Ⅲ292.次期王妹は参加する。
「!驚きましたっ……まさかあの画家の遺作がまだ残っていただなんて……!」
これが最後の一枚ということになりますよね?と、両手を合わせて目を丸くするティアラが見つめる先は当然舞台の上だ。
国王の代理に、次期国王である第一王子の挨拶で幕開けしたオークションは、早々に例年通りの盛り上がりを見せていた。
各国の代表、上流貴族や名だたる商会が次々と出品する品はどれも来賓の心を揺らすばかりだ。そこには微塵の不健全さもない。美しい芸術品や技術のお披露目だった。まさか地下で正反対の催しが行われているなど、思う者はどこにもいない。
今も、ティアラの目を輝かせるのは今は亡き画家の画廊から新たに発見された美しい絵画である。
亡くなってから価値を認められた絵画の数は、誰にも断定できていない。暫定で一番新しいとされていた夜の孤独を描いた絵画より一週間も新しい日付が記された絵画は、赤子を抱く母親の姿であることも関心を集めた。進行役から「当時故郷を離れた画家の、隣に住んでいた女性が出産した時期にも重なっており」と補足を付け足されれば、画家のファンは涙を滲ませ値を吊り上げる。
その画家の作品を知っているティアラも興奮を抑え、母親と叔父に続き今度は反対隣に座るレオンへも顔ごと向けた。
「悩ましいな……。同じ天才でも、リントン兄弟の作品であれば迷わず競り落としたけれど……」
独り言のように呟きながら、レオンの目は真剣そのものだった。
口を片手で覆いながら、翡翠の眼差しが絵画へと突き刺さる。買うか買わないかの判断は、値段が吊り上がっている間しかない。
予想以上に射貫くような眼差しをするレオンに、ティアラは小さく肩が揺れた。自分も確かに欲しいとは思い、自分の母親と叔父も興味深そうに見つめているが、レオンの目は種類が違う。単純に自分が欲しい欲しくない以前に、その先を見定めた目だった。
もっとレオンの感想を聞きたくなったティアラだが、今にも競りの札を上げるか悩ませる彼の邪魔をしたくなく、口の中を飲み込んだ。レオンの隣に座る宰相も、レオンと同じような眼差しをしているのを見るとこれがフリージアとアネモネの違いかとこっそり思う。改めて母親へと肩を寄せ小声で囁きかけた。
「アネモネ王国はやはり貿易品としての買い出しも兼ねているのですねっ」
「そうですね。ティアラ、貴方にとってもこの先長い関係を持つ国々です。オークション品だけでなく客の方もよく観察なさい」
「どのような品を、どの国や人物が欲するか。国民性や人間性を知るにも良い勉強になる」
ローザの言葉に、ティアラの声は拾えなかったヴェストも会話を察し二人へ聞こえるように言葉を掛けた。
本来ならばこの場にいる筈だった甥に告げるつもりだった助言だが、将来王妹になるであろうティアラにも必要な助言だと判断する。ただ兄の代理で席に座るだけで満足するような王女ならば、今さら王妹の道など茨を選ばない。
実際、ヴェストの言葉を重く受け取ったティアラは改めて姿勢を正した。貿易国のアネモネ王国が〝他国にどれほどの価値を見出されるか〟を前提に商品を選ぶように、他の参加者もきちんと意図がある。
ただのオークションではない、大陸最大規模のオークションと各国代表者が集まっているのだから。
今も、画家の遺作を競り落としたのは他でもないその画家の出身国の王族だ。
市場価値を思い、必死に値を吊り上げた商人や画家の個人的ファンである貴族もいたが吊り上げた先に最後は肩を落とした。価値や絵画への思い入れだけでなく、国としても貴重な財産を確保しているのだろうと、ティアラは説明されずともそこで理解する。
続けて、今度は美しい花瓶が舞台に運ばれた。こちらは遠目にも真新しい輝きがわかり、ティアラは用意された双眼鏡で首が伸びる。
フリージア王国にも名が轟いた芸術家の最新作だと語られれば、またティアラは声が出そうになった。自分も大好きな、社交界でも憧れの芸術家だ。その芸術家作の調度品を一つでも持っていれば家の格がわかるとまで言われる芸術家は、多くの王侯貴族の、特に女性を虜にしている。
これは欲しいと思えば、やはり札を上げるのも女性が多かった。ちらりと自分と同じ女性である母親の横顔を見つめれば先ほどの絵画よりは検討している表情だった。しかし、まだ札を上げようとはしない。叔父からの助言の通り、下からも周囲からも札を上げる参加者の顔色や名を確認しつつ、ティアラは母親がどのような品を欲しがるのかも少し気になった。
催しとしてオークションに参加したことはあるだろうローザだが、ミスミ王国のオークションは当然、取り扱う金額の規模も違う。
「レオン様、先月フクシア帝国からの書状で…………」
「ええ、この芸術家で間違いありません。恐らく同じ情報を掴んでいる国も多いでしょう。ただフクシア帝国の主流産業は奴隷ですから、こちらの望む対価で支払えるか……」
額が吊り上がっていますし、と。宰相からの助言を受けてもレオンは札を上げない。
自分達と同じ相手の国に売りつけること目的で競り合っても、いざ売ろうとして支払い能力が不足していては意味がない。ラジヤも奪還戦で少なからず弱体化し、今は大陸全土の奴隷産業にも影響を与えている。
そして奴隷制度廃止が進んでいるアネモネ王国では、もし花瓶の代わりに奴隷を提供すると言われても全く交渉にならない。それならば花瓶を手元に残しておく方がアネモネ王国には価値がある。同じ奴隷産出国であればフクシア帝国と交渉の使用もあるが、仕入れて提供しても信用と繋がり以外の利益がなければ無意味だ。
勿論信用と繋がりもアネモネ王国には強い利となることはレオンも理解している。
しかし、その上で今の吊り上がっている値段とフクシア帝国の市場価値と将来的な価値と未来を照らし合わせれば、札を上げるには至らなかった。値段がとうとうアネモネ王国にとっても高額に値したところで、レオンはこの商品は流すと決める。ふう、と息を吐きグラスを傾ければ、ティアラからの視線にも気が付いた。
競りの経験もあまりない彼女には、まだオークションとしてつかめない部分もあるのだろうとレオンは思う。実際、ただ「欲しい」という理由だけで競りに参加する者もこの会場に少なくない。
肩に力が入っている様子の彼女に、オークションの品へ向けてとは異なる滑らかな笑みを浮かべてみせる。
「……国王である父上からある程度許可は得ていますが、やはり民の税を預かっている身としてあまり無駄遣いはしないように仰せつかっています」
あくまで今回は出品が目的ですから、と。社交用に言葉を整えるレオンにティアラもどっきりと胸が跳ねた。「そっそうですよね!」と言いつつ、完全に自分の視線の意図を読まれてしまったのだと理解する。
ローザとヴェストにオークションで見定めることの必要性は教わったが、それならばアネモネ王国は全て商売目的の品しか買わないのだろうかと疑問に思ってしまった。
しかし言われてみればそうだとティアラも少し顔が熱くなる。第二王女であるティアラも、自分の判断だけで動かせるだけの金銭は所持も許可も得ている。さっきの絵画も、花瓶も、競りに参加しようとすれば自分の判断でできた。だが、まだオークションが序盤であることと、他に気になっている品が後に控えていること。そして王族として趣味興味目的だけで金銭をバンバン使ってしまうことに躊躇いもあった。
ティアラも当然、自分の持つ金銭が空から降って沸いたものではないことは理解している。
しかし自分と違い、レオンは自国で貿易を通して利益も自分の力でしっかり出している王子だ。そう思えば、買い付けだけでなく個人的に買いたい品は一つもないのかしらと気になってしまった。
アネモネ王国にとってもレオンにとってもやはり今回は出品と貿易に利用できる品の買い付けが目的である。
もともと、王族としての高潔さを重んじているアネモネ王国では、王族といえど過度な贅沢は推奨されない。調度品に国家規模の金銭を消費することも美徳ではない。
とうとう競り落とされ、続けてまた新たな品が舞台に運ばれる。一人一つしか商品を競り落としてはならないという規則もない。
「……!へぇ、新種か。番というのも魅力的だな」
今度は新種の動物と雄雌両方の並びに、レオンも瞼を開く。
たった一匹であれば珍しさや興味目的だが、オスとメスの番ならば増やすことも不可能ではない。今後の販売権利も考えれば、ここで買うのも利になり得る。しかも見掛けもかわいらしい生き物に、ティアラも今度は小さく悲鳴を上げた。その反応に、女性人気も高そうだとレオンは考える。
しかし、説明を聞いてみれば畜産には向かない愛玩動物を推奨する生き物と聞きこちらも諦めた。食料になることも両立する生き物ならば都合も良いが、愛玩動物は数を増やしたとところでも生きたままの輸送は難しい。長期かかる期間もさることながら、船での輸送も簡単ではない。一度は上げようとした札を、レオンは再び膝に下ろした。
更にはティアラの目の輝きを察したようにヴェストからも「外来種は増やし過ぎると面倒になりえる」と断りがレオンの耳にまで聞こえてきた。これにはレオンも無言で頷いた。
珍しい生き物は初動こそ売上も良いが、歴史上でもその後に在来生物や植物に被害を出す件数は多い。ティアラも、じっと他の来賓を観察すれば今度は競り落とす先も想像できた。自分と同じように娘が強く欲している王族と、そして上級商人が目の色を変えて札を上げている。今回は王族よりも熱量の違いで商人が競り落とすのだろうとティアラは予想する。
やはり国によっても、そして立場によっても欲する人は違うのだなと考えた。
フリージア王国の女王としてやはり簡単には札を上げようとしないローザも、やはり商品は吟味する。既に十近い品が紹介され、一度も札を上げようとしない母親にティアラは少し顔を覗き込んだ。
「母上は、お目当ての品がおありなのですか?」
既に商品リストは手元にあるが、そこには来賓に期待を膨らませる為の最低限な情報しか記載はされていない。
その中で、既に母親には目的の品があるのかと考えたティアラの潜めた声にローザは小さく笑んだ。今回は来賓として、何かしら挨拶代わりに参加しようとはもともと考えていた。
しかし、昨日判明した地下の闇オークション。そして良くも悪くもミスミ王国はそれを把握していない。来賓と呼ばれた立場ではあるが、ここで何も還元せずとも文句に思われはしない。むしろ表向きには王国騎士団を派遣してやっている側に立った。……しかし、もともとフリージア王国はミスミ王国との友好を求めている。
ただ手当たり次第掃除して帰るわけにもいかない。
ティアラの言葉に「そうですね」と呟くように返したローザは、視線の先でまた商品が競り落とされたのを眺めてから次の商品リストを思い返す。
「いくらか候補もありますが、……次の品などは良いかもしれませんね」
次?と、新種の動物を商人が競り落としたのを見下ろした後、ティアラは小首を傾げる。
自分もリストは見たが、ローザやヴェストのように暗記するほど読み込んではいなかった。もう一度商品リストを手に取り、確認しようとすれば記載を見つけるよりも先に進行役が次の商品を紹介する声が耳に届いた。
ロウバイ王国の最上級生地に、ティアラもパッと表情を輝かせた。実際に生地を使用したドレスも見本として並べられ、どれほど美しい品が期待できるかも示される。実際の出来栄えは職人の腕次第だが、今はちょうど第一王女の元には有望な刺繍職人がいることもローザは当然把握している。
嬉しそうに笑顔を輝かせるティアラと目を合わせたローザは、そこで札を彼女に手渡した。自分ではなく娘に札を上げる権利を譲るローザの眼差しは、一瞬だけ女王と呼ぶよりも温かく戻る。
ティアラが進行役に見えるように札を掲げれば、初めてのフリージア王国による競りに会場が一度大きく盛り上がった。
レオンも隣から札が上がったことに、興味の眼差しで顔ごと向けた。
最近取引もした刺繍職人の存在を知っているレオンには、確かに一番無駄がない買い物だと理解できた。ロウバイ王国といえば伝統工芸品が盛んで、糸や布は最上級ともされている。
自分も札を上げようかと考えたレオンだが、ここはフリージアの出番だと早々に見切りをつけた。フリージア王国の女王が競売に入札した理由が、その布を欲しているだけではないことも理解する。むしろ、一番の目的は。
「いくらまで入札しましょう?」
「落札するまでで良いでしょう。許容範囲は貴方もわかりますね?」
やってみなさい。と、落ち着いた声で告げるローザにティアラも気合を入れる。当然、いきなり高額を打ち出すわけでもない。
フリージア王国が札を上げたからといって諦める来賓ばかりではない。ロウバイ王国での最上級の布で衣装を作りたい王侯貴族も、それを服飾関係に売りつけたい商人も当然いる。次々の入札が繰り返される中、それでもフリージアは動じない。
ただ最上級の布が欲しいだけではない。その布を得て喜ぶ娘の姿が見たい、だけでもない。一番の目的はミスミ王国へ〝還元〟することだ。
フリージア王国騎士団による地下闇オークションの摘発。それにより、少なからずこのオークションに影響を与える可能性は高い。
強引にフリージア王国が干渉していることもローザ自身理解している。状況によっては途中中断もあり得ることも考えれば、友好を望むフリージア王国としてミスミ王国へできることは、今この場での正規オークションを来賓として盛り上げることだ。それこそが開催国への還元にもなる。
カンカン、ととうとう札を上げるものがいなくなりフリージア王国が落札を決める。一度も引くことなく狙った競売品を手中に収めたフリージア王国へ来賓から感嘆の声が漏れる中、そこでレオンも静かに笑んだ。
「フリージア王国がそのおつもりでしたら、アネモネ王国も乗らないわけにはいきませんね」
フッ、と短く音を漏らし、ちょうど次に運ばれてくる商品へ目を向ける。
今回あくまでミスミ王国に介入しているのはフリージア王国だ。アネモネ王国は事情を把握しているだけで、護衛である騎士団も動かしてはいない。しかし、ミスミ王国の王族が本当に介入していないというならば、少なからず同情すべき点もある。
自国の治安を維持できていない王族にも重く責任はあるが、その為にせっかくの大事な国としての生命線に影響が生じてしまった。
それを自国の力ではなく、関係を最近結んだばかりの大国に解決されるのも矜持が傷つけられただろうと思う。アネモネ王国もミスミ王国のオークションには貿易国として恩恵を得ている為、ここでただ見過ごすわけにもいかない。
事情を知るフリージアが還元するならば、情報を共有されたアネモネ王国もその意図に協力しないわけにはいかない。
また流れてくる商品がちょうど手頃な標的であれば、今度は意思を持って札を上げた。他の品々と異なり、価値がある程度保障される宝飾品だ。
とうとうアネモネ王国から札が上がったことに、ティアラも水晶のような瞳をくるくるさせればレオンは「ちょうど欲しがっている貿易先がいるから」と独り言のように聞こえる声でつぶやいた。
ミスミに還元できるように、フリージア王国と共にまた並ぶ。
「いっそ、競り合ってみるのも一興でしょうか。ローザ女王陛下」
「品によってはそれも良いかもしれませんね。先ほどの品も想定内の値段でしたから」
レオン第一王子、と。投げかけに優雅な笑みを広げるローザに、ヴェストは溜息を吐いた。
あくまで国として支出できる範囲、それを間違える女王でもそしてアネモネ王国の第一王子でもない。それは念を押さずともヴェストもわかっている。
だからこそアネモネ王国の宰相も第一王子からの恐ろしい発言に何も否定をしない。あくまでミスミに還元する分だけの費用で納めるつもりなのだと双方理解した上での提案だ。……しかし、大国フリージア王国と貿易大手国アネモネ王国の〝許容範囲〟は、他国がなかなか超えられる額ではないことも自覚している。
その両国がパフォーマンスとしてでも競りをすれば、恐ろしい額になることは間違いない。ミスミ王国の心臓を嬉しい意味でも縮こませるのかと、そこでヴェストは少し前のめりに横を覗いた。レオンの先に腰かける宰相が、目を合わせた途端にぺこりと頭を下げてきた為同じ重いなのだろうと思う。
摂政としての礼儀を以ってヴェストもまた礼を返した。
両国意思疎通から間もなく、オークションはさらに盛り上がりを加速する。
「青い薔薇の絵ですね!アネモネ王国から頂いたあの薔薇、お姉様も私も大好きです。私はこの後の品を狙うので、ここは我慢しますっ」
「ヴェスト、あの絵画ならば城に飾っても良いかもしれませんね。愛しい我が子達も喜びそうです」
「実物があるのですから不要かと、姉君。その分、家族の絵画を下げても尚というのであれば頷きましょう」
……途中、ティアラに引っ張られやや楽しみ過ぎそうな女王を摂政が留めながら。




