Ⅲ302.来襲侍女は把握する。
数十分前
「こことは長い付き合いだ!貢献もしてやった筈だ!これくらいの譲歩はしてくれても良いだろう!」
そう受付で男が喚いたのは、闇オークションで目玉商品が落札されてからまもなくのことだった。
仮面越しでもわかるほど顔を真っ赤に染め怒鳴る男の声は、扉の閉じられた先にあるオークション会場までは届かない。
今、受付のあるロビーにいるのは警備を抜けば怒鳴る男と護衛、そしてスタッフ達だけだ。本来ならば喚いた時点で周囲のスタッフ達に引きずり出され、制裁も含む場合が多い事案だったが今回だけは違った。要求こそふざけた内容ではあっても、発言者によってその扱いは天と地ほど異なるのは当然。そして、今回の相手は会場関係者も無碍にはできない人物だった。
男自身が言うように闇オークションでの常連客であり、さらには今も闇オークションを楽しんでいる最中の主催者の正体も知っているほどの大物だ。主催者に雇われている側のスタッフが、上客を相手にふんぞり返ることなどできるわけもない。
普段はこのような無理を言うような客でもないからこそ対応にも戸惑った。彼らだけでは判断できず、既に数人のスタッフが主催者へ報告にも走っているほどだった。
歌う特殊能力者の奴隷という目玉商品を飛び入り参加の商会に奪われ、大勢の前で恥を掻かされた「四番」の客を相手に。
十九番から大恥を掻かされてから、男は会場から飛び出していた。
この場で追い出してやろうとすら画策した相手が大勢から注目され喝采を受け、自分が本来受ける筈だった全てを奪われ汚泥までかけられ、とても落ち着いて席にいられるような心境ではなかった。自分よりも遙かな財力を見せつけてきた男に、自分が勝てないことはもうこの目で確信してしまった。
今までだって多額の金で落札した数は計り知れない。それなのに自分の番号は未だ四番だ。今年の一番は出品すらしていないのにそれでも自分は番号は繰り上がらないのも今回の鬱憤の一端だった。たかが奴隷商人が何故と長年何度思ったことか。
毎年一番の楽しみだったオークションで一度も脚光を浴びれず、嘲笑を受けて敗北感だけを胸にすごすご帰るなど、全財産に近い金額を持ち込むほど気合いの入れてきた身として、男は王族としての矜持がそれを良しとしなかった。
例年の競争相手も不在であることも確認済みの今年こそは自分がフリージア人を一人か二人かは買い取れるとすら思っていた。
早くしろ、オークションの前半が終わる前にだ、あの十九番をここで殺すか主催者の正体を大声でバラしてやっても良いんだぞと。普段の彼とは思えない形相さは拍車がかかり、分ごとに脅迫まで混じりだした。
今までの温厚な紳士めいた振る舞いから一気に鍍金が剥がれた。上客か王族の血筋でなければ殺されても仕方ないほどの暴言だ。
ただし悪化する横暴さと違い、要求だけは最初からずっと変わらず一環していることだけがスタッフ達にとっての救いだった。
「あの歌う奴隷を私に持ち帰らせろと言っているだけだろ?!金は持ち金全て出す!!足りない分は一月以内に後払いで利子もたんまりつけてやる!少なくともあの落札額以上の貢献をこの二十年で我々はしてきた!!」
今は持ち合わせがないだけで、支払いは必ずすると。そう豪語する男が、約束を守ることは知っている。
会場と信頼関係ある一部の人間は、そういった裏技も交渉次第だ。しかし、本来ならば後日であろうとも全額と引き換えに商品を渡すことが決まっている。それを、彼は金は後回しで商品を先に持ち帰りたいと求めていた。しかも、既に他者が落札した後の商品だ。横取りなど、違法の闇オークションの規則ですら反する行為である。
だが親の代から闇オークションの常連である四番は、今までにも奴隷や商品が落札後に取引が〝できなくなった〟事例をいくつも知っていた。ただし、原因は横取りではない。
商品をスタッフが不注意で壊した、盗もうとした男を始末した際に血がついてしまった、奴隷が急に暴れ出した為殺した、怪我をした、自殺したと。闇オークションだからこその理由で、商品が引き取り不可能になることは過去にもあった。
だからこそ今回も今のうちに奴隷を連れ帰り、オークション終了前に適当な安い奴隷を見繕って死体にして見せればいくらでも誤魔化しはできる。どうせあの男はこの後も目玉商品や奴隷を総浚いするつもりなのだから一人くらい減っても気にしないだろうと言う四番に、スタッフがやっと主催者からの返答を持って帰った。
四番不在のオークションが二商品分進んだ後のことだ。
「主催者からお返事をお伝えします。今回に限り貴方様だからこそ特別に、とのことです。ただし本当に今回きりで、他スタッフにも来賓にも他言無用でお願い致します。あの奴隷についても死んだことにしますので、もし飽きられても転売はせず処分を厳守するようにと」
宜しいでしょうか、と念を押し尋ねるスタッフに、男もやっと「もちろんですとも」と温厚な声調と笑みを浮かべて見せた。
先ほどの形相が別人かのように、にっこりと普段らしい振る舞い「無茶を言ってすまないね」と今更過ぎる謝罪と労いをくれる男に、スタッフも愛想笑いと建前で返した。
闇オークションに関わっている時点で、そもそもの品行方正など期待していない。それなのに上品ぶっている男が、むしろ腹の底では滑稽にも映った。
少々お待ちくださいと深々礼をするスタッフは、それから迅速かつ無音を徹底し、限られた者だけで奴隷の引き渡しを完了した。
奴隷の持ち出しをバレないように、詰めた荷箱ごと引き渡した。
その場で男とのやりとりを見聞きした警備とスタッフ以外には理由も知らせず、ただ主催者の命令と告げれば誰もが口を噤みそれ以上は探らない。
上機嫌で帰る客を、来た時と同じ扉で見送ってから、後はオークション終了前に替え玉の奴隷の死体を急ぎ用意するだけだった。
闇オークションは通常の奴隷オークションと違い、商品の余分はない。外部から急ぎ用意するしかない為、スタッフも数名背格好の似た奴隷を買いに会場を出た。
事実を知るのは主催者を除けばロビーの警備と、そして怒り狂った上客のご機嫌取りで共に会場から出た数名のスタッフのみ。他の誰にも知られる前にあとは替え玉を用意し原型を留めず処分、適当な理由でしおらしくスタッフ総出で落札客に謝罪をすれば良いだけの話だった。
まさか替え玉の用意が済む前に、引き取らせろという事態になるとは誰も思いもしなかった。
…………
「なるほど?」
スタッフの男の説明を聞き終えたステイルは、からりとした声と笑顔で言葉を返した。
ぐりぐりと銃口で心情を示すかのように男の手の甲に捻り落ち着けながら、見回さずとも部屋全体の空気で周囲の総意も受け取った。少なくとも今、自分はこの場でこの男を殺すか風穴の二つや三つ空けても良いと本気で思う。
耳を塞ぐような沈黙の中で、男の「申し訳ありません」が蚊の鳴くような声で繰り返される。ステイルの黒い笑みを真正面に受ける男は、汗の大粒をいくつも床に落とし湿らせていた。
男が「上客」と呼んだ相手が何者かは、いくら伏せられても全員が理解した。奴隷に最後まで執着し、セドリックに大恥を掻かされたのをこの場の全員が目にしている。
プライドも男が途中から姿を見せなかったことを覚えていれば、もう間違いようがなかった。セドリック……と心の中で呟きながら、目眩と戦う。
セドリック本人には責任がないが、これを知ればセドリックがまた落ち込むだろうことも想像できた。
確かに、怒り狂って横取りくらいの報復はしたくなるほどの恥は掻いていた。そもそも闇オークションに参加するような人間があそこまでされて報復しない方がおかしいとも考えられる。
それにしても、と。カラムは思う。客への誠意どころか杜撰も良いところだと。
前髪を指先で少し整えながら、眉が寄っていることを自覚する。今更、怒りは強く覚えない。闇オークション関係者という時点で騎士にとってもは侮蔑の対象だ。そういう場所だからこそ、このような事態も想定できた筈だと少し反省も混じる。
バキリと、アランは持て余すようにまた腕を鳴らした。まぁこんな場所ならあるよなと思いつつ、もうコイツを殴って良いかと少し思う。王族であるステイルに無意味に手を汚させる前に一発入れておいた方が良い気がしてならない。
アランのその軽い腕鳴らしだけにも、男はびくりと激しく肩を上下した。
「後払いを許すということは、あの上客の正体も居場所もご存じなのでしょうね?今、彼はどこに?」
「お名前ならば服の中に客名簿があります!!ですが具体的にどちらの方かまで私にはっ……先々代からのお付き合いでどこかの王族の血筋ということしか、他の上客か主催者ならば!間違いなくご存じだとは思います……!本当です!!」
「なるほどこの腐った催しがもう三世代に渡るほど続いていたわけか」
カチャリ、と。詰問するステイルはとうとう男の眉間に突きつけた。
甲高い悲鳴を上げた男は「私は雇われただけで!!」と訴えるが、それで許されるような域はとっくに超えている。銃口をぴったりと密着させたまま、そこでステイルは顔の角度だけでアーサーへ振り返った。男が言っていることに今は取り繕いはないと判断したアーサーが首を縦に振れば、舌を打ちたくなる。
続くステイルの目配せでエリックが動き、そっと罠の可能性も鑑みながら男の懐から折りたたまれた名簿を取り出した。
慎重に開き、そしてステイル達に見えるように両手で広げて見せた。そこには番号と共に、客の名前も記載はされていた。しかし〝ピーター〟という名前も偽名である可能性が高いとステイルは考える。同行者の妻らしき女性もピーター夫人としか記載されていないことからも、ただのこの場だけの通り名と推測される。その女性も共に去ったのだろうと察する。
次に、主催者は何者かと尋ねたが、それも男はわからない。
あくまで毎回雇われているだけで、自分の上にもスタッフはいる。ならばどこにいると尋ねれば、スタッフは「恐らくは」と付けながら会場にいると返した。毎年「特等席」で楽しんでいるという噂の主催者だ。
しかし、奴隷騒ぎの前からロビーにいた自分には会場の具体的な状況もわからないと言い訳じみた口調で言えば、ステイルもそこで気付かれないように息を吐いた。
もう連れ去られた奴隷被害者情報はこれ以上難しいと判断する。
しかしある程度上の立場だろう男に、ステイルは続けて闇オークションについての質問を複数重ねた。
主催者について知っていることを、どのような見かけで、会場のどのあたりの場所にいるのか、主催者はずっと世代で変わっていないのか、奴隷は地下の檻以外はないのか、脱出経路やスタッフだけが知る隠れ場所へ逃走経路はと。今知っておかなければならない情報だけを厳選して問う。
闇オークションの詳細事態は、一掃してから誰にでも聞けば良い。ステイルからの手痛い質問に、男ももう誤魔化す余力は消えていた。最初の渾身の演技が通じなかった相手に、今度こそ隠し立てをすれば殺されると確信し舌を動かしだした。
主催者についての噂と情報を聞けば、会場にいたどの人物かをステイル達はある程度特定できた。
すぐに情報共有をと考えつつ、さらにはスタッフだけが知る経路も頭に入れる。あくまで自分が知るだけの逃走経路であり、もっと上の人間は他にも知っているかもしれないと怒りを買わないように可能性をいくつもたてて震えた声で答えるスタッフの言葉も踏まえる。
ならばもっと上の人間も同じように尋問するかとも一瞬過ったステイルだが、もうそんな時間はないと競売品の一つにあった時計をみて気付く。エリックに確認すれば、やはりその通りの時間だった。
他に聞くことは?と、銃口をそのままにステイルは最後に一度ぐるりと顔ごと動かし見回した。
姿の見えないプライドの言葉も待ってみたが、返事はない。そこでやっとステイルはアランへと目を合わせた。ステイルの指示を受け、男の背後に回ったアランは絞め技で意識を奪う。
ただ意識を奪うだけなら手刀でも良かったが、しっかりと気を失っていてくれないと面倒なことにもなりかねない。どうせ捕まった後は廊下に転がる男達と行く先は同じだとアランも知っている。
さてと、とステイルはそこでゆっくりと立ち上がった。
ずっと屈んでいた状態からぐぐっと背筋を伸ばしながら、安全装置を戻してからエリックへと銃をまた預ける。
「同じ扉から出たそうですし、騎士が後を付けているでしょう。騎士団長が見逃すとは思えません」
焦る必要はない、と。一番にそれを確認するステイルに、騎士達も頷いた。自分達が侵入した時点で、騎士達がその出入り口を張っている。
他にも通路があるのであればそこから逃げられた可能性もあったが、少なくとも今聞いた分では自分達が通った通路だけだ。ならば、そこを通った人間は全員追跡される。
どんな立場であろうともオークション関係者には違いない。しかも今回は王族であるというならば、一日で本拠地に着くわけではなく、宿や別荘などの経由地に滞在し長距離は離れない可能性は高い。
ステイルの言いわんとしていることに、プライドも口の中を飲み込んで一人頷いた。大丈夫、騎士も付いているのなら彼は無事だと自分自身に言い聞かせる。
騎士団に情報の共有にカードを瞬間移動したステイルは、次の手へと提じた。突入の合図を出す前に、最後ヴァル達との状況を確認する為にも合流と脱出へと移
ドッッガァアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!
「?!何っ!!?」
突然の衝撃音と地震のような恐ろしい振動にプライドも思わず悲鳴のような声を上げ、身を固くした。ローランドとロドニーが「失礼致します!」と初めて声を上げ、彼女を支え囲み守るのをエリック達にも聞こえる形で共有する。
顔を諫め音源の方向を睨むステイルも、アーサーが肩を掴み背中から覆い被さるように無理矢理伏せさせ、アラン達もすぐにその四方を守るように身構えた。
衝撃は数秒では収まらず、その後も何度も何度も揺れては衝撃音も繰り返された。距離が離れている筈の観客の悲鳴までが聞こえてくる。
大きな揺れと衝撃は、保管庫の美術品を震わせ倒しかけ、慌ててカラムは手を伸ばし倒れ駆けた芸術品を安全に横倒しし直した。
やむのを待っても断続的に続く衝撃音と破壊音は、まるで爆弾が仕掛けられたのではないかと疑うほどの激しさだ。
なんだ、一体、誰が、どこでとステイル達も思考を巡らす中、衝撃がやむまでは動けない。まさかロビーで
「おーおー逃げろ逃げろ。どいつもこいつもこのレオナルド様が生きて帰しはしねぇんだからなあ?!」
ハハッ!と、大仰に笑うレオナルドの乱入をプライド達が知るのは、止まない揺れにステイルが全員を瞬間移動させてからのことだった。




