Ⅲ301.騎士は合流し、
「ったくふざけやがって今年はクソ決定だな」
ハァ~~~とうんざり吐き捨てながら男は壁に背中を預け、右足を貧乏揺すりする。
スタッフ通路で楽していた部下達を粗方動かし終えた男は、もうここから一歩も動かないと決める。早々に上客に捕まって逃げ損ねたが、客の対応も責任も自分が被るつもりはなく部下達に全部丸投げる。銃を奪われたのは失敗だったが、自分が撃たれなければ良い。あとは部下達が囲ってなんとかしろと思う。
スタッフ同士は上下関係を把握しているが、まさか受付近くにいただけで自分があそこまで絡まれることになるとは思わなかった。
一刻も早く会場の奴隷が始末されてくれれば良い。オークションさえ始まれば、ガキのように癇癪あげたまま待てもできない客も機嫌を直すだろうと考える。ここまでの騒ぎになったのなら、上の人間もあの奴隷を提供した客に責任を取らせるか始末しろと言うのでは無いかと思い、むしろ期待する。護衛の男達は腕利きのようだったか、今会場に呼ばれている裏家業や奴隷狩り達全員で囲えば敵ではないと鼻で笑う。
ふと、舞台裏の保管庫からの運び出しが遅いなと気付いた。
ずっと自分はここに立っているというのに、取りに行ったスタッフ達が落札商品を手に一人も戻ってこない。見張りに商品の運び出しをごねられているのか、それとも自分より上の命令がかかったのか。可能性はいくつも考えられ、少し耳に意識を向けてみれば通路の先が騒がしい。
しかし、もう今日一日分の仕事を厄介客相手に行った気分である今はわざわざ新しい厄介ごとに首を突っ込みたくはない。少なくともオークション再開までは絶対にここから動きはしないと
「やっぱな」
突然、自分以外の声が降ってきた。
通路に立っていたスタッフ達は全員動かし無人になったにも関わらず、突然の声に男は葉巻を出そうとした手を途中で止めた。誰か会場側から来たかと思ったのも束の間だった。
目の前には立っていたのは、服装からしても明らかにスタッフではない。自分よりも遙かに若く、そして高身長の青年だ。何者か、を考えるよりも前にその身体付きから荒事向きの人間だろうと男は一目で判断した。
髪を頭の上に括った青年を相手に顔を顰めたが、そこから「なんだお前」と口を開く暇はなかった。
むぎゅりと頬ごと口を掴み覆われ、直後に後頭部を壁に叩きつけられる。敢えて音を立てないように叩きつけられたせいで、会場側からもスタッフ通路の先からも気付かれない。
暴れている奴隷の仲間かと、激痛の狭間に過る間にも怯んだ隙に頭を腕で締め上げられた。
足は地面に付くまま引きずられるように歩かされ、口から手は離されたことでやっと声を上げられた。なんだテメェ、誰か来いと声の限り怒鳴れば、通路の奥から次々とスタッフが駆けつける。
しかし、自分を締め上げる男はそのままズンズンとスタッフが来る方向へと突っ込んでいった。抵抗はしても、締め上げられ屈んだ体勢から床に踏ん張ることも難しい。何より、自分を引きずる青年の方が遙かに力が強かった。
絞める腕から首を抜こうと暴れてみたが、どうやろうともビクともしない。駆けつけるスタッフ達が全員警備兼の客対応ではなく、自分と同じ裏方スタッフであることに男は早くも半分諦めた。上の立場である自分と違い、銃も与えられていない下っ端だ。そして、闇オークションスタッフとして生きてきた男の予想は悲しいほど綺麗に当たる。
狭い通路の壁に、スタッフの頭が次々とめり込んだ。
「もう喋ンな」
そう、平然とした声を放ったアーサーからの警告に男は歯を食い縛った。
人質というお荷物を抱えるアーサーは、鈍器やナイフこそ振りかざすスタッフ達には制止の言葉さえ与えない。動くな、人質だぞとやりようがいくらでもあると理解しながらも、最短時間と距離でプライドの元へと急いだ。
男を確保したまま引きずり進み、向かってくる男達を空いている右手と足だけで潰していった。
ナイフを振り上げてくれば長い足の回し蹴りで側頭部から壁へとめり込ませ、長さのある鈍器であれば腰から抜いた剣で弾き、同じ右肘で脳天から打ち付けた。
通路の狭さを生かし、一斉に列を作り飛び込んできた相手も一番前にいる男を切りつけ、もう一人の腹には足をめり込ませ奥へと蹴り込んだ。
前方にいる二人が一度に倒れ込み、後方にいる男達も潰されドミノ倒しになれば迷わずその上を踏んづけ進む。締め上げられたまま走りにくい状態の男の足に頼らず、引きずるつもりで加速した。
男もアーサーに協力などしたくなくとも、自分の首が絞まることだけは避けるべく必死に足が床を蹴り、自分を掴むアーサーの腕を掴み返す。一度引きずられれば、喋るどころか気道を確保するだけで精一杯だった。
何故、よりにもよって自分がこの青年に捕まっているのかもわけがわからない。
速度で言えば早足程度だが、それでも殆ど止まらずに通路の奥へ突き進むアーサーは道順にも迷いはなかった。一度はプライド達と共に追跡で通った道順だ。
狭い通路で行き交う男達にぶつからないように気付かれないように避けて追跡した時と比べれば、目の前に立ち塞がる全員を倒して進める今の状況の方が遙かに楽だった。銃を携えたスタッフが現れても構わずぐんぐんと前に進んでいけた。
警告のような怒声を受けた後、パァンッ!!と一発放たれたが避けるまでもなく剣で叩き落とす。銃撃戦が続く舞台に近いお陰で、銃声の一つ二つは気にならない状況なのが幸いだった。そうでなければ剣を投げつけていたアーサーは、銃口を前にしてもやはり止まらない。
会場から目的の客が見当たらないと報告にきたスタッフが戻ってきて背後を狙われたが、わかりやすい足音と気配に素早く剣を納め己が銃を抜く。
パァンッパァンッパンッ!と襲いかかってくる人数の分引き金を引けば、狙い通りに全員の腹に命中した。即死にしなくとも、今は狙いやすく足止めさえできれば問題ない。煙を吐く銃を握ったまま、今度は真正面から襲ってくる男の鈍器をしゃがんで避け、銃身で直接殴りつけた。弾の補充はあるが、今は荷物を締め上げている分補充する手間が惜しい。
そしてやっと通路を曲がれば、目的の扉を視界に捉えた。既に騒ぎを聞きつけて、男達もアーサーの方へ向き直っていた。
後方から追撃はなく、扉の前の男達でもう最後だとわかったところで早くもアーサーは息を吐く。「っし」と短く零すと、銃を戻し再び得意の剣を抜いた。
自分が扉の外出ることになったのはたまたまだが、扉を壊される前に間に合って良かったと思う。
扉を壊す為に斧や工具など破壊力の高い武器を持っていた男達を相手に突き進むアーサーに、締め上げられている男の方が顔を青くした。このままでは自分もろとも巻き添えになる。
しかし、速度を緩めず突き進むアーサーに捕まっているだけの自分は抗いようがない。部下に見せるにはあまりに無様な姿のまま足をばたつかせ、進む。
今までのスタッフと違う、肩幅の広い男が振り上げる武器を扉からアーサーへと決めて振りかぶった。
縦ではなく、範囲の広く低めの横ぶりを選んだ男にアーサーは慣れてる奴だなと少し思う。
荷物をひきずったままでは、跳ねて避けるのも難しい。剣と斧ではまともにやれば剣の方が折られる。だからといって斧を握る手首ごと切っても、振られた後では結局自分達の方に斧が飛んでくる。
今から男を抱え上げるほどの間もないアーサーは、斧の刃が届くよりも俊敏に男の目を切り裂いた。
突然の激痛と、視界を潰されたことに絶叫を上げ斧を落とし男は目を押さえ出す。
床に落ちた斧を左足で踏みつけたアーサーは、首を交互に激しく振る男の血飛沫を浴びながら今度は間違いなく首を裂き切った。さらには斧の男がやられたことに注意を奪われた男達を、斧を拾われる前にまた一人を切りつける。
工具を握った男は攻撃の意思を見せる余裕もなく剣を握った拳で顎を打ち上げられた。さらに爆弾の箱を抱えていた男達が混乱のあまり慌てて火をつけようとした為、アーサーは最初に爆弾を抱えていた方へ剣を投げ放ち貫く。
爆弾を共に火をつけようとしていた男は、目の前で仲間が死んだことに青い顔で背中を向け逃げ出した。
しかしアーサーは足下に落とされた工具を拾い、軽い調子で投げつける。カァンッ!とあまりにあっけない音と共に頭を割られた男はそのまま膝から崩れていく。
三秒、頭の中で数えながらアーサーは周囲を見回した。生死はさておき少なくとも意識がありそうな者はおらず、通路の先へと耳を澄ませても騒ぎは聞こえない。
通路に控えていた分の男達は全員一掃できたのだろうと判断したアーサーは、そこでやっと扉の前で姿勢を正す。
戦闘で血飛沫は仕方ないとはいえ、頬にもついた感覚に、服の袖で拭ってからノックした。
「お待たせしました」




