Ⅲ296.来襲侍女は凍る。
「さぁお楽しみの商品はまだまだ続きます!」
「まぁ、………どちらにせよ確保したのは変わりません」
ステイルの独り言のような声が間違いなく自分に向けられていると理解しながら、私は透明の姿のまま口の中を噛む。
そうね、という意思表示の頷き代わりに、掴まるステイルの腕へ軽くきゅっと力を込めた。ステイルが一人で話しているように見せないように、アラン隊長とエリック副隊長も今は積極的にこちらへ視線を向けてくれている。若干、お二人も私と似たような苦笑が混ざっている気がした。
セドリックを見上げようと振り返れば、傍についてくれているカラム隊長とアーサーともパッと目が合った。
アーサーはステイルと私の間のすぐ背後にくっついてくれていたし、カラム隊長なんて今はステイルと反対隣に片膝をついて私を覗きこんでくれていた。さっきまで私がすごく動揺していたのも心配してくれていた二人へ流すこともできず、先にもう大丈夫の意味も込めて笑みで返した。
普通に声を出せたら「心配させてごめんなさい」と言いたいけれど、それは後にした方が良いだろう。温度感知の騎士のロドニーも、透明にしてくれているローランドも心配をきっとしてくれたのだろうけれど、アーサーとカラム隊長はすごく一生懸命呼びかけてくれていた気がする。
私の近衛騎士だからというのもあるけれど、多分それ以上に以前のことがあったからだろうと自覚もある。本当に申し訳ない。けれど、まさか同じ第四作目の攻略対象者がここにきて判明するとは見事な不意打ちだった。しかも、私自身の見落としも大きいから余計に。
見上げた先では、今もセドリックがご機嫌最悪の態度で足を組んでいた。
さっきからとても不機嫌なのは目に見えていたし、なにより彼にとっては何から何まで不快この上ないことはわかっていたことだ。
私の視線に気付いていたらきっと彼のことだから少し反応が違ったのだと思うけど、今は私の姿が見えていないこともあってがっつりふんぞり返っている。最初は単純に闇オークションに馴染んで見せようとしているのかとも考えたけれど、本当の本当に大分鬱憤溜まっていたことに申し訳なくなる。
舌打ちなんて、初対面の頃の俺様王子様の頃もしていなかった。もう教養やマナーを学んだ彼だから、まさか間違った中二病みたいに舌打ちが格好良いとか悪ぶりたいからではない。間違いなくアレは、ヴァルが私達に向けてやるのと同じ心からの悪態だ。………いつかレオンまで舌打ち移っちゃったらどうしよう。
次の商品を、今度はステイルが落札してくれる。もうセドリックショックが起きた後に誰も私達の一部独占なんて気にしない。
セドリックのあの大立ち回りはこちらも想定外だったけれど、お陰で私達の方へ注目度は減ったと思う。特にあの黄金アタックは、王族である私達でも知らずに受けたら驚いてしまう量だった。
きっと今頃オークションの商品よりもセドリックが何者なのかを考えている人もいるだろう。むしろこの闇オークション開催側自体が注目している可能性も高い。商品がまた舞台袖にはけると同時に、司会者がスタッフから何か確認でも受けているのか耳打ちし合うのが見えた。
「あの、それで。……さっき、落札された彼なのだけれど………」
無事、他の奴隷被害者と同じくセドリックが確保してくれたのことを頭が受け入れてから、私はステイルの耳の傍で囁く。
アーサーとカラム隊長も気にしてくれるように、そこでさらに私達の顔の近くに前のめってくれた。私の動揺に気付いてくれた二人にも、まだちゃんと彼のことまでは説明できていない。
私の言葉にステイルが「彼?」と思わずといった様子で零してから眉を動かした。そういえば、ミシェルの格好を見れば女性と判断する人が殆どだと今気づく。ゲームだとあの格好がデフォルトでのイケメン攻略対象者枠だったから逆に気にならなかった。あくまで〝予知〟の形で告げるべく、頭の中で思考を巡らせながら事実を捻出する。
彼の姿を見て思い出した。予知した民の一人で、奴隷被害に遭うと予知したのは彼で全員。………わざわざオークションに挙げられていた他の我が国の民を数にいれる必要はない。私が〝予知〟で知れた民は、今回の中ではミシェルだけだ。
「あの特殊能力はやはり──」
「拡声の特殊能力。大丈夫、とても優秀だけど危険な特殊能力ではないわ。今はあんな格好をしているけれど、男性で………」
独り言に聞こえるように視線を真っすぐ舞台に向けたまま返すステイルに、私からも抑えた声でなるべく疑問に答えるようにする。
アーサーとカラム隊長もがっつり聞いてくれている中、アラン隊長とエリック副隊長はステイルの話を聞いている形でこちらを向くけれど、多分私が話していることが察せているだけで声までは聞こえていないだろう。………いや、アラン隊長は聞こえているかもしれない。ミシェルが男性と言った途端、口の端が一瞬動いて見えた。
表情に出さないようにしているけど、なかなかびっくりなのはわかる。聞いたステイルも眉が動いていたし、アーサーとカラム隊長はもっとわかりやすく表情が変わっていた。アーサーに至ってはもうミシェルがいない舞台を思わずと言った様子で振り返っている。歌声だって高域でわかりにくかったもの。
拡声の特殊能力事体は、そこまで希少というわけでもない。ミシェルはその中でもできることが多い分優秀だけど、彼の場合は歌声の方がチートだ。確かゲームの………あああそうだファンディスクの初回特典にミシェルのキャラソン付いていたのよね?!今思い出したけども!!!!
「それと、………今のうちにお願いしたいことが………」
ミシェルの確保はセドリックがやってくれた。この後順調にいけばもう彼も他の被害者と一緒に救い出せる。
ただ、その前にできれば一刻も早くお願いしたいことも思い出した。彼も他のキミヒカ攻略対象者と同じく、ゲームの設定でいろいろ事情があった人だ。
こそこそとお願いすると、ステイルも本当に微動だけど頷いてくれた。頷きよりも、流石に情報が衝撃だったのか息を飲む音がはっきりと聞こえてしまった。
驚愕よりも無表情に返ったのも、多分それだけ衝撃が大きくて意識的に無表情で反応しないようにしているのだろうなと思う。つまりそれだけ驚きだということだ。
アーサーとカラム隊長も大きく目を見開いて私を見た。場所が場所だったらこの場で「どういうことですか」と詰め寄られていたかもしれない。
ステイルは静かに服の中からカードを取り出すと、速記でペンを走らせ服の中にしまうふりをした。瞬間移動させてくれたカードの行先は、………現状だと、恐らくは騎士団長だろうか。騎士団長ならきっと、早々に手を回してくれる。
「これで安心でしょう」と、また独り言のような口調で確認してくれるステイルに私は頷き、………見えてないことを思い出しまた腕にきゅっと力を込めた。
またオークションの美術品が落札額にかかりかけ、ステイルが挙手で落札してくれた。私からも今急いで話すべき内容はひとまず伝えられて、ほっと胸を撫でおろす。
すると、………アラン隊長がこそこそと隣に立っているエリック副隊長に耳打ちを始めた。さっきまでは表情を変えずにステイルを注視していただけのエリック副隊長が途端に驚いたように眉を上げたから、やっぱりアラン隊長、私の声も聞こえていたかもしれない。結構小声で話したのにすごい。
「いやー、あの量の黄金は俺らも見る機会ありませんから壮観でした」
「そうでしょうね。〝たとえ〟王族であろうともあの金額を動かせる人間は少ないでしょう」
アラン隊長が明るい口調で相槌を打ってくれると、ステイルもすんなりと今度は普通の声量で返した。見えている人間同士は会話の内容さえ気を付ければ話せるのがちょっと今はうらやましい。私も会話に入りたい。今もこうしてコクコク首を縦に振っていても、気づいてくれるのは会話に入ってないアーサー達だけだ。
でもアーサーがちょっと「そうなんですか」と言うような表情を私に向けてくれて、それだけで相手してもらえた気がしてちょっと救われる。
カラム隊長も小さくだけど頷いて見えたから、私達と同感なのだろうと思うことにする。
王族である私やステイルも、少なからず………いや、一般の民にとっては莫大な額を個人的に動かせる資金は持っている。女王である母上だって、国家財産を除いても凄まじい額を使う権利を持っている。だって女王だもの。
私達の普段の生活にかかる費用だって、普通ではないことはわかっている。ただ、そんな私達の目にもセドリックが持参したあの額は真似できるものではない。前世に子どもの頃とか王様は、金銀財宝わんさか持って湯水のように使っているイメージは勿論あった。でも、それを現実で地でいっているのはセドリックだからだ。正確には〝ハナズオ連合王国〟その〝サーシス王国〟の王弟様だからというべきか。
もともと闇オークションに参加して不自然に思われないように資金はステイルも用意してきた。
どう状況が変わるかもわからないし、会場に入ったら落札の度に前払いなんてシステムの可能性もあり得る。闇オークションというだけあって価格も普通ではないことはわかっていた。払っても絶対取り戻せるとわかっていても、大金を動かすことは王族だって実は簡単なことではない。母上が許可してくれたお陰でステイルが瞬間移動で昨夜用意してくれた分を合わせても、まず闇オークションの額がおかしい。そんな中、………正直セドリックの協力は本当に助かった。
なにせ、フリージア王国の通貨さえ招待を怪しまれてしまうから動かせない。
フリージア王国の通貨ではない、それでいて代金に値する金貨を宝物庫から用意するのは結構大変だった。金貨だって、作るまでの工程はなかなか大変なものだ。本来、金貨も金塊もその殆どがきちんとどこの国の品かわかるように刻印がされている。
そんな中、黄金の国サーシス王国の金はそれはもう高価値で。製造途中である、刻印前の金貨を集めることもあの一晩でランス国王がしてくれた。必ず丸ごとお返ししますと約束した上で、私達ではなくセドリックがお兄様から借りてくれた金だけど………本当国家予算レベルの額を持ち込んでくれたのはちょっと衝撃だった。オークションの品を狙うよりセドリック一人襲撃した方がお金持ちになれるくらいの額だ。
我が国の誇る王国騎士団をきちんと派遣しているから大丈夫だと思うけれど。
正直、裏でも表でも、オークションに関してはセドリックの独壇場だと思う。言ってしまえば、彼が本腰をいれたらオークションでアネモネ王国第一王子のレオンも、フリージア王国の女王である母上も負けるかもしれない。
それだけとんでもない額を動かせるのが、ハナズオ連合王国だ。
富豪国として勝てる国は少ないだろう。何せ、地面を掘れば金塊が出ると言われるような国で、セドリック曰く未だに金や宝石に関しての価値観が国外の人とずれている民は多いらしい。そう言うセドリックも多分なかなかだと思うけれど。
ステイルも彼の財力をわかっているから、今回の資金援助と奴隷を含む高額商品買い取り役をお願いした。なるべく国がバレない形での大金をとお願いしたのもこちらだ。………けど、まさか国家予算額をまるごと持ってきてとまでは言っていない。あれで、サーシス王国にとっては〝動かせる程度〟なのが恐ろしい。
「先ほどまで競ってきた四番、もう挙手しませんね?」
次の商品となり、また奴隷が商品に上がってきたところでエリック副隊長が気が付いたように視線を上げた。
セドリックと同じ上階のVIP来賓だ。私達が今競り落とした盗品でも手を上げなかったようだけど、高額になっていく奴隷にも挑む様子がない。セドリックへ果敢かつ無謀に競ろうとしていた筈なのに、そのまま落札額近くなってセドリックが金額提示しても四番の気配はない。ここからだと角度的にも距離的にも離れすぎて見えないけれど、やはり意気消沈しているのだろうか。
少なくともあの喚きようと、セドリックとの競りのデットヒートを思い出すと、彼は彼でこのオークションでの立場に固執していたように見える。そこであの大恥を掻かされたら、しばらくは顔を上げられないのもう頷ける。
本当に、セドリックの容赦のなさは凄まじかった。ここまで、いやそこでまだやるかと言わんばかりに金持ちの自尊心を木っ端みじんにしていたと思う。たとえば、所持金が自国の大事な金ではなくてラジヤの通貨とかだったら、同額であろうと彼の目の前で床にバラ撒き「拾え」くらいしたのだろうと思えてしまう。
エリック副隊長の言葉に、ステイルも今は競りをセドリックに任せている分注意を二階席に向けだした。腰を少し浮かせて角度を変えるけど、やっぱり見えないらしい。
まさかセドリックに木端微塵にされて帰ってしまったのかしらと、それはそれで困ると心配になってステイルの耳に囁けば「だとしても対策はしていますから」とこちらに向かないまま返ってきた。
自信の乗ったその発言に、私も一呼吸おいて頷く。出口には我が国の騎士団が潜み、張っている。もし出てきたところで、そのまま逃がすだけの騎士団ではない。
「それに。………次ですから」
声を抑えていたとはいえ、珍しく独り言に聞こえない言葉がステイルから零された。
同時にトントン、と。指の先でテーブルに置かれた商品リストを叩く。もう見るまでもなく覚えているのだろう、私も一応必要な部分は頭に入れたから開かなくてもわかる。確か次は、と。そう思い返したところで、………ステイルが物凄い黒い笑みを浮かべている理由を理解する。
私まで口の端が引き攣った。ドクンと早くも心臓が一度鳴る。
セドリックによってまた一人奴隷被害者が落札されたけれど、まだリストの中には真偽はともかく売り文句として我が国の民の奴隷もいた。オークション事体はまだ全体を通して中盤にも差し掛かっていない。けれど、大丈夫だと私もわかる。
ステイルが指を置く商品リストから、私も口の中を飲み込んで舞台に目を向ける。セドリックが無事競り落とした奴隷が、鎖を引かれつつも比較丁重に連れていかれていく中、進行役が変わらず陽気な声で次の商品を紹介する。
そしてまた連れてこられる次の商品………奴隷に、私達全体に緊張が走るのが肌でわかる。舞台で大勢の来賓の注目を一身に浴びる
ハリソン副隊長に。
「さぁ!次の奴隷は誰の手に?!」
セドリックの不機嫌なんて比じゃない、既に臨戦態勢の眼孔を光らせるハリソン副隊長に私まで背筋が凍った。この、血祭りの予感はもう気のせいではない絶対に。
ステイルとジルベール宰相の策が、今動く。
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