そしてとどめる。
「ご質問は以上でよろしいでしょうか。策についても段取り説明は終えましたので、残すはご挨拶を。それで、こちらが用意した部屋でお休みになられます」
「……あーーはい。その前に最後にもう一つだけよろしいでしょーか。まだこの場の全員の名前も正体もわからねぇもんで」
どうせ全員は紹介してくれねぇんでしょ?と、せっかく掴んだ流れを綺麗に奪われてしまったライアーも、本当に談笑していたいわけではない。
ここがラジヤというのなら、外にも出たくないからもうあとは寝るしかやることもない。それならそれで、部屋を用意されたというのならさっさと籠って寝たい。
しかし、今目の前の優男が本当の依頼人の可能性も鑑みれば、もう一言くらいは値踏みをしておきたい。騎士団に協力し、騎士を動かすこともでき、しかもミスミの裏オークションへの参列に心配もないような立場の人間だ。しかも彼もどうみても騎士の関係者には見えない。自分を雇っているのが国なのか、騎士団なのか個人なのかもまだ疑わしい。
最後、と言ったライアーの問いにジルベールも止めずに笑んで返した。彼の問いそうな内容と、この後の展開も想像すれば早くもフッと音がこぼれた。
そんなジルベールの腹底も知らず、ライアーはへらりと笑う。
「俺様が信用できる根拠は?今のところジャンヌちゃん親戚騎士サマのご紹介ってこと以外、な~んも知らないもんで」
国規模の距離を移動できる特殊能力者に、王国騎士団が動く異国の闇オークション、そもそもジャンヌの紹介というだけで騎士事体はたいして信用もしていないライアーにとって、今のままでは騙されていることの不安は大きい。ジャンヌが騙されている可能性も鑑みる。
ヴァルにいくら近しいものを感じても、依頼人側から自分のお守りを命令されているのを見ても、ヴァルに見捨てられる可能性も嵌められる可能性もある。そもそも裏稼業時代も他人を信用してこなかった。
しかも自分の相場を知れば、本当に売り飛ばされる可能性も浮上する。もう報酬を前払いされても信用できなくなってきた。自分を捨て値で売った方が高いことは間違いない。
たとえ上級層であろうとも大金であることはライアーにもわかる。そもそも騎士以上に権力者も信じない。この場に明らかに騎士ではない人間がいる以上、余計に怪しさが増す。
ライアーからの問いかけに、すぐには返事はなかった。
ちらり、とステイルの目配せを始めとした全員からの意識が、ライアーにも悟られないようにたった一名へと移る。直接視線を向けずとも、視界の範囲に全員が収めた。
そして彼女もまた、頷きつつ覚悟は決まっていた。プライドの許可を得て、ステイルは水面のような声を鳴らす。
「……ご紹介しましょう。貴方への依頼人〝ジャンヌ・バーナース〟です」
「………………………………へ?」
何言ってんだ。と、ライアーの顎が再び外れる。
一瞬ジャンヌがどこかに隠れているか、それとも人質にでもされているかとまで過ったライアーだが、ステイルによるマナーに則った振舞いと礼で一人の女性へと視線が誘導された。しかし、それでもまだ何の冗談か含みかと思う。
部屋にいる時点からいた唯一の女性だ。当然ライアーの目にも留まってはいた。しかし、素朴な顔つきの女性はどうみても自分の知るジャンヌ本人には見えない。
ジャンヌとして紹介された女性は、いくらきちんとした格好をしていようとどちらかというと使用人の女性という方がしっくりくる身分の服装だ。騎士以外の男達のような上等な服ですらない。
だが女性本人は、否定することもなく気まずそうに肩を狭めながら一歩また一歩と控えめな足取りで前に出る。ヴァルと並び床に座るライアーも、口が中途半端に空いたまま彼女を見上げ続けた。
いくらなんでも偽物に仕立てるには年も髪も目の色も顔つきも全てが全て違い過ぎる。……しかし。
「ライアー、……今回は依頼を受けてくださり本当にありがとうございます。実は私、十四歳ではなくて……」
「いやいやいやいや声!!!ていうか怖っっl!!!!!」
丁寧に細めた声で言うプライドにゾワゾワゾワゾワゾワッッ!!と今日一番の怖気が走り抜ける。
声はいくらか大人に聞こえるが、しかしちゃんと聞けばジャンヌの声だ。他の女性ならばともかくジャンヌの声は嫌でも忘れない。
あまりの違和感と気味悪さも相まってライアーは声を上げたまま座ってられずに勢いよく立ち上がっては壁に背中をぶつけた。知り合った相手の顔や声などたいして覚える気もないライアーだが、女性は比較覚えている。そしてジャンヌは〝女性〟という枠に収まる以上に焼き付いていた。
背格好も体付きも、身長も顔も全てが違う女性からジャンヌを彷彿とする声が発せられるだけでも寒気を覚えるのに、しかも御本人として自己紹介される。十四ではないと言われれば、もう目の前の女性からそれ以上の言葉を聞きたくなくなった。
あまりにもドン引きするライアーに、プライドも思わず唇を閉じてしまう。
そんなに今の姿から聞こえるとおかしいほどに素朴女性に不釣り合いな怖い声をしてるのだろうかと、とうとう自分の容姿だけでなく声まで自信をなくしそうになる。
しかしここで信じてもらえないと話が終わらない。その為に自分は、レイへの説得と共にライアーへ自分が〝ジャンヌ〟であることを明かすことも全員に許してもらったのだから。
唇をきゅっと結んだまま、そろそろ小幅で歩み寄る。
背はあるとはいえ、自分よりは低い細身の女性相手に関わらずライアーは壁にべったり背中がつくほどに張り付き湿った喉を反らした。窓から逃げたいが、窓の向こうがラジヤと思えば出られない。奴隷市場も剥き出しで存在するような国だ。
突然顔色を変えたライアーに、最前席で眺めるヴァルも初めて愉快な笑みを向ける。ニヤニヤニヤと、プライドを化け物でも見るような目で見つめながら勝手に追い込まれるライアーも怯えられるプライドも面白くて仕方がない。
そしてとうとう「耳を」とプライドは彼の耳へとそっと口元も見えないように手を添え、囁いた。こそこそと、本人以外にしか聞こえない声で。
ごく一部の人間しか知り得ない、ライアーの極秘事項を。
サァァァァァァァーーーッ……と直後にライアーの血色が青くなる。
自分にとっては既に黒歴史とされている記憶が、本当は残っていることを出された時点で、喉が尋常ではない音を鳴らす。
更には続けてトーマスとしてレイと再会した時のあらましから、ファーナム家で仲良くするようにと約束したことも、次々とジャンヌの知ることが語られればもう疑いようがない。一つ一つならアランやエリックと騎士から聞いたのだろうと思えたが、それをまとめて、しかも話し方や口調の癖までジャンヌである。
途中からは鳥肌が立った腕で「わかったわかった信じた超信じた!」とジャンヌを自分から剥がし身体を逸らした。
「いやいやいや怖っ!マジで怖っ!!いや本当にジャンヌちゃんだとしたら騎士の親戚ってのはどうした?!てかなんっ……ジャンヌちゃん結局何者よ?!他に二人親戚もなんかいたろ!」
「親戚は嘘です。残りも僕がお答えしても構いませんが、知らない方が平和かもしれませんよ」
両手を伸ばした分ジャンヌから距離を取るライアーに、ステイルが少し笑いながら代わりに答える。
その親戚の一人こそが自分であることに気付かないのは仕方ないと思うが、面影が残ったまま姿も変え映していないアーサーにまで未だ気付いていないのは少し可笑しかった。ライアーにとって、男は眼中になく覚えていない。
ステイルからの助言に、ライアーは言葉で返すよりも先に自分の両耳を手で塞いだ。「いややっぱ無しで!」と叫び、安全に努める。
今回の仕事も法に反しない騎士団の手伝いだからもあって頷いたが、基本的にもう深淵に足を踏み入れたくはない。依頼内容は人助けの筈が、一気に人生一番のヤバイ仕事に思えてしまう。
あまりに予想以上に狼狽する様子のライアーにプライドも少し慌て出す。
「あっあの、ライアー。ですからっ、ちゃんと本当に貴方の身の安全は保証します。騎士団もヴァルも私が心から信頼する人達なので、改めて、どうか力を」
「いやもうやりますマジやりますから文句なんざ言いませんもうヤバイのでも運び屋でも始末でもなんっっでも御命令して良いからマジ頼むジャンヌちゃん俺様にこれ以上バラすな怖ぇえから!!レイちゃんにぺろっと口滑らせたらマジご近所ごと大炎上だぞ!!」
実際はプライドからの安全保障の訴えにも関わらず、耳を塞いだままのライアーには当然聞こえない。眉を垂らしたジャンヌが何かを訴えているのはわかる分、必死に口封じへ徹する。
その様子にアラン達も苦笑いが禁じ得ない中、ヴァル一人がとうとう指を差し爆笑し始めた。
ライアーからの叫びに、プライドが唇をまた絞る。目を大きく見開きながら繰り返し頷けば、そこでやっとライアーも塞いでいた耳を慎重におそるおそる離した。
「あ、あの……それで、他の人達についても紹介は……?」
「いやするな??頼むから。もう騎士サマだろうと裏稼業だろうと王族だろうとなんでも良いわ。あとジャンヌちゃん、やっぱ一つだけ頼む。……実年齢は?」
ハァァァ……と大きく二度深呼吸してからのライアーは、プライドへ首を振ってからそこで彼女を覗く。
知りたくないとは言ったが、そこだけは確認しなければと思った。いっそババアであってくれと思いつつ尋ねるライアーに、プライドも心臓を無意識に押さえる。さらりと彼の口から偶然とはいえ「王族」という言葉が出ただけでもバレたのではないかと心臓がドキリと危うく鳴った。更に歳となると、また正体がバレる気がしてしまう。
ちらりとステイルとジルベールに目配せし、小さく頷く。静かに呼吸を吸い上げ、そして嘘偽りなく答える。
「じゅ……十九歳、です……」
「…………ジャンヌちゃん。悪いことは言わねぇ、レイちゃんには一生隠してくれ」
惚れた女にフラれた上に、実際は姿も名前も別人の、歳上かつ二十手前の高嶺の花だったなど流石のレイでも不憫過ぎる。
彼女の背丈や体つきでいくらか覚悟はできていたライアーだが、現実を前に思わず彼女の肩へ手を置きかけた。しかしもう触れるのも色々恐ろしくなり、直前に引っ込める。
レイよりも年上の成人女性を前に、今この場にジャンヌの男がいる可能性を鑑みた。人の女にうっかり手を出して痛い目を見た数は知れないからこそ危機察知が働いた。
代わりに重みのある声が発せられ、プライドも背筋を伸ばし肯定を返すしかなかった。
無事、信頼と恐怖を胸に依頼を改めて受けたライアーは、丸い肩で用意された別室へとその場を後にした。
─ライアー、途中参戦決定。
「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~」 略して「バドいち」連載中です。
本日更新致しました!!!
第二章まで完結しました。
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