そして全うし続ける。
パァンッパァンッ
「……」
きゃあああああ!と来賓中から悲鳴が大きく上がった。
ブライスに弾が当たったかまでは遠目で捉えられずとも、自分達の密集した中で銃声が発生したことに響めきは広がった。状況を理解するよりも前に恐怖が伝染する。
来賓の中に潜んでいた闇オークション参加貴族だが、扉の解放で来賓達が雪崩出すのを静かに待っていた。いつまでも膠着状態などありえない、いつかは外の警備達が異変に気付き解放されることを見越し客のふりを徹底していた。だからこそ、ここで扉が開かれる前に事態が解決されては混乱に乗じることができなくなる。客の隙間を抜い、誰にも気づかれないように服の袖から取り出した銃と降ろした手で騎士を狙撃した。
銃声にこそ気づかれようと、自分が撃ったことには気付かれない。銃声を響かせた直後から周囲と同じように首を回し慌てふためき演技する。何度も耳の横で繰り返される叫び声を模倣し繰り返しつつ、どうしたなんだ誰だと喚きながら自分が撃ち抜いた標的など目もくれず少しずつ後退す
「おいコラ。どこ逃げてんだ」
煙を吐いた銃ごと下ろしていた手を急激に掴まれ、捻りあげられた。
突然のことにぎょっと顔を上げたところで目を剥いた。自分が確かに撃ち抜いた筈の男が、いつの間にか文字通り眼前に迫っていた。他の来賓に混ざり怪しまれないように敢えて視線を逸らし続けたことが仇に出た。まさか撃たれた本人が一直線に近付いてきているとは思いもしなかった。
先ほどまでの騒動も頼みの綱である騎士が撃たれたからではなく、撃たれた本人がこちらに迫っていたからだと理解する。
貴族が隠し持っていたのは新型の部類に入る武器だったが、袖から出すことはできても仕舞うことまでは容易ではなかった。
振り返ったブライスには、観客の隙間とはいえ遠目だからこそ細い煙とそして撃たれた角度から銃の位置も経験則で想定できた。たとえ何人混ざっていようとも、密集しているからこそ撃った側も逃走は難しい。想定範囲で銃を握っていた貴族を捉えたところでもう逃がさない。
動かぬ証拠である銃とその手を掴み、男の踵が上がるほどまで高々と持ち上げる。狙撃犯がわかったことで、今度は男とブライスの二人を中心に人が距離を空けていく。
二発も撃たれて何故それほどの力があるんだと男は目を疑った。確かに当たった、確かに当たった筈だと思考の中で反芻しながらも言い訳を考える。だが、それを干上がる喉で語る前に拳が顔面に叩きつけられた。白目を剥き、前歯も二本折れた貴族は一撃で意識を失った。捻り上げられた手だけで吊り下げられる。
ブライスもまた、銃を奪うと軽い調子で近くの女性に投げ渡した。小型の銃はどう使っても女性には役に立つ。そして吊り上げた男は粗雑に床へと放り捨てた。
「跳弾すんだろド阿呆が……」
チッ、と再び舌打ちが溢される。
ブライスにより事態が今度こそ収束したことを理解する周囲も、少しずつまた彼に距離を近付け出した。警備や一部の護衛や貴族の中にも身を挺して自分達を助けてくれた彼へ応急処置をしようと意識的に前に出ようとする者も現れる。しかしブライスは手の届く程度まで背中を払うだけで、処置も断る。それよりも次の任務があると、その足でまた人混みを抜き足音も消したまま駆け出した。その床には無力化された侵入者の鼻血以外、ただの一滴も赤い痕は残らなかった。
純白の団服の上着も脱ぎ去った後の彼が、どこに銃弾を凌ぐほどの防具を着込んでいたのか。それともと、思考を巡らせながら来賓達はぽっかり開いた口でその背中を見送った。
騒ぎのあった場所とは異なる位置で、王女の盾となる丸腰の護衛二人と、人質を取ろうと銃を構え膠着状態の商人の男を発見する。傍には商人の護衛らしき男二人もおり、同じように銃を構えていた。人質こそ得られずとも、銃で既に護衛や警護を床に四人返り討ちにしている。
三方向背中を守り合い、人質を求めつつも迫ってこようとする相手は確実に狙撃する男達は、今までの侵入者の中でも隙がない。どこをとっても背後のない男達へ、今度は堂々とブライスは前に出た。
全員下がってくださいと、来賓のみならずその護衛や警備にも呼びかけるブライスは自分だけが相手へ淡々と距離を縮めていく。
「来るな!撃つぞ?!お前らの安い防具などッ」
パァンパァンッ!……
また、銃声が二度響く。
警告中にも関わらず商人の護衛二人が発砲した。悠長にする商人と違い、ブライスの佇まいから間違いなく他の護衛達と同じ手練れと銃を持つ男達は判断した。落ち着いた照準でブライスを狙い引き金を引けば、通常の銃よりも威力の高いそれにブライスは弾が当たるだけだけでなく、大きくのけ反った。しかし倒れる事はなく、またすぐに背筋を伸ばし歩み出す。弾の命中した肩をぐりぐりと自分の手で押さえた顔は、歩み出した時よりも遥かに険しい。しかし、近づかれた男達の驚愕はそれ以上だった。なんだ?!どうして!!と声を荒げながら、ぎょっと三人分の眼球がこぼれ落ちそうな程丸くなる。
疑うよりも先にまた銃が鳴らされたが、やはりブライスは大きく仰け反るだけだった。最初はどれほどの硬度な防具を着込んでいるのかとも考えた商人だが、すぐにその思考は改まる。鎧が着込まれているのかもしれない胴体のみならず、明らかに肌の部位までも効果がない。血どころか傷一つつけることも敵わず、表面の衣服に痕が残る程度。近距離と威力の強い銃弾には蹌踉めく時はあるが、一方的に距離を詰めていく。とうとう男達の方が喚きながら後退を試み出せば、ブライスは大股の足を更に早めて駆け出した。逃げるか、まだ撃つかその決断を下す前に、真ん中にいた商人と左側に立っていた護衛の銃口をそれぞれの手で掴む。
ひぃぃぃい?!と銃の効かない化け物相手に足を震わせだす商人は、銃を奪われると思った。せっかく特別な経路で手に入れた最新型の銃なのにと自分の状況も忘れ、採算を考える。だが、銃は奪われない。銃口をしっかりと握られたまま強面の顔を自分達へ首ごと伸ばしてくる彼は。
「よーし撃て」
はっ……!?と僅かにひっくり返った声が漏れると同時に、思い出したように商人はまた引き金を引いた。
今の今まで一度も効かなかった相手が何故撃てと言ったのかもわからない。だが、間近に迫られた相手を消すには銃しかない事実をただ茫然と思い出す。力なく引き金を商人が引こうとする間にも、やはり護衛の男の方が行動も早かった。今度こそ死ねと言わんばかりに渾身の力で引き金をブライスの手のひらに向け引いた、その瞬間。
銃が、破裂した。
風船のような破裂音とも異なる、爆発音に近い音を立て銃が内側から一瞬で破裂した。まるで地面や鉄に銃口を突きつけていた時のように、放たれる筈だった弾が行き場をなくし銃の内側に留まり暴発を引き起こす。
高品質だった筈の銃の暴発に、それを握っていた侵入者二人のみならず傍にいたもう一人の護衛も、そしてブライス本人もまた被害を受けた。破片となった銃の部品が歪な形で飛び、手榴弾かのように近距離にいる全員に衝突した。来賓達はブライスの指示で下がっていたが、それでもあまりの衝撃音で更に背中を向けて遠退き逃げた。これでは流石に止めに入った男も無事ではないだろうと目を向ければ、今度は疑うことになる。
ブライスが騎士だろうと予想した者すらも、うまく避けたのだろうという予想を裏切られた。目や顔、そして手を中心に痛みで床をのたうちまわり転がる商人達の中、彼一人だけが悠然と佇んでいた。
避けずにその場に残っていたことも来賓達は驚いたが、何よりも一人だけ痛みに悶えることなく動いていることに声が出ない者もいた。今も、商人の護衛の一人が持っていた武器を平然と拾いあげている。またポイっと遠投で警備の男に投げ渡すブライスは、ぐるりと首を回し息を吐いた。また、次の騒動が聞こえる方向へ歩き出す。
「!そこの!!だ、大丈夫なのですか?!手当だけでもっ……」
「ええ、はあ。御心配には及びません。大変失礼致しました。後始末のみ他にお任せ致します」
国王であろう風貌の男性に、礼儀通りに礼をしたブライスは警備に目配せをして去る。今も痛みでうめき騒ぐ商人達を跨いだ。
ブライスに後始末を託された警備は、彼の下の衣服からフリージアの騎士であると理解する。侵入者に撃たれずには済んでいた警備は、今日の共有された出席者情報を頭を絞り思い出す。名のある来賓達が「一体何者だ」「化け物か……」「まさかあれが噂の」とこそこそ語り合う中で、警備関係者は知っている。
フリージア王国の騎士、王族の護衛として会場受付で武器こそ預けたものの武器以上の特殊能力を、取り外すこともできず書類上の申請のみで済ませた騎士の名を。
〝硬化〟の特殊能力 ブライス・アッカーマン
「ったく……ずっと使うのは疲れんだよ……」
銃撃無効化のように、銃による衝撃全般の無効化はしない。当たればある程度の衝撃も受け、火力によっては火傷もし、跳弾で周囲に被害も出し得る。
騎士団長のように、無意識に使用できるわけでもない。
あくまで意識する範囲のみ硬化し続けるブライスは、女王に任命されてから常に全身へ特殊能力を張り巡らせ続ける。そうでなければ不意打ちで傷を負うこともあると経験で学んでいる。しかし
「さっさと帰りてぇなあ畜生」
騎士団長ロデリックを上回る年歴と騎士歴の彼に、油断はない。
一人一人確実に、最善に潰していくブライスはまた迷いなく次の標的へと足を動かした。
本日より暫し夏休み頂きます。次の更新は18日からを予定しております。
皆様、熱中症に気を付けて夏をお過ごしください。




