりません! 二人もなんとか言ってください!」
お互い引かず、言い合いになった杏里沙は愛梨亜と有夏に援軍を求めたが、有夏は苦虫を噛み潰したような顔をして黙っている。心底困った様子の愛梨亜は深呼吸をして一旦冷静を取り戻し、杏里沙を宥めつつエンジへと話しかけた。
「エンジ、破壊神から頼まれたとはいえ、何故あなたが動く必要があるのかしら?」
「私みたいに力のある人が選べるのは、最初からなにもしないか、全部やるかなんだって」
「……だから破壊神からの仕事もやると?」
「私は……もうずっと昔に選んじゃってたから」
「それはッ……」
「だから、やる」
そう言ってニコッと笑ったエンジに三人はもう何も言うことができなかった。
しばしの後、結局三人はエンジの意志を受け入れ、世界の崩壊点に対処する方向へと意識を切り替えた。その上で有夏は前提となる質問をエンジにする。
「そもそもエンジはその世界の崩壊点が宍枌山の事だと思ってるんだよね?」
「そう」
「だから柊の頼みも受ける、と……」
「そう」
「でもさ、その崩壊点と宍枌山が関係してるって確証はあるの?」
「ない。けどあってる」
「じゃあ、もし関係なかったら柊の頼みはどうする?」
「……んん? 関係あるから問題ない」
「…………はぁ~。最初に思ってたのとは随分と違う方向で厄介なことになったね」
質問に対して自信有りげに答えるエンジ。根拠不明なのが判明したその自信に、三人はそれぞれに頭を抱えた。
「根拠がない以上、一応他の可能性も考えておかないといけないわね」
「ちょうどこの結晶の事もありますし、管理者に崩壊点について聞いてみましょうか」
「それがいいわ。流石に自分の管理する世界の事なんだもの、何か知っているでしょうからね」
「じゃあ、柊たちの事はそれからかな?」
「いいえ、有夏とエンジは先に柊たちとある程度段取りを取っておいて」
「良いけどさ、愛梨亜と杏里沙はどうするの?」
「さっき言っていた通り管理者に聞いて裏取りをしておくわ。それで、もしも知らなかったり違うようなら崩壊点の調査もね」
「オーケー、了解。じゃあそういう事だからエンジ、明日から一緒に動こう」
愛梨亜たち三人で相談し、今後の行動を決めていく。その結果、二手に別れることが決まり有夏がエンジに向かって話しかける。
「……えっ? なに?」
しかし、早々と相談話に飽きてコップに結露した水滴が流れ落ちる様子を観察していたエンジは、三人の話をまるで聞いていなかったようでキョトンとしていた。そんなエンジに愛梨亜たち三人は再び頭を抱え、本当に大丈夫なのかと今後の先行きに不安を抱えずにはいられないのであった。
今後も更新はかなり不定期です。




