Ⅲ304.配達人は怒り、
「ア゛ア゛ァ?!よりによって地下で何やってやがる?!!」
主!!!!と、その言葉だけは飲み込んだヴァルだが、犯人を半ば決めつけながら天井へ向けて喉を荒げる。
ふざけんな!!と続けるヴァルの怒号が偶然にも廊下にいる人身売買達とも合わさった。天井からの不吉な振動よりも、その状況にライアーは半ば引き攣った笑いでヴァルを見る。やっぱりこっち側の人間だわと、いっそ懐かしい。
自分も死ぬのは御免だが、天井を仰ぎ恐怖に顔色を変える奴隷達と目の前にいるヴァルの形相が違いすぎて面白かった。
少なくともここまで壁に大穴をあけて通路を作ったヴァルの取り乱し方が恐怖ではなく〝苦情〟に近い様子に、これはまだ死ぬほどの危機ではないのだろうと長年の肌感で理解する。まだ死なないと思う以上、とりあえず苦労するのも自分でないならそこまで焦らない。
「おーいヴァル。どうする?あと何分だったか?合流待ちか?」
「ア゛ァ゛?!待ってられるわけねぇだろうが!!さっさと出るぞ!!」
あーやっぱり?と、ライアーはもう諦めたように両眉を上げて笑った。
このままのんびり待ってお役御免なら一番楽だったが、こうしている今もドガドガと破壊音が煽るかのように繰り返されている。時間を守って待っていてそのまま天井に潰されるわけにもいかない。
金目の物は?と尋ねてきたライアーに、ヴァルは一度怒鳴ろうとした言葉を直前に止める。自分の手に入らない金目のものに興味もなければ芸術も美術にも何の思い入れもないが、ここで放置したまま駄目にしたらそれはそれで文句を言われることは間違いない。
このまま置いて出て行くつもりだったが、倒壊の気配があるなら話は変わる。ステイル達には自分の特殊能力も全てバレている。もう逃走手段が一つに決まった以上、運べないことはない物ばかりだ。
ハァァァとうんざりとした溜息を吐いたヴァルは、ガシガシと頭を掻きながら仕方なくも首をぐるりと回し宝物庫を確認した。一番運ぶのが邪魔になりそうなのは絵画だが、他は大して大きさのあるものはない。
「おい、死にたくねぇなら部屋の物全部一カ所に集めろ。どうせ動かせねぇ荷物共も運ぶんだ」
「おいこら兄弟、せめて美人の姉ちゃんは荷物扱いすんな。あ~あ、ほらアンタらも手伝えって」
「兄弟じゃねぇっつってんだろ」
命令されるライアーは、背中を丸くしながらも逆らうのは諦める。裏家業同士、相手の性格を直すなど不可能だと知っている。
それよりも、何か考えがあるらしいヴァルの言う通り今はさっさと逃げる準備を終わらせるべく奴隷達にも呼びかけた。ボロボロで痩せ細った奴隷もいたが、動ける奴はなんでも動かすに限る。
ライアーの言葉を理解できる奴隷から、戸惑いつつも言われた通りに宝物庫の美術品を中央に積み重ねるようにして集めた。
わかりやすい宝石などには喉を鳴らす奴隷もいたが、隠し持てるような格好でもなければ今は自分の命を優先する。棚に置かれていた品もすべて床へ薪の準備かのように丁重のかけらもなく積み重ね、そこでやっと床にどっかり座っていたヴァルも動いた。
よりかかっていた彫像も中央に横倒しに置かれた今、あとは中身がいくらか破損してもどうでも良い。特殊能力を使い、宝物庫の品々を足下から覆うように土が盛り上がる。異様なその光景に、美術品の近くにいた奴隷も慌てて距離を取った。
囲い、そして箱のようにかっぽり覆われればライアーも思わず口笛を吹く。あとは、馬一頭程度の大きさに纏まった大荷物をどう運ぶかだ。
ライアーが尋ねる前に、ヴァルは特殊能力者の子どももその箱に取り込むかのうように砂の拘束ごとくっつけた。
保護というよりも人浚いの手法に近い雑な扱いに、レイを拾った時を一瞬ライアーは思い出す。しかし今は、どうせ誘拐ではなくあれでも保護なのだと敢えて指摘しない。子どもにぎゃあぎゃあ泣かれて困るのは自分も同じだ。
すると、さらに動けなくなったままの女性も同じように箱にくっつけようとするヴァルに、今度はライアーも「待て待て待て?!」と血相を変える。
「お前そっちの美女も土の塊にくっつける気か?!どんな悪趣味なオブジェ?!!ガキ一人でも奴隷共ドン引いてんだから!こっちの子は大人しいだろ!!」
「うぜぇ。じゃあテメェが運べ」
喜んで!!と、ヴァルからの丸投げに、ライアーも今度は目を輝かす。
今は状況が状況な分、自分には怯えた様子を大してみせない美女を抱えられるならむしろご褒美だ。幸い、運びやすい体勢に小さくなったまま固まっている。
ライアーが嬉々として女性の運び役を担ったところで、ヴァルも箱状の土塊と少年だけを運び出す。特殊能力を使い、箱の足下ごと床を滑り動き出す。
明らかに扉の大きさを超えている箱にどう移動部屋を移動するつもりなのかと奴隷達も考えたが、扉の意味もなくなった。扉ではなく壁の方に大穴が開き、部屋同士を貫通した時と同じように廊下への道が開かれる。
廊下に出た途端、行き交う裏家業達もすぐに気がつき振り向いた。
「なんだテメェ!!」「宝物庫から出てきたぞ?!」「奴隷共だ!!」と声を上げる男達に、ヴァルはひとまず両側の男達と戦うのも面倒になる。廊下に出たところで一度また前後両側に壁を形成した。特に自分達がいた突き当たりの奴隷収納部屋前に集まっていた男達はそのまま開かない扉と土壁の間の廊下に閉じ込めるのを狙う。
しかし、男達も突然塞がれる壁に黙ってみているわけもない。銃剣を持ち込んでいた男がすかさず脳天を狙い撃ち放ったが、一瞬でヴァルの足下から土の壁が立ち上がるほうが先だった。男達を閉じ込めるような分厚さはなくとも、充分の強度を持つ薄壁に銃弾が弾かれる。
「おせぇ」とヴァルが吐き捨てると同時に、今度こそ隙間なく壁が廊下を三分割した。入り口側の男達は逃げ道がある為銃も撃たず、むしろ正体不明の壁に後退するだけだ。
安全を確保したところで、ヴァルは美術品の箱を先に廊下へ出してから次に一声で奴隷達を廊下へ呼び出した。
無事にいるヴァルの命令に、奴隷達も怖じけながらもすごすごと顔を覗かせ部屋を出る。そこも廊下ではなく、まるで一室のように壁に囲われていた。
奴隷達が全員部屋を出ていったことを確認してから、ライアーも女性を抱えて立ち上がる。廊下も安全そうなことは遠目で理解しつつ、少なからずヴァルに感心した。やはり今回の案件に平然と関わるだけの能力はあったらしいと考える。
まだ上の破壊音の正体はわからないが、この調子なら無事にレイを泣かせずに済みそうだと早くも安堵した。
「んじゃあ行くぜお嬢さん。いや~役得役得」
「あ……あの、あ、ありがとうございました……あの、庇ってもらって……」
ぼそぼそとくぐもった細い声の女性は、上目でライアーを覗く。
身体は自由ではないが、その分自由になる口ではきちんと礼を言わなければならないと思う。ライアーが名乗り出てくれなければ、自分も容赦なくあの箱に身体をくっつけて運ばれていたと思うとぞっとする。子どももかわいそうだと思うが、女性には女性の恥があった。
最初も枷を壊して貰ったのに騒ぎ散らしてしまったことも思い出せば、今回こそ礼の一つは言わなければと考えて勇気を振り絞った。今は悪い人ではないだろうと思えたから余計に、義務感に背中を押された。
いじらしく殊勝な態度を取る女性に、ライアーはわかりやすく鼻の下が伸びる。露出も多い女性からは抱えるだけで肌のぬくもりも柔らかさも伝わってきた。
グレシルほどの好みど真ん中ではないが、美人には変わらない。レイがいたらここで鼻を伸ばすだけでも文句を言われると思えば、やはり今は誰にも文句を言われないこの状況を楽しむに限る。美人を抱きしめるなど何年ぶりかと思えばいっそ悲しくなり、途中で思考を止めた。
絶対無事に帰って報酬を手に入れると決意を新たにする。
「いいのいいの。こんな美人抱えられるなんざむしろ最高だぜ。俺様紳士だから。良かったら惚れてくれても良いんだぜ??」
「えっ浮気、あっ?いえ、妹さん……?」
「ん???????」
浮気??と、思わずライアーが聞き返せば、女性もしまったと顔を青くした。口を覆いたいのに手が動かせず、顔を逸らしたいのに目しか動かない。
女性の言いっぷりと反応に、ライアーは違和感で背中が気味悪く冷える。本当ならはいはいと流したが、今は女性のことを改めて思い出した。
ライアーに丸い目で凝視され、女性も沈黙に耐えかねる。廊下ではヴァルが「おい!!」と呼んでいるのに、それでも動こうとしない彼は正直に答えないとこのまま動けない自分を置いていってしまう気すらした。
言い訳のように「妹さんいそうだなって」ととぼけてみたが、それではライアーは納得しない。彼が引っかかったのは別なのだから。
口をぴっちり閉じまるで少年の特殊能力を受けたようにカチンと硬直するライアーに、女性は細い声で「そのっ」と目を掘らした。
「さっ、さっき……ひっ独り言で……れ、れいちゃんとおっしゃってたので……恋人、かなぁ~妹……?なんて」
「いや絶対それだけは口滑らさねぇわ」
うっかり、ライアーも素が出てやや低い声になった。




