そして目にする。
「!待て、止めろ」
ハッと息をのむカラム隊長の言葉に、私からもヴァルへ「止めてください」と命じる。
ぴたりと足下が止まったところで耳を澄ませば、うっすらと反響して大勢が近づいてくるのがわかった。騎士団だ。迅速かつ気配を可能な限り消してこちらに迫ってくる。
きっと入り口に立っていた見張り達は全員掃討した後なのだろう。一度足を止めた私達は、狭い通路で邪魔にならないように端に寄る。姿の見えない私達の壁になるようエリック副隊長達が背中を向けて立ってくれた。ライアーに至っては顔も見られたくないと言わんばかりにべったりと顔を付けて壁と一体化している。
私達の存在も把握している騎士達だけど、やっぱり手を振るアラン隊長とエリック副隊長、そしてハリソン副隊長の姿に一番に反応し、構えていた武器を下ろしてくれた。きっと温度感知の騎士もいるだろうし、こういう時顔見知り同士の騎士がいてくれて良かったと本当に思う。
騎士隊を連れる先頭の騎士隊長に、アラン隊長が概ね作戦通りと競売品の回収損ねがないかの確認も含めて報告をしてくれた。
私達の存在に気付いているように軽く目配せをくれた騎士達は、敢えてだろう触れず無言のままに横を抜けていった。闇オークション会場の方はこれでひとまず決着だろうか。……本当に、時間がギリギリだったんだなと彼らが去った後に大きく息を吐き出した。地上に出る前にすれ違ってしまった。
もう後続は来ないことを確認してから、再び私達は出口へと向かい直す。暫く進むと途中で階段になり、その段差もヴァルが面倒がって足場ごと進んでくれた。最後に見覚えのある扉を一枚、二枚と開きっぱなしになっているのをそのまま抜ける。最後の扉を出たところにもやっぱり騎士達が数名控えていた。エリック副隊長に説明を任せる間に、セドリックが飛び出す。
ライアーとヴァルにもう帰って良いかと尋ねられたけど、レオナルドを連行するのだけでも付き合ってもらう。また彼がどういう手で逃げようとするかもわからない。
「申し訳ありませんが先に失礼致します!!」
「ダリオ。……送ってやろうか……」
ハァッ……と、まだ呼吸も安定していないステイルがアーサーの肩を借りたままセドリックに呼びかけた。
地面を強く蹴ったセドリックが、姿の見えないその言葉に反転して急ブレーキをかける。「よろしいのですか?!」とちょっと大き過ぎるくらいの声を張るセドリックに、ステイルもステイルで見えてないことを忘れているかのように俯いたまま片手をあげた。移動中、ヴァルのお陰で少し休めたのもあるだろう。レオナルドと違ってセドリックになら特殊能力もバレてるから問題ない。
アーサーに「大丈夫か」と心配されても「三人ならいける」と断言するステイルは、首も安定しないようにグラつかせながらセドリックを手招きし、……アーサーが「こっち来てほしいそうです」と代弁した。ステイル、やっぱり大分疲れている。
駆け寄るセドリックは、ステイルの姿が見えないから途中でアーサーが「そこで、そこで平気です」と手を伸ばして前のめるセドリックを止めた。
「申し訳ありません、お疲れのところでこのような……!!」
「良い……。妹に、よろしく頼む……」
ステイルの言葉に大きく肩を上下したセドリックに、彼がどうしてこんなに急いで去ろうとした理由はやっぱりそれかと私も思う。この反応だともしかするとさっきステイルの所在を最初に尋ねたのもこれを頼みたいからだったのかしら。そして、……たぶんステイルも体力が残ってたらもっと早く送ってあげたかったのかもしれない。
じわじわ顔まで赤くなっていくセドリックに、ステイルは声だけを頼りに手を伸ばすと触れたところで有無も言わず瞬間移動した。セドリックと、そして彼に触れる護衛騎士二名が一瞬で姿を消した。道すがら情報共有はしたし、もともと途中で奴隷被害者を回収して撤退する予定だったセドリックをこれ以上引き留める理由もない。お礼を言いたかったけれど、それは全部終わってからにしよう。
セドリックが消えた途端、彼に触れていたステイルの手がまたぐったりと落ちた。そのまま体重をさらにアーサーにかけたのか、ぐったりと身体の軸ごとアーサーに傾く。
ステイル?!と名前を出してしまいそうになりながら私も駆け寄り支えれば、息がまた少し乱れていた。「大丈夫です……」と言いながら目が半分くらいしか開いていない。アーサーが触れていなかったら高熱でも出しているんじゃないかと疑う。
いつもは三人くらい本当に負担にも感じていないステイルなのに、やっぱり今は大分きついらしい。やっぱりセドリックにもちょっと無理したようだ。
「本当に、本当に大丈夫……?!貴方だけでも父上達のところで休ん」
「大丈夫です……!……り、よりもま……は、レオ……ドを……」
首を横に振ったステイルが、そこで言葉まで途切れ出す。
フィリップ?!フィリップ?!と連続で私もアーサーと呼びかけるけれど、そのまま完全にアーサーに体重を預けてしまったのが見るだけでわかった。肩を貸すアーサーが揺らしても反応がないステイルを、カラム隊長が見てくれれば眠っているだけらしい。
昨日も睡眠が浅かったこともあるけど、気を失っているのにも近いかもしれない。呼吸だけは異常ないことに安堵しつつ、本当に疲弊させてしまったと思い知る。ステイルをどこかで一度休ませようかと過り、自分で首を強く振る。
ステイルの案じてくれた通り今は時間がない。今いるミスミ王国から隣国とはいえ、距離も大分離れている。ひとまず路地から大通りに向かうけれど、その間も不快この上なく顔を歪めているレオナルドはアラン隊長に引っ張られないと自分から進もうとすらしなかった。ミスミのオークション会場が外からはどういう状況かはわからないけれど、大通りに出れば今よりもわかる筈だ。
とうとう外にも出たけれど、建物に覆われている路地だからパッと見回しても状況がわからな
「嘘だろおい……?」
突然、レオナルドが口を開いた。
今さっきまでの不満いっぱいだった顔が、振り返れば今は驚愕に見開かれている。顔が今は歪むというよりも酷く引き攣っている。建物に囲まれた路地の中で、瞬きもしないままレオナルドが見上げる先は狭い空だった。一体何を見ているのか、同じ視線を向けてもわからなかった。建物の屋根と、そして煙がいくつか見えるくらいだ。……黒い、煙。
火事だと、レオナルドより遅れて気付く。
しかもあの方向はとわかってしまえばアラン隊長が「おい!」と叫んだ。さっきまで大人しい方だったレオナルドが突然駆け出したのを捕まえていた。逃げようとしたようにも見えるけれど、恐らくよく見える開けた大通りに彼自身も出ようとしたのだろう。当然アラン隊長に力で適うわけもなく、両手の枷のまま身体を捻り暴れ出した。
とにかく大通りに出ましょうと言おうと思い、止まる。それよりもと、今は振り返る。
「ヴァル!屋根に上げてくれますか?!」
「あーー?見えねぇな」
こっちです!!と、もう既に面倒そうなヴァルを私は急ぎ手を掴み引っ張る。レオナルドを捕獲するアラン隊長にも一番近い建物の壁際に引っ張り込んでもらう。今すぐにでも大通りに出ようとこれまで以上に暴れるレオナルドを、アラン隊長が後方から引きずるように壁まで来させてくれた。
姿の見えない私もヴァルを掴み引っ張ったまま壁際に寄る。ここを!この上です!と叫べば、ヴァルも舌打ちを鳴らしながら応じてくれた。足場が動き、壁をなぞり上がるようにしてエレベーターのように上昇する。突然浮かび上がった足場に、大声を上げていたレオナルドも一度声が止まった。一番レオナルドとアラン隊長に近い建物は、それなりに屋根までの高さもあったお陰で上がりきれば大通りも見渡せるほど一気に開けた。
さっきの路地では細い筋のようにしか見えなかったけれど、屋根の上にまで上がれば束のようにいくつもの黒い煙が他にも上がっていた。そして方向は間違いなく隣のパボニア、その貧困街だ。
信じられないものを見るように唖然を口を開くレオナルドは、確信したと同時に受け入れるのに時間がかかっているようにも見えた。顎が外れ、戦闘の時には見えなかった汗が額から首筋まで流れ落ちている。開ききった瞼がピクピクと痙攣まで始めていた。やっぱり、私の言葉を本気にはしていなかったらしい。途中から本人でも自覚がないようにパクパクと口を開いていた。
「火事ですね」とアラン隊長が言ったところで、初めてゴクリと喉を鳴らして現実を飲み込んだ。屋根の上であることも忘れているように足を前に出そうとするからアラン隊長がまた引っ張り込んだ。その瞬間、自分でも我に返ったようにレオナルドが「放せ!!」とまた暴れ出す。
「もうわかった!!!!わかったんなら充分だろ!?!さっさとこの枷を外」
「ええ外します」
「?!!」
アラン隊長、とレオナルドの言葉を遮った私がそのまま解錠をお願いすると、アラン隊長ではなくカラム隊長が前に出てレオナルドの鍵を開けてくれた。
騎士達も誰も、彼を解放することに反対しないでくれる。ここまで事態が進んでいたのなら、透明化したままのステイルに正体をバレるリスクの上でレオナルドを瞬間移動してもらえないかお願いするべきだったと後悔してももう遅い。
ガチャリと枷が開かれた途端、レオナルドの翼も大きく開かれた。瞬きもしないまま私の方向に顔を向けたレオナルドは、数秒だけそのまま棒立ちになった。拍子抜けといっても良いかもしれない。何か言いたげににわかに口が動きかけたけれど、すぐに煙の方向へと顔を戻した。
バサリバサリと翼が大きくはためき風が吹き、そして屋根よりもさらに高い位置へとレオナルド一人が浮かんだ。まだ、私達からの罠を警戒しているのか、ちらちらとこちらに目を向けるレオナルドに「急いで」と私は自分の胸を押さえながら声にする。途端にわずかに身体が揺らしたレオナルドは、今度こそ一目も振れず煙の方向へと飛び立った。
人の足よりも遙かに速く、そして自由に空の最短距離を走り抜く彼を祈るような気持ちで見届けた。もう、私から言うことも今はない。ただ、少しでも速く間に合ってくれれば良い。…………きっと、全員は届かない。
ゲームほどではなくともこれから現実に打ちのめされる彼が。それでもたった一人でも、救って欲しい。
レオナルドが見えなくなってから、私達は屋根を降りた。
共に次の目的地へそれぞれが、向かった。
本日、同作者の「純粋培養すぎる聖女の逆行」第二巻が発売いたしました!!!
特典もございますので、是非よろしくお願い致します!!
https://x.com/shosen_bt/status/2090272617714630664
https://store.over-lap.co.jp/products/EC3009




