Ⅲ286.配達人は呆れ、
「こっちの檻使うぞ!新商品だ!!」
ガチャン、ガチャンと足枷に繋がる鎖が音を立てる。
まだ施錠されていなかった空っぽの檻へ放り込み、直後には乱暴に閉じられ施錠がされる。乱暴に突き飛ばされるまでは良いが、やはり二人まとめての檻かと心の中で悪態を吐くヴァルは、自分達を連行した男の足音が遠のくのを聞いてから舌打ちを零した。
セドリック達とともに地下道を延々と歩かされ、やっと会場に到着したところで紹介状の提示が行われた。自分達はセドリック達の手を離れ、商品部屋だ。
セドリック達が前にした重厚な扉とは異なり、〝商品〟とされた自分達は招待客と同じ通路ではない。会場自体が地下であるにも関わらず、そこからさらに地下階段を下りた先でやっと奴隷用の檻へとたどり着いた。
手前に分厚い扉と見張りが立っていたことから、恐らくそこが無機物のオークション品の保管場所だろうとヴァルは察しもついた。
〝捕虜〟であれば宝物庫の近くに監禁されることはないが、自分達は商品である以上オークション準備の為に物でも人間でも同じような場所のようが搬入もしやすい。
自分達の押し込められた檻も、剥きだしの地面と鉄格子のシンプルな構造ではあったが、檻の中にも檻の外にも地上とつながっているのであろう通気口が複数あった。
大規模な闇オークションと銘打っているのだから、昨日の奴隷収容所のように鉄に囲まれている場合も想定していたヴァルは少し拍子抜けした。残る問題は、その通気口を壊さない手段だけだ。
方法はいくらでも思いつきはするが、適当に数打てばうっかり自分諸共全員を窒息させかねない。
そこまで考えて首をゴキリと鳴らしたヴァルは、適当な動作でその場に足を崩す。
落ち着き払ったヴァルの動作に、向かいに立っていたライアーも釣られるように腰を下ろすがこちらは当然落ち着かない。周囲に聞かれないように声を抑えつつ、鉄格子に背中を預け前のめりにヴァルへ顔を近づける。
「いやー……落ち着いてんなぁアンタ。俺様なんてもうドッキドキだぜ?ここに来るまでも面倒そうなこ強面連中ぞろぞろいたしよ」
「うるせぇ。テメェも腕には自信があるんじゃねぇのか」
「あ、待ってこっちに顔向けんな?今のアンタ、俺様の目には史上最高にキモいから」
チッ!と再び舌打ちを鳴らし視線をくれるヴァルに、ライアーは手枷の嵌められた手の平を向けながら大きく顔を逸らす。
ヴァルやセドリックと違い、フィリップの特殊能力を受けていないライアーにはヴァルの本来の姿はまだ見えない。もともと見たヴァルも実際は仮の姿だが、その時はよくある顔だった。しかし、今はステイル達が提案した容姿に誂えられているヴァルは全くの別人だ。
裏稼業の顔は見慣れているライアーだが、今のヴァルは荷車の中でも時々目に入っては無意識に二度見した。
ヴァル自身もどう変えられたかは知っているが、顔も別人になっている以上いくら気味悪くても所詮は被り物でもしているような感覚でどうとも思わない。
闇オークション関係者の中には権力者も想定できる為、ヴァルの配達人としての顔を知られて気づかれる可能性も鑑みての別人顔だ。しかし、同室に入れられたライアーに苦情を受ければ、文句なら自分ではなくこの設定を選んだ連中に言えと本気で思う。
「瞳の色が黒ならともかく、なんつーかこう……頭ぶっ飛んだ芸術家の失敗作みてぇな目玉。正直、今は目を合わせたくもねぇわ」
「眼球だけ抉り出した方が売れるだろうな」
大陸や地域によって偏りこそあれど、目の色には個人差がある。しかしあくまで瞳の色だけだ。
それを今、ライアーの視界ではヴァルの眼球の白目であるべき箇所が漆黒に、そして瞳の色が白に映っていた。
瞳の色が白色も、眼球が黒色も、まずどの大陸でもありえない。更には肌の色が際立つように白く、目の気味悪さと比べると人外にも見えてしまう。
ヴァルの冗談のような台詞に、ライアーは「よく言えるな」と顔をヒクつかせた。ここに通される前に、本当に男達がそういう器具を用意しようと声を掛けていたのを二人は聞いている。
「どうするよ?合図より前に売りに出されたら。人気商品ならさっさと連中も金に換えたがるんじゃねぇの?」
「アァ?逆に決まってんだろ。客へのリストにもねぇ目玉商品なら大概後回しだ」
悪戯に不安を煽ってみるライアーだが、ヴァルからすれば何をいってるのかと片眉を上げる。
オークションは、最後まで席に着かせる為に順番も考えられている。目玉商品や一目確かめたい商品は後に回される。元裏稼業のヴァルが知っているように、オークションという性質を知っているジルベールとステイルもそれを計算した上で、ヴァルとライアーをひとまとめで売りに出させた。
希少な伝説の存在とでも銘打てば、買う買わないにしろ一目本物か確かめたいと思う客は多い。だからこそ後ろに回される。ヴァルとひとまとめという指定で売りに出されるように仕組まれたライアーもまた同様だ。
「色が違うなんざで金払う連中の気がしれねぇがな」
「まぁまぁどこにでも収集家っていうのはいるもんだろうぜ。色なんざで賃金渋るどころか石投げるのもいんだろ。そういうもんよ現実」
はいはいと宥めるように早口で言い返すライアーに、ヴァルの眉がまたぴくりと動く。
ヴァル自身別段自分の背景を思って発言したつもりはないが、ライアーに言われたところでまさか自分の正体を知っているのかとも疑いたくなる。一度プラデストで顔を合わせたことはあるが、あの時は年齢とともに体格もいくらか異なっている。
しかしちらりと目を向けたライアーは大きく欠伸を零すだけだ。それ以上探ってくるような言葉もなく「あー暇」とぼやいては地面に手をついた。
何の気もなしに悪態を吐いたつもりのヴァルはそこで目を逸らす。改めてどいつもこいつも見掛けに振り回されるもんだと、組んだ足の上で頬杖を突こうとし、止めた。手枷と足が鎖で繋がれているせいで一定の動きがしにくい。
フィリップの特殊能力を受けてから檻に入れられるまで、すれ違い横切る度の視線に気付きはしても注目を浴びたというのに舌を打つほどの不快にならなかった理由に、今さら自覚する。もともと慣れきっていた視線だ。肌の色で白い目など子どもの頃に飽きている。
自分達が押し込められたのは入口から遠い奥の檻だが、入口に近い大きな檻には十は超える人数の奴隷が繋がれていた。
自分達も偽装の為にそれなりのボロを着ているが、自分達よりも年季の入ったボロを身にまとった奴隷達にもまた、さっきから奇異の目で見られていた。
この連中も全員助けないといけないのかとヴァルは思い出せば、早くも嫌気がさしてきた。自分をどう見ようと勝手だが、つくづく自分は奴隷に対して今も同情の欠片も抱かない。もとよりどうでも良い存在だ。
めんどくせぇ、と低い声で吐き捨てれば無意識だった分少し声が大きくなった。途端に、互い以外に聞かれたらまずいとライアーが咳払いを繰り返す。別大陸の人間である筈の奴隷がぺらぺらこっちの言葉を話せたらそれだけで怪しまれる。
ライアーのフォローにはすぐ気づいたヴァルも、意識的に口を結んだがそれでも不機嫌なのは変わらない。意外に気が付く方ではあると思って目を向ければ、ライアーの方から「おいこっち見んな??」とまた顔を背けられた。
「あ~……せめて目玉は置いても、美人さんのツラにして欲しかったぜ。売れるように顔整えてても野郎じゃ全く癒されねぇ……」
「この図体に女の顔だけ貼り付けられりゃあ興奮できるなんざ変態野郎だな。女見てぇなら檻の外黙って眺めてろ」
「いやそれとこれとはまた別で」
顎の先で鉄格子の向こうを指し示すヴァルに、ライアーはヘラリとした顔が若干ヒクついた。
平静を保てられる自信もライアーにはない。今も鉄格子に背中を向けて他の奴隷や檻は視界に入らないようにだけは細心の注意を払っていた。正直、薄目でも視界にとらえられてしまった瞬間吐き気がしたのが、今も密かに効いている。気分が悪いのも吐き気がするのも顔色が悪いのも全部実際はヴァルの姿の方ではなく、すぐ傍にある檻と奴隷の光景が原因だ。
いくら考えないようにしても、うっかりこれでまた能力が暴走して火の海にでもしたらジャンヌにもレイにも一生顔向けできなくなると過る度、冷たい汗が背中を冷やした。
檻に女性がいることも、ヴァルに言われれば見たい欲は当然ある。ただでさえ奴隷という布地の薄い服や、もしくは高く売れるように露出の高い衣装を着ている可能性もある。しかも容姿が美人の可能性は極めて高いと頭ではわかる。しかし、人間の入った檻が並ぶ光景は本気で今も駄目だった。
女性たちに同情的になるという意味ではない、ただただ胃液が逆流するという理由で目に入れたくなかった。
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」連載中です。
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