Ⅲ290.女王は対面し、
「レオン王子っ。お隣なんてとても嬉しいですっ」
「やぁティアラ。……いえ、ここでは念の為ティアラ王女殿下と呼ばせていただいても宜しいですか?」
勿論ですっ。そう満面の笑顔で返すティアラに、レオンも滑らかな笑みで返した。
まだ周囲に誰もいないからこそ普段の話し方になった二人だが、いつ誰が来るかもわからない以上最初から社交用の言葉に整えることにする。
目下の、舞台と同階の一階席は大勢が収容できるように上等な椅子がずらりずらりと並んでいるだけだが、特別な来賓である自分達は二階のボックス席だ。
個人スペースとして一定距離を空けられているとはいえ、フリージアの隣になれたことはレオンにとっても嬉しい偶然だった。女王であるローザ、摂政であるヴェストと挨拶を交わしたところで彼もまた席に着く。
並ぶ席のうちフリージア王国側に腰を下ろし、用意された隣にはアネモネ王国の宰相が腰を下ろした。
今回のオークションの遠征に同行はしていたものの、本来ならば椅子に座る予定はなく従者という立場で椅子の傍に起立して待機している筈だった、第一王子の付き添いだ。
昨日まではそのレオンの隣に座る筈だったのは別の人物だった。ティアラの隣に座れたかもしれないその機会を失った彼を、レオンは心の隅で同情する。代わりにティアラ側の席には自分が座ったが、もし彼がいれば自分は譲っていただろうと思う。
そして今自分の隣に座るのは単なる使用人ではなく、アネモネ王国の宰相である。彼が席に座ることに疑問を抱く者はどこにもいない。しかし、本来の参列予定者の存在をフリージアの王族三人は知っている。その上で、何も知らないかのように彼らへ笑いかけた。
「少しお時間かかったようですが、何かありましたか?」
「いえ、大したことではありません。ちょっと品順等について関係者と交渉をして遅くなりました」
ティアラの問いかけにレオンも落ち着いた声で軽く手を振った。
レオン率いるアネモネとフリージアの馬車は同時刻に同じ宿からミスミへ向かった為、会場への到着も殆ど一緒だった。本来ならば着席までも時間は差ができない筈にも関わらず、レオンが訪れたのは十分以上時間が空いた後なのは、ティアラだけでなくヴェストも気になっていた。
しかし品順と言われれば全て理解する。やはり彼は聡い優秀な王子だと、その手の打つ速さにやはり自国に得られなかったことは惜しまれると、ヴェストは心の内で思う。そしてアネモネの国王は最後の最後に首の皮一枚繋がったのだろうとも。
出品をしないフリージア王国と異なり、アネモネ王国は今回招待だけではなくオークションの大手出品者だ。
品順、という言葉を聞いたところでティアラ達だけでなく後方で聞いていた女王付き近衛騎士達も思考の中で頷いた。騎士である彼らにはすぐには考えが至らなかったが、理解すればレオンの判断に「それが良い」と心から思う。
全員察してくれたらしいことを表情で確かめたレオンは、受付で渡された商品表を改めて彼らに見えるようにかざした。オークション参加者にだけ当日配布される、商品リストだ。
レオンから翳され、ティアラも改めて自分の手元の商品リストを手に取った。レオンが来るまでは席から見える景色や舞台に目を向けていた為、すっかり商品リストの存在が頭から抜け落ちていた。
リストにはコンサートのように途中で休息時間も挟んだ前半後半に分けつつ、上から順番に出品名と出品者が記載されていた。
そこで、アネモネ王国の商品の順番を確かめる。貿易大手国として名高いアネモネ王国は出品数も多い。その中で、ティアラの目に留まったのは一番最後の商品記載だった。つまりは今回のオークション、一番の目玉商品だ。
「〝稀代の天才による特殊能力発明品〟……これを〝最先端小型武器〟と順番を交換してもらいました。本当は、〝天才刺繍職人の先行作品〟も前倒しにしたかったのですが」
すらりと伸びた白い指でレオンは、一番最後の列の次に前半の部で最後から二番目に位置する列を指し示した。どちらも自国アネモネ王国による出品だ。
本来、当日に商品のリストを変更することは難しい。出品者の都合や思惑、国の力関係による優先順位そして競売における客をとどまらせる為の試行錯誤で完成された順番だ。しかし、今回はどちらも出品者は同じアネモネ王国による商品の順番交換ということで、申し出を受けたスタッフも最終的には了承した。
今年のオークションで商品の品数、質ともに多大な貢献をしてくれた貿易大手国を相手に無碍にもできない。本来ならば目玉商品として最後の最後に残しておきたかった品だが、交換された品もまた特別ではある為、急遽変更を許した。幕が上がると共に、変更の知らせも進行役から伝えることも約束した。
自分の商品を一番最後にしろと無理を通そうとする出品者は少なくないが、まさかもともと目玉商品の枠に入っていた商品を位置交換したいなど言われるとは思わなかった。
それだけ演出に自信があるのかと思いつつ、アネモネ王国王子の申し出を飲み込んだ。
「アネモネ王国として、大事な同盟国に任された商品の大事な晴れ舞台だけは外せませんから」
そう、滑らかな笑みを広げるレオンの目にうっすらと妖艶な光が灯った。
いつもの妖艶さのように顔が火照るのとは違う、逆に背筋が冷たくなるのを至近距離で彼の笑みを受けたティアラは感じた。視界に入っていた近衛騎士達ですら覚える寒気は、殺気にも近いものだった。この場にいる誰かに向けてではない、自分達の足元で今ものうのうと国同士の祭典を穢そうとする人間たちに向けたものだ。
温厚な印象の強いレオンからの冷たい笑みに、ヴェストとローザは眉を下げた笑みで彼に返した。自分達もまた気持ちは同じである。自国でなくとも、この祭典を純粋に楽しめなくさせた相手というだけで不快に思うには充分だ。
今回のオークションに複数出品を決めたアネモネ王国だが、今回は全て自国の生産品ではなく異国からの輸入品である。自国の文化よりも、近年の自国による貿易力を掲げる狙いが強い。その中で自国が買い取っただけの品ではなく委託された商品は、フリージアからの品だけだった。
自国の取り扱う品も大事だが、任された品を計画通りに公開できないことはフリージアに対してだけでなくアネモネ王国にとっても多大な痛手である。しかも、〝万が一にも公開できない場合〟を考えれば順番の調整程度することはレオンにとって当然の判断だった。勿論一番に望むべくは、オークションを最後まで滞りなく終えることではある。……その根幹が、ミスミ王国と無関係であることが前提として。
「ローザ女王陛下、レオン第一王子殿下」
そう、各国の代表の名だけを並べて呼びかける人物に、最初に気付いたのは各人の護衛達だった。
陛下、レオン様。そう潜める声で護衛が呼びかけてすぐ、彼女達も振り返れば向こうからも呼びかけられた。同時に席に掛けていた全員が立ち上がり、歩み寄ってくる彼らへと向き直る。
にこやかな笑みで歩み寄る男女の背後にはずらりと参列者に許されている以上の護衛が続いている。人数以外は来賓と同条件の元、武器は所持していないがそれでも圧倒的な護衛の数だった。今回の催しにおける主催国の特権だ。
ミスミ王国の国王と王妃が自らの足で挨拶へ訪れてきたことに、レオンだけでなくヴェスト、そしてローザも最大の礼儀で感謝を示した。
同じ王族であろうとも、ミスミの最大権力者は目の前の国王であることは変わらない。貿易大手国と大国の代表者に、ミスミ王国の国王と王妃も同様に礼を尽くした挨拶を返した。互いに横柄に振舞うことはない、穏やかな謁見だ。
しかしこれから起きるであろうことに、護衛達は早くも緊張を走らせた。
視線は護衛対象と周囲に向けながら、いつミスミ王族の顔色が変わるかと思う。
今回の招待と招かれたことへの感謝、今後も互いに友好的にと社交的な会話が続く中、ローザの隣で口を結ぶヴェストの一歩後方ではティアラもにっこりとした笑みのままだった。誰一人、顔色に不穏をにおわせる者はいない。
女王による、核心が上げられるまでは。
「ところでホアキン国王陛下、開会前に少し……内密にお話したいことがあります。お時間宜しいでしょうか」
「?構いませんよ。他ならぬローザ女王陛下の申し出であれば」
何か問題でも、と。突然のローザからの申し出にも国王は僅かに眉を上げるだけだった。
王妃も共に聞いて欲しい旨を告げた上で、時間を取らせない証拠に立ち話のままその〝話〟は始まった。
女王から引き継ぎ、補佐であるヴェストが国王に向けて低い姿勢のまま潜めた声で語り出す。
王族による密な会話に、護衛達も命じるまでもなく一歩距離を置きながら今だけは護衛対象以上にその周辺へ目を光らせる。護衛対象である王族を守ることも当然ながら、今は彼らの会話を何者にも聞き耳を立てられないように注意を払う。
フリージアの騎士、アネモネの騎士、そして大勢連れられたミスミ王国騎士により人の壁も築かれた。
席へ向かうべく通りすがった来賓も、開幕を前に来賓へ給仕を行うスタッフも誰もが王族同士の会話どころか、護衛の影に隠れ姿すら見えなくなった。王族が一か所に固まることに、護衛も警戒の目を強める中で特に眼差しが鋭くなったのは女王付き近衛騎士ケネスだ。護衛同士の影で見えなくなるその先にまで、特殊能力による温度感知で潜んだ侵入者がいないかと注意を巡らせる。
ケネスの特殊能力を知らない他の護衛達には、まるでケネス一人が自分達にまで威嚇し睨みを効かせているようにも見えた。騎士らしいがっしりとした身体つきも重なり、同じ騎士という職務についている護衛ですら肩を揺らす者も出る。
しかし、その護衛達の中心でフリージアから話を聞かされた国王と王妃は、その誰よりも顔を蒼白とさせていった。
まさか、そのようなことはと、最初に口から放とうとする言葉が頭に浮かんだが、不用意に思ったことをすぐ口に出すような王ではない。
それでも、もうこの後に訪れる予定である王子達三人の紹介どころではなくなった。




