そして仕事する。
「!ッおい!!来てくれ!!!奴隷が暴れ出した!!」
「会場でか?!」
「そっちでなんとかできねぇのか!!」
耳を澄ます必要もないほどの怒号が放たれ、檻にいた奴隷達もびくりと肩を上下した。耳を澄ましていたヴァルだけがニヤリと口角を上げ、視線を上げる。ステイルの合図通り、とうとう騒ぎが起きた。
さっきまでの静けさが嘘のように、通気口の騒ぎも聞こえなくなり檻の外も十分な騒動に塗り変わっていく。
奴隷が止まらない、客が逃げる前に早く対処しろ、銃の許可は下りてるかと情報が錯綜し、商品の見張り達までが駆り出された。もう奴隷同士が普通の声で会話しても気にされないほどに複数の大声が混ざり合い、そして檻への注意が一時的に削げる。
暴れた奴隷を止めろと、一人でも多くの戦闘員を呼びつける声が何度も何度も繰り返される中、ヴァルももう注意を向けるのは耳だけで十分になった。上げた視線の先では、もう自分が言うまでもなくライアーも動いていた。ほんの一秒二秒の間だけ、その光景にヴァルは目を丸くする。
「あっっちぃわ案外。アンタも足に穴開けんなよ」
アチチチチッと暢気な声を漏らすライアーの両手は、繋ぐ鎖が既に切れていた。
両手を翳す中心の炎が、手のひらをぎゅっと絞ると同時に圧縮され弓のように細くなる光景は、ヴァルの目にも異様に映った。本来ならば木の幹くらいの太さのままにしたいライアーだが、檻の中では流石に目立つ分調整が余計に面倒だった。今回は相手を殺すだけではない、鉄を溶かせるだけの熱量が必要だ。
なんとか矢程度の細長さを得たところで、翳した両手の構えをそのまま下へと下ろす。ジュワッと音を立ったが、それも外の騒ぎで打ち消された。両足を繋いでいた鎖があっという間に溶け切れる。
手足に鎖がぶら下がってこそいるが、もう拘束性がなくなった。鉄製の鎖が熱をため込んだままじゅわじゅわと余熱を放つ為、ライアーは素早く足を左右に開いて立ち上がる。
はい次、と。当然のような軽さと顎の動きで促せば、ヴァルも瞬きを二回してから無言で自分の手枷を前に差し出した。
自分の鎖で既に温度調整は確認済みのライアーは、手の構えごと燃えさかる矢で鎖を貫き溶かす。自由になった両手だが溶けた鉄が足下に垂れた為、ヴァルも慌てて足を引っ込めた。足に穴が空くとはこういう意味なのかと、今理解する。
同じ要領で両足の鎖も溶かし切られ、互いの手足が自由になるまで三分もかからなかった。鉄の溶ける匂いが檻に充満し始めたが、騒ぎ慌てて駆け巡る見張り達には気付かれない。
「手の間じゃねぇと溶かせねぇのか」
「いや火出せるだけで俺様超有能だからな??手直接ボワッとできる奴でも俺様ぐらいの火力出せるかはまた別だと思うぜ」
炎の特殊能力として相当優秀なのは知っていたヴァルだが、手の中で翳した部分限定というのは便利なのか不便なのかと少し思う。しかしライアーの言い分も珍しくその通りだと思えば、それ以上は口をつぐんだ。自分でも逃亡はできても鎖はどうしようもなかったのだから。
さらには「まぁ、あとは」と軽い調子でライアーが構えていた手を振った途端、高熱度の矢が本物かのように投げ放たれた。
じゅわっと音を立て、扉の施錠を溶かす。あとはつま先で押すだけで、金具の溶けた扉は簡単に小さく開かれた。投げられるなら戦闘でもやりようはあると思い直したヴァルだが、……矢の貫いた先が向かいの檻の扉まで溶かしていたことに口を結んだ。気になって首の角度を変えてみれば、檻の扉で飽き足らずその先の壁まで溶かしていることを確認する。
ひとまずライアーが思った十倍使えることはわかったヴァルだが、今度は何故この男が一時的にでも裏家業に捕まるような馬鹿をしたのかが気になった。
「で、俺様達は逃げれるけどここからどうするんだ兄弟?」
「なった覚えはねぇ。どうもなにも、暫くはテメェがほかの連中の枷溶かすだけだろ」
俺はやることねぇ、と。突き放すヴァルは、もうライアー一人でもなんとかなったのではないかと投げやりに思う。
今は見張りに見つかっていないだけだが、檻から出たのを見つかってもライアーなら裏家業何人相手でもなんとかなると思えてならない。火力からして皆殺しもできる能力だ。
ヴァルからの言葉に「うわめんどっ」と顔を少し引き攣らせるライアーは、うっかり声も大きくなった。途端に、廊下の見張りではなく檻にいる奴隷が目を向けた。
大勢に注目を受けたことにヴァルがギロリと睨めば、ライアーも肩を落としながら一先ず檻から出た。
はいはいやりますよと言葉を転がしながら、大勢が詰まった檻へ先に歩み寄る。檻の中の奴隷達に焦点が合ったところで一瞬喉が鳴ったが、今回は逃す側だと自分に言い聞かす。
扉へ向けて炎を手の中に一度宿したが、そこで扉の前に座り込んだままの奴隷が邪魔だと遅れて気付く。
どけどけ、と顎の動きで促せば、目の前の禍々しい熱量と促しに奴隷達も四つ這いで避けた。その間に炎を絞り、矢を投げ放つ。
じゅわっと音を立て施錠が溶け、ライアーが指先で引っ掛ければ無駄な音もなく開いた。覗いた先で、女性の有無より先に矢の先をライアーは確認する。人には当たらなかったが、やはり貫通しているのを見ると苦笑してしまう。これでは騒ぎを起こす前に自分の炎の流れ弾で裏家業達に気付かれるんじゃないかと思う。
扉を開けたところで、まだ奴隷達に逃げようとする動きはない。檻から逃げたらどうなるかは、全員が身体に刻まれた後だった。
その心境も知っているライアーは、扉を全開にしたまま一度背中を向ける。一人一人の枷を外すのは面倒な分、先に檻から全て解放することを一人で決めた。
はい次ーと、軽い調子で同じように向かいの檻の扉も開く。全員逃がす為だという大義名分に油断し、今度は真正面で檻と奴隷を重ねて見てしまったせいで目眩がした。うっかり矢を奴隷のいる方向に投げかけそうになり、首を強く振る。
なんとか施錠を溶かし、残るは他の目玉商品だけになった。自分達のいた檻の先へと踵を返す。
「!おい!!テメェら何してやがる?!」
おっと、とそこでライアーは足を止めた。
振り返った時には見張りが怒鳴り、足を踏み入れたところだった。奴隷の檻よりは目が優しい先に、その後続はいないかとライアーは首を伸ばす。幸いにも頭に血が上った男は仲間に呼びかけることもなく、一人で武器を掲げている。
取り敢えず殺すかーと、今度は調整もいらない気楽さでライアーはちょうど手の中で弓型に凝縮した炎を振り上げ、……止まる。
ドゴドゴォゴォォォォオッッ!と、足元が盛り上がり、迫ってくる男が飲み込まれ出す方が早かった。
男だけではない、そのまま一纏めと言わんばかりに入り口までもが土壁で完全に埋められた。土壁の一部となった男が目を剥くが、口も塞がれた為に声は出ない。身動き一つできず、何が起きたのかもわからず眼球をぎょろつかせるかことしかできなかった。
突然起きた現象に、ライアーは一拍遅れて口笛を鳴らす。
ちょうど開けようとしていた檻の先の奴隷は口を覆ったまま固まっだが、ライアーはまだ状況を受け止めるだけの情報はあった。
「あーーなるほどなぁ?いやそんなんできるなら最初から入り口塞いどけや兄弟」
「兄弟じゃねぇっつってんだろ。入り口塞いだ方がすぐ外から見つかんだろうが。テメェが穴開けなけりゃあ時間も稼げた」
あーやっぱ?と、ライアーはちらりと先程開けた穴を見る。
二人がいる檻部屋の隣は全て無人とは限らない。隣は見張りも動いた後だったが、騒動に乗じようと考えたのは何も部外者だけではなかった。商品である宝物の一つくらいと隣の部屋に忍び込み、魔が差したところで目の前に炎の槍が貫通したら当然気付く。
偶然の事故ではあったが、そうでなくともあの貫通力では壁その先のどこかで気付かれるのは時間の問題だったとヴァルは思う。
扉を塞げば廊下の遠目にも異変に気付かれると判断し見つかるまでは敢えて隠密行動を選んだヴァルだったが、結局大した時間稼ぎにはならなかったと舌を打つ。
そして予想通り、五分もしない内に急激に土壁の先は騒がしくなった。
「おい!奴隷部屋どこ行った?!」
「ふざけんなここだ埋まってる!!」
「宝物庫の隣で間違うわけねぇ!」
宝物庫?!と、直後ギランとライアーの目が光る。
隣の部屋に出入りが多いことからも予想はできていたが、やはりそうだったかとヴァルも眉が動く。しかし、今回自分達が預かった件は奴隷だけだ。
目玉商品の奴隷のいる檻も全て開放し、残るは彼らの手足の枷だけになる。
闇オークションとはいえ奴隷以外にも品はあるだろうと見積もっていたヴァルだが、まだ帰ってきていない奴隷を抜いても十人はいる。ライアーが枷を全員分切って次の行動に移れるまでは待機だ。
扉を開けた後から既にめんどうそうにするライアーに、やはり人数が多かったのだろうと思う。鉄格子の向こうからざっと見積もりはできていた自分と違い、ライアーは牢屋を直視するのも初めてだ。
「おっ美人」
全ての檻を開いてから、誰よりも呼吸が落ち着き深くなるライアーは地道に一つ一つ枷を溶かす作業に入る。
目玉商品の一人である美女に鼻の下が伸びたが、反して相手には怯えられた。そもそも手の中で炎を煌々と燃やす相手に安心しろという方が無茶な話だった。
ヒィッと喉を逸らして涙目で怯えられ、早速美女に振られたライアーは肩が丸くなる。相手一人であれば、ここで「女を無理やりは俺様の流儀に反するから大丈夫」と口説くところだが、今はそんなことをすれば檻の外で睨む白黒眼球男に特殊能力で埋められかねない。
「はいはいっと。両手とおさらばしたくなけりゃ大人しく動くなよ?」
結果、多少強引ではあるが脅すことになる。もともとそれなりに非道なこともやってきたことはあるライアーも、泣いて怯える女性自体には胸も痛まない。むしろ苦手なのは。
「…………なーーヴァル、ヴァル様、ちょっとコレ代わってくれ」
「眼球のおかしなバケモンが近付いた方が泣くに決まってんだろ諦めろ」
何故こんなガキが、と。ライアーはうんざりと表情が死んだ。
自分達以外の個人用の檻。正面の檻にいた奴隷はまだ帰ってこず、その先に残っていた檻一つには絶世の美女、その向かいの檻には声も出せずに喉を引くつかせる子どもだ。まだ両手で数える年にもなっていないだろうみかけの子どもが、大粒の涙をこぼしながら小さく膝を抱えていた。
間違いなくここで突いたら大声で泣き出すと、ライアーは確信する。半端な長さの前髪を掻き上げ、目が死んでいく。檻の奥隅に蹲っていた少年は、明らかに男だとわかるだけまだライアーの心臓には良かった。しかし、子どもに泣かれるのは面倒でしかない。これ以上自分はもう子育てしたくない。
ライアーと違い、ヴァルは子どもは嫌いなだけだが、どちらにせよ近付きたくなかった。
ハァァァ……と溜息を吐き、ライアーは覚悟を決める。二度と持ち帰らねぇぞと己に言い聞かせながら手を伸ばせば、嫌な期待通りにびえ泣きされる。
「あーあーあーもう!うっぜぇなぁガキんちょ!!頼むから泣くなら逃げた後にしてくれ!俺様もうガキはこりごりなんだっつの!!」
ほら!手ぇ出せ!!と怒鳴るライアーだが、両手を翳さないと炎の調節ができない為、無理やり手を引っ張り出すこともできない。奴隷の子どもは泣き叫びながらライアーの声も聞こえず、向けられた炎に泣き叫ぶ。
ヴァル!!と、今度は本気でライアーがもう一人の協力者に怒鳴った。半分キレたライアーの怒号に、仕方なくヴァルも手を貸す。特殊能力で壁の土を操り、子どもを身動きが取れないほどに固定する。ついでに煩い口も塞げば、完全に土壁に埋まった看守と同じ状況だった。
保護対象を守る為ならば、ある程度の暴力や強引な行動もプライドに許されている。……その相手が裏稼業だけとは指定もされていない。
仮にも保護対象の、しかも子ども相手に容赦ないヴァルへ、ライアーは絶対コイツは裏稼業だと心の中で再認識する。自分も子どもを殺すくらいはするが、ただ大人の腕力で数秒押さえつけるだけで良い行為を、嬲る目的以外でここまで容赦なく済ます人間は見たことがない。
ボロボロ泣きながら声を出せない子どもを視界に入れないようにしながらライアーは迅速に鎖を溶かし、切った。
ライアーが鎖を切ったのを確認し、ヴァルも子どもの拘束を解くが小煩い口は塞いだままにした。こういう仕事をしてる時くらい、子どもの喚き声は聞きたくない。
チッと舌打ちを鳴らすヴァルだが、子どもに直接泣かれたライアーはその倍疲れていた。子どもに泣かれるのに冷や汗を掻いていた間は先程までの吐き気が引いていたことにも気付かないほどの疲労である。
しかし最後に残した大檻にはもう子どももいない。相当価値がなければ子どもなど闇オークションに持ち出されはしない。
「……因みにだが兄弟、いやヴァル。少〜しくらい隣の宝物庫から貰っても……なぁ?」
「鎖全部切ってからにしろ。そこまでテメェの管理しろとも言われてねぇ」
つまりは懐に入れるも好きにしろと。
そうライアーは正確に汲み取った。今の言い回しの仕方から、やはり裏稼業では上の立場だった奴なのかと見当j付けたが、思考もそこまでだった。さっさと仕事を終わらせるべく、隣の宝物庫を希望に思考を切り替える。隷属の契約で盗み行為ができないことを自覚しているヴァルと違い、ライアーは
フリージア王国への〝裏切り〟が契約で禁じられていることを、すっかり忘れていた。




