Ⅲ308.来襲侍女は共有する。
「以上だ」
あっさりと締めくくるハリソン副隊長の報告に、私達は一斉に言葉を無くした。……どうすれば。
突然二階席の扉から現れたハリソン副隊長は、武器を構えたまま淡々としているけれど、本来もっと慌てふためて良い状況だ。あの物騒かつ派手この上ない登場も仕方ないとさえ思う。
アラン隊長がすぐに声を掛けてくれたお陰で一瞬で合流してくれたハリソン副隊長は、本当ならあのまま私達を捜索に向かおうとしてくれていたらしい。……セドリックとは、二階席で分かれたまま帰りは素通りしてきたと。いやもうそんなの仕方ないと言える状況なのだけれども。
『地上オークション会場へ関係者が漏れ出した』
緊急事態という言葉の次に告げてくれたハリソン副隊長の言葉に、最初は意味がわからなかった。
本来であれば今も客と警備スタッフを引き付ける為に舞台の上で大暴れしている筈だったハリソン副隊長だけど、もう状況が違う。ハリソン副隊長以上に最悪の大注目を浴びる形でレオナルドが乱入してしまった。
しかもご丁寧に逃げ口である扉を壊し、瓦礫に阻まれている。
ハリソン副隊長が戦線離脱してロビーに出てもそれは驚かない。騎士団が突入すれば、あれくらいの瓦礫ならなんとかできるだろうとは思う。
なのに、関係者が外どころかよりにもよって一番大変なことになるミスミオークション会場に繋がる経路を使って逃げていた。
さっきのスタッフにもちゃんと確認したのにと思うけれど、あくまであれも「自分は知らない」だけだった。ハリソン副隊長曰く特別な客と幹部だけが知っているという話だし、知っていた幹部はきっととっくに逃げていたのだろう。
下手すればレオナルド登場よりも先に逃亡していた可能性もある。ここまでも接客系のスタッフや警備スタッフはいたけれど、彼らも幹部はまざっていなかったと考えた方が良さそうだ。
ハリソン副隊長の報告は、端的だったけれど詳細をと私からもお願いすれば、セドリック?から聞いたという事情も説明してくれた。セドリックもしくはダリオという名前が出なかったのか、護衛の騎士の名前の方を出されたけれども。
途中から「お連れしましょうか」と、自分が説明するよりも詳細だと王族を連れてこようとするところは、ハリソン副隊長も実は混乱しているのか平常運転なのかはちょっとわからない。
少なくとも、幹部と上客の一部が既に秘密経路を使って逃げたことが間違いないのはわかった。つまりは、と。……オークション参加者を思い返せば、ごくりと乾いた喉を鳴らしてしまった。駄目だ、それを今考えると私まで正常な判断ができなくなる。
断末魔まじりの悲鳴や阿鼻叫喚が、レオナルドの手で断続的に繰り返される中で通路に逃げ込むべくこちらに駆け込んでくる客も出る。それでも、ハリソン副隊長の姿を見た瞬間に大きく身を震わせて別方向に逃げていった。
レオナルドも、私達を敵に回す気は本当にないらしく、さっきからこっちには全く攻撃してこない。ハリソン副隊長が現れた時こそ少し身構えたけれど、彼が自分にではなくアラン隊長の方に直行した途端、安心したのかまた虐殺を再開させていた。
こちらもハリソン副隊長の緊急事態も聞き逃せるわけがない。壁一枚もないのにここだけがまるで気味の悪い別世界のように錯覚してしまう。
「エリック・ギルクリスト。競売商品持ち逃げの可能性は?」
「舞台裏保管庫の方は確保しました。それよりもハリソン副隊長、その隠し通路の処理は……?」
「爆破した」
エリック副隊長と問答し合う間に、ステイルが姿を消したままの手でハリソン副隊長の鎖に触れた。鎖だけを瞬間移動させ、一気にハリソン副隊長が身軽になる。
さっきの爆破音はそれだったのかと今理解した。流石ハリソン副隊長、行動が的確かつ最短距離だ。
つまりはもうこれ以上の人間が逃亡する恐れはない。
ただ、問題は彼らが全員武器を装備していることだろうか。正式なオークション会場は武器の持ち込みは禁じられている。
闇オークションの残党が外に出ることは警戒して騎士達にも包囲してもらっていたけれどまさか直接、よりにもよって最悪の場所に避難されるだなんて。
ステイルを見れば、今は歯噛みしながら険しい表情で懐から出したカードにペンを走らせていた。最後にぐしゃりと握る潰すような動作でカードを消すと、騎士団長に送ったと教えてくれる。
「もう遅い情報かもしれませんが」と言うステイルに、私も下ろした手でぐっと拳を握る。ここは地下だからわからなかっただけど、地上ではもう大騒ぎになっている可能性も高い。オークション会場の外にいるだろう騎士団長も異変に気付いていておかしくない。
私達が駆けつけるのは難しいことじゃない。ただ、今私達の方も決して放棄できる状況でもなかった。逃走中であれば追いかけるけれど、もうオークション会場に入ってしまっているのならば領分が変わる。
「それで」と淡々としたハリソン副隊長は戸惑う私達をよそにアラン隊長達へ投げかける。手に握るナイフの先で翼をはためかせるレオナルドを指し示した。
「アレは。どちらを始末する?」
「いや始末っていうか、とりあえずまだどっちにも手出すなよ?」
合流したばかりのハリソン副隊長の問いかけに、アラン隊長が難しそうに頭を掻いた。ハリソン副隊長の報告以上に今の私達の状況を説明するのも難しい。
今もハリソン副隊長が訪ねた動作の間に、レオナルドが低空飛行で人混みへ突進して血飛沫を上げた。「ハハハッ!」「どうしたどうしたァ?!」とたった一人楽しげな彼は、自身の翼以外何も武器を持たずに彼らを制圧している。
地下牢と違い、地下は地下で高い天井空間が災いした。低空であればレオナルドも不自由じゃない広さだ。
腰を抜かした客を見つけては歩み寄り、拳を満面の笑みでたたき込んだ。一回で終わらず、二回三回と相手の顔が変形してもやめようとしない。
ハリソン副隊長が現れてから手の目隠しも下ろされたけれど、本当に凄絶だった。しかも、殺し方だけではない。自分に攻撃をされたら、そのたった一人を殺す為に周囲も全員巻き込む翼で轢き殺して、手出しされなければ永遠と一人一人自分の手で殺している。止めれば反撃されるとわかり、実力の圧倒的差に客の護衛達すら手を出せなくなってきていた。
シマウマの詰まった檻にライオンを投げ込んだ方がまだ平等だと言えるくらいだった。
きっと彼は、私達が止めない限りこのまま最後の一人まで殺し続けるつもりだろう。相手が闇オークション関係者である限り、この国の治安維持の衛兵ならまだしも私達が割って入ることではない。わかっている、けれど……
ジャンヌ、と。ステイルとアーサーから呼ばれるのは殆ど同時だった。二人だけじゃない、ハリソン副隊長以外全員が、私がさっき狼狽えてしまったのもわかっている。
今は、選択が多過ぎる。ヴァル達と合流して奴隷被害者達を逃がすのも、今すぐミスミオークションに騎士団と増援に行くのも一つの手だ。けれど、それ以上にレオナルドを見捨てられない。
彼だって、救うべき民だ。
「ミスミオークション会場には、各国の護衛軍と共に我が国の騎士団も騎士団長もおられます。奴隷被害者達もヴァル達が単独でも逃がす手筈です。今はそれよりも先ほどの御説明を」
潜めた声でステイルが私へそっと耳打ちする。アーサーも、それを拾って大きく頷いているのが視界に入る。
うん、わかっている。ここでアーサー達がならまだしも、私が助けにいくのはきっと違う。それこそ騎士団長は怒るだろう。
無意識に息を胸から肺まで吸い込み、吐き出した。目の前で今も嬲り殺される参加者は、私達が知らないだけでそれ以上のことを犯した人もその関係者もいるだろう。
彼らはこの国で、ミスミ王国の法に則って罰せられるべきだ。けれど、だからって彼らの為だけに動こうとは思わない。
息を整え、胸を張る。ローランドに透明化されたまま、アラン隊長達には姿も見えていないと理解しながらも王女らしく姿勢を伸ばす。
いつの間にか私が沈黙する間に、彼らも姿が見えない私の方へ真剣な眼差しを向けていた。今、この場で彼らが誰を待ってくれているのかは私が一番わかっている。
決めていた言葉を、頭で反復する。間違っていない、言葉にしても大丈夫だと、自分の中で一度飲み込んでから酸素を吸い上げた。
たったそれだけの動作に、両手で胸を押さえ心臓が大きく拍動しているのを自分で確かめてしまう。その間にも、レオナルドがまた次の標的を決めたのか悲鳴がここまで飛び込んだ。
「……視えました。彼を、ここで止めなければなりません」
予知という言葉も、今の私は安易に放てない。ロドニーがいても、いつ、どこで誰が聞き耳を立てているかもわからない。私に許されるのは、あくまでこの声と言葉で命じるだけだ。第一王女プライドとしての痕跡は残せない。
予知の伏せた意味を、全員が理解してくれたのが張り詰めた空気で理解した。殺戮場となっているレオナルドと客とは違う、騎士達による緊張感だ。
レオナルドを、止める。それを私が決めた。この騎士の人数がいれば、きっと止められる。……ただ、次は。
「ローランド、付いてこれますね?」
「!はっ!!」
私の近衛騎士ではない彼に振り返り、確認すれば片膝をついて応じてくれた。
私は、姿を出せない。それが自分の近衛騎士を貸してでも身を案じてくれた母上との約束でもある。だけど今回は、近衛騎士達だけに任すわけにはいかない。ただ彼を止めるだけで良かった昨日とは違う。
「耳を」と、透明になっているアーサー達にだけじゃない。ハリソン副隊長達にも命じて、顔を近付けてもらう。こちらにぶつからないように恐る恐るとした動作で寄せてくれる近衛騎士三人に、私から手を伸ばし耳元に添える形で更に近付けてもらう。アラン隊長とエリック副隊長が、見えない肌の感覚にだろう僅かに肩を震わせた。アーサーとカラム隊長、ステイルも顔をしっかり近付けてくれる中、私は告げる。
〝予知〟という形で、レオナルドにこの後待ち受けている悲劇を。
なっ、と耳を疑うように彼らから複数の声が漏れた。ここにきて更にだなんて、驚かない方が無理な話だ。
「ですから彼を、今すぐ止めます。私はローランドと共に彼へ接近します。皆さんも暴れないように取り押さえるのを協力して下さい。……最悪の場合、無理やり引き摺りおろします。なので、怪我も意識を奪うことも極力しないようにお願いします」
それでも、最後まで言い切った後には全員理解したと示すように頷いてくれた。直後には全員の視線が一度ハリソン副隊長に向く。
昨日とはこれだけでも任務内容が違う。翼だけじゃない、あのレオナルドをなるべく無傷で止める。彼にとっては絶好の巻き込める広い空間と、そして彼より頭上は天井に阻まれた地下で。昨日と同じ手は使えない中で、難易度は格段に跳ね上がる。その上、ローランドと一緒に姿が見えない私まで彼らは守らないといけない。
でも、今しかない。もし、今このロビーにいる客を全員掃討したら、彼は次に会場に行くだろう。知れば地上に逃げた関係者まで追いかける。それで自分もミスミオークション侵入者として捕まることになろうとも、彼は一度決めた以上は止まらない。そういう人だ。
だからこそ、彼が引き返せるうちに止めないとならない。
「自分とカラム隊長はこのままジャンヌと動いて良いですか?!」
ロドニーさんとも!と、アーサーが緊張にヒリついた声で確認すれば、エリック副隊長達からの応答より先にステイルから「当然だ」と返ってきた。
カラム隊長が「ローランド行けるか?」という声に、私も振り返る。この中で一番動きに負担があるのは間違いなく彼だ。ある程度の長さの命綱で繋がっているとはいえ、制限される中で私以外複数人と動きを合わせないといけない。
それでも「大丈夫です……!」と、鋭い眼光で頷いてくれた彼に、胸を撫で下ろしながら感謝する。なるべく私からも彼と勝手に離れすぎないようにしないといけない。……空中戦を好むレオナルドに。
「?あれっ、ハリソンさん。そのナイフどうしたんすか?」
不意に丸い声に振り返る。見ればアーサーが懐から銃を取り出したところだった。持ち方から考えて、構える為ではなくて渡そうとしたのだろうか。恐らくはハリソン副隊長に。
「おっ」「ん?」とアラン隊長とカラム隊長も声を漏らす中、遅れて視線をハリソン副隊長にも向ければ、丸腰の筈の彼は大振りのナイフを二本握っていた。
ハリソン副隊長は奴隷として潜入したから武器も無しの丸腰からあの舞台で戦っていた。つまりはこれも彼らの武器ということだろう。
でも、それにしては真新しさもあるし高級感もある気がする。比較旧型の銃を使っていた警備達の武器とはとても思えない。
「参加者の護衛から奪ったのですか?それとも幹部から」
「いや、渡された」
エリック副隊長の問いに、ハリソン副隊長は即答する。
エリック副隊長も恐らく私と同じで、武器から下っ端スタッフや警備のものではないと判断したのだろう。確かに上の立場のスタッフも拳銃は持ってたし、幹部ならこれくらいのナイフを持っていてもおかしくない。
それなのに渡されたという言葉に私は首を捻る。アラン隊長とエリック副隊長がまじまじと見る中、ハリソン副隊長は大振りのナイフをくるりと手の中で回した。扱いやすそうだけど、当然ハリソン副隊長の私物ではない。渡されたとなると、残す可能性はセドリックの護衛の
「ジェイル達か?」
「ノーマン・ゲイルだ」
ノーマン?!!!
これには私も思わず声を上げかけた。レオナルドが起こす阿鼻叫喚が代わりに響き渡った。
まさかのここでノーマンの名前が出るとは思わなかった。これにはアーサー達も予想外だったのか声を上げる中、一人だけハリソン副隊長だけが落ち着いている。
「どういうことっすか?!ノーマンさんナイフなんか使いませんよね?!」
「いやその前にどこで会った?!」
「通路で地上に上がったと言っていたな?」
「繋がっていた先は舞台裏ですよね?!」
一斉にアーサーからアラン隊長、カラム隊長、エリック副隊長と上がる中、ハリソン副隊長は思い出すように視線を浮かす。否定が入らないということは、どれも的を射ているということだろうか。
今すぐにもレオナルドに突入しようとしてた足が二度も堰き止められる。ノーマンは地上にいる筈だ。しかも近衛騎士として母上の側に!!けど会ったとしても場所がおかしい!!
「上は戦場だったンすよね?!」
「迎撃は行われていた」
アーサーからの再度確認に、ハリソン副隊長が返せばアーサーだけでなくエリック副隊長も少し顔が引き攣った。そこ、すごい大事な情報。
さっきはそんなことまでは言わなかったのに!あくまで地上を確認したら戦場だったから報告のために私たちへ合流をしたとしか言ってなかった。ハリソン副隊長にとっては迎撃なんて当然ということだろうか。
てっきりミスミのオークション会場は闇オークション関係者が暴れ出して、それで混乱状態という意味だと思った。けれど、どうやら少し違うらしい。
少なくとも、母上の近衛騎士が単独で敵が湧き出てる巣穴まで辿り着いてハリソン副隊長に武器を渡すくらいの余裕はある。
「ノーマンさん何か言ってました?!」
「早く報告しろと」
多分だけど、ノーマンはもっと色々言っただろう。
くるりくるりと大振りナイフを手で遊ばせながら告げるハリソン副隊長の報告に、……本当に地上は大丈夫そうだと思った。
今度は信頼というよりも、確信で。




