Ⅲ288. 会場は騒然とする。
「フリージア王国だ」
そう厳かな場で来賓の多くが呟き、時には息を飲む。
荘厳な建造物の前で停められた馬車の扉が開かれる前から、気づいた誰も注目せずにはいられない。ひと際豪奢な馬車が開かれるよりも先に、前後に並ぶ馬車から現れた純白の団服の集団がその国の存在を主張した。
馬車から現れる王族を守り、迎える為に彼らが整列する間、誰も馬車の扉から会場までの道を横切らなかった。同様に馬車で偶然到着に居合わせた貴族や商会も、先に行こうとはせず馬車から降りたところで佇んだ。
これから会場へ入る前に、挨拶を交わすことも叶うかわからない王族を一目見ようと息を飲む。
ミスミ王国。大陸の様々な国との交易で利となる位置にいながらも規模としては小国に値する。
周辺国が侵略で国の名を失っていく中、中立で存続を続けた。中でも存続を許された大きな起因となるのが、定期的に行われる大陸規模の〝オークション〟である。
中立という旗を掲げ、奴隷産出国も奴隷否定国も関係なく開催したオークションは、ミスミ王国に莫大な利益を与え、国々間の立場をも確立させた。
侵略や国同士の戦が激しく行われる時代から、同盟や和平、敵対も関係なく異国の品を目にし、希少な文化や技術の粋をその手にすることも可能とするオークションは多くの王侯貴族を魅了した。競りや技術文化躍進公開の為だけではない、本来であれば関わり合いのできないような国と国との社交の場としても大陸中に重宝された。
あくまで中立という立場の為、奴隷の取り扱いは禁止されたオークション。しかしそれでも今まで一度で参列したことがない大国、その一つがフリージア王国だ。
過去には広大な領地と〝特殊能力者の国〟として恐れられ、同時に甚大な被害も受け続け、他国を嫌煙していた大国だが、近年は多くの国々と和平や同盟を結びその地位と評判を上げていた。〝同盟共同政策〟から始まり、自国に学校という大衆向けの教育機関の設立、ハナズオ連合王国との同盟、奴隷大国ラジヤ帝国への勝利と重ね、今では大陸でもっとも注目された国である。
そして近年同盟を結んだミスミ王国は、とうとう大国フリージア王国を中立の祭典へと招き入れることに成功した。
「まさかフリージア王国を招けたとは……!ついこの前ラジヤ帝国を下した国だぞ」
「静かにしろ!出てくるぞ……!」
そんな有名な国に、注目するのは招待された来賓だけではない。
オークションに招かれたのは国の王侯貴族や富裕層。だが、オークションへ参加する王族や貴族を一目でも目にしようと会場周辺には大勢の民が敷き詰まっていた。
城下街中が祭りの中、街の住民だけにとどまらず近隣国からの観光客や、招待はされずともこれを機会に王侯貴族と接触を図りたい上級層の人間も大勢集っていた。オークション自体の経済効果にとどまらず、観光客や上級層の人間が、祭りへ与える経済効果も計り知れない。
この一日の利益に、一年間の生活が懸かっている民も少なくない。
ミスミ王国の兵士達が整列し、一定距離以上近づかないように制する中で民も一目でも近くで、そしてはっきりと目に焼き付けたいと首を伸ばしつま先を立てる。特に今、豪奢な馬車の周りに純白の騎士達が整列すれば興奮も混じり息を抑え目を剥く。
屈強な騎士達ばかりが並ぶ中、一際威厳を見せる銀髪の騎士団長が馬車に歩み寄り、扉の横に立った。騎士団長の許可を得て、御者を担った騎士が馬車の扉を開く。
最初に降りてきたのは扉を開いたと同様の騎士だった。護衛の為同乗を許された騎士が一人、また一人と降りていく。騎士団長に礼をし、また扉の横に立つ彼らの後に今度こそ純白以外の衣装を身にまとう者が馬車を降りた。
間違いない、王族の風格を持つ男性に、理解した途端誰もが歓声を漏らす。国王か?違うフリージアは女王制だと、知らない民は彼を王とも間違える。
ヴェスト・ロイヤル・アイビー。現女王の義弟である、元第一王子。女王の右腕と名高い摂政の登場に、それだけで大勢が目を見張る。
「滞りないか」
「はっ。予定通りに進んでおります」
短く尋ねるヴェストに、騎士団長のロデリックも背筋を伸ばし頭を下げた。
女王を迎える為、一歩前で並ぶ摂政ヴェストはその返事で現状には満足しつつ視線は騎士団長にではなく馬車の扉へと向け続ける。
王配が城を守る間、女王を支え補佐するのが自分の役目だ。
ヴェストから間をほとんど開けず降りてきた足は、今度も女王のものではなかった。
しかしその人物が姿を現したことに今度は大きなどよめきや悲鳴も上がる。フリージア王国の参加自体を知っていたのはオークションの関係者を含めたごく一部の人間だけ。当然、馬車の中に誰がいるのかそれを知る者もいない。摂政が現れたということは間違いなく女王はいる、しかし女王でもないその人物を期待はしても確証を持っていた者などいなかった。
関係者すら把握していたのはあくまで招待者である〝ローザ女王〟とその同伴者二名という情報だけ。女王の補佐であり従者的役割もあるヴェストはともかく、もう一人が誰になるかは予想しかできるわけもない。
タン、タンと落ち着いたリズムで降りてくる細い足が、段差を降りやすいように小さくたくし上げられたドレスから見えた。
同時に現れた可憐な女性は、女王を彷彿とさせる輝きを見せながら男女問わず人々を魅了する。降りやすいようにと、段差の近くで手を差し伸べたのは最初に馬車から降りた騎士の一人だ。招待状一枚につき許された護衛三名のうち一人。その手を取って、彼女は陽だまりのような笑みを浮かべる。
「ありがとうございますケネス隊長っ」
いえ、と。真正面から笑顔を向けられてしまったケネスは口の中を噛みながら平静に努めた。
護衛として光栄にも馬車での同席を許された自分とブライスは、あくまで女王の近衛騎士。うっかり無自覚なティアラによる笑顔に見惚れている場合ではない。自分達が注目すべき御方はまだ馬車を降りていない。馬車の扉を開いたノーマンも引き締めている中、自分だけが顔色一つ浮かれるわけにはいかない。
段差を降り切り、叔父の横に並ぶティアラ第二王女の姿に、ミスミの民だけでなく噂に精通する王侯貴族も潜めた声で語り合う。
城から出ることを控えている第一王女ではないことは予想できたが、第一王子ではなく第二王女が現れたことは事情を知る者にほど衝撃だった。まだ王妹として公式に発表されて間もない彼女が、もう姉の代わりに女王とともに外交に出るほどにまで確立している。てっきり第一王女の片腕と名高い王子が現れると予想していた者が圧倒的に多い中、騒然とする者もいた。つまりはプライド第一王女に代わる、ステイル第一王子に相当する人間だと女王が判断したということでもあるのだから。
ただ王族を目にしたいだけの者は、この世の者とは思えない可憐な王女に女性も口を覆い男性は見惚れ、開いた口がふさがらない。
その可憐さと輝きに、第一王女かと勘違いする者も多い。更には、最後に降りてくる威厳溢れる女王を見れば余計にティアラこそが後継者に見えてくる。ティアラに劣らずとも輝く、金色の髪を揺らめかせるフリージア王国最高権力者だ。
しかしティアラと違い、現れた時には歓声よりも感嘆の声が重なった。近づき難い威厳が、女王自身が光り輝いているかのように錯覚させる。
周囲は瞼がなくなったかのように大きく見開き、並ぶ摂政や第二王女の注目全てがただ一人に集中する。
摂政により差し出された手を取り、ゆっくりと段差を降りるその足音まで拾えそうなほど数秒静まり返った。
地面に両方の足が下りた時、女王は自分を待っていた摂政と王女、そして護衛に向けてその薔薇のような唇を静かに笑ませた。騎士団長と摂政の顔色で、尋ねずとも全ては順調だと把握する。
「行きましょう」
女王のその言葉一つで、全てが動きだす。
ヴェストによるエスコートを受けながら、大勢の騎士達に守られる道を愛娘とともに歩き出す。まるでお披露目と言わんばかりに、女王の背後には近衛騎士二名が並び付く。御者を担った騎士のノーマンも扉を閉じ、馬車の移動を操縦席に残った御者に任せ後に続いた。
王族が会場へ入場するのを最後まで見届けてから、整列した騎士達へ騎士団長が指示を出す。
来賓として会場までの直通路を歩くことは許されずとも、流れるように許される場所まで王族と近衛騎士の後に続く騎士達と、警備の為に会場を囲む班とで分かれて動く。統率された動きの騎士達は、次の来賓による馬車が停まる時には綺麗に何も残さずその場を後にした。
まさかフリージア王国も何か出品するのか、いや競り落とす側だろうと様々な憶測が王族の耳がなくなったところで無数にささやかれる。会場の門を潜らない限り、全ての出品内容を知ることは招待客にもできない。
フリージア王族の入場を終えるまで最前列で控えていた他の来賓もはやる胸を押さえ、会場へと優雅な足取りを意識し歩んだ。フリージアの出品など、それこそ期待できるものが多すぎると目を輝かす者もいた。
しかし、入場後に得た出品表を見ればそこにフリージア王国の名はない。……ただし。
「……!?おい見ろ!アネモネ王国の出品が……!」
出品表を手にした招待客が思わず声を零した時、頃合いを見た新たな馬車が会場の前に留まった。
フリージア王国の参列に一度は大きくざわつき興奮をあらわにした人々は、その馬車を見てまた一度声を上げ息を飲んだ。今度は今回の参加が初めてではない、常連国だ。フリージア王国とは長年交流は持てなかったミスミ王国だが、海域貿易を得意とするアネモネ王国は願ってもない祭典として参列していた。
フリージアと海により守られてきた小国アネモネ王国が、貿易国として名を高めることができた要因の一つでもある。
ここ近年では特に、次期王位継承者による手腕により貿易最大手国と呼ばれるほどに大陸で重宝される存在となっている。
白の団服と打って変わり、大海原の色に染まった団服を翻す騎士達に守られ馬車が開かれる。
優雅な足取りで降りたその王族に、今度は甲高い悲鳴が庶民令嬢関係なく上がった。中世的な顔立ちをした王子のあまりの美しさに、女性かと錯覚する男性まで多くいる。
格式高い礼服でありながら、ゆとりのある四肢のデザインが彼の色香を引き立てた。王子が馬車から一歩、また一歩と姿を現す度に最前列に近い女性ほどフラついた。その横顔を見ただけで眩暈を覚える令嬢まで現れる。
これほどまでに美しい人間がいたのかと、湯だった顔で呆けてしまう。
黄色の甲高い悲鳴を上げる女性達の声も聞きなれたレオンは、護衛の騎士数名を連れて会場へと歩みだす。
集まってくれた民の熱量に一度はくるりと首を回したが、その後は進む先へ真っすぐに目を向けた。見回したその一瞬だけでも、正面の顔を見れてしまった女性は喉が避けるような悲鳴を上げた。
しかしレオンは滑らかな笑みを携えながら、そこに特別な熱を覚えない。集まってくれた民に感謝は覚えつつ、彼が求める熱を発するのは愛する自国の民だ。
本来ならば招待客の特権として同伴させる〝友人〟を一人釣れる筈だった彼は、護衛と共に単独で足を進めた。
先に入場しているだろう、フリージアの王族を追うようにその歩みに迷いはない。王族らしい社交的な笑みと礼儀は守りつつ、アネモネ王国での城下視察のように手を振る時間も今は惜しんだ。
大勢の民が集まってくれている、手を振ってくれている、喜んでくれている。一目見ようと集まってくれている民衆の中には、わざわざ足を運んでくれたアネモネ王国の民がいるかもしれない。それを頭では理解しながらも、今は笑みを維持することが唯一だった。
父親である国王に託されたオークションをアネモネ王国の代表として成功させ、国にとって幸いな結果を持ち帰る。そして盟友であるプライドが望む結果と無事を願う。
そして何よりも、今彼女達が人知れず潜入を行っているであろう闇オークション。そこに万が一にも自国の民が紛れていたら、自分達の足元でこれからどのような事態が考えられるかと様々な可能性に思考を巡らせ続けた。
「……これからだね」
ぼそりと、誰に向けてでもなく呟いたレオンは会場となる建物の中に入る一歩手前で一度立ち止まる。コンコンと靴先で床を叩き、また歩き出した。翡翠の眼差しを妖艶に光らせて。
地下とほぼ同時刻、地上のオークションもその開催がまた近づいた。




