そして無駄に終わる。
「従者殿はお若いようですが、ティアラ第二王女殿下へ少々厳しすぎるのではないかと。彼女は王族である前に、一人のか弱い女性です。まずはあのような経験をした彼女を労るべきかと」
「申し遅れました私ダリオ・ローレンと申します。ティアラ第二王女殿下との関係は確かにまだ短く至らぬ点ばかりの私ですが、この御方は女性であるよりも先に誇り高きフリージア王国の王族であらせられます!」
「〜っだっ、ダリオ!!そこまでです!そこまでっっ!!」
自分の口が不謹慎さが増し緩んでしまいそうなのを意識的にきつく引き締めながら、ティアラは眉にも力を込める。
勢いのままセドリックの腕を掴み、自分の方へと引っ張った。ヒートアップが悪化の一途を辿るまま互いに立場がなければ胸ぐらの掴み合いになりそうな空気に、護衛と騎士と兵士達も気を揉み緊張を走らせた中、ティアラの仲裁は誰の目にも英断だった。
ティアラに腕をぎゅっとしがみつくように掴まれ、セドリックも口を閉じ動きが止まる。細腕に引かれるままぐらりと傾いた。
何故自分が待ったをかけられたかよりも、彼女と腕を組むような形になった事実に思考が固まってしまう。その間にティアラは火照る顔のまま第三王子へ「ダリオが申し訳ありませんでした」笑いかける。
「ご心配頂きありがとうございましたっアルフォンス第三王子殿下。ですが、私なら本当に大丈夫です。私は母上達と一緒にいます。アルフォンス第三王子も、陛下方やお兄様達のお力になってあげて下さい!」
陽だまりのような暖かな笑顔を至近距離で浴びせられ、第三王子も数秒放心してしまう。美しい、愛らしいと感想が浮かぶ中寸前までの闘争心が砂塵と化す。たった今の笑顔を自分一人に向けてくれたことへの幸福感に上塗りされる。
頬を火照らせていっぱいいっぱいの表情で笑いかけてくれるのが愛らしさを更に強めていた。彼女と腕を組む従者が自分以上に真っ赤になっていることも、彼女しか入らない視界ではわからない。
それではっ!と逃げるようにティアラが第三王子に礼をし、セドリックを引っ張りローザの元へと駆けていく中、さっきまで流暢に戦っていた二人は互いに無言だった。
騎士達をずらずらと引き連れながら、女王と摂政の元へ接近する。
周囲の騎士達も彼女へと道を開ける中、ティアラ達の合流にヴェストは軽く振り返る。ティアラはまだしも、ティアラが腕を組む相手に一瞬だけ眉を顰めた。しかし顔色が真っ赤なだけで、すぐにセドリックの借りの姿と理解したヴェストはそこでまた視線を女王とミスミの国王へと戻した。
ティアラとセドリック、そして近衛騎士が合流したことをローザの耳元で囁き伝えながら、少し呆れる。借りの姿だからとはいえ、こんな時に婚約者候補者同士でいちゃつくなと喉の手前まででかかった。しかも積極性を見せているのはティアラの方だ。
「もう!王子相手に喧嘩してどうするのですかっ!」
ばかっ!とその言葉を飲み込みながら、抑えた声でティアラはセドリックの耳元に呼びかける。
護衛の騎士達が壁になってくれたお陰で、別れた第三王子にももう隠れてみられない分、存分に頬を膨らませた。「申し訳ありません」と声を萎らせ謝るセドリックの腕を掴む力をぎゅっと強めながら、思ったよりと体温が高いと思う。それだけ急いで駆け付けてくれたのか、それとも第三王子との喧嘩に熱が入ったのかと考えながら顔は向けず上目だけで彼を覗いた。
不意にもティアラが近過ぎて、目も合わせられないセドリックは瞳の焔を今も渦巻かせる。「し」と小さく溢す一音に、ティアラが「し?」と首を傾げる動作が視界の隅に入るだけで心臓が危うく湯気が出そうになる。
「しっ、嫉妬など愚かな感情であると重重理解しております……!貴方の気持ちと知らずに好意を私の一存で妨げるなどっ、も、もしアルフォンス第三王子殿下と語らいたかったとあらば私が必ずや責任を取って取りもちを」
「?!もっもう良いです!もう良いからお口を閉じて下さい!ばっ……私は!本当に母上達のところに行きたかったんですから!!」
嫉妬、とその言葉を聞くだけで一気に自分の方がセドリックよりも全身の体温が上回る。
大勢の騎士に囲まれてる中で何を言っているのかと思う。ここが場所が場所だったらバカと言ってぽかぽか叩きたい。とんでもない発言と誤解に、ティアラは掴む腕を無意識にも自分の方へぐいっと引き寄せた。既に足元の覚束ないセドリックがそれだけでうっかり傾きティアラの方に倒れそうになる。途端にそばにいたブライスが片手でセドリックを押し戻すように掴み支え、ノーマンも思わず間に入り手で制した。
相手が王弟であることはわかっているが、だからといって近すぎると判断した近衛騎士にティアラもそこでやっと我に返る。いつの間に自分は彼にくっついてしまったのだろうと思うより前に手を大きくバンザイするようにして離し、更に一歩分以上うさぎのように飛び退いた。
密集していた騎士に囲まれている中、そのうちの一人に勢いよくぶつかった。ごめんなさい!と振り向きざまに謝ったが、顔色までは誤魔化せなかった。とんでもないと返した騎士も王女にぶつかられたことよりも、その顔色を注視してしまう。
小さなドミノ倒し事故に、セドリックも遅れて三歩はティアラから距離を取る。更には後退したまま、周囲を見回し従者らしく重々しい礼で取り直す。
「……大変、失礼致しました。要件は果たせましたので、ここで一度失礼致します。ティアラ第二王女殿下は、引き続き決して騎士達から離れぬようお願い致します」
「!まっ待ってください!わたっ私の!!」
この場を去ろうとするセドリックに、ティアラが慌ててまた歩み寄る。
私の?と途中で詰まってしまう彼女の言葉をオウム返しするセドリックは眉を上げたまま、何か彼女から私物を預かっていただろうかと考える。しかし手や衣服を確認するまでもなく、絶対的な記憶力がそんな事実はないと判断する。
足を止め、真正面を向けたまま固まるセドリックに、ティアラはドレスの裾を皺が残るほどぎゅっと掴みそして口の中を飲み込んだ。
「〜っ……私の、従者なのですから!ちゃんと、傍に居てくださらないと……困りますっ。アルフォンス王子にも、言っ……言い訳が立たないではありませんか……っ」
顔が熱く、今すぐドレスを脱ぎたい衝動に駆られるほど全身が汗ばんでしまう。
呼び止めた相手の顔も見れずに目を逸らしてしまいながら言葉を紡ぐティアラに、セドリックもまた歩みを彼女へと進めた。「言い訳」ということは、まさかやはり彼のことがと考える。しかし今彼女が自分を傍にと許可をくれるのならば、断る理由はない。
再び、ティアラの一歩後ろで立ち止まったが、途端に今度はティアラが自ら一歩セドリックの横へと後退した。肩が振れるほどの近さで並びながら、今度はうっかり腕を掴んでしまわないようにと体の正面で指を結び力を込める。
従者でも、主人の隣に立つ場合は普通にある。しかし、自分を嫌っている彼女がわざわざここで隣にきてくれる理由はセドリックに思いつかない。
ちょこんと、小さな肩幅をさらに狭めて俯きがちに自分の横に並ぶティアラに、自分の現状を冷静に受け止めれば受け止めるほど心臓が内側から激しく身体を叩き、揺れてしまう。自分の心臓ではないのではないかと疑うほどの激しさに、セドリックは思わず自分の心臓を手で押さえた。
バクバクと心臓にセドリックが叩かれる中、ティアラは彼の熱の余波に気付きながら蕾のような唇を開く。目と鼻の先では母親と叔父が国王と話しているのをわかりながら、声を潜めた。
「……怖くはなかったです、本当に。けれど、……ちょっとだけ。寂しいとは、思っちゃいました」
折角兄の代理で立てたのに、しかし武器のない自分は戦うどころか母親や叔父を守るような活躍もできなかった。今頃兄は姉と一緒に戦場にいるのだろうかと考えたら羨ましく、騎士を連れて出るレオンの背中は眩しかった。
自分でも何故セドリックにそんな弱音を言ってしまうのかわからない。ただ口にすればきゅっと胸が小さく締まるような感覚がし、同時に少しスッとした。余計なことを言って、折角彼が次期王妹として認めてくれた自分が覆されてしまったらと。自分で言って後悔しては指を組む力が強張り強くなる。
「それは、……申し訳ありません」
幻滅どころか突然謝られ、ティアラはぱちりと瞬きする。
セドリックが予想通りの言葉を言うことの方が少ないとわかっているが、残念な予想ほどたくさん当たることも知っている。
自分が買い被り過ぎたか、それとも期待が重荷だったと謝られたら嫌だなと遅れて思う。セドリックの前にいる自分は世界で一番嫌いな自分なのに、それを彼に嫌われたくはないと思う。
ちらりと盗み見れば、眉を垂らし深刻にも取れる表情を浮かべたセドリックの眼差しはまっすぐに自分へ注がれていた。何を言われるか、自分はどう返してしまうのか。心臓が少しずつ動悸を早めていく中で考え
「私が傍に居ればそのような想いをさせずに済んだものを」
「……へ?」
ころんっと目が溢れそうなほど丸くなる。一体どういう意味の謝罪で自信なのかと、顔から力が抜けるティアラはすぐには頭が回らなかった。自惚のような発言を何故ここで言うのかと思う。
しかし聞き返されたセドリックの目は真剣そのもので、潜めた声と共に自分の胸を手で示した。
「私が千の言葉を使っても語りきれないと断言致しましょう。貴方様は決して孤独でもなければ無力などでもありません。貴方様の存在がどれほどまでにプライド第一王女殿下とステイル第一王子殿下の力となられておられるか。私など遠く及ばない、貴方様の覚悟とひたむきな御心と努力の賜物によりこれまでどれほどの心をお救いになられたか。そもそも貴方様の笑顔一つにおいても癒し救われ一日を幸福に過ごせるのはこの私一人ではなく」
「?!しーっ!!しーーっ!わかりましたわかりましたから!!」
─ いつだって緊張するし、手の平は恥ずかしいくらい湿っちゃう。
褒め言葉の雪崩に、ティアラは唇に人差し指を立て必死に止める。
口を閉じてと言ったでしょう!ともともと話しかけたのは自分の方なのに、文句を言いたくなってしまう。うっかり母親達にまで聞かれたらどうするつもりかと冷や汗まで吹き出した。
まるでプライドのことを言っているのではないかと思うほどの賛辞だが、間違いなく彼にとっての自分ただ一人に対しての唯一無二の評価だと嫌でも知っている。そして彼にとってお世辞でもなく、本気でそして事実なのだとも。
─ 身につけてきた笑顔も言葉も全部役に立たない。
顔が真っ赤になりながら止めに入るティアラの幼い顔に、ノーマンとブライスは意識的に口を閉じ気配を消した。
第二王女として名高い彼女が、これほどまでに取り乱しているのを今日初めて見た。裏稼業の侵入にも拉致にも平然と落ち着き払っていた王女が、あまりにも慌ただしい。
申し訳ありませんと本物の従者と違わずの深さで謝るセドリックに、気を抜けばぽかんと口が開いてしまいそうになるのは騎士全員同じだった。騎士達の視線が痛いと思いつつ、ティアラはセドリックの耳を引っ張りたい気持ちと戦う。つい数秒前まで蘇りかけてきた寂しさが完全に抹消される。そんな暇も余裕もない。そんなことよりも
─ だって、好きだから。
「〜〜っならもうずっと傍に居てくださいっ!」
「?!」
従者なのですから!!!と。
潜めた声ですかさず付け加えたことをじわじわ後悔してしまうほどに、彼の言葉を胸の内側で噛み締めた。




