Ⅲ283.来襲侍女は窺い、
「どうかしましたかプライド。身支度に時間がかかったようですね」
いえ……、と母上に返しながら私は表情筋を意識する。そうしないと眉が痙攣してしまう。
ライアーからの協力を得た後も、ジルベール宰相とステイルの打ち合わせから騎士団長との作戦共有、そこから母上達に改めてのご許可を……と、一通り私も参加させてもらった。
やっと寝る前の身支度を済ませれば、とっくに日付も超えていた。とはいっても、ここまでは私が望んでのことだから文句なんて一つもない。今までも作戦会議で深夜遅くにまでなったことは何度もある。セドリックだって明日の準備のためにと、一度ステイルに瞬間移動してもらっていた。ただ、……本ッッ当にヴァルが。
身支度……つまりはマリー達に着替えを手伝ってもらう部屋にまで当然のように入ってこようとするから流石に驚いた。近衛騎士達も意表を突かれて目を丸くする中、私も「なに入ってこようとしてるんですか!!」と叫んだ途端。……それはもうご機嫌にニヤニヤと笑われて。
『どこまでも付き合えっつったのは主の方じゃなかったか?』
思えば、それまで会話に参加こそしないまでもどこまでも付き添ってくれた理由は私がお願いしたからだけでなく、命令のせいもある。そのせいで王族と騎士が嫌いな彼に母上達との謁見や騎士団との会議にも参加してもらってしまった。……ということで、多分その分のささやかながらの意趣返しもあったのだろうなと思う。
付き合えといってどこまでも付き合ってやったんだからと言わんばかりの報復を囁かれて、私も唇を絞って怒るに怒れなくなってしまった。「今日はここまでで結構ですありがとうございました!」と、早口で彼に言い返してやっと彼も自分の時間を取り戻せた。
いっそ私が昨夜のことを忘れて知らずに連れまわしている可能性も鑑みて怒っていた可能性もある。今日一日で一か月分くらいの面倒をみてもらった自覚がある。そして物凄く甘えてしまった。
昨夜の命令は本日限定だったし、明日まで彼に甘えてはいられない、と。そこまで思考が及んだのがついさっき着替えを終える直前だった。
そして今。よくよく考えれば私が身支度に入ったあの時点でもう日付は回ってたわよね?!と気づいたのがついさっきだ。
あの人、絶対わかった上でからかいに来た。気づいた瞬間に本人へ問いただしに行きたかったけれど、もう寝衣に着替えた後だからどうしようもなくなった。もしこの格好で突入したらそれこそ今度はヴァルからも見張りの騎士達からも私が夜這い扱いされてしまう。ただでさえ昨日もヴァルを深夜に呼びつけたことは見張り騎士に知られている。
「何もなかったのなら良いのです。今日も疲れたことでしょう」
「いいえ、母上こそお疲れ様です。深夜遅くまでご許可と、ヴェスト叔父様や騎士団長からの報告も対応してくださっていたことも存じております」
ありがとうございましたと、改めて礼をしつつ、そろりそろりと歩み寄る。
昨晩は私の我儘で部屋から追い出してしまった母上と、今夜は再び同室だ。母上から明日の作戦会議を理由にすごく歯に衣着せて今夜も別室が良いかしらと言われて、なんだか逆に「大丈夫です」と言う方が恥ずかしくなって身体が縮こまってしまった。
いっそ別室にしてしまった方がお互い気が楽だったかもしれないけれど、やっぱり昨日一人でと言い出してしまったことが後に残ってしまった。護衛という観点でもやっぱり母上と同室の方が安全安心なのは変わらない。
いっそティアラも呼んで三人でパジャマパーティーでも提案してしまおうかしらと一周回った暴挙まで考えてしまったくらいだ。今夜は体力温存が最優先なのに!
淑女の足取りを通り越して忍び足になりながら、自分のベッドに腰を下ろす。同じようにご自分のベッドに腰掛ける母上と向かい合いながら、背筋はぴっしり伸ばすのを意識した。
「件の、協力者にも無事了承を得られて良かったですね」
「!はい。依頼と報酬を含めてご許可いただきありがとうございました」
「良いのです。あの厳しいヴェストも反対しませんでしたから」
ヴェスト叔父様ありがとうございます……!!!
母上の言葉に改めて叔父様への感謝がこみ上げる。本当に、あの規則に厳しいヴェスト叔父様からもライアーの採用にあっさり許可を貰えたのは奇跡だった。ヴェスト叔父様、ライアーが元裏稼業の人間って知っているのに。
それでも、今回の依頼に頷いてくれたのは記憶を取り戻したライアーが今も問題を起こさずにいたからか。私と隷属の契約を結んでいるヴァルが、ライアーの仮にも面倒見かつ監視役を引き受けてくれているからか。どちらにしても、そこで「女王陛下が宜しければ」で何も言わないでくれたのは感謝しかない。それに母上も私とステイルの推薦であればと全面的に信用してくれた。
話しながらベッドの上で緊張が足先まで帯びる。……というか、母上の方もなんだかちょっと違和感が。いつもの優雅な笑みや言葉遣いで返してくれるけれど……いや、むしろ、だからこその違和感だろうか。
「そうそう、件の保護した奴隷被害者についても貴方が身支度している間に報告がありました。騎士団長が今夜にでも移送を決めたそうです」
「今夜……?!もう、今頃ということでしょうか……?」
これにはちょっと驚く。さっきステイルと一緒に騎士団長にお願いした時はそんな話なかったのに。いや、こちらもその話題を出さなかっただけか。騎士団長達にとってはいくら予知した民であっても、結局はあくまで他の奴隷被害者と同じことは変わらない。
母上の話によると、オスカーは今日までに保護された被害者達同様にこの国の医者からも診察を受けて深刻な症状はなしと判断されたらしい。
もちろん少なからずの体調不良や怪我はあるけれど、ベッドで絶対安静というわけでもない。本当なら騎士に護衛と保護を任せて数日この国で療養して体力も充分に回復させてから我が国へ移送、というのが多い。けれど、明日の闇オークション掃討依頼を受けて、被害者達の安全を最優先で考えた騎士団長が今夜にでも移送をと決めたらしい。
騎士隊を編成して明日の騒ぎが起こる前にラジヤから出た方が安全という判断に、私も英断と思う。今日の奴隷収容所に続き、明日も本格的に騎士団が動くことは間違いない。
逆恨みを受ける可能性も鑑みれば、人質になり得る被保護者は戦地から離れた方が良いに決まっている。夜に出発、というのは少し心配にはなったけれど、我が国の騎士が移送するのなら大丈夫だろう。オスカーの特殊能力についても伝えているし、騎士団長が適格な騎士選別をしてくれているに違いない。大丈夫、オスカーだって本人は良い子だもの。
「本当に、明日のミスミのオークションに大変な案件を重ねてしまって申し訳なくおもっています」
「何を言うのです、愛しき我が娘。省みるべきは貴方ではなく闇オークション関係者。……いえ、〝後悔すべきは〟と言う方が正しいかもしれませんね」
ギラリ、と母上の金色の眼光が光る。さっきまで優雅な笑みを浮かべてくれていた母上から急激に殺気まであふれ出してきた。こういうところ、やっぱり私達親子だなと自分で思う。
にっこり笑んだ母上からの殺気に、向けられているわけではないとわかりながらも身が竦む。だって顔は笑っているように見えても目が絶対零度だもの。
ゲームのラスボスプライドの眼差しに近いと思えるほどで、ヒィッと言いそうな悲鳴を飲み込んで胸を突き出すほど背中が反ってしまう。
本当に我が一族全員闇オークション大嫌いだから仕方がない!むしろ私よりも母上達の世代の方が実感を持って嫌悪している部分もあるかもしれない。
「は……母上は今まで闇オークションのような事件を処理されたことは?」
「ええ、ありますよ。国内では少ないですが、騎士の遠征により判明し処理されたという件も複数覚えがあります」
けれど騎士ではなく王族が発見したのは今回が初めてだと、少し苦笑気味に私を見つめ返す母上に少しどっきりする。
治安維持や任務遂行で遠征する騎士がそういう事件に遭遇して処理することは珍しくなくても、本来おとなしく警護される身である王族が発見立件だなんて確かに普通ではない。
私と違って母上は本来あるべき基本そのものの王族だ。
若干私の行動に問題視も含まれているからと口の中をこっそり噛む。
でも皮肉もなにもなく、そのまま話を続ける母上は私から視線をずらすと想起するように宙へとぼんやり浮かせた。どこか憂いを帯びるように、口元から笑みがかすかに沈んだ。
「もともと、我が国は奴隷国そのものと関わりを避けてきました。私の母、先代女王の時代までは遺恨も今の比ではありませんでした」
「そう……ですよね」




