そして始末する。
「さて、と。……どうしようかな」
競売品保管庫。その場所に足を踏み入れるのは、レオンもまた初めてだった。
アネモネ王国内で行われる競売には何度か訪問した経験があり悩まなかったが、ミスミ王国のオークション会場は規模が違う。大陸最大規模のオークション会場の保管庫は、当然ながら規模に相応する厳重さだった。しかしスタッフ用通路を通り、保管庫に繋がるまでの施錠は全て開いたままだった為、乗り越えることは難しくなかった。
途中、警備の複数名が傷を負い一部は絶命しているのを確認したところから、この先にいる相手の仕業であることはすぐに理解した。
もともとオークション開催中に様々なスタッフが行き交い作業を行う中で、逐一行う施錠の数は限られている時だった。施錠の代わりに警備を大勢配置し、扉は開けたままスタッフを管理している最中に突然の侵入者だ。いくら騒ぎが大きくなろうとも現場を放棄する警備はいなかったが、最低限の武器を所持する警備に対し侵入者達の多様な武器が勝利した。命に関わる重傷者には足を何度か止めたレオンだが、最優先事項は確固として変える事はない。優秀なアネモネ騎士達に背後を守られながら、大きな妨害はなく進むことのできたレオンが保管庫に辿り付くのはあっという間だ。
入り組んだ通路の内、侵入者達が通ったであろう痕跡のある経路を選び進み、曲がった角の最奥だった。間違いようのない、一本通路の突き当たりの部屋には他に扉はない代わり、何人もの警備達が倒れ伏していた。その内の二名は今も男達にナイフを刺され耳を削がれながら、拷問染みた恐喝を受けている。
ミスミ王国の国王に聞いた位置にも、そしてフリージアの温度感知の特殊能力を持つ騎士の証言にも照合される位置でもある扉の前では合計四名の男達が立っていた。
そして狭い保管庫内には、三名が籠城者。最初に侵入者の騒ぎを聞いてから、次の競売品を運び込む予定だったスタッフ二名と警備だ。安全を確保するまでここから出ないようにと制止をされたまま、侵入者達が銃撃での奇襲を行ってきたところで慌ててスタッフごと警備が扉を閉じた。逃げ込んだのではなく、あくまで競売品とスタッフを守る為に競売品保管庫内を選んだが、結果として警備の中で彼一人が無傷で助かった。会場内で最も安全とも言えるその部屋で、ただ扉の頑丈さを祈るしかない。
ドンドンドンッ!!と手にある鈍器で激しく扉を叩き、廊下に響くほどの怒号を上げる男達は一人として間近に迫るレオン達にも気付いていなかった。それよりも一秒でも早く、目の前の分厚い扉を開けることばかりに思考が埋まる。扉の横で冷たくなった警備の死体を時には踏みつけながら、地団駄踏み開けなけりゃ殺すぞと口汚く恐喝を繰り返す。
スタッフ通路の中でも最奥に位置する保管庫の扉は、強固に施錠された扉だった。更には盗難を防ぐ為、警備だけではなくその扉も分厚く最も頑丈にできている。内側から施錠した扉は裏家業といえど解錠は難しい。裏家業達が一挙に集う闇オークション開場にいた彼らの武器はどれも殺傷力は高いが、しかし金庫のように頑丈な扉を破壊できるほどの力は無い。全員の持つ銃の火薬を根こそぎ集めても、扉をどころか傷を付けるのがやっとだ。更には生死関係なく警備の誰も、扉の解錠方法も破壊できるような火薬の場所も吐かなかった。今も拷問を受ける警備二名のみならず、喋れなくなったまま流血を続け転がされる警備達もそれは同じだった。つまりは
「君達の勝利だ」
閃光が、弾けた。
高らかな声で宣言したレオンが袖から取出し、投げ放った直後だった。ゆるりとした裾から微弱な肩の動きだけで取り出されたそれを視認した時点で、アネモネ騎士達もまた静かに後退へと片足を大幅一歩動かしていた。生死不明を含む複数の警備達を踏み躙る裏家業達へと投げ放たれたそれは、レオンが騎士達と共に角の壁へと踵を返したと同時に大きく光量を溢れさせた。
ぐあああっ、と突然の光に目を潰される。突然の知らない声に振り返った直後に、全員が真正面からその光源を目にしてしまったところだった。警備の耳を削ぐ手も止まり、首を締め上げようと掴んだ手も離れて自分達の両目を覆い擦り隠す。
なんだこりゃあ!爆弾だ!閃光弾だと?!と、その知識も散けた発言をする彼らに、どうやら元々同一組織の人間ではないらしいとレオンは検討付ける。光が完全に止むのを待つ数秒で、今度は上着の留め具を外しその内側へと手を伸ばした。長い中指だけで引っかけ取り出した銃一丁を素早く持ち直す。パァンパァンパァンッ!と、通路へ躍り出ると共に後方に控えていた三人の騎士が銃を鳴らした。レオンの手を煩わせるより前に裏家業達を撃ち抜いた。目が潰れ、視界が回復するよりも前に脳天から血を噴いた男達は訳も分からないまま床へと崩れた。
倒壊音に、光を直撃こそせずとも視界が掠れた警備達も思わず身を固くする。まだ、自分達の味方が何者かもわからない。しかしそれ以降、男達の声はなくなった。代わりに聞こえるのは新たに聞こえてくる早足の音だけだ。また新手か、それともと微かな希望を抱き必死に目を凝らす。潜めたい呼吸音も意思に反して荒くなる中で、剣を握る力もない手にそっと細い手が重ねられた。
「ご苦労様でした。もう大丈夫です、後はゆっくり休んでください」
絹のような優しい声を掛けられ、自然と内側の緊張が解かされていく。
「応急処置を」と続けて命じるその声に応じ、一名の騎士がそれぞれの処置へと取りかかった。更にもう一人の騎士は周囲に転がっている警備達の生存も確かめる。四名の生存と、一名の死亡を確認されレオンは僅かに表情筋を強張らせ、そして数秒目を閉じた。フリージアの騎士の特殊能力越しに保管庫の様子を伺っていた自分達が、もっと早くに踏み込んでいたら被害は全く違っていただろうと理解している。侵入者の動きからすぐに追ったが、それでも武器と戦場の狭さによる不利が想定以上の被害を生んでしまった。そこに自責の念は抱くが、それ以上は引き摺らない。数秒の後に目を開き、倒れ伏す警備達を横切り保管庫の扉へ足を踏み出した。
ミスミ王国の民だからどうでも良いというわけではない。ただ、アネモネ王国の王族として優先すべきものと行動は間違わない。あの場で第一に守るべきは、同盟国と主催国。次が交易国や同盟国から信頼され委託されたアネモネ王国の競売品。そして最新鋭の競売品武器を悪用されないことだ。正しく使用されれば勿論、誤って使用されても甚大な被害をもたらす武器であることを誰よりもレオン自身が知っている。
保管庫の武器を守るのも、会場の異端分子を排除するのもあくまでミスミ王国の警備達の領分だ。彼らへ助力することに惜しみはないが、自分が間に合わなかったからといって必要以上に負うことではないともレオンは考える。彼らはただ彼らに任じられた務めを最後まで果たし、……自分もまた、アネモネ王国の第一王子と果たすべき任を優先し続けただけなのだから。
彼らはただ自分の任務を全うし、そして破れた。責められるべきは、彼らを手に掛けた加害者達にある。
「邪魔だよ」
ポンッと突き飛ばすような動作で、レオンは扉にもたれかかったまま絶命している裏家業を退ける。死者を冒涜はしないが、同時に死者だからといって同情もしない。彼らが手に掛けた罪なき命の方が圧倒的に重いと、その額から血流す死に顔を横目に思う。
邪魔な障害がいなくなってから、軽い音でコンコンッとノックした。扉の向こうを驚かさないように細心の配慮をしたが、それでも扉の向こうにいるスタッフ達は肩を大きく上下させた。今までの激しい打音とは異なるが、それよりも遙かに悲鳴や銃音の激しさに肺が縮み心臓の音がけたたましく速度を上げ続ける。さっきまでは籠城できたが、銃を持っている相手ならば今度こそ爆撃で扉諸共自分達も吹き飛ばされるかもしれない。応援だと言われても騙して開けさせる為かもしれない。様々な可能性を考えては、同時に自分達を脅す為に叫ばされていた警備達の安否も気に掛かる。
ただのノック音に対しても、一言返すどころか自分達の存在にも気付かれないようにと気配を消し続ける。返事のない扉の先に、レオンはなだらかな声で呼びかけた。
「安心してください。アネモネ王国第一王子のレオン・アドニス・コロナリアです。今、我が国の騎士達が侵入者を排除しました」
アネモネ王国、と。その名にスタッフ達は大きく目を開く。
今、自分達がいる保管庫の中にもある、目玉商品の出品国だ。王族と騎士、しかも扉前の男達を排除してくれたという言葉にスタッフの一人は自然と施錠に手が伸びた。しかし、すぐに警備に掴まれ止められる。無言のまま目を合わせ、激しく一度首を横に振る。窓一つない扉の向こうで、名乗る青年の言うことが事実かどうかを知るすべはどこにもない。羊のふりをした狼である可能性を思い出させる。
「ミスミ王国の国王陛下からも許可を頂いて僕らはここにいます。皆さんの陛下方はご無事です。フリージア王国の騎士も動いています。事態が収束するのは時間の問題でしょう」
扉を開けることはできない。たとえ自分達の知る相手が開けろと言ったところで、それも味方が脅されて言わされている可能性も大いにある。自分達だけの命の問題ではない、侵入者達を排除しようと命を張った警備達の命も無駄になる。
そして、ここの武器を奪われれば大勢の来賓の命が、そして希少な歴史的遺産の行方もかかっている。自分達の安易な行動が国家間の諍いまで招く恐れもある。
自分達の命よりも遙かに重要だと、スタッフもそして警備も強く思う。だからこそ、確固たる確信を持てない以上、死んでもこの扉を開けるわけには
「ですから、どうかそのままで」
扉の向こうの彼らが大きく瞬きをしたのと同時に、レオンは通路の先へと振り返った。翡翠の眼差しが声と共に冷たく落ちていく。
分厚い扉越しでは拾えない、まだ遠い先の足音は部屋の外にいるレオン達にしか気取れない。バタバタと足音を隠す様子もなく近付いてくる正体は、きっと自分達と同じように無力化された警備達の痕跡を辿ってきているのだろうと考える。近付いてくる気配を前に、レオンは抑えた声で騎士達へ指示を出す。
自分達の立つ、最後の通路一本に横たわる警備達を生死関係なく保管庫部屋の前へと運ばせる。距離のない一本の通路で、数人の警備を引きずりながら移動させることは時間としても難しくない。裏家業の死体を退け、警備達を優先的に突き当たり扉や付近の壁際へと集めた。足音からとうとう新たな侵入者による怒号が分厚い扉越しでもうっすらと聞こえ始め、その姿をレオン達の前に現した。会場で次々と掃討され減っていく同業者の気配に気付き、スタッフ通路へわけもわからず逃げ込んだ闇オークション参加者の貴族とその護衛達だ。
保管庫目当てではなく、てっきり会場外へ繋がる裏口だと期待して辿った彼らは最後の通路を前に行き止まりを初めて知る。
「?!貴様ッはっ」
「ッあ、アネモネのっ……!!!」
意図せずミスミオークション側であろう人間とその護衛騎士と捌合ったことに、勢いのまま指を指し怒鳴り目を尖らせる伯爵とそしてアネモネの団服に気付いた軍官はそれぞれ声を漏らす。そこから迷う暇もない。
抜いていた剣を構え、銃口の照準を合わせる。ただの警備であれば良かったが、アネモネ王国の王子とそして騎士に姿を見られた以上この後逃げても結果は同じ。自分達よりも遙かにミスミ王国からの信用を得ている人間だとわかっているからこそ、ここで始末する必要がある。
ここに来るまで、会場警備が痛めつけられたのも目にしていた彼らにとって、たった二名の騎士とぬるま湯に浸る王子など敵ではない。彼らも出席者である以上、武器などないと高をくくる。
そして扉前に警備達を集めきったレオンもまた、彼らに対して躊躇わない。
先ほどと殆ど同じ動作で肩を揺らし、裾からまた武器を手の中へと落とす。それに気付いた彼らが、勇み足を止め一度引こうとしたが先を行かれた。ピンを抜き手早く投げ放たれた金属は彼らの背後の壁にぶつかり、退路側へとレオンの計算通り弾かれ飛んだ。自分達の背面に転がり落ちたその物体を軍官と護衛達は嫌でもすぐに理解した。跨いででも退路へ逃げる方が正しいと頭ではわかっても、爪一枚分も近付きたくない恐怖感に押されて行き止まり方向へと、主人の伯爵も護衛全員が見捨てて床を蹴る。そして
ドッッガァアアアァアアアアアアアアアアアッッ!!!!
閃光弾ではない、正真正銘の小型爆弾が威力を存分に発揮した。
手榴弾とも異なる火薬の衝撃が主要の爆弾は、使用された火薬の分も殺傷力は低い。しかし人間を纏めて吹き飛ばすには充分だった。
爆撃を足下から直撃を受け意識を飛ばす伯爵を置き、逃げた軍官達も背後へ飛ばされる。破片よりも火薬による熱と爆風に背中を焼かれ、一瞬肺も燻された。ただ前につんのめるだけで終わらず、足元が宙を浮いた。取り繕う余裕もない喚き声を上げ、勢い良く数メートル先へと倒れ込む。
「気に入ってくれたかい?小型の割には火薬の威力はなかなかなものなんだ。敵の足並みを崩すにもちょうど良い」
肩を痛めながら床へぶつかり転がる男達を、レオンは眉ひとつ動かさず見下ろした。背中がぷすぷすと焼け焦げながらも、呻く余裕はある男達へと右手の銃を突きつける。
無様に突っ伏し背中の熱に顔を顰める男達へと、レオンだけでなくアネモネ騎士二名も倣い銃を構えた。重傷者の応急処置は途中だが、彼らもまた最も護るべき存在を間違えない。
一人一人へ近距離で銃を突きつけながら、レオンの合図をただ待った。明らかに不利へと一瞬で転じた男達が、脂汗と共に自分達の立場と言い訳に考えを巡らせる。眼球周りの筋肉をピクピクと痙攣のように震えわせる彼らが、服装からそれなりの上流階級であろうと推定しながら、レオンは「まぁ」と小さくまた唇を動かした。
「君達には一生値しない品だけれど」
そう、翡翠の瞳が妖艶に光を帯びた直後にレオンから合図が落とされた。
パァンッ‼︎と乾いた音が一度に複数重なる。
扉の近くで行われた爆破音とそして銃声。保管庫に引き篭もるスタッフ達が震えを隠しきれず息を飲む中で、レオンの声は冷たかった。
頬についた返り血を指で拭い、再び騎士二人に応急処置の再開を命じる。最悪の場合、スタッフも警備も全員殺され競売品も持ち去られることも想定していたレオンにとって、今の状況はかなり良い。このまま競売品ごと、彼らを守るだけの話なのだから。
分厚い扉に隠され覆われたまま、罪のない彼らには残酷な命のやり取りは見られない方が都合も、良かった。
本日2話更新分、次の更新は水曜日になります。よろしくお願い致します。




