Ⅲ289.次期王妹は振る舞う。
「見てください母上っ。アネモネ王国とお隣です」
会場を済ませたティアラは、高鳴る胸と声を抑えながら母親である女王へ手で示す。
自分達が案内された席は来賓の中でも一番上等な席であると一目で理解した。更にその隣には、まだ空席ではあるが〝アネモネ王国〟という札が置かれた席が三つ並んでいる。
母親と仲良く肩を並べながら歩くティアラに、傍で控える叔父も目を光らせながらも音に出さず息を吐く。突然決まった代理での公の場にはしゃぎすぎないか心配も僅かながらあったティアラだが、今のところは王女らしく気品のある落ち着きを維持して振舞っている。やはりこういうところは式典と同じく第二王女らしいと見直した。
王妹としての学びにティアラが真剣に励んでいることは知っているが、むしろその影響で甥だけでなく姪と公務中に関わることが増えていたヴェストは、普段の彼女もよく目にしている。
年頃の女性らしい慎ましさはあっても、兄とじゃれたり喜んで声を跳ねさせる彼女は幼さも未だに垣間見える時があった。
ただでさえ、先ほどのことを思い返せばヴェストはやや眉間の皺ができてしまう。
娘の示す空席に、優雅な笑みで肯定を一言返したローザはそこでゆっくりと上等な椅子に腰かけた。
長時間寛げるように座り心地を重視された椅子は、自分の城で使う椅子とも遜色変わりない。フカフカとしたその椅子に、続いてヴェスト、そしてティアラも腰を下ろせばその背後には女王の近衛騎士がずらりと整列した。引き締まった表情で背後で手を組む騎士達に、ティアラはぴょこんと小さく振り返る。
母親の近衛騎士と行動をと共にするのは今回が初めてだが、姉の近衛騎士で騎士そのものは見慣れている。しかし、今の彼らを見るとやはり違和感があるなとこっそり思う。
上目に視線をくれるティアラに、騎士達も気づき目を向ける。するとすぐ彼女から、小首が傾げられた。
「皆さん、落ち着かないとかありませんか?大事なものなのですよね」
名だたる大商会すらも座れない特別な来賓だけが許される二階席。
上等な席として他の来賓とも一定の距離を空けられているにも関わらず、ティアラは細い声で尋ねた。その問いに、彼らもすぐに何を意味しているのかを理解する。ティアラに話しかけられ、わずかに顔が紅潮するノーマンの目は泳ぎ、ケネスは僅かに苦笑した。引き締めた表情を維持できたのはブライスだけだ。自分達の主君である女王ローザから許可を得ない限り、護衛中の自分達が安易に会話すべきではないと考える。女王の周囲への警戒の方に神経を使うことを意識した。
実際、護衛中にも関わらずまったく違和感がないと言えば嘘になるのは騎士達三人とも同じだ。
今、彼らは馬車から降りた時よりも物理的に身が軽かった。会場に入った途端、受付でスタッフによる歓迎と共に告げられたのだから。
『武器は全てお預かり致します』
紹介状一枚に付き同伴者二名と護衛三名までは可能。
許容人数内であれば問題ない。招待されている者が全員各国の王侯貴族や大商会の富裕層だ。彼らの身の安全の為に、少人数の護衛を同行させることは許されている。しかし、武器の所持はまた別だ。
選ばれた来賓だけの催しとはいえ、いつどこでどのような手を使い要人暗殺を企てる者が現れるかわからない。護衛という立場を偽って、来場する敵国の重役を暗殺する為に会場へ侵入を企てた例も過去にある。
来賓との諍いや事故、事件や疑いを防ぐ為にも武器は全て入口で預けることが義務付けられていた。フリージア王国に至れば、入国した検問と同様に特殊能力についての申告も行われる。もし万が一会場で問題が起これば、特殊能力によっては一番に疑われる立場が決定づけられる。当然、護衛である騎士達もまた今は剣も、銃も、武器と呼べる武器全てを預けた後だった。
護衛という立場の元で同席を許されてはいるが、その実彼らの手には武器と呼べる物は何もない。
普段は腰に剣を携帯している騎士が、今は何も武器を持っていない姿はティアラの目にはやはり見慣れない。
「一番落ち着かないのはお前の方ではないかティアラ。……全く、出発前に気付けたから良いものを」
「ヴェスト叔父様っ!」
かぁっ!と途端にティアラの顔が赤くなる。
独り言のような声で呟かれたヴェストの言葉に、くるんっ!と勢いよく振り返った。会場に入ったばかりでその話をするのは意地悪だと本気で思う。
宿を出る前「武器は持って行っても入口で取り上げられる」と告げられた事実に一番慌てたのがティアラだった。
護衛である騎士達は武器を所持するのが当然の立場だから良いが、王族のしかも王女としてティアラの所持数は決して護身用で納得できる数ではなかった。ただでさえ、足元では闇オークションが行われていると知らされていたティアラは合流前に気合を入れてドレスの下に仕込んできたのだから。
ティアラのことだから警戒して護身武器の一つは持ってきていてもおかしくはないと考えていたヴェストの念押しに、ティアラは心臓が飛び出そうになった。
結果急遽プライドの専属侍女の手を借り、一度部屋に籠ることになった。せっかく化粧以上に気合を入れたドレスの下の装備を全て外す為である。
一体どこに武器を隠していたのかと、ヴェストは頭を押さえながら先にローザと馬車の中で待つ羽目になった。まさか自分の姪が桁違いの数のナイフを会場に持ち込もうとしていたなど夢にも思わない。
しかしそんな事情を知らない叔父にさえ、今この場で指摘されることにティアラは顔が熱くなった。本音を言えば「だってあんな話を聞けば」と言いたくなるが万が一にも他者に聞かれることを鑑みれば口にはできない。
ぷくっと小さく頬を膨らませた途端、今度は母親には微笑まれ叔父には行儀が悪いと怒られる。無邪気に見えるティアラを前に、騎士達も表情筋に力を込める。彼ら騎士団ではティアラの所持している武器と腕前はもう有名だ。
「だって、同席させて頂くと決まったのも〝急〟でしたもの」
むぅ、と膨らます代わりにティアラは小さく唇を尖らせた。わかる者にだけ伝わるように言葉を選ぶ。
そもそも王女とあろう者が着替えに戻らなければならない場所に武器を持ち歩くなと、ヴェストは言いたいがそこは口を結んだ。それを置いても、確かにティアラの参列は急で準備の時間がなかったことは確かだと理解する。本来、自分達と共にオークションに出席するのはステイルの筈だった。
プライドと行動を共にする為にティアラに自分の代理を任せたい。と、ステイルからそう提案されたのがつい昨夜の話だ。
もともとオークションへの参加は決めていたフリージア王国だが、その時点ではステイルの参加は決まっていなかった。プライドのお忍び手段として、ステイルも参加が決まった。次期王妹として王配アルバートと共にいないといけないティアラは不参加の筈だった。
しかし、既にミスミ王国側へは同伴者二名を通達済み。当日になって変更しても空席は残る。ティアラがステイルの代わりにそこに座っていても、彼女の不参加すら知らない来賓に気付かれるわけもなかった。
もともとフリージア王国は、滞在していたラジヤの一角でも〝ずっと宿に籠り切り〟だったのだからどの王族の目撃情報も出回ってはいない。
昨日急に兄に打診を受けた時は驚いたティアラだったが、前日のプライドのことも気にかかっていた彼女には願ってもない申し出だった。
少しでも姉や兄の力になれるのならば協力したい。一緒に戦場へ向かうことはできずとも、兄の穴埋めをするくらいできる自信もちゃんとあった。ただ、それまで自分が参加する筈のなかった会場に明日参加するというには準備の時間は無に等しかった。今までも何度も参列したパーティーや式典ならばまだしも、形式も形態も全て異なる今まで経験したことのない催しだ。
むしろそれを思えば、今のティアラは上手くやっているとローザもそしてヴェストも思う。
少なからずはしゃいでいるところはあるが、王女としての落ち着きは見られる。ソファーの上で近衛騎士に話しかける様子にはぎこちなさの欠片もない。事前に武器を置いてきた後は、馬車を降りてから指定席に案内されるまで全く恥ずかしくない立ち振る舞いだった。すれ違い横切る他の来賓からも感嘆のため息を零され続けていた。
女王ローザの威厳もさることながら、やはりその傍を歩く第二王女は誰の目も奪う。妙齢の男性は初めて目にした王女に心を奪われた者も少なくない。更には、今や自国での将来的立場を得た彼女が、王妹として国外の表舞台に立たされたことは大きな意味も持つ。
つまりはフリージア王国が彼女を〝次期王妹〟として出せると認めたことになる。本来ならば時期尚早でもあったとヴェストは思う。しかし
『僕の代理としてティアラ以上の適任はいません』
そう強い眼差しで断言した王子に、疑いようもなかった。
妹に甘い部分もあるステイルだが、ティアラのことを実の両親よりも理解しているのもまた事実だ。次期摂政として期待も高い優秀な彼が推薦する人物は外交の場にもまた相応しい。
あくまで地下と表のオークションは別物としているが、それでも万が一の有事があろうと彼女は既に戦場も経験した王女であることも今回は強みの一つだった。
宰相であるジルベールからも翌朝に賛成が告げられ、王配の補佐を離れここにいる。今、こうしていても彼女の同伴に疑問を持つ様子の者は一人もいない。
返事をくれない叔父に、すとんとソファーへまっすぐ座りなおすティアラはそれでも表情は曇らせない。第二王女として、兄の代理として、次期王妹として指の先まで意識した振舞いで正面を向いた。騎士達からも返事がないことに、まだ彼らは発言の許可も得ていないと気付き、会話も自分からは諦める。姉の近衛騎士達も、当時はこちらから話しかけないとなかなか発言してくれなかった。
いつもは話し好きの母親も、騎士や外交の場ではヴェスト以上に口を開かない。
整った表情をぴくりとも動かさず、ただ静かに会場の舞台を見つめている姿は娘であるティアラの目にもまるで造形物のように見えた。緊張しているのか、落ち着いているのかすらも図れない。そう考えれば、むしろ自分の言葉に叱りでも相槌をくれるのは叔父の優しさなのだと思う。
護衛の騎士も母親すらも話してくれない中でずっと独りぼっちで会話するよりずっと嬉しい。兄と二人で視察などはあったが、こうやって自分ひとりぼっちというのはやはり寂しいなと思う。
だが、もうこの一人がいつまでも続くものではないと知っているから、胸も苦しくない。
背後に佇む騎士達もきっと女王から許可を得たところで自分とお話するのは困るのだろうと思い直し、表情に出さずとも反省した。
─ あーーーーーーティアラ様お暇してるじゃねぇか無視するのも胸が痛むわクッッソ。
─ 確かに違和感はありますが、たとえ武器を持たずとも護衛できるように騎士団で鍛えられておりますので。……と一言くらい言うべきだっただろうか。いやしかし陛下のご許可なく私語は。
─ 返事するべきじゃない返事するべきじゃない返事するべきじゃない今は護衛中で表情程度は返せても陛下のご許可無しに私語など許されないあくまで僕らは陛下の為の近衛騎士でありもちろんティアラ様とヴェスト摂政をお守りするのも当然の役目だがそれと護衛としての立場を忘れるのは別の話だし陛下もヴェスト摂政も会話させたいならば一言くらい僕らに許可を与える筈でそれまでは返事しないことが正解なのだから!!
まさか、ブライス、ケネス、ノーマン、近衛騎士三名の思考に投げられた会話の余韻がまだ残されているとは思いもせず。
─ ティアラと話したいティアラと話したいせっかくのティアラとのオークションというだけでもこんなに嬉しいのだから会話したいここの会場立派ねとか武器の持ち込みも一つ二つで目くじらたてる者もいませんよと言ってあげたかったのにヴェストばかり話せて羨ましいわ私も話したいのにプライドやステイルは順調かしらとかああでもそれは話しちゃいけないしプライドの話題もステイルの話題も出せないし城にいるアルバートとジルベールの話題も聞かれたら困るしそもそも外交で私は女王として振舞う以外できないから話せない絶対に気を抜けないああでもティアラと話したい馬車の中にも近衛騎士がいたしこんなところで私語したらヴェストに怒られてしまうしプライドとステイルは無事かしらああもう辛い辛い辛い!!
……最も心情がうるさいのが、人形のように表情一つ変えず、騎士に会話の許可を与える思考の余裕もなかった女王とは誰も知る由もなかった。
隣の空席だったアネモネ王国の代表者レオンが訪れるまで、通夜のような沈黙はその後も続いた。
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