Ⅲ298.配達人達は待たされ、
数十分前。
「あーーーー暇。そろそろじゃねぇの、なぁ兄弟?」
「兄弟じゃねぇ」
もう何度やったかも考えたくない言葉を返しながら、壁際に背中を預けるヴァルは鉄格子の向こうを睨む。ちらちらと視界に入るライアーが鬱陶しい。
牢屋に放り込まれてから、ステイルとジルベールの策略通り商品リストの後半に回された二人は、牢屋に放り込まれたまま変化はない。
ライアーはいっそ女の奴隷と相部屋だったら良かったのにと三度は嘆いたが、高級品としてまとめられた牢屋に後から訪問者が現れることはなかった。
牢屋を視界に入れないように鉄格子に背中を預けるライアーと、逆に外の様子を伺うヴァルで向かい合う形にはなったが、互いに会話こそするが目も合わせたがらない。
時計がない空間だが、オークションが始まったらしいことは二人とも察していた。
通気口の繋がった先から拍手や歓声を薄めたざわめきが漏れ、さらには二度檻が開けられ数人ずつ奴隷が連れ出されていった。商品リストの順番は知らないヴァルだが、恐らくは順番が近い者同士はまとめて連れ出して舞台裏に待たされるのだろうと考える。最初に檻が開けられた時に連れ出された奴隷は、帰ってくる時も揃って一緒だった。
奴隷売買に関わったことはあっても、オークションはヴァルも初めてだ。
その分、内側にいる今のうちにある程度内情の段取りを把握している方が自分にも都合が良い。闇オークションだろうが人身売買だろうが、人間を物扱いしている側の考えることは変わらない。いちいち往復して運ぶのが大変だからまとめて運び、まとめて戻す。
奴隷も、ここに連れてこられたほどである以上いくらかの〝調教〟は受けたか、自分の立場を思い知らされたかのどちらかばかりなのだろうとヴァルは判断する。檻に入っている間、怯えや絶望しきった顔の奴隷はいたが、誰もが檻が開けられても逃亡どころか抵抗する様子もなかった。無駄話をするのも自分とライアーくらいだ。
最初に連れて行かれた奴隷達は、檻に戻された時には三人とも全員が札をつけられていた。恐らくあれが買い取った人間の印なのだろうと考えれば、全員同じ番号が書き込まれているらしいことに計画が順調であることも理解できた。人身売買でもまとめて複数人買う客や商人はいるが、こんな大規模な闇オークションで高額しかいないだろう商品を馬鹿買いできる人間など限られている。
自分が主催側だったら、間違いなく馬鹿買いする馬鹿に手持ちがあるか一度は確認すると思うが、王族がそこに手を抜くわけもないとも知る。しかも策を講じたのはあのステイルとジルベールだ。
「なぁ兄弟、いまのところ女何人いる???見えてる分で良いから教えてくれよ。イイ女いるか??」
「テメェで確かめろ」
兄弟じゃねぇっつってんだろ、と付け足しながら半ば返すのが面倒にもなってくる。
何故自分よりも鉄格子に近い位置にいるのに、首を回すだけの仕草すらライアーが面倒がるのかもわからない。自分の目で確かめた方が圧倒的楽に決まっている。
実際、檻の位置関係で全員が見えているわけではない。最初に檻から出された時に女がいたが、自分の中ではあれを一般的な「いい女」と呼ばない。
高級奴隷なのだから女も割合として多ければ、小綺麗で若い女性が割合としても多いのはざっと見でもわかる。しかしそれをわざわざライアーに懇切丁寧に説明する気もおきない。照明が最小限の薄暗い空間とはいえ、自分が見えるならライアーにも見えて当然だ。それなのにライアーは振り返るのも面倒かのように大きな欠伸をこぼすだけで頑なに振り返ろうとしない。
どうせ逃げ出す時に嫌でも全員の顔を見ることになるのだから、その時まで黙って待ちやがれとヴァルは心から思う。
ケチだねぇ、とため息混じりに吐くライアーは、鉄格子に後頭部を乗せたまま大きく伸びをする。
出番までやることがないのだから暇で仕方が無い。口説く女もいなければ、檻の向こうに狙いを定めたくても自分は目を向けられない。口説く標的を先に教えてくれれば、待っている間もそれを考えて時間を潰せるのにと思う。
せっかく今はお子ちゃまレイの目もなければ、バレたら困るグレシルもいない。暇過ぎて物思いに耽ようとすれば逆に二人のことを思い返して落ち着かなくなる。
今頃家が焼けてないかと、昨日と今日で十回以上考えた。だからといって、物想いではなく現状に思考を置こうとすれば今度は奴隷の檻という史上最悪に吐き気がする現実が背後にあることに、それだけで胃の内容物が競り上がりそうだった。
結局、ヴァルに何でも良いから話しかけて気を紛らわせるのが一番気楽だった。今もまた、背中を向けて口元を隠し、お得意の抑えた声で潜ませ投げかける。
会話を聞かれて困る状況は嫌でもわかっている。自分の記憶でも、無駄口した理由で痛めつけられた記憶は奴隷として売られるまでは残っている。
「……まー俺様とアンタじゃ女の好みも違うか。いや、でも男の好みなんて大体一緒か?なぁ参考までに聞かせてくれよ」
まずここがバンッと、冗談交じりの口調で言いながら手の動きで主張するライアーに、ヴァルは視界に入れないまま無視をする。
いっそ目を閉じて寝ていたいくらいに、相手をしたくない。しかも女の好みなど、何年も前に聞き飽きた話題だ。こういう話を自分に投げてくるところも、やはり裏家業特有……というよりも野郎特有の話題選びだと思う。声色の変え方もやはり端々に懐かしさを感じる。
自分のいた裏家業の組織にもそういう人間が一人二人珍しくなかったが、今の自分は残念ながら「うぜぇ」の理由一つで殺す権利はない。妙な姿に弄られた自分だが、お陰でこれでもライアーが気味悪がり距離を取ってくれている方だと思えばいっそヴァルにとっては怪我の功名だった。
今も、無視したにも関わらず「なに?そんな言えねぇご趣味??」「いっそ俺様当ててみて良い?」と絡んでくるのだから、煩わしさに拍車がかかる。別段隠す気はないが、ここで答えたら今度はまた「兄弟」と呼ばれて距離を詰められる気がしてならない。
プライドからの命令がなければ、ライアーを置いて一人で現場放棄したくなるほどに嫌気がさしていた。
「……帰りてぇ」
「お、初めて気があったな兄弟」
兄弟じゃねぇ、と。また口についたヴァルは、待ちわびるままにもう一度目で鉄格子の先を確認した。
最初の第一弾では目立った奴隷はいなかったが、次の奴隷の流れではそれなりに大きな動きもあった。自分達の向かいにいた、ドレスを身にまとった奴隷と、そして多人数用の檻からは見覚えしかない黒髪の騎士が連れて行かれた。
残念ながら複数人まとめて連れて行かれた為、どの順番にハリソンが来るかはわからない。しかし、連れて行かれたのが自分の見間違いでなければそろそろで良い筈だと思考する。
一巡目の奴隷は帰ってきたが、まだ第二弾の奴隷達は帰ってこない。
最初と比べ、全員競り終わるまで思ったよりも時間もかかっていると思う。通気口に聞き耳を立てても、大して変わった様子はない。何か面倒ごとでも起きたのかとも考えたが、それにしては全く波打っているように思えない。今更プライド達が自分達を見捨てたとは一瞬も過らないヴァルは、トントンと無意識に指先で膝を叩く。プライド達に裏切られた記憶はないが、……王族の作戦中に待ちぼうけを食らったまま痛い目に遭った覚えはある。
確かあれは、王子が特上の奴隷を深追いして返り討ちに遭った時かと思い出す。ならばまさか今回も長引いている理由は王族の誰かが余計なことをしているからかと、当たらずとも遠からずの予想を浮かべ顔を顰めたその時。
チャリンッ。
目の前で突然表出した金貨に、目を見張る。
ライアーと違い鉄格子から離れていた為、一度は足下に落ちはしたが檻の外に逃がすことはなくヴァルはそのまま足で踏みつけた。思ったより響いた気がする金属音に数秒だけ微動だにせず固まり周囲を伺ったが、幸いにも入り口からも離れた檻だったお陰で見張りには気付かれなかった。向かいの檻も今は空席の為、無駄に騒がれてもいない。
周囲を伺う為に目だけを動かせばうっかりライアーの正面顔も視界に入ったが、今は何も話しかけられもしなかった。まるで何も見えなかったかのように視線も壁へと浮かせ、組んだ足で鉄格子によりかかったままのライアーは、さっきまでの鬱陶しさが嘘のように存在感を消している。
面倒な仕事相手と思っていたヴァルだが、やはり裏家業関係だった分こういう時の振る舞いはわかっているとほんの僅かだけ見直した。ここで金貨が目に入ったにも関わらず寄越せとこないのも、だから今まで生き延びてこれたのだろうと思う。
十秒以上待ち、全く気配も空気の変化もないことを確かめてからヴァルはずるりと足で潰したままの金貨を自分の手元まで引きずった。
足を組み直すような動作とともに、素早く金貨を拾い手の中に隠せば、やはり間違いない上物の金貨だ。地下の奴隷留置所に転がっているわけがない、ステイルからの高級品だ。
「合図か」
「あー」
さっきまでの声色から下がり、殆ど口の動きだけで判断させられるライアーからの投げかけに、ヴァルも今度は口を動かした。
金貨を懐にしまい、鎖で音を立てないように慎重に自分もライアーの隣まで並び鉄格子を直接覗いた。見張りの陰もなく、そして奴隷達が戻ってくるような複数人動く気配も鎖の音もない。自分とライアーが逃げ出すだけならば、今でも十分だ。しかし目的はそれだけではない。
準備しとけ、と。それだけを息の音でライアーに告げ、その後は自分の呼吸音も殺し、出口の方へ全神経を注ぐ。
まもなく通気口からうっすらとざわめきが際立って聞こえてきた。さっきまで流暢だったライアーが気配を消したまま、ヴァルと入れ替わるように壁際へと後ろ足で下がる。檻の先を見たくないのは変わらないまま、視線を正面から自分の組んだ膝元に顔ごと俯き向ける。
あまりの気配の無さに檻の外に集中するヴァルにも気付かせないまま、ライアーは自分の両手の枷を凝視した。
「!ッおい!!来てくれ!!!奴隷が暴れ出した!!」
「会場でか?!」
「そっちでなんとかできねぇのか!!」




