そしてかりとる。
国王は視線をヴェストから、並ぶ女王ローザ、第二王女ティアラ、同席したアネモネ王国レオンへと向ける。そしてその全員が、真剣な眼差しを自分達に注いでいた。
冗談や初耳ではない様子の彼らの反応に、言葉で確認せずとも王は真実味を長年の経験肌で感じとっていった。
表情は変えずに目を見開くだけでとどまった国王に、ヴェストは演じていることを鑑みた上で姿勢を低く覗く。「王家の耳に、何か覚えはありませんでしたでしょうか」と尋ねたが、国王は一言返すと同時に王妃へ目を向けた。しかし王妃もまた、首を小さく横に振るばかりだ。
伝統と生存戦略として行われ続けたミスミ王国のオークションに、そのような噂が王族の耳に届いたことはなかった。
言えることならば、と関係か無関係かは置いても、唯一類似した情報は「闇オークション」という名だけだ。しかし、それがどこかで行われているという情報だけで、開催時期も会場どころか真偽も判明していない。表の世界ではただの噂でしかなかった。
国王はそう説明しながら、傍にいる自身の国の騎士団長に目を向ける。しかし王国の治安維持を担う騎士団長もやはりそれ以上の情報は新しく得ていなかった。……が、同時に納得もする。
この大規模な催し中は、城下の治安維持や見回りを重視している為に調査や摘発にまで騎士や兵士も手が回らない。その隙をついたのだと、嫌でも理解した。
さっそく摘発に騎士を配属しますと提言するミスミ王国の騎士団長に、ローザは手をかざして止めた。
続けて首を振れば、変わってヴェストが口を開く。
既にフリージア王国の騎士が密かに動いていることを告げた。
会場だけでなく、会場へと通じる通路入口までも把握済みという言葉に、国王と王妃も流石に息が止まった。
自国の問題であるにも関わらず、異国の来賓に情報以上の後れを取ったことは衝撃以上に王族として屈辱も混じる。
しかし、その怒りを目の前の女王に向けるような器ではない。ヴェストから重ねて勝手な真似をした謝罪を受けても、怒り狂うことはしなかった。
「ホアキン国王陛下、どうか我々に御許可を頂きたく申し上げます。陛下にご許可さえ頂ければ、すぐにでも我が国の騎士団が殲滅に動きましょう」
「御言葉はありがたく受け取ります。しかし、……我が国の問題にフリージア王国を巻き込むわけにはいきません。どうか、この先は我が国の騎士団にお任せください」
「いいえ、ホアキン国王陛下。闇オークションであれば我々フリージアも無関係ではありません。……おわかりでしょう?」
ヴェストの低頭へ一度は断りを入れる国王に、今度は女王ローザが口を開く。
この場で最も対等に近い、そして訪問者でなければ大国として圧倒的力を持つフリージアの女王を前に国王も今度はすぐに返せなかった。今回、フリージアにぜひ招待に応じて欲しいと願ったのは自国の方だ。その上でこのような国の恥を知られたに飽き足らず、明かされるなど受け入れられるものではない。
しかし、既にフリージアの方が自国よりも圧倒的迅速に動ける体制が整っている。何より、……女王の言った通り〝闇オークション〟という存在にフリージアは決して無関係といえない。
ここで自分が拒んだ結果、自国で行われた闇オークションでフリージア王国の特殊能力者が流れたと判明した時こそが最悪の事態だった。
せっかくやっとの思いで大国との同盟を結べたばかりだというのに、それを白紙に戻されかねない。報復だってあり得ない話ではない。ラジヤ帝国までも下したフリージア王国を敵に回すことはミスミ王国の国王も避けたかった。
だが、それでも自国の問題に来賓の戦力に任すのは、と。葛藤に顔が顰められる国王を前に、ローザは一呼吸分、吸い込んだ。彼の葛藤も国王としての立場も、中立国としての矜持も全てを理解する上で悩むのは当然。
そうわかった上で、ローザはさらなる一手を告げる。
「もう時間はありません。陛下は頷いてくださるだけで結構です。この、我々の足元で刻々と闇オークションが今も始まろうとしています」
コン、と。ローザは敢えて靴の踵で響かすように床を鳴らした。
足元?と視線を落とす国王へ闇オークションの会場を告げれば、流石の王妃も今度は口を両手で覆う。国王もこれには信じられないものを見るように足元を凝視してしまう。伝来、ミスミオークションの会場は変わっていない。つまりは今まで何度も自分達の足元で違法なオークションが行われていたのだと考えれば、眼前の染み一つない床にも顔を険しくさせた。
その嫌悪の表情に、ヴェストも「心中お察しいたします」と気遣った。しかし続けて、摘発と殲滅において今オークションに影響がないとは言い切れないとも告げる。
入口は違えど、地下で行われている以上戦いによっては少なからずの影響は考えられる。しかし、同時刻に行われる以上オークションの終焉まで待つことはできない。その間に違法な品や盗品、そして違法奴隷が持ち去られてしまう恐れもある。
国王は、本心さえ言えばせめてこの正式なるオークションだけは問題なく進行し終えたい。
摘発も、自国が任されるのであれば闇オークション会場の出入口を外から固めるまでで止め、地上のオークションが無事終えてからの殲滅と摘発こそが理想だ。来賓にも気づかれず、影響も出さず、その後に闇オークション摘発の勲章が欲しい。
もともと中立を守る為に奴隷容認でとどまっているミスミ王国の国王は、違法奴隷に対してはさほどの嫌悪はない。盗品や違法品が取り扱われていることには腹立たしさを覚えるが、優先順位をつけるのであればやはりオークションの開幕と成功が最優先だ。自国にとって最も大事な催しなのだから。
来賓への顔もある。いっそ、今回の闇オークションは見送って、次のオークション開催までに騎士団へ調査と摘発を命じるのも一つの手段とも考える。それが一番催しにも来賓にも響かない。……しかし。
「我が国フリージアは、闇オークションを見過ごすつもりはありません」
フリージア王国が、それを許さない。
たとえ、それが異国であろうとも。そう続ける女王ローザの宣言と共に、金色の眼孔が作られた笑みと共にギラリと光った。
ローザだけではない、それこそがフリージアの総意と言わんばかりに並ぶヴェストも普段の柔らかな眼差しを鋭く研ぎ澄まし、愛らしい第二王女までも今はその笑みは冷ややかに見えた。
まるで自分の腹底を見通しているかのような眼孔達に、国王も喉を鈍く鳴らしてしまう。
ちらりと視線を逃がすかのように無意識にフリージアではない、もう一人の立会人の王族に目を向けたが、その王子も同じく翡翠の目を光らせたままの妖艶な笑みを浮かべるだけだった。
そして、気づく。何故アネモネ王国が当日にして突然商品の順番を変えたかを。従者からの報告にも、話題の種程度にしか受け取らなかったその明確な意思に呼吸も一秒止まった。
フリージア王国の同盟国、アネモネ王国もまた闇オークションを穏便に済ます気はないのだと理解する。
闇オークションを摘発することに国王も躊躇いはない。しかし、この大事な大規模オークションを綻びを作りたくない。そしてそれ以上に、目の前のこの二国を敵には決して回したくないと思考で嘆く。
ここで、もし闇オークションを保留するような決定を取れば、最良でもフリージアとの同盟は白紙になるだろうと推測できた。闇オークションを見逃す、フリージア王国の奴隷被害者を見捨てることはそれほどに重い。
ラジヤ帝国以外にまだ返還義務はないが、しかしミスミ王国は奴隷容認こそしているだけの中立国。奴隷の売買までは認めていない。ミスミ王国で売買された奴隷は全員違法奴隷、そして違法奴隷であれば保護したのちに国へ返すことをフリージアとは同盟を結ぶ際に条約で締結している。
ただでさえ奴隷反対として有名なフリージア王国だ。
同盟国の奴隷被害者や裏稼業の人間を差し置いて、自国の矜持と利益を優先するなどフリージアの女王に向けて発言するような愚行を犯すわけがない。
自分の返事を待つように沈黙で追い詰めるフリージアとアネモネに、国王は汗ばんだ首を反らす。
決して、決して裏稼業を庇うわけでも闇オークションを肯定するわけでもない。ただ、タイミングが最悪だったというだけなのに、まるで自分まで共犯のように追い詰められている。
たった、たった一言「ご協力感謝します」と頷けば、彼らはミスミ王国の潔白を信じてくれるというのにと国王の心臓が張りつめた、その時。
「ご安心くださいっ」
不意に上げられた、羽のような声に国王と王妃は目を丸くする。
挨拶以降、発言をしなかった第二王女が今は自分達に無垢な笑顔を向けていた。両手指を伸ばしたまま指同士交差させ笑むティアラは、そこで一度母親に上目を向けた。「ごめんなさい」「発言宜しいでしょうか?」としょんぼり眉を垂らす彼女に、ローザは引き締まった表情のまま穏やかな声で許可を落とした。
突然発言したことには咎めようかと思ったが、ティアラは決して考え無しの王女ではないとそれだけはローザもヴェストも知っている。彼女が今、どのような公務で何を学んでいるのかをよく知る二人だ。
母親の許可を得て、感謝を返すティアラはまたにっこりと笑みを国王へと向けた。
突然の発言の無礼をお許しくださいと、社交界らしい礼を広げる彼女に緊迫した空気が少し緩められる。
にっこりと笑うティアラは、そこで改めて「ご安心ください」から国王への発言を言いなおした。
「有事の際にはこのオークション会場と関係者の皆様を、フリージア王国騎士団が必ず救出に動きます。国王陛下と王妃殿下もそれをご心配なさっておられるのですものね?」
それを、と。
何の悪意も感じられない鈴の音のような声で告げられた国王は、文字通り言葉を失った。
実際はそうではない。自国の矜持と利益、外聞と来賓との関係と中立国としてオークションの伝統と国を守ってきた国王としての立場を案じての沈黙だ。
しかし、今ここで天使のような笑みで言われた国王はとうとう肩を落とした。息を吐けば、共に首も律した位置より垂れてしまう。
フリージア王国の女王とアネモネ王国の王子の前で、第二王女に、成人したばかりの王女に、大勢の護衛に囲まれた中でそのようなことを言われれば
「……そう、……ですか……」
もう、国の代表として否定などできるわけがない。
どんな言葉でもここで否定を選べば、間違いなくフリージア王国への拒絶になってしまう。
あくまで自分は利益ではなく、オークション会場の来場者の安全を案じただけ。その逃げ道とも錯覚させられる理由を差し伸べられれば、国王は苦々しくもそれを受け取る以外の道はなくなった。
足れた首を誤魔化すように、そこで国王は礼へと自然な動作で切り替えた。あくまで表面上は安堵した表情に見えるように、王族として取り繕い、落胆ではなく困り笑いを浮かべて己を守る。
目をきらきらと輝かせる陽だまりのような笑みを浮かべる王女に、痛恨の一手を打ち込まれた傷跡を懸命に隠した。
ご協力感謝します、と。国王から正式にフリージア王国へ、騎士団の協力と摘発が認められた。
<<書籍化のお知らせ>>
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」が書籍化することが決まりました………!
活動報告にもお伝えさせていただきました。
宜しければ是非。
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本日、本編更新も致しました!!!
第二章まで完結しました。
ncode.syosetu.com/n9682ly/
こちらも是非よろしくお願いします。
本日2話更新分、次の更新は金曜日になります。よろしくお願いします。




