阻み、
「きっ騎士達が見てるのを忘れないでくださいね?!」
勿論です、と。ティアラからのひっくり返った声にセドリックは落ち着いた口調で返した。
特殊能力により自分の容姿が変わっている今、あくまで別人として振る舞うべきだと思う。先頭でも隣でもなく、彼女の一歩後ろを守り女王付き近衛騎士の邪魔にならない位置を意識する。
セドリック自身の護衛もまた傍に控える中、騎士同士だけが今も無言のままサインを送り合っていた。突然現れた従者がセドリックであることは騎士の大半が気付いてはいるが、それでも口にできない分セドリックの護衛から確認を取る必要がある。
何故、突然セドリックが、地下で問題は解決したのかと、互いに報告事項が多過ぎる騎士達は無言のまま最低限の情報を共有する。
女王と摂政が連れてなお有り余る騎士達の護衛をぞろりと引き連れながら、ティアラとセドリックもまた足並みを揃える。
自分達の前方で今も注意を頻繁に向けてくるミスミ王国の第三王子に気付かれないように細心の注意を払いつつ、口元を動かした。二階席から階段を降り、開放された正面扉をくぐったところで騎士と兵士による避難誘導の声は更に高らかに広がった。足を止めずに会場外までと呼びかける騎士に、安全が確保された来賓が競売品の確保や事態の説明を求め詰め寄ろうとする。
周囲から誰もが自分の声を通そうと喉を張り上げる中、ティアラとセドリックは互いにしか聞こえない声を留意した。
「皆がご無事なのはわかりましたっ。それで、何故貴方はここに?」
「申し訳ありません。私如きが駆け付けずともティアラ王女殿下には信用できる騎士達がいることは重々承知しておりました」
すまない、俺が来ずともお前には騎士が付いていることはわかっている。そうセドリックが言いたい言葉を頭に浮かべながらもティアラはムムッと表情筋に力を込める。そうしないとつい眉が寄り、怒ったような顔になってしまうことを誰よりも自分が自覚する。
彼の敬語を聞くのは一生慣れない気がしてしまう。今も指先がじんわり熱く、耳も赤くなってしまうのが鏡を見なくてもわかる。気付かれないようにと髪を整えるふりをして耳を黄金の髪の下へと隠した。
目だけは必死にセドリックへと外さず、自分の目にも別人に見える彼へと注ぐ。
ティアラの前で彼女が嫌う整えた言葉を使うことを申し訳なく思いながら、セドリックの方は彼女の方は向かず口だけを動かし続けた。
「ただ、……賊がティアラ王女殿下の元へと聞き、駆け付けずにはいられませんでした」
「おかしなことを言いますねっ?騎士と一緒なら無事なのはわかっていたのではないですか?」
自分でもいじわるな言い方をしてしまっていることに、話しながら自己嫌悪に襲われる。
母親の近衛騎士も含む周囲にいる護衛の騎士達にも聞かれているかもしれないのにと自分で思いながらもどうしても直せない。
しかし「勿論存じております」とセドリックは揺らがない。ステイルが騎士団に連絡した時点で、事態の収束など目に見えていた。フリージア王国の騎士団と比べれば、自分など遠く及ばない。ティアラの言うことは尤もだと思う。
平然と認めるセドリックに、今度はティアラの方が少し焦り出す。心配してきてくれたのはわかってる筈なのに何故こんな発言をと、誤魔化したくて必死に思考を巡らせた。
「たっ確かに今の私は無力ですけれど!武器、も、持っていませんし……ご想像通り母上の近衛騎士達に守って頂いただけで何もー……」
「?何を仰るのですか。あれほどの賊を相手に冷静さを欠かず、女王と摂政の傍で恥ずかしくない威厳と騎士への信頼を示されたのでしょう」
眉を上げ、いっそこちらの言葉の方が意外と言わんばかりのセドリックに、ティアラは金色の瞳を水晶のように丸くする。うっかりぷるぷるしてしまいそうな唇を小さく噛みながら、肩に力が入り上がった。
自分は何もせず座っていただけなのは変わらない。だがセドリックへの意地悪な言葉を取り直すために紡いだ筈が、自分の方が認められてしまったことに耳どころか顔全体が熱くなる。
自分は兄のように意地悪になってしまうのに、何故彼は逆に自分の姉のような言葉をさらっと言ってしまうのだろうと本気で思う。逆でいられたらずっと気が楽だった。
自分がナイフを使えるのは、城内でもごく一部しか知らない。会場内に武器を持ち込めなかった自分は非力だと一番よくわかっている。なのにそれでも王女として認められたことが、他ではないセドリックに言われたことが自分でも信じられないくらいに、嬉しい。
『無理をなさらないでも良いのです。あのような野蛮な輩がなだれ込み、さぞかし怖い思いをされたことでしょう』
お姫様として心配されるよりも、王女として認めてもらえることがこんなにも。
心配したとも言って欲しかった。だが、同じ言葉をセドリックに言われていたら多分自分はただただムクれたのだろうなと思う。
無理なんかしていない、怖くない。騎士のことも姉達のことも信じていたのだから。自分だって次期王妹として覚悟ができている。だが、セドリックに言われたら腹立たしく思っても、セドリック以外になら同じ言葉を言われてもなんとも思わない。
自分が弱い王女だと思われることの方が当然で、仕方ないと知っている。ただ、自分が好きになってしまった彼は
「ただ、この私めがこの世で最も大事な女性の無事をこの目で確かめたかっただけです」
「〜〜〜っっ……」
ぷすっぷすぷすっ。
こんな不意打ちのように、言って欲しかった言葉を言ってしまう。他でもない彼に言われるから擽ったくて恥ずかしい。
他の人に言われたら素直に「ありがとう」を気持ちと一緒に言えるのに、と。目は開いているのに視界が頭に入らなくなってしまうほど歯痒い。
言葉にして欲しかったのは自分なのに、実際に言葉にされるとその後にどうすれば良いかわからなくなる。熱気が溢れる血色をどうも隠せず不必要に俯いてしまった。
今も従者として言葉を選んでなかったら、どんな言葉を選んでいたのかと考えては無駄にまた熱くなる。
きっと他の人だって言ってくれた。建前でも本音でも自分へ言葉にしてくれる人はたくさんいると思うのに、セドリックに言われてしまうだけで嬉しいだけではなく満足をしてしまう。そんな自分が恥ずかしくて嫌になる。
ロビーからも抜け、外の風に触れれば真新しい空気風にすっと胸の中と洗われた。
この時を待っていたと言わんばかりにそこで前方を行くミスミ王国第三王子が振り返る。常にちらちらとティアラを気にしていたが、顔色が赤くなったり強張り俯いている彼女に従者から何か悪い知らせでも聞いたのではないかと考えていた。侵入者の蔓延る建物から出た今、外も内部に負けず劣らずの騒々しさだ。人数規模だけでいえば内部にも勝る。
一部の国護衛隊が突入を始めてからやっと会場の事態を把握した国々も多い。誰もが自分の護衛代表者を守ろうと声を荒げ、第二陣第三陣の突入をしようと息巻きまさに戦時中と見間違えるほどの荒々しさだった。
唯一の救いは、実際の戦場が会場内部で止まっていることだ。
外に出たところで各国の護衛警備隊がひしめき合う空間という意味で安全を約束されている。
外に避難したミスミ王国の国王とフリージア王国女王が騎士と兵に囲まれながら密談を行うのを、騎士達の背中越しに把握しながら第三王子はやっと堂々とティアラへ振り返った。
「先ほどは失礼致しました」と丁寧な断りから入る王子は、そこでまた一歩二歩と可能な限り彼女との距離を詰める。だがそこでまた、従者扮するセドリックは間に立つように前に出た。
第三王子よりも身長が勝るセドリックは、ただでさえ姿勢を正しているせいで至近距離だと相手を見下ろす目線になってしまう。何と言わずとも男性同士が互いに見つめ合い、やや睨みも混ざる。
「……失礼。ティアラ第二王女殿下と話をさせては頂けないでしょうか。ミスミ王国第三王子として、改めて我が国の催しにおける管理不届きを謝罪したい」
「失礼を承知の上で申し上げますが、まだ責任の矛先は決まっておりません。第三王子であらせられる貴方様が正式に謝罪をされるのは、全てが明らかになってからが宜しいかと思われます」
見たところまだ国王と陛下も話し合いの最中のようですと。そう言葉を整えながらミスミとフリージアの会談先を手で示すセドリックは、当然ながら「第三王子」の肩書きにも動じない。謝罪という言葉を使って、実際はただティアラと話したいだけだろうとまで見通した。
正式な謝罪であればそれを国王より前に決めつけるのも間違いであると指摘する従者に、第三王子は歯噛みする。
従者とはいえティアラの側近相手にふんぞり返るつもりはないが、王族が退けと案に示してるのに邪魔するなと今だけはやや悪態まじりに思う。自国にとってそれどころではないことも頭ではわかっているが、しかし彼女と距離を詰める絶好の機会は今しかない。
お言葉の通りですと認めつつ、また一手を試みる。
「彼女と王族同士の話をさせて頂きたい。あのような恐ろしき目に遭った後です。許可を頂き次第、私の馬車で城にお連れしたい」
「恐れながら、ティアラ王女殿下は我が国の次期王妹であらせられます。陛下が留まられておられる以上、行動は共に。恐ろしき経験も、対処も、現場も、その全てがティアラ第二王女殿下の糧となります」
バチバチバチィッ!と、二人の間で火花が散ってみえるのはティアラだけではなかった。
傍にいたノーマンとブライス、そして騎士達と兵士達にも手に取るようにわかった。やや闘志も含まれたその気配も、会場周辺が迎撃体制でなければ国王と女王にまで届いていた。
ティアラも口が俄かに開いたまま、どうすれば良いかもわからず二人を顔ごと動かし交互に見比べてしまう。頬が熱く、困ってる筈なのにちょっぴり嬉しい自分自身に焦り汗まで滲んでしまう。本で読んだかのような展開に、不謹慎にも胸が浮き立っていることにも思考の中で自分を叱咤する。今はそれどころではない。
当然、王子二人が喧嘩している場合でも決してない。




