Ⅲ327.来襲侍女はつかまり、
『また仕入れもあるからいっか』
闇オークション。例年地下深くで行われていたその催しは、ミスミ王国のオークションに招かれていたラジヤ帝国にとってもう一つの楽しみだった。
特に皇太子にとっては正式なオークションよりも遙かに重宝されていた。表のオークションは父親である皇帝に任せ、自分は闇オークションへ嬉々としてとして参加していたこともあるほどである。
今年、フリージア王国への大敗によりミスミ王国にオークションの招待はされなかった。しかし、裏側で行われる闇オークションからは例年通りに招かれた。むしろ闇オークション主催者にとってラジヤ帝国は大事な客でもある。毎年用意された客番号〝一番〟を与えられるラジヤ帝国皇族による競売品は、毎年目玉商品の一つでもあった。ラジヤ帝国により下された植民地、そして敗戦国の王族や貴族、珍しい民族を村一つ分丸ごと出品されることも珍しくない。
そしてまた、客側としても彼らは申し分ない。特にフリージア王国の奴隷であれば金に糸目は付けない。そんなラジヤ帝国だが、今年は皇太子の姿はなかった。敗戦により〝戦死〟した人間が出席できるわけもない。ラジヤ帝国の敗戦と共に皇太子の死もまた周辺諸国には有名な話だった。闇オークション主催者も、あくまで皇太子にではなく〝ラジヤ帝国〟へと招待状を出した。死人が招かれるなど最初から期待などしていない。そして実際、今年現れたのは皇太子とは似ても似つかない女性一人だけだった。
『いいえ、買い物です』
例年参加していた皇太子が闇オークションにその女性を連れてきたことは過去に一度もなかった。……もとより違法の場である闇オークションに、彼女は不要だった。
荷物持ち代わりの護衛を二人付けただけの彼女は、今年は出品参加もしなかった。闇オークションが開催され、やっと手を挙げたのは初めてフリージア王国の特殊能力者が壇上に上げられてからだった。
途中までは参加していたが、そこで最初の想定外が起きた。その歌声で観客を魅了した奴隷の額が過去に類を見ないほど値が張り上がった。帝国が用意させた資金さえ遙かに超える額に、皇太子であれば怒鳴り散らし脅迫してでも所持金以上の競りも成立させたが、彼女にその選択肢はなかった。主人に命じられたのはあくまで
『気に入らなかったら腕折るからな?塵が塵買ってくるんじゃねぇぞ』
言葉のままに鵜呑みしたわけではない。ただ主人の望む通りに正しく理解した。
フリージア王国との条約によりラジヤ帝国からフリージアの奴隷が全員無条件に〝表向き〟は返還される。つまり主人が望むのは数が急激に減っているフリージア産の奴隷。その中でも闇オークションで最高額を更新したと語られた奴隷は、まさに主人に望ましい奴隷そのものだった。
そして、主人は欲しいものであれば手段は選ばない。いくらでも金をつぎ込み、そして競り相手を直接脅迫することも殺すこともある。そんな主人に「持ち合わせが足りませんでした」など言い訳にもならないことは、彼女もよく知っていた。オークションで上限など予想することは難しい。その年に欲しい商品が出品されるかすら当日までわからない。皇太子本人であればどうにでもできたことだが、死人である彼が出席することなどできない。〝だからこそ〟自分が今回任命されたということも彼女はわかっていた。
残りの競売を護衛達に任せ、落札された奴隷の運ばれる先へと一人向かった。
闇オークションが終わるまでの間に、奴隷を盗み自分達の荷馬車に運んで戻るのはなんら難しいことではない。幸いにも、鎖に繋がれたか細い女奴隷だと判断できた。体格によっては護衛の一人も同行させる必要があったが、自分一人で済むのであればその方が盗むのもより確実で間違い無い。
しかしそこでもう一つの誤算があった。
せっかく運ばれる途中の奴隷を見つけたというのに、突如として行き先が変わった。檻の中にいるところで見張りの不意をついて盗む筈だったというのに、鎖に繋がり引かれ歩かされ続ける奴隷は檻には戻らずそのままロビーにまで運ばれた。競り落とした男に恥をかかされた方の客に買い取られ、そのまま堂々と出口から持ち帰られた。
人の目があるまま奪ったところで、すぐに騒ぎになる。仕方なく自分もその後を追うしかなかった。買い取った商品の中身を気付かれないように奴隷を詰め込めた荷箱に、自分もまた潜り込み共に地上の馬車まで運ばれた。狭い荷箱に小さく丸まるように詰められた温度一人分は、出口で張っていた騎士にも重なって一人分か二人分かの判断も難しかった。
奴隷も知らない間に共に馬車に積み込まれた彼女の誤算。その三つ目は、馬車を騎士が追いかけてきたことだった。
一刻も早くオークション会場から離れるべく速度を出した馬車から飛び降りることは難しく、着いたところで奴隷ごと自分も荷箱ごと屋敷の中へと運ばれた。
荷箱から奴隷が取り出された時点で自分も同様に箱から出て追った。奴隷が一人になるのを待つか、それともこの屋敷にいる人間全員を皆殺しにして奪うのとどちらが早いか。奴隷の所在地を確認した以上、急ぐ必要もない。荷車から顔を出して確認した時点で、距離は遠くとも大まかな道順は覚えた。乗ってきた馬車を奪って闇オークション会場へと戻り、部下である護衛達と合流し買い取った奴隷達と共に自分達の馬車で屋敷に訪れようと考えたその時だった。
フリージア王国騎士による突入。
気付かれないように、屋敷内で身を潜めた。騎士の特殊能力でも気付かれない方法は過去の洞窟で学んでいた。が、「ミシェル」と「奴隷被害者の保護」という言葉が聞こえれば彼らの目的も明らかだった。
唯一の幸いは、突入した騎士の数が少なかったこと。次々と地下室への隠し通路へと突入していく彼ら全員が自分を素通りしていくのもまた早かった。屋敷の人間は全て倒され、騎士も保護対象者たった一人のいる方向へと立ち止まることがなく進行していく。
自分一人が逃げることは容易いが、このまま騎士により最上級奴隷が保護されれば……もう二度と手に入れることも不可能だった。そして主人が「騎士に踏み込まれた」という理由で納得する相手でもないことも彼女は知っている。
だからこそ今、奪いに来た。
「だからもう、休みましょう」
「ジオルド、彼を診てやってくれ。保護も頼む」
慎重に騎士達の後を追い螺旋階段を降りて辿り付いた時には、全てが収束した後だった。屋敷内と同様に男達は無力化され、立っているのは騎士のみ。そして安堵の笑みを浮かべる女性の膝の上で標的が気を失っているところだった。
無理矢理引っ張り歩くより労力がいるが、抵抗されないだけ無駄もない。透明化したまま音も気配もなく標的へと歩み寄る。蔓延る騎士達も場の収束に油断して、彼女の存在になど気がつかない。……ただ一人、温度感知の騎士ロドニーを除いて。
プライドの護衛として行動を共にしていた温度感知の騎士。透過の特殊能力者である彼女にとって天敵でもある能力者の存在は、彼女も警戒はしていた。一度は居場所も自分の行動も見通したその能力がどういうものかは知らずとも、自分と相性が悪いことは学んだ。だからこそ、透明化してものんびりなどしない。一度〝安全圏〟から身を出したら迷わず一直線に標的へと駆け出した。
そして、突然迫ってくる透明化の人物を見落とすロドニーでもなかった。
「「ッ止まれ!!!」
最初は、何者かもわからずに牽制の声を掛けた。
透明化した人物の接近とはいっても、それが味方か敵かもまたわからない。あくまでぼやけた輪郭と温度のみで、服装も人相もわからないその人物が自国の騎士である可能性の方が高かった。突入で透明化の特殊能力を扱ったまま、保護対象者と第一王女を守ろうと接近していると考える方が自然だ。しかし、正体のわからない人物を護衛対象者の傍に近付けることなど許されない。たとえ味方であろうとも、まずは足を止めさせそれから特殊能力を解くように命じようと考えた。しかし、その人物は足を止めるどころかむしろ自分の存在を認識されたことにより速度を強め出した。
女王付き近衛騎士であるローランドに透明化されたロドニーの顔色が見れる者は殆どいない。透明化した人物が不審者と判断したロドニーは反射的に手で騎士達全員に「逃がせ」と指示を送ったが、誰もそれを視認できなかった。慌てた口調で自分もまたプライドへと手を伸ばし駆け出し「止まれ!!」と続けて二度目の声を放った。プライドの傍にいる騎士達に「ジャンヌ達を連れてその場を離れろ」「九時の方角に接近者」と口で言うよりも同じく近距離にいる自分が動き、プライドを引き込む方が早いと判断した
─が、近衛騎士達は更に速かった。
温度感知の騎士が「止まれ」と一一度目の警告を放った時点で、見えない何者かがいると判断した。そして二度目の「止まれ」の一音目が放たれた時点で〝何者か〟へと身体が動く。互いに合図を放つまでもなく、自らが動いた。
アラン、カラム、エリックそしてハリソンがプライドを背中に隠し、剣を抜き各方向へと身構える。更に一番近くにいたアーサーは抱き抱えるだけでは済まさなかった。何者かが迫っているのならと、敵の方向も関係なくプライドを抱え床を蹴る。ロドニーの声がする方向へと一瞬で飛び移った。空中の一瞬で、先輩騎士達がプライドを守る為に囲んでくれたのが目に見えたが、それでも自分の対処も間違っていないと判断する。ロドニーが繋がっている先には、ローランドがいる。
プライドを抱えたアーサーが背中から飛び込んできた途端、ロドニーだけでなくローランドもまたアーサーへと最速で手を伸ばした。殆ど二人同時に、アーサーの肩と腕を掴み彼ごとプライドを透明化させる。
ロドニーが第一声を放ってからプライドの確保まで二秒未満。その場にいた騎士達の中でも、圧倒的な行動の速さだった。プライド本人ですら、あまりに一瞬のことに思考が追いつかなかった。
Ⅱ547
Ⅲ16.202-3




