そして尋ねる。
「お待たせしました」
カラム達も付いているから大丈夫だとは思うが、それでも返事が来るまでは少なからず緊張した。
敵を前にしても平然としていたアーサーが、扉を開けられた時には僅かに息を飲む。
開かれた先で自分が瞬間移動される前と全く変わらない顔ぶれに、そこでアーサーはやっと肩の力が抜けた。
締め上げた男をずるずると引きずったまま部屋に入れば、扉が静かに再び閉じられ施錠される。姿は見えないが、恐らくはローランドだろうかと思いつつ、アーサーは「すみません」と礼をした。
おかえりなさい、とプライドの細い声が聞こえ、アーサーは自然と顔も和らぐ。お待たせしました、と再び見えない先に言葉を返す。透明化しているプライドの顔色が見えないアーサーは、彼女が今若干顔が引き攣っていることにも気付かない。
ほんの十分ほど出ていただけで返り血をどっぷり浴び、男を締めあげながら現れたアーサーは、戦場を知っているプライドにもなかなかの佇まいだった。
「ええと、その人はさっきの……?」
「やはりまだあそこにいたか」
ゼェハァと、男の方はまた締め上げられたまま床を睨み酸素を吸い上げるのに必死で、姿の見えない声にも気付かない。引きずり回した間も常に加減は忘れなかったアーサーだが、それでも男にとってはやっと足を止めて呼吸に集中できる時だった。
流石だな、結構早く帰ってきたな、髪にまだ血がついているぞと、エリックとアランそしてカラムが手を伸ばしアーサーの髪の汚れを指の腹で拭う。
すみませんとカラムに謝りながらアーサーは改めて男に目を向けた。プライドとステイルからの言葉に肯定を返しつつ、そこで慎重に男から腕を緩めた。ここまで来れば逃げられない。
ハァッハッとまだ息も荒いまま床に尻をつけて座り込む男は、両手をつきながら改めてアーサー達を見上げた。
「全ッ然変わらず通路の脇に立ってました」
ステイルに挑発されたスタッフの男を途中まで追っていたアーサー達は、当然男が途中で部下に全て命じて足を止めたのも目にしていた。まだ時間も大して経っていない以上、恐らくまだいるだろうと全員が見当付けるのは簡単だった。
ステイルに瞬間移動して貰えば、綺麗に同じ位置の同じ体勢で同じ人物が立っていた。
アーサーが場所を指定した時点で、彼とは予想できていたプライドだが、まだ確証はない。確かに部下に命令していた姿から考えても上の立場とは考えられたが、ミシェルのことを知っているかはまた別の話だ。
しかしステイルもまた迷いはない。「そうか」と短く返すと男の前に立った。
仮面も付けていなければ先ほどの社交的な笑みではない、冷たい視線を浮かべるステイルに男は最初同一人物かわからなかった。
「舞台で歌っていた奴隷はどこにいる。ここにまとめて収容していたのでないのか」
口調こそ違えど、同じ声と服装や容姿に男もやっと理解する。ぎょっと顔色を変え、そこで改めて視線を泳がすように部屋を見回した。
さっきまでは死なないようにするのに必死でどこを歩いているのかもわからなかったが、よく見れば部下達に取りに行かせた舞台裏の保管部屋だ。美術品などは残されたまま、しかし奴隷は一人も見当たらない。
奴隷はどこに、と。ステイルの問いと同じような思考をかき回しながら、目をぎょろつかせる。その男の思考を読んだステイルが「他の奴隷は全員確保した」と短く告げた。その言葉に信じられないように目を大きく見開く男は、目の前のステイルに手が届く距離にも関わらず顎を反らしたまま動けない。
「さっさと答えろ」
氷のような声を吐き捨てたステイルに、男は口を歪めたまま睨み返すのが精一杯だった。
途端に、ザクッと今度はアーサーに自分の眼前へ剣を突き立てられる。
「言えっつってンだろ」と声を低めたアーサーに、男は「テメェが喋んなっつったんだろ!!!!!」と張り詰めた糸を切り、喉を張り上げた。予想外の言い返しに、アーサーも短く「あ」と声を零す。
最初に彼を拘束した際に、会場から仲間を呼ばれないように口止めしたのは自分だ。
アーサーらしいとステイルは小さく思いつつ、改めて男に今度は冷ややかながらにも笑いかけた。
「歌の奴隷は、どこに?隠し立てするのならば、お前も扉の外の連中と同じ目に遭ってもらうが」
「しッ知ら、知りません!!私は雇われた身でして、その奴隷も他の奴隷と同じようにここに収納した筈でして……!!いないと言われても私には一体何のことだかっ」
「エリックさん、彼の銃を」
ちらりと一瞬男から視線を外したステイルは、すぐににっこりとした笑みで振り返る。
ステイルからの指示に、エリックもすぐに銃を取り出した。ロビーでアランが弾き、自分が没収したままの銃だ。
銃口側を握り、ステイルへ持ち手の方を向けて渡すその動作一つ一つに男は喉を干上がらせた。
脅しだと、思おうとしたが今自分は目の前で部下達が殲滅されていくのを目の当たりにしている。組織からの報復は怖いが、同時に組織への忠誠心は皆無の男にとっては究極の選択に近かった。
受け取った銃を、ステイルは「こうですかね」と安全装置を外し指を引っかける。
男が「本当に何も知らないんです!!」「私は無関係です!!」と悲痛な声で叫んだが、無視をする。それどころか、ゆるやかな動作で銃口をぐりりと男の手の甲へと押しつけた。それがどういう意味が、わからないほど裏家業の男はぼけていない。
ヒィッ!と女のような悲鳴を上げながら顔中に汗を噴き出す男を助けようとする者はこの場にいない。たった手の甲一つ取られただけで、全身の自由を奪われた。
「どうりで奴隷の引き渡しを渋っていたわけだ。拐ったのはお前か」
「違う!違います!本当に違います!!」
首を左右に振り、涙まで滲ませ出す男に、プライドは僅かに後退した。ステイルを止めようかとも考える。まさか本気で撃つわけないとも思うが、本当に男は何も知らない可能性もある。
確かにステイルの言い分もわかる。セドリックが奴隷の引き渡しだけでもと言っていつまでも渡したがらなかったのも、ミシェルが不在なのをわかっていたからとなれば理由にもなる。
しかし渋っていた理由は別にミシェル以外にも考えられる。セドリックという上客を逃したくなかったとも、客の退場という流れを作りたくなかったとも、本当に騒動中に奴隷の運び出しをしたくなかったとも取れる。
今も血色の消えた顔で涙ながらに訴える男は本気で出す札がないようにも見えたのは、プライドだけではなかった。当然、ステイルの言う通り口が堅いだけの演技の可能性も全員理解する。
「今、会場で暴れている男は俺達の仲間だ。そして彼らも相応の実力を持っている」
そう冷たい声で続けるステイルは顎の動きでアーサー達を示した。
少なくともアランとアーサーの実力は目にしている男は、それを疑いようがなかった。今暴れているのも仲間と聞けば、納得ですらある。それが最初から狙いだったのかと頭が回る彼の理解は進むが、だからといってもう自分に起死回生の手などはない。
少し手を引っ込めるだけでも次の瞬間には風穴をあけられる。
じわじわと汗が顔どころか首から胸へ背中へそして全身から噴き出る。自分の心臓の音が気味悪くも大きくそして速く聞こえ出す。涙を潤ませる目を拭う余裕もなく、ガタガタと歯を鳴らしながら呼吸までおかしくなった。いっそ手の甲だけで済んでくれと祈る。
今にも過呼吸を起こしそうな男に、そこでステイルは目を合わせて口元だけで笑んだ。
男の手の甲に銃口を押し付けたまま、まるで時間を尋ねるような気軽さで騎士達の方へ顔だけ振り返る。
男も釣られるように目玉を動かせば、並ぶ騎士達が応じるように構えたところだった。バキバキと太い拳を鳴らし、己の銃を構え、スラリと剣を抜く。アランも、エリックもカラムもその表情は真剣そのものだ。笑みも躊躇いの一つもなく、無表情に近いまま自分を見下ろす顔は、男の目には無慈悲に写った。
胸の中ではいくらステイルの挙動に疑問や焦燥があろうとも、それを敵の前で騎士たちは眉一つ表に出しはしない。ステイルが望む通りに動き、執行する意思を前身で示す。
じわりと覇気も溢れさせる騎士達を前に、男は窒息しそうになった。涙だけでなく汗まで目に入る。くらくらと頭が鐘のように揺れる男の表情一つひとつをステイルは瞬き一つせず観察する。
そして男の耳元に手をそっと添え、こそこそと囁いた。プライドにも彼女の傍に立つローランドにも拾えない声量で、自分の知る限りの拷問方法と詳細をその耳に注ぐ。
そして男の乱れる浅い呼吸が微かになってから、もう一度。銃口を刺すかのように押し付けると同時に、男の耳元で氷柱のような声を響かせた。
「始めますか?」
待ってくれ、わかった話します、あの奴隷は、と。
堰を切ったようにベラベラと男が捲し立て始めるのは直後のことだった。
いくら演じようとも、アーサーとその目を信じるステイルを騙せるわけがなかった。
本日2話更新分、次の更新は水曜日です。
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