Ⅲ303.配達人は嫌気が差す。
「あ゛ーーーーークッソ!!!聞いてねぇよこれだから国ってやつはもう!!!」
一人咆吼するライアーに、ヴァルは一人煩わしそうに顔を顰めた。
「うぜぇ」と吐き捨てながら、むしろ今の今までこの手の軽さでどうして気付けずにいられたんだと思う。
奴隷全員の枷を溶かし、やっと自分の仕事は終えたと一汗流したライアーだったが、そこでまもなくの悲劇だった。
奴隷達は全員気力こそ削げてはいたものの、手足は欠損も負傷もなかった為に集団移動も難しくない。ひとまずは居場所も読まれている檻部屋から、隣に移動することをヴァルが決めた。今はまだ閉じた土壁の分厚さと、そして仮にも競売品として壊すわけにいかないからと手段を選んでくれている人身売買達だが、いつ見切りをつけるかわからない。
奴隷に逃げられることやこのまま占拠されることの方が都合が悪いと判断すれば、そうでなくても気が短い人間が一人二人いれば、奴隷のいくらか殺しても良い覚悟で爆弾を仕掛けられる可能性もあるとヴァルはよく知っている。ただでさえ目玉商品になる奴隷は部屋の奥の檻だった為、大檻の奴隷なら見切りも付けやすい。
隣が宝物庫いう会話も覚えていれば、そちらに全員で移動するほうが比較的安全だと判断した。
隣の壁に手をつき、特殊能力でトンネルのように抜け穴を作った。
幸いにも宝物庫となる保管庫の方は見張りもおらず代わりに分厚い扉に施錠がされていた為、より都合も良い。全員を隣の部屋に誘導し、壁を再び元通りに閉じた。分厚い扉にもひとまずはさらに土壁を形成し固めれば、鍵を使おうにも外からは開けなくなる。爆弾を使われてもそもそもの分厚い扉の分耐久性もあり、奴隷より遙かに壊れやすい商品が詰め込まれている部屋だ。
ここならひとまずのんびりしていられると、彫刻を背もたれに足を組んでいたヴァルだったが……ライアーは違った。
保管庫に入れた時は誰よりも有頂天だったライアーだが、部屋に入れたそこまでが最高潮だった。
わかりやすく光り輝いた宝石を早速一つ二つくらいはと懐に入れようとしたが、どうにも寸でのところで不自然に手が止まる。掴みたいのに掴めない。
なにか宝石の方に仕込まれているのかと思い、今度は別の手頃な装飾品を手に取ろうとしたがやはりそれも手に取れない。商品を奪われないように細工がされているだけだと思ったライアーだが、それを奴隷の一人はすんなり手に取れた。なっ?!と声を漏らしたライアーだったが、そこから我に返り「いやお前らは盗んでもどうせ保護された先で罪重くなるだけだからやめとけ?!」と没収すればすんなりとそれは手に取れた。
しかし、そのまま自分の懐に仕舞おうとすれば手の自由が利かず、元の場所に戻すことがせいぜいだった。
「なんだこれ!!」と外に聞こえないように比較的抑えたが叫んだライアーにそこでヴァルの指摘だった。
「契約の覚えはねぇのか」と。
そもそも記憶を取り戻す前から城での裁判は覚えていたライアーは、やっと自分が釈放された際の契約を思い出した。
トーマスだった頃は当然のこととして全く気にしておらず、ライアーに戻ってからも犯罪歴を作らないように振る舞っていた為、一度も引っかかることはなかった〝フリージア王国を裏切らない〟という契約の存在を。
まさか、こんなところで、今、と。ライアーは頭を抱え悶え出す。目の前に宝が山のように鼻先に突きつけられているのに何一つ奪えないのは、いっそライアーには拷問だった。
一個くらい良いじゃねぇか!!と心から思うが、同時にフリージア王国に協力している現状で着服が裏切り行為である自覚もある。少なくとも騎士にバレたら自分もただでは済まないだろうとわかる程度には。
「ちゃんと奴隷共の枷全部切ってやっただろうがよ!!結構な重労働だったんだからちょこ~っとご褒美貰っても良いだろうよ!なあ兄弟?!」
「兄弟じゃねぇっつってんだろ。契約忘れてたテメェの落ち度だ諦めろ」
「忘れてたなら契約無効でも良いだろ!!!!こちとらボロ家で絶賛百人子育て中でその上こんなことに協力させられてんのにどんだけ俺様健全生活させられんの?!!!」
知るか。そうライアーの全力の嘆きも、ヴァルは一言で投げ捨てた。
契約は説得してなんとかなるわけでもない。契約の内容を忘れていようとも抗えない。それは自分が身をもって知っている。
ヴァル自身、最初から宝物庫にも興味がなかったのは盗めないと自覚があったからだ。そうでなければ自分だって盗んでいたし、そもそもプライドからの命令がなければ奴隷よりも無機物で運びやすい宝物品の方を優先して盗み出している。
今も自分が盗めないならばこんな美術品も興味がないと暇つぶしに壊してやりたくなるが、それもできない。ライアーよりも遙かに不自由ないくつもの誓約が自分にはかかっている。
契約を自覚したにもかかわらず何度も何度も暇つぶしのように盗みをしようとするライアーの姿は懲りないと思いつつ、なかなか滑稽だった。
自分はもう試す気にもならない。どうせこの依頼が終わったらプライドから報酬が約束されているにも関わらず、それでも欲しがる欲深さはなかなか親近感も沸くと頭の隅で思うが、口に出さない。
宝物庫にはオークションへの持ち出しの為に時計も備え付けられていた為、その長針を睨みながら時間が経つのを待つ。
ステイルとの打ち合わせでは合図が来てから最低でも三十分は奴隷を逃げられる状態にした上で保護と待機。三十分経過してもステイル達が合流に来なければ、自力で全員逃がせと命じられている。
少なくともこの保管庫で時計を確認してから三十分は待たないといけない。時計がなければ自分のざっくりとした感覚か、もしくは廊下の看守達から時計を奪うしかなかった分、まだこれでも手間は省けた方だった。
もしもの時の為に、足を組みながら逃走手段と経路を考える。そもそもライアーと相談する気は毛頭ない。
ここが地下であることと、通気口を利用すれば正規の経路を使わずとも逃げるのは難しくはない。
今も、部屋の狭さに反した人口密度に合わせて、特殊能力で通気口を拡張している。同じ要領で、通気口を人の通れる大きさにこじ開ければ、あとは辿るだけだ。間違いなく地上のどこかにはたどり着ける。自分と奴隷達だけを逃がす為ならばそれで充分である。
しかし、そこまで大規模な拡張工事をして、地下室全域がどう崩れるかわからない。
人身売買も闇オークション参加者も盗まれた美術品も心底どうでも良いヴァルだが、まだプライド達がどういう状況か自分はわからない。ステイルが傍にいるのならプライドは逃げられるだろうが、一度に崩壊が始まってその他大勢の逃がす筈だった誰かまで死なれるわけにはいかない。たった一人でも面倒なほど気にするのがプライドだ。
ついでにうっかり騎士まで死なせたら、自分がステイルやアーサー達に殺されるとも思う。盗品の方はやろうとすれば自分が部屋ごと運べるとは思うが、プライド達のいる場所にどのような影響を起こすかわからない限りは下手な真似はできない。
……なら結局は通常経路か。
ちらりと、そこで今度は扉のあった場所を見る。今は土壁に覆われて見えないが、時間になってもステイル達が来なければ敵がうじゃうじゃいるそこに出なければならない。
いくらかの距離は壁越しに進むこともできるが、この先の部屋まで扉が閉まっているかはわからない。檻に連れて行かれる間に、経路は大体は頭に入れたが、部屋の幅や具体的な距離までは覚えていない。部屋の壁から隣の部屋へと移動を続けたところで、地下で横の移動では外には出られない。
その内廊下でもなく、土の中にそのまま突っ込む可能性も大いにある。大勢で移動して密室の道を歩き続け、最後は窒息だ。
それならばやはり最初から廊下に出て人身売買達を皆殺しにする方が早いと、ヴァルは結論づける。
トントンと自分の膝を指で叩き、貧乏ゆすりをしながら、やはりさっさとステイルが合流した方が面倒もないと思う。合図を寄越したんだからさっさとしやがれと、頭の中で悪態吐いた。ただでさえ、ここにはお荷物が多すぎる。
不特定多数の奴隷と特殊能力者というのは想定していたが、今も部屋の隅で縮こまっている子どもの存在を思い出せば吐き気がした。しかもライアーまで扱いを嫌がる姿を見せられれば、こんなことになるのならケメトかセフェクと連れてくるんだったとすら考えてしまう。既に先ほど土で拘束した時点で、自分とライアーに怯えている厄介な生き物だ。
大人は脅せば言うことを聞くが、子どもは脅しても泣き出して動けなくなるのが運ぶ時に面倒だった。裏家業時代であればナイフか殴るか殺せば良かったが、今はどれもできない。
「……大……丈夫?ぼく、寒い?」
ヴァルが一人苛つきを増させていく中、縮こまる子どもに大人がか細い声で一人歩み寄る。子どもの向かいの檻にいた女性だ。
子どもが鎖を切られる間どれだけ恐い目に遭ったかも目撃していれば、どれだけ恐かったかも自分が身をもって知っている女性は、今は子どもよりもは心の整理もついてきていた。
最初は今にも殺される犯されると本気で思ったが、今は手足も自由なまま安全な部屋に避難させてもらっている。部屋の外は変わらず喧噪がうっすらと染みだし聞こえるが、少なくとも今自分達がいる場所は安全だと第三者の目線で思えるようになった。移動するように命令こそされたが、自分達は一人も彼らに暴力を受けていない。
もしかしたら助かるかもと、ほんの一瞬でも過ればさっきまでの地獄にいるような思考が少し現実を受け止めてきた。
そうなれば、自分の正面の檻でずっと小さく膝を抱えていた子どもに気がかかるのも彼女にとっては当然だった。
ヴァルともライアーとも違う、背の低ければ細身の柔らかい顔つきの女性に、それでも子どもは喉を引き攣らせる。
ヒッ!と悲鳴を上げ、最初からちぢこませていた身体をさらに中心に寄せ、そして女性から逃げるように壁にくっつけた。何か言いたくても歯と歯がくっついてしまったように顎が動かない。
ビクビクと身体を震わせる子どもに、女性はゆっくりと手足を使って四つん這いに近い体勢で歩み寄る。歩くことこそできても、彼女もまた体力も身体もボロボロだった。
野犬に触れるかのように慎重に、正面にではなくその隣に並ぶ。少年と同じように壁に背中をつけ、両膝を曲げ、そして寒そうな身体を自分の方へ引き寄せようとそっと少年の反対側の肩へと伸ば
「えっ。……えっ、えっなにっ?やめ、やめてやめてやめてこれなんとかしえっえっえっッいやあああっ!!」
唐突の、女性の細い声からの惑うような発声とそして遠慮のない悲鳴の音量に、ライアーとヴァルはそれぞれ初めて彼女達の方へ顔を向けた。
ただでさえ廊下が煩い中、部屋まで悲鳴をまき散らされ「うるせぇ!!」とまずは悲鳴を黙らせようとしたヴァルだったが、ライアーの方は女性がパニックを起こしている声に一番に走り出した。「はいはいどうした?!」と叫び駆け寄るライアーに、ヴァルは本当に裏家業かと場違いに少し思う。
女性をこの場で土で口を塞ごうと思ったが、ライアーが駆け寄った時点で女性の悲鳴も一時的に止まった。
ヴァルも何なんだと、改めて眉を寄せる。見れば、女性と同じくらい子どもの方も顔を青くして床へ崩れているのが気になった。丸い目がまっすぐに女性に向いている。
あの子どもが、そもそも目玉商品だったこともヴァルは忘れていない。
最初から女性の悲鳴優先のライアーは逆に子どものことなど目にも入らない。膝を曲げたたみ、子どもの方へ手を伸ばしていた女性の傍で自分もまた片膝をついてのぞき込む。
どうした、と傍で尋ねてくるライアーに、女性は彼の方に振り向けないまま金切り声を掠らせた。
「動け、動けない!動けないッです!そのっ、その子に触れたらいきなり、私っ……」
「…………うっわ~……」
パニックのまま必死に自分の状況を説明する女性に、ライアーは嫌なほど一瞬で理解し顔が引き攣った。
子どもと言われ、女性の隣に転がっていた物体を見れば、先ほど自分達より奥の檻で泣き騒いでいた子どもである。
そして早くも涙目で過呼吸になりかける女性は、完全に彫像だった。膝を曲げ、手を伸ばし子どもに触れたその瞬間の体勢で身体がガチリと固まってしまっている。
試しにライアーは女性の伸ばす手を下ろさせようと触れてみたが、細腕の力とは思えないほど固く、ライアーの力でもびくともしない。考えることも馬鹿らしい、子どもの特殊能力に当てられたのだと理解した。
女性を好き放題、というのは魅力的に過ったが、今はいろいろとそれどころではないライアーは冷静になるのも早かった。助けを求める女性と異なり、子どもに対してはやや冷ややかな目で「お前だろ」と開口一番に言い当てる。
「ほら、さっさと特殊能力解け。隠してもバレッバレッだから。ここから逃げんのに置いてかれたくねぇだろ?」
なるべく平和的に言ったつもりのライアーだが、子どもは首を激しく横に振る。
必死に無実を訴えようとしている様子の子どもは、二回首を往復させている時点でもう涙目だった。自分でも何故首を振っているのかわからなくなるほど脳が揺らされる。
とうとう自分が悪いのに「びええええええ!」と声を上げて泣き出した子どもに、次はヴァルも動いた。特殊能力を使い、再び子どもの口とそして手足も拘束する。喚かれるだけでなく、これ以上動けない人間を作られても面倒になる。
目の前で子どもが土に巻かれる光景に、二度目でも「うおっ」と声が出たライアーだが、だからといって子どもに手は伸ばさない。もう触れたらどうなるかはわかっている。
未だ身体が動かせず助けを求める女性に「大丈夫大丈~夫」と適当な言葉をかけながら、そこで一度ヴァルへ振り返った。
「いやお前本当ガキ相手にも容赦ねぇな。鞭だけじゃ特殊能力解くにも解いてくれなくなっちまうぜ?」
「あ゛ー?解けねぇに決まってんだろうがそのガキ。どうせテメェで制御どころか大して自覚もしてねぇんだろ」
あーーーーーーーーー、と。ライアーも子どもを大して庇う様子もなくむしろ納得の声を漏らした。
目の前で全身の水分を垂れ流す子どもに、そこで見てられず顔を逸らし女性をとにかく子どもから距離を取らせるべく一メートルほど抱えて距離を離した。
それでもがっちり固まった女性だが、ライアーが大声を出さないようにだけ助言する。声を上げれば子どものようにされると事実を告げれば、女性も震える唇を噛んで堪えた。子どもに同情しただけで何故自分だけこんな目にと心底思うが、もうどうしようもない。
「触れると固める特殊能力ってわけ?人身売買が涎垂れ流して欲しがりそうだわ」
「良いねぇ、やりようによっちゃあヤバい特殊能力者も楽に捕まえられる。ガキなら油断もさせやすい」
人身売買や奴隷狩りには喉から手が出るほど細い人材だと、そこだけはライアーもヴァルも同意見だった。
しかしかなり人身売買寄りの考え方のヴァルにライアーはわずかに肩を狭める。まるで状況と立場さえ違ったら欲しかったと言わんばかりの言いっぷりだった。
「おーい兄弟。まさかこのガキを家にお持ち帰りする気じゃねぇだろうな?」
「アァ?ふざけんなガキならもう足りてる。あと兄弟じゃ」
「マジ子持ち?意っ外」
「アァ?!」
喧嘩売ってんのかと、どこまでも戯けてふざけてくるライアーにヴァルも牙を剥く。今の今までの苛立ちも積み重なって限界に近い。
ただでさえたった今、女と子ども合計二名が運びにくくなったところだ。身動きが取れない女性だけでなく、触ったそばから相手の身動きを縛る子どもをもう普通に歩かせる気はない。これ以上荷物を増やさせたくもなければ、間違って自分やライアーを戦闘不能にされたら笑えない。
特殊能力の解除は本人の意識か命を奪う以外は、可能性として時間の解決か本人の意志を待つしかない。騎士団にさえ預ければあとはなんとか向こうがするだろと人任せに思う。
自分達が依頼されたのはあくまで、救出であってその後の保護ではない。動けなかろうと危険物であろうとも、生きて騎士団に届ければ完了だ。
一先ずはこのまま荷物二人を他の奴隷達と一緒に運ぶしかないと考えつつ、何事もなくステイルの合流を腹の底から望むヴァルだったが
ドッッガァアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!
直後、地下まで響轟く振動と破壊音の繰り返しに、ヴァルは廊下にまで届く怒声を上げた。




