Ⅲ319.女王付き近衛騎士は見張る。
やってるな……
「上階だとわかりやすいですね。流石は陛下の近衛騎士です」
そう、滑らかな笑みを陛下に向けるのは、我がフリージア王国の隣国であり同盟国の第一王子レオン王子殿下だ。
今も目下の一階席会場でブライスが侵入者を纏めて三人無力化したところだった。
席に着かれているティアラ様もパチパチと音にならないように小さく拍手し、目を輝かせておられる。
「流石ブライス隊長ですっ」と声を弾ませられたティアラ様は、恐らく陛下と同様にブライスの実力を見るのは今回が初めてだろう。プライド様と共に騎士団演習場を訪問されることは多いが、演習では特に隊長格である我々は監督役であることの方が多い。特にブライスは、ティアラ様が生まれるよりも前から隊長格だ。
陛下から任命頂くまでは、膠着状態よりも悪化の一途を辿っていた一階席会場も、今では戦場を見慣れない者でも一目でわかるほどに混乱が引いていた。
最初に人質をノーマンと手分けして解放した後のブライスは、ノーマンが別任務に動いた後も勢いが落ち着くどころが寧ろ増していた。ノーマンが足手まといというわけではないが、あの人は本当に昔から仕事のできる人だと思う。
特殊能力の関係もあるだろうが、人柄としても他者を巻き込まない単騎が気楽な部分もあるのだろう。昔は苦労したと聞いたことはあるが、今では特殊能力もかなり自在に発揮している。
会場の二階席の我々は、侵入者からの被害も小規模で済んでいた。
上から見渡せば、一階席会場の観客席の状況も俯瞰で把握することができた。お陰で、他の二階席の来賓である王族達も皆当初よりも落ち着きを取り戻している。二階席に上がってきた侵入者は何度かいたが、その度にアネモネ騎士達が迎撃し事無くを得た。
更には、既に今では来賓についている護衛の内一人は武器を保持していることも強みだった。全て、レオン王子たった一人による提供の武器だ。一体あの細身の中にどれほどの数の武器を隠し持たれていたのか、想像もつかない。
お陰で、女王近衛騎士の一人である俺の出る幕は殆ど無い。
決して気を抜きはしないが、他の近衛騎士達が全員今も稼働している中俺だけ何もやるべきことがない状況は、隊長になった今でも慣れない。思わずついてしまいそうな溜息を飲み込んだところで、ふと視界にまた引っかかる。
「!陛下。新たに足下より三名侵入者が上がってきております」
「そうですか。レオン王子殿下、お任せしても宜しいでしょうか」
なだらかなローザ女王陛下のお声に、レオン王子も一言と手の合図で応えられた。
俺から「二つ右隣の来賓席の真下です」とまた位置を伝えれば、今度は陛下を介する必要もなくアネモネ騎士が銃を構えその位置へと駆け出した。「失礼致します」と、横切る度に来賓の王族へ断りを入れるが、王族も既に四度目のことに驚く様子もなく彼らの背を目で追った。
来賓席の手すりから垂直に銃を向けた途端、その先から「嘘だろ?!」「なんで」と声が漏れ、直後には銃声が響いた。見事また、アネモネの騎士が二階席の壁を伝い登る侵入者を迎撃してくれた。
階段はまだ誰の目にも接近が明らかだから対応もしやすいが、こういう死角を狙う輩は本当に油断できない。我々二階席の人間からは真下からの接近は確認のしようがない。
会場にいるブライスも今は人混みを抜けて敵を殲滅している中、そこまでこちらに注意を省けない。……いや、あの人はたとえ気付いても今回は何も手を貸してくれないだろう。何せ
「本当に助かります、ケネス隊長。貴方の特殊能力あってこそ二階席は死守できていると言えるでしょう」
「恐縮です。勿体ないお言葉でございます」
丁寧な言葉で賛辞を加えてくださるレオン王子に感謝を伝えつつも、その侵入者の迎撃は一度も俺自身がやっていないことにやや肩が狭まる。いつものように部下や他隊であればまだしも、今はアネモネ王国の騎士だ。
俺自身は陛下、そしてヴェスト摂政殿下とティアラ王女殿下の護衛の為にも離れるわけにはいかない。本来あと二名いる筈の護衛の騎士の内の二名が今は一階に降りているのだから。
温度感知という特殊能力がある俺だが、正直特殊能力自体は大したこともない。
他の同じ特殊能力を持つ部下の方が感知範囲が広かったり、温度感知の認識が早い。そもそも温度感知の特殊能力自体、フリージア王国でもそして我が騎士団でもそう珍しい特殊能力ではない。死角や暗闇など普通の視界では判断できない敵を見つける監視の為くらいでしか役に立たない。フリージア王国であれば透明の特殊能力者への対策で重宝もされるが、恐らくアネモネ王国など他国では必要とされることは更に少ないだろう。
ブライスが侵入者の数を次々と減らしてから、二階席に逃げ込もうとする侵入者も増えていた。
階段を上ってくる者の中には正真正銘一階席の来賓もいて特別に立入も許可されたが、流石に壁をよじ登ってくるような人間は侵入者以外有り得ない。ブライスにより一階の安全度が上がっているにもかかわらず、追い詰められるような人間だ。……といっても、やはりアネモネ騎士でなければ狙撃を任せるにも心臓に悪かった。
温度感知で見えるのはあくまで相手の温度の色で、人相や服装までは判断できない。俺の場合は体格だって輪郭全てぼやりとあやふやだ。
「温度感知とは……やはりフリージア王国の騎士は噂に違えぬと思い知らされます」
そう関心まじりの声と共に俺を凝視するミスミ王国の国王に、一言返すが余計なことは言えない。頭には「噂」という言葉がそのまま「化物」に置き換えられるが、別にそれだけが呼び名ではないとわかっている。
オークション開始時はフリージアとも他の来賓とも離れた特等席に掛けていた筈のミスミ王国の王族だが、今は国王と王妃もそして王子達もその席からは離れていた。
事情を知っている国王と王妃は迎撃を始めたアネモネ王国と、そして侵入者の正体を知っている我が国フリージア王国の席へ早々に訪れた。
話を聞かせるわけにはいかないこともあってか、今は王子達は来賓を安心させるように各席を回っている。こんな緊急事態にも国王の命令と期待に落ち着いて応える王子達の方が、俺よりも遙かに「流石」という言葉が相応しい。
褒めて貰えることは光栄だが、本当にこんな機会がない限りはほぼ活躍することのない能力だ。フリージアの、そして騎士団の九番隊に所属しているからこそ今も特殊能力を生かすことができている。
「ところでケネス隊長、……競売品の方は無事でしょうか」
「はっ。……少々お待ちください」
レオン王子の問いかけに、一度陛下の確認を取ってから一方向に目を凝らす。
ミスミ王国国王によって教えられた競売品を保管する極秘の宝物庫の位置へ両目を向ける。距離があるせいで、かなり時間と集中をかけて見ないと認識できない。広範囲が難しい分、たった一箇所に集中してで遠距離はやっとだった。
視野全体が狭くなる為、今のように俺の代わりに警戒をしてくれるアネモネ騎士達がいないと容易に使えない。
ミスミ王国の国王がこちらに合流されてから、レオン王子が武器の利用の次に許可を取ったのが他の出口と競売品の保管場所開示だった。
オークションでも盗難防止の為に、ごく一部の関係者にしか報されない場所を国王は補佐を通すまでもなく把握していた。その位置を聞き、俺も目を凝らしてそこに侵入者が及んでいないかを確かめる。
ブライスが一階席をある程度片付けるまで待機されているレオン王子だが、その間に大事な競売品が盗まれるか傷を付けられてはたまらない。特に今回はレオン王子曰く「悪用されたら困ることになる商品」も預けているらしい。
流石は貿易最大手国だと思うが、やはり末恐ろしさもある。
先ほど見た時には、指示された部屋内には人らしき者は二名いた。
しかし部屋を物色する様子もなくしゃがみ込んだ大きさで固まっていた為、恐らくは侵入者ではなくスタッフだというのがこちらの見解だ。国王も同意見だった。
保管部屋には内鍵がついている為、騒動を嗅ぎ取ったスタッフが内側から鍵を閉めて立てこもったのだろう。近くにいる小動物の温度もまた数秒凝視しても何ら変化はなかった。
しかし今目を凝らせば、先ほどまでいた影の前に三つの影が至近距離にいた。
恐らくは扉を挟んでいるのであろう、侵入者の可能性が高い。その証拠に、部屋にいる小動物もそしてスタッフらしき二名も先ほどより更に温度が高くなっているように見えた。ノーマン側の舞台裏にある保管部屋の方が、今も無人のままだ。
ちょうどスタッフが保管部屋から競売品を出したところでの騒ぎだったことと、そしてもう一つはノーマンとも近い位置であることも大きいだろう。八番隊の騎士が戦闘を繰り広げている中で、暢気に近くの部屋に逃げ込もうとする者がいるとは考えられない。見つかれば死ぬということは、現場で狙われている彼らが一番肌で理解する筈だ。
特殊能力を一度止め、眉間の間を寄せたまま目頭を指で押さえる。やはり、遠距離や広範囲は俺に向いていない。目が疲れ、やや奥まで鈍痛がする。もう短時間に二度使ってるから余計に負荷がでかい。
俺が目を押さえたことで、レオン王子から再び「どうでしたか」と確認を投げられた。目頭を強く摘まみ瞼を閉じたまま、俺は口を動かす。保管庫らしく部屋に迫る人間三名と、そこへの通路でうろつくもう一人の存在を説明する。恐らくどちらも侵入者だろう。
「では、僕らもそろそろ出ましょう」
立ち上がるレオン王子は全く慌てるそぶりもなかった。
アネモネ騎士全員を連れていっても大丈夫かと、陛下へ柔らかな口調で確認される。遠回しに二階席は任せられるかというレオン王子からの問いに、陛下と共にヴェスト摂政も俺に視線を投げた。
当然の肯定を返せば、ティアラ様がまた一段と目を輝かされた。期待いっぱいだと、その星空水晶のような眼差しだけでわかる。……そのティアラ様も、実は相当な腕前であることを俺は知っているのだが。
きっと、お得意のナイフをお持ちであれば戦力になってしまうだろう。こんな事態に不謹慎かもしれないが、やはりこの会場が武器持ち込み厳禁であることは正しいと思う。
「武器も最低限行き渡らせることはできましたが、一応降りるついでに二階席に上がれないようにもできないか試みてみます」
「あの!宜しいのですか?!あんなに武器を提供されたままでは、レオン王子殿下やアネモネ騎士隊の方がっ……」
「大丈夫。まだ充分以上ありますから」
心配するティアラ様に、レオン王子は滑らかな笑みで手を振られた。
現時点でレオン王子とアネモネ騎士が持つのは銃一丁ずつと爆弾程度に見える。しかしまさか他にも武器を保有しておられるのだろうかと、今の発言から細身のレオン王子の身体を改めて注視しては言葉と目を疑う。
だが、どう見てもこれ以上の武器を隠し持っているようには見えなかった。
それではと。軽やかな足取りで去っていかれたレオン王子が、二階席に繋がる足掛かりであろう壁装飾を一つ残らず破壊したのは、それから間も無くのことだった。




