そして拒む。
「誰か!!その十九番の所持金を確認しろ!!!落札した総額を考えてみろ!!!本当に払う気があるのか!!!」
………そういう意味か、と。
僅かに緊張に顔を張りつめさせていたセドリックは早くも二度目を息を吐く。今度は安堵よりも侮蔑と呆れが強かった。一度は浮かせた背中も再び座り心地は悪くない椅子に預け、頬杖を突きなおす。
今まで男が提示してきた額を思い返しても、恐らくは名のある上流貴族か、もしくはどこぞの王族あたりだろうとは想像する。しかし、それ以上セドリックは興味が消えた。視界に入れたくもない。
リストの二番目にいた奴隷を落札した時も最後まで食いついてきたことは記憶している。先ほどの奴隷でも途中まで競ってきた。そして今回も同じく奴隷が出て最高額になるまで競ってきたことを考えれば、よほど奴隷に執着しているのだとわかる。つまりは奴隷容認国のどこかのに所属した人間だ。セドリックが知るわけもない。
そんなことも思い返している間にも、周囲の来賓やスタッフ関係者までも惑いが生じ出す。
常連であれば殆どの人物が知っている四番は闇オークションの上客であり、そしてオークションでも毎回高額落札を更新する大富豪の太客でもある。王族か皇族だろうと想像がつくほどに、毎回凄まじい額を闇オークションに落としている。闇オークション関係者にとっても粗雑には扱えない存在だ。
しかしその人物がここまで取り乱し声を上げることなど今まで一度もなかった。当然、騒ぎを起こすどころか他の客に対して難癖をつけることも初めての事態だ。そして何より、彼の言葉に正統性も見受けられた。
確かにと、彼らも思う。十九番が闇オークションに飛び入り参加した者だと知る者は一握りだが、それにしてもこんな金の使い方をする者は今まで一人もいなかった。
王族かも疑わしい四番にすら三度も競り勝ち、既にオークションが始まってから高額商品全てを一人で独占している男だ。
オークションの規則を知らないでただ高い数字を言っているだけの馬鹿ではないかと過った客もいる。それほどに、躊躇いもなく高額商品を競り落とす姿は異様だった。現段階の総額など、彼らの殆どはもう想像もできない。
自国の国家予算くらいの額はあるのではないかと、指折り大まかな計算をする者もいた。もともと闇オークションの品はどれもが高額商品。その中で、富裕層にとっても高額と判断できる額をいくつも買っている十九番に、本当に払えるのか疑う者は四番だけではなかった。
スタッフの中にも確かに支払い能力があるのかと、わずかに焦燥を覚える者も出る。もし、オークションを終えてから支払い能力がないとわかれば、せっかくの闇オークションで利益はごっそりと無に帰することになる。この闇オークションに参加している時点で、ある程度の資産は確認済みだが、それでも今までの総額を支払うことができるような資産かまでは確認できていない。
空気が、変わる。少しずつ人肌の温度から冷風にと変わっていく。
ざわざわと話し合う声も、四番への非難ではなく十九番への疑惑だ。四番の客がこれ以上躍り出ないようにスタッフが壁になり平和的に阻む中、とうとうスタッフの一人があくまで低い腰は守りながらセドリックへと歩み寄る。
申し訳ございません、と容疑者ではなく目上の相手として礼儀を守りつつ、彼だけでなく彼の護衛にも眉を下げながらそっと声を低めて問いかけた。
「大変申し訳ありませんが、現時点での落札金額分をご確認させていただいても宜しいでしょうか……?」
「断る。代金ならちゃんとここにある。さっさとそこの無礼者を連れていけ。騒ぎを起こした者は例外なく特別室で競売終了まで軟禁ではなかったのか」
そう受付で聞いたぞ。と、セドリックの低い声に、言葉を無くしたのは来賓達だけではなかった。傍にいた騎士は当然、彼の様子を見上げていたプライド達もこれには息を飲む。
セドリックの言う通り、受付でそういった説明もあった。そして支払いについてもあくまで落札後に受付で引き渡しとしか言われていない。彼の言う言葉もまた正統性があったが、しかしこの場の空気をくみ取れば決して出ない返事だった。
セドリックがこれまで競り落とした莫大な額も、それを客が疑う気持ちもプライド達はわかる。普段のセドリックならば、難癖をつけた相手にはまだしもスタッフにはそれなりに誠意のある対応を、………と。そこまで考えたプライドは理解する。
ああああぁ……と声には出せずとも頭を片手で抱えてしまう。もともとセドリックがこの会場に着いた時から不機嫌なのは明らかだった。スタッフがいくら態度が低かろうとも、相手は全員この闇オークションの関係者だ。
セドリック!!と、ついこの場で叫びだしたくなりながらプライドは唇を噛む。今、自分は発言できない。視線の先ではセドリックが顎で指した大荷物の鞄もよく見えない。
しかし、セドリックに頭を下げるスタッフの目がやや鋭くなったのは目の光でわかった。
「………そこをどうか、お願い致します。大変失礼とは存じますが、他のご来賓も十九番様の支払い能力について疑問に思われているようで………こちらとしても、オークション終了後当日中に必ず支払って頂けなければ困ります」
「払う分はあると言っている。さっさと次の商品へ進めろ。時間の無駄だ」
口だけでも下手に繰り返すスタッフに、セドリックは目も向けない。
ここまで言っても、注目の中で所持金を見せようとしない飛び入り客に、当然不信感は増していく。
後方で様子を伺っていた一人が、部下のスタッフに指示を出す。手荒くなっても良いから一度あの鞄の中身を確かめろと、もともとは使用人と呼ぶよりも手荒い商売が得意分野の人間に任せる。
それを受け、部下が一人「失礼します」と一直線にセドリックの持参してきた鞄に手を伸ばした。しかしセドリックの「触るな」の一言と同時に阻まれる。
手と鞄の間に滑らすようにセドリックの護衛が前に立ち、睨む。
鞄の中身を見せたがらないことに、また疑念が色濃く増していく。周囲の客にも確信を持ち始めた者まで現れる。今度はスタッフが複数人動き、四番ではなくセドリック達を囲み出す。しかしその間も、セドリックは敢えて正面を向いたまま彼らに目も向けない。
形勢が完全に逆転したことに、四番の男は声を高々に張り上げた。
「ほら見たことか!!その男は最初から落札した商品を支払う気などない!!」
「お客様、ご案内いたします。一度別室でお話を伺えますでしょうか」
「………………チッ」
セドリックの舌打ちに、真正直に肩が上下したのはプライドだった。
ステイル達も瞬きを繰り返す中、姿が異なって見えている騎士達は本当にこれが本物のセドリック王弟かと思う。しかしプライド達の目にはちゃんとセドリック本人だ。
五人の屈強なスタッフに囲まれ、完全に自分が排除される側に認定されたと軽く首を回したセドリックは確認する。組んでいた足を下ろし、椅子から立ち上がる。「下がれ」と、鞄の近くに立っていたスタッフへ命じると今度は自らの手で鞄に手をかけた。
王族であるセドリックに荷物を開かせることに戸惑う騎士達を手で制し、閉じていた鞄の施錠を開ける。ガチャン、と金具が開かれたところで少し乱暴に鞄を傾けた。近くに立っていたスタッフには既に目に入った中身が、他のスタッフや注目する客にもあらわにされる。
輝く大金貨だ。
ジャラララララララララララララララララララララララッッ!!!!と、セドリックがほんの少し傾けただけでもはちきれんばかりに詰められていた金貨が凄まじい勢いであふれ出した。
その輝きの正体に気付いた者から目を疑うような歓声をあげ出す。あまりの量に、偽物ではないかと疑う者もいる。
零された一枚をセドリックは拾い上げ、指でスタッフの一人に弾き飛ばした。「確認しろ」と命令するセドリックに、今度は睨みを鋭くする余裕もない。既に騒ぎを聞きつけ呼ばれていた鑑定人が飛び出し見れば、間違いない純金だった。
一体どこでこんな金貨をと、鑑定士があまりの高品質と輝きに声を上げたが、セドリック自ら前に出て乱暴に手の中から奪い返した。護衛からハンカチを借り、金貨の汚れを拭きとりながら騒然とするスタッフ達の間を抜ける。
スタッフから、あの量であれば落札総額に相応するのかと鑑定人に確認する中、スタッフでも自分の席でもない方向に歩み出すセドリックに護衛が一人背後に続いた。残された護衛はセドリックが広げた金貨を再び鞄に戻し、守る。たった一枚でも、盗まれてはならない高額な金貨であることは彼らもよく知っている。
「満足したか?」
そう、淡々とした声で呼びかける相手はさっきまで勝者の顔をしていた四番の男だった。
まさか本当に相応の額を持っていたのかと、喉を反らし立ちすくむ男を睨みながらセドリックは瞳の炎を燃やす。スタッフの誰もがどちらを止めるべきか判断できなくなった中、4番の護衛がセドリックから守ろうと前に立った。
同時に、セドリックの背後からも騎士が前に出た。互いに主人を守ろうと身を張る中、足を止めたセドリックは彼ら越しに男を一瞥する。
オークションを中断させてまで喚き、自分よりもはるかに財産を持つ相手にかじりつき、結果として自分ひとりが騒ぎ散らしただけの結果を招き、既に今まで味わったことのない恥に脂汗を滲ませ、滴らす男へと。
「謝罪はいらん。貴様にそれほどの価値がない。その小金を抱いたまま二度と口を開くな愚者が」
そう蔑んだ目で言い捨てたセドリックは、もう話す必要もないと言わんばかりに4番へと背中を向けた。
「戻りましょう」と護衛に対しては言葉を整える彼に、四番は真っ赤な顔でわなわなと唇を震わせる。それなりの規模を誇る国の王族として生まれ、今までこのオークションで脚光を浴びていた自分が大恥を掻いた上に、今まで言われたことのない侮辱を大勢の前でされた。
一生分の屈辱を浴びせられたことに、怒りを通り越し衝撃で声も出ない。自分が王族だとも知らない、あんな若いだけのものを知らない男に何故そこまで自分が言われなければならないのか。
己の全てを棚に上げ恥を打ち消そうと怒りが溶岩のように沸きだして止まらない。同伴していた妻も、席に座ったまま今は他人のような目で顔を背けている。
それだけではない。さっきまでの空気が変わり、来客達も自分から目を逸らし、十九番の見せびらかした金貨を見つめている。
鑑定士の判定を受け、スタッフ達も手のひらを返しているのが態度でわかる。腰を低め、愛想笑いを浮かべ、心からの謝罪をわざわざ十四番へ告げに行った。
しかしセドリックは彼らの謝罪すら、もう目も向けない。
どういう理由であれ流れであれ、自分の祖国の大金貨を闇オークション関係者の目に晒しただけでも穢らわしくて仕方がない。わざわざ昨日、ステイルの特殊能力で兄達の元へ訪問し用意してもらった〝サーシスの刻印無しの大金貨〟だ。金事体には大して思い入れもないセドリックだが、自国の産物だ。
先ほど鑑定士に触れられた金貨を繰り返し大事に拭きながら、返事もしてやらず再び足を組んで椅子へと掛けた。
それでもスタッフは「大変失礼いたしました」と、繰り返す。鑑定士から金貨の質の良さだけでなく、あの金貨数枚だけでもこのオークションに出す価値があると声高に叫ばれた今、もうセドリックに頭が上がらない。せっかく今まで高額商品を最高額で競り買ってくれたのに、ここで気分を悪くされて帰られれば大損だ。
申し訳ありません、何か私共でできるお詫びがあればと、もう四番へ目に入らないように背中を向ける男達にセドリックはまた顔を顰めた。こんな人間に謝られても気分が悪くなる一方だ。
「黙れ」と吐き捨て、いっそ四番の男を閉じ込めておけと命じようかとも考える。しかし、王侯貴族であろう男が怒り狂って闇オークションをこれ以上荒らしても困る。
さっさと再開させろというべく先に顔を舞台へ向けたところで「おい」とセドリックは今度は会場全体に届く声で喉を張る。
「俺様が落札した商品だ。全て丁重に扱え。鞭一つ許さん」
以上ださっさと再開しろ、と。頬杖を突きなおして告げるセドリックの声に、スタッフ達の反応は顕著だった。
承知致しました!とまるでレストランの給仕のような丁寧さで礼をし、しかし足音は隠せずバタバタとうるさいままに持ち場に戻る。
棒立ちになっていた進行役も「それでは~」と言葉を明るい声でなんとか繋げながら落札した奴隷を下げるように裏方へ合図する。潜めた声で「聞こえたな?!傷一つつけんじゃねぇぞ?!」と乱暴な口調で裏方全員に命じるように告げた。
さっきまで膝をついて固まっていた奴隷は鎖を引っ張られたが足に力が入らず二度よろけて一度転び、だがそれでも鞭を打たれることはもうなかった。
大変お騒がせしました!と中途半端に明るい声で進行役が早口で次の商品を紹介し始めれば、やっと会場も元の空気を取り戻した。
中にはまだセドリックの金貨の方が興味深くちらちら振り返る者もいたが、彼を疑う者はもう一人もいない。
今度は奴隷ではない盗品が進行役の明るすぎる声で紹介される中、姿を消したままのプライド達だけは奴隷を見送ってから再び真っすぐに彼を見上げた。
あまりに横柄な態度と「俺様」と懐かしい一人称。いつもの彼からは想像できない言動に、姿は捉えてもやはり疑いたくなる。そしてプライドは。
………ヴァルの態度の悪さも移っちゃったかしら。
元々心を開く対象が狭く偏っていたセドリックが、嫌悪する相手に過剰な敵意を露わにするのを見るのは奇しくも今回が初めてではない。
それでも舌打ちをした彼が、悪影響まで吸収してしまっている可能性を静かに危惧をしつつ、……新たな攻略対象者の確保に遅れて胸を撫で下ろした。




