Ⅲ293.来襲侍女は参加し、
「それでは、次の商品へと移ります!」
ハァ……と、場の盛り上がりに反して溜息を吐いてしまう。
うっかり音に出てしまった歎息に、後から慌てて口を手で塞ぐ。透明の特殊能力を受けているとはいえ、一緒に姿を消しているアーサー達には見えているのにと彼らにも目を向ければ……なかなか彼らも少なからず私と似た感情なのはわかった。
闇オークションが開始して暫く、今頃地上ではティアラ達が楽しんでいるのかしらと思うと少しだけ羨ましくなってしまう。それくらい今目の前で行われている闇オークションは不快だった。むしろ愉快だったら問題だけれども。
客も皆上品に振る舞っているけれど、素行の悪さがところどころ窺えた。
開幕時にもレオナルドだったのだろう名前の商品は急遽取り下げになったと進行役が伝えたらブーイングに近いざわめきが立った。「狙ってたのに」「貴方!絶対手に入れると言ってくれたじゃない!」「来た意味がないではないか!」「話が違う!」と一階だけでなく二階からも聞こえたから、やはり目玉商品として事前に伝わっていたのだろう。
そして客を逃がさない為に主催側もリストから消すこともなく開始までは目玉商品欠品を黙っていた。……本当に、彼だけでもひと足先に救出できて良かった。
姿を消していない立場にあるステイルも、普段の社交界の彼ではありえないくらいに態度が悪い。
椅子の背もたれに身体を預けながらお得意の無表情で足を組んでいた。多分、気を抜くと不快がそのまま表情に出るからこそも無表情なのだろうなと思う。私のため息にも、視線こそ向けないものの「わかります」と独り言のように口だけ動かして共感してくれた。
護衛役のアラン隊長とエリック副隊長に至っては護衛役なのだから愛想がなくても問題ないだろと言わんばかりに、仮面の下の目が鋭いのが至近距離だとわかってしまう。周囲を見回しても来賓の護衛は表情を引き締めているから不自然ではないけれど、絶対お二人とも警戒態勢以外の意味での険しさだ。何せ、ここは犯罪の結果発表会のような場所なのだから。
オークションが開始してから、わかっていたものの商品は全て表に出せない違法商品や曰く付きの品のオンパレードだった。
「かの有名な画廊から紛失したとされる伝説の絵画です」
今舞台の上へ丁寧に運ばれてきた絵画は、遠目ではあるけれど恐らく本物だろう。
商品リストにも記載されていた画家は、非業の死を遂げてから価値を認められた有名画家だ。私もティアラも好きな画家だけど、ここに出されているという時点で伝説の品だろうと出会えたことを全く喜べない。しかも進行役の説明を聞けば、画家が強盗に殺された時に盗まれた筈の絵画だ。
実は画廊からその絵だけは盗まれまいと持って逃げようとした画家を殺し、当時絵の価値もわからない強盗が金品と共に奪い去ったと。「死して尚、彼はこの絵画を抱え放そうとしなかったそうです」と語られた絵の一部には血痕がべったりついたままだった。そんなことを知っているのは画家を殺した犯人だけだ。
次々と札が上がっていく中、いっそ犯人の方を吊るし上げたいとラスボス思考で思ってしまう。いや、その強盗がオークションに直接出したとは限らないけれども。
画家のファンなのか、かなり興奮した様子で札を上げるのは服装から察するに貴族だろうか。
本当のファンなら画家の遺作発見よりも、画家を死に追いやった強盗に怒りを抱いて欲しいとこっそり胸がチリついた。若干黒い気配を感じて視線を向ければ、ステイルも仮面の下の漆黒が冷たくなっていた。更に背後までちょっぴり寒いと思えば、まさかのカラム隊長とローランドまで目がギラリと研がれている。
ローランドが怒るのを見るのも初めてだけど、カラム隊長のお怒りも珍しい。カラム隊長に至ってはただただお怒りというよりも冷ややかな眼差しが〝侮蔑〟という言葉を見事に物語っている。
流石貴族出身者お二人、絵画の芸術的価値もさることながら天才画家が殺された経緯にも憤りを感じていらっしゃるのだろう。
アーサー達も名前は知っている画家だろうけれど、教養として画家の半生を勉強する場合もあるからきっとお二人はご存じの上でのお怒りだ。
「うわー、なんか今カラムが怒ってる気がする」
「それを言うならローランドもかと……」
こそこそと潜ませた声で苦笑いするアラン隊長にエリック副隊長も呟き返す。
流石お二人とも騎士同士よくわかっている。顔は正面に向けたままのお二人の会話に私は深くうなずきかけた。首が動いてしまったから紛らわすようにもう一度振り返れば、カラム隊長が平静を取り戻そうとするように前髪を指先で整えていた。ローランドもぎゅっと表情筋に力が入っている。
二人が怒る気持ちは私も一緒だけれど、なんだかこういう時に絵を見て興奮するのではなくちゃんと怒りを抱けるのがきっと本当の〝教養〟なのだろうなと思う。それとも品性と呼ぶべきか。
アラン隊長も敢えて投げかけてくれたのだろうか、お陰で少し重々しい空気が紛れた。
画家が命を懸けて守り抜こうとした遺作として、最終的になかなかの額まで吊り上がる。狂信者みたいな人も複数いたのか、しばらくは競争が長引いた。
カンカンと落札決定の音が鳴り響けばブーイングや罵倒が上がるのも、闇オークションならではと言うべきか。普通のオークションなら歓声や拍手が鳴るところだ。暴れ出せば強制退場させられるのはこちらも同じだけれども。
今もナイフを手に掲げで自分の席から躍り出ようとした一人が、屈強なスタッフ二名に取り押さえられていった。通常のオークションよりも、来賓への容赦もない。
参加していること自体違法の催しで、手荒にされたと喚くことができる人間は王侯貴族だろうとごくわずかだ。
続けて今度は煌びやかな花瓶だ。宝石がいくつもあしらわれた絢爛豪華な品で、きっと芸術的価値を取り除いても相当な額になるだろう。舞台に運ばれた途端に歓声が上がる品は、表舞台のオークションにも出せるほど綺麗だけれど……当然ただ綺麗な花瓶だけであるわけがない。
説明を聞けば、国王の墓を暴いて盗み出した一品らしい。前世にもこういう事例は聞いたことあるけれど、王族だろうが一般人だろうが人の墓を暴くなと声を大にして叫びたい。しかも、本物である証拠にと花瓶にはその墓の黒王の妻である王妃の名前とと共に、愛する妻より永遠の愛を込めてといった旨の内容が彫り込まれていた。
途端に歓声が上がったけれど、こっちはテーブルをひっくり返したくなる。パキリ、と何か枝でも踏んだような音が聞こえて視線を向ければ温度感感知の騎士であるロドニーの表情が殺意に近かった。この場では最年長だろうロドニーだけど、恐らく奥様がいるのだろうと想像する。きっと今この場で暴れて良いとなったら、彼は関節を鳴らしたその手でこの出品者の首を折るのだろう。
「今この場にジルベールがいないのが残念でなりませんね」
チッ、と舌打ちまでするステイルはとうとうジルベールにまで憤怒共有がしたくなったようだ。
いつもの眼鏡も今は仮面の為に外しているから、いつもの仕草をしようとして仮面の方を指でぐいぐいと自分に押し付けた。今回、ティアラが出張してくれる関係もあって再び父上の元へ帰されたジルベール宰相だけど、……うん、確かにすごく怒りそうだ。
愛妻家のジルベール宰相を思えば、今もあの花瓶を墓から持っていかれた国王の怨念が見えるような気がしてくる。もしマリアンヌからの花瓶だったらと想像すれば、間違いなく怨念で呪いの一品になっている。大丈夫だろうか、あれ。
所有者が不幸な死に見舞われるとかいう曰く付きなのを隠しているんじゃないかと背筋が冷たくなってくる。
ふとそこでまた怖い予想ができて、後方へ視線を上げる。……うん、やっぱりこちらも予想通りだった。
花瓶が決まり、次の商品が運……連れられてくる。ああまただ、と。リストを見てわかってはいたものの、自分でも目が死んでいくのが鏡を見なくてもわかる。
まだ序盤の方なのに、これでもう四人目だ。鎖に繋がれ、家畜のように引っ張られて連れてこられたのは人間だった。高額奴隷とするには、少し年配にも見える女性だ。といっても、マリーと同い年くらいだろうか。
大陸の中でも小さな国の小さな村集落の先住民族だ。
代々受け継がれる知識と秘術で美しい織物を作り国王にも納めているという民の技術文化全てを継承した、……生き残りの女性だと。
希少性の為に他の住民は全員皆殺ししたから残る技術を持つのは彼女だけだと謳われてまた胃の底が煮えてくる。もう本当に嫌だ。
始まってからずっとこんなののばかりだ。今ならヴァルがパーティーで態度最悪になる気持ちもわかってしまえる気がする。
会場中が熱で沸き上がる中、私達だけ極寒のようだった。
これにはアラン隊長とエリック副隊長の目も戦場のように鋭いし、パキパキとまた音が聞こえると思えば今度はアーサーが拳を鳴らしていた。姿が見えるのがステイル達三人だけで良かったと思う。こんな不快な祭典、全員で空気を合わせてにこにこ見ているのは難しい。
年配の女性も、舞台の上で怯え切ったまま背中を丸く小さくなっている。ボロボロの衣服はただの奴隷装ではなくもともと来ていた民族衣装だろう。
意図せず露出も増えてしまっているその恰好だけでも、ここに来るまでどんな扱いを受けたか想像できる。年配者を選んだのは知識や技術が豊富な中で、一番若い人を選んだ結果だろう。寿命を考えれば若いに越したことはなくても、肝心の知識を持っていなければ意味がない。そして、……容姿の綺麗な女性である理由は考えるまでもない。
国王にも納めた技術の粋を持つ彼女を奴隷として得れば、この先は永久に自分だけがその織物を独占できたも同然だ。
入札の札が次々と上がる中、当然売りだされた本人は顔を真っ青に震えあがるばかりだ。端の席でもわかるほどカタカタと震え、かすかにだけど連動するように鎖がカチャカチャと音を鳴らしている。さっきの奴隷と同じく、両手、両足をそれぞれ鎖で繋がれ、しかも首輪に繋がる鎖を男に引っ張られているから逃げるどころか座り込むこともできない。ボタボタと絶望で涙をこぼす彼女を前に、高額へと競り上がっていく中で新たな札が
ステイルから上げられる。
「おお!また上がりました!!七十七番様による入札です!!」




