Ⅲ282.嘘吐き男は掴みかけ、
「ミスミのオークションつったら、王族も招かれるっていうとんでもねぇ催しだろ……?いやそんなんどうやって潜入すんの」
冗談だろ、と。本音は言いたくともそこまでは喉奥へとライアーはしまい込む。
世界情勢どころか自国の催しや祝祭もまともに把握していないライアーだが、それでもミスミのオークションは覚えがある。
フリージア王国に直接関係しなくとも裏稼業の組織で生きた間に、話題に上がったことは一度や二度ではない。金と宝物が行き交う祭典だ。
たった一つでも盗むことができれば一生金に困らない。異国である上に、来賓の為に一国の宮殿以上の警備が敷かれているともいわれるオークション会場など下々に生きる自分達は近づくこともできるわけがない。しかし、その期間は金持ちが集まるのだから会場に行かなくてももしかすると、と。一攫千金を夢見て一度は紛れ込みたい地の一つだ。
まさか裏稼業から足を洗った今になって、ミスミ王国に入ることになるとも、まさか噂のオークション会場に侵入することになるとも思わなったと、ライアーは背筋の湿った気持ち悪さを覚えながらも一人気づかれないように舌を巻く。
しかも、先ほど見せられた地図の表記を思い返せばその度に冷たいものまで足元から及び出す。〝ケルメシアナ〟と、その首都名は異国に興味のない自分も今は覚えている。
間違いなくこの案件がジャンヌ関連だという確信も強まった。
─ ジャンヌちゃんあの時確かに気にしてはいたけどよ……
「潜入自体は問題ありません。あくまで潜入するのは〝裏〟で行われる方のオークションですから。もちろん、貴方方が特殊能力者であることは伏せた上でねじ込みますのでご安心ください」
「あー、へぇ……。そう簡単にねじ込めるもんかねぇ本当」
むしろあの時にジャンヌがサーカス名を聞くだけでそれ以上情報源である自分をすぐに巻き込まなかった時点でおかしいと思うべきだったと。ステイルの話を適当半分で聞きながら振り返る。
お前もそう思うだろ?と自分にとっての安全地であるヴァルの肩を叩きながら、口に付いた自分の発言を遅れて考える。
ミスミのオークションではなくその裏とはいえ、話を聞く限り自分が見たことがない規模のオークションだ。正規のオークションでないとはいえ、相応の組織が関わっているのなら同様に秘密保持も警備も厳重だ。途中参加や飛び入り出品も簡単なものではない。騎士が関わるのであれば力ずくで突入することはできるだろうが、今回の仕事は潜入だ。
もともと招待をされているか、運営側に協力者がいない限りは難しい。まさかそのどちらかなのかともライアーは穿ったが、それを探りまではいれない。自分の役目はあくまで依頼だけで、依頼人の作戦成功までしっかり頭を働かせることではない。むしろ失敗して「入れませんでした」の結果でも良いかと思えてきていた。
喧嘩を売りたいわけではなく返答してくれた相手からも目を外し、ヴァルへと視点を置く。その間にジルベールがにっこりと怪しく笑んだことにも気づかない。
「ちなみに~俺様がもしドジ踏んでマジで売られちまったらその時は買い直してもらえたり??」
「第一に、貴方がそのようなことにならないよう最善を尽くします。が……もしそうなった時は」
「私が責任以って全額支払うとお約束しましょう」
「ッマジ?いくらぐらいになりますかね俺様!」
ステイルに続き、そこで自分から名乗り出たセドリックにライアーも眉が上がる。今さら会話に誰が参加しようとも気にしない。
太っ腹!と本気で喜んだかのように目を大きく開きながら声調を浮かす。こんな口約束をしたところで、本当に守られる保証などないと誰よりも理解しつつも笑って見せる。
態度を変え、親し気に自分を指で指し示しながら尋ねるライアーにステイルも少しだけ口元を笑ませた。
そのような事態にはならないことが大前提。奴隷被害に遭ったことがあるライアーと、そしてジャンヌを信用してライアーを自分達に委ねてくれたレイに二度と同じような断絶は自分も許さない。もしライアーがそのような状況になったとしても、金を払うつもりは当然ある。支払い形式が後か先かはわからないが、どちらにせよ〝全て殲滅すれば〟奴隷被害者や盗品同様に代金も全て取り戻せる。
ステイルが二秒口を飛ばしたところで、今までソファーで様子を伺っていたレオンが「そうだな」と静かに代弁を担った。
奴隷容認国であるアネモネ王国では、貿易相手から奴隷売買の誘いも珍しくない。過去にはラジヤ帝国からも奴隷を卸すか、逆に卸さないかという具体的な誘いも受けた。
「もし君が特殊能力者であることを明かし証明した上であれば、……今回君が提示されている依頼報酬額、ざっと五十倍でも足りないくらいかな。相当な使い手なのだろう?なら百も」
「?!待って俺様売りやがった商人どんだけ稼いだ?!!!!」
今頃大富豪?!!?と、レオンからの値踏みに悲鳴のような声が出る。今度は本気で瞼がなくなった。
自分が提示された報酬ですら大金だ。その五十倍を足りない頭で計算すれば、ライアーは今さらになって本気で腹が立ってくる。
特殊能力者が高く売れることも特上であれば一生遊んで暮らせると言われていたことも知っていたが、それが本当だったのだと理解した。少なくとも自分をラジヤ帝国に下ろした奴隷狩りも、ラジヤの商人に引き渡した仲介業者も、そして自分を商品として売り出したラジヤの商人も全員が自分の想定以上に稼いだのかと思うと腹立たしい。
奴隷の商品と売られる瞬間までの記憶はもう戻っているライアーは、奴隷狩りがいくらで自分を仲介業者に売りつけたかも目測だが確認している。それなりに大金だった気はしたが、絶対にそんな規模の額の金貨量ではなかったと断言できる。
自分を捕まえた奴隷狩りがそんなにもらってなかったぞとまで大声で主張すれば、プライドも口が変にヒクついて笑ってしまう。本人にとってはトラウマものの筈なのに、むしろ前のめりに自分から話題にしているライアーに耳を疑う。
あまりの騒ぎっぷりにさっきまで無視を決め込んでいたヴァルが苦々しい口のまま「商人にも特殊能力者ってご親切に明かしてんのかテメェは」と黙ってられず吐き捨てた。
いくら特殊能力者と捕まえても、それが証明されなければ偽物の可能性も含めて値段も下がる。中間業者も挟めば、安全に売れる代わりに手元に入る金額もまた下がる。
ただそれでも奴隷狩りが暫く遊んでいられるほどの額を手に入れたことは変わりない。
覚えがあるようにそこで一音を漏らすライアーに、ヴァルは本当に彼が元裏稼業なのか疑った。フリージア王国の裏稼業であれば人身売買に関わる機会の方が多いというのに、市場を知らなすぎる。単独か、組織であっても人身売買に関わらないような安い裏稼業組織にでもいたのだろうと小さく結論付けた。
ライアーに合わせたせいで脱線し始めた話を戻そうと、ステイルから「まぁ売られるようなことにはなりませんからご安心を」と話を切ろうとするがまだライアーの口は止まらない。
「いや待て待て俺様がそんな額ならコイツは?こっちのヴァルサマはおいくらよ??」
「アァ?!俺を巻き込むんじゃねぇ!テメェと比べりゃはした金だそれで満足だろ黙れ」
ガッ!!と肩に腕を回し引き寄せ指してくるライアーに、鬱陶しさが最高潮になったヴァルは腕を回すようにして引きはがす。
ライアーと違い、自分の奴隷市場価値も昔からある程度自覚している上に今は興味もない。値段で勝負したところで勝敗もどうでも良い。
ライアーを黙らせる為とはわかった上で、ヴァルの値踏みにレオンは思考の中だけで「どうかな」と呟いた。
ライアーと同じ条件であれば、ヴァルの特殊能力の方がむしろ価値は高いと思う。広範囲の地を揺らし、足元を操っての高速移動も可能と他にも応用力の高い能力だ。さらにはフリージアには珍しい褐色肌で、その特殊能力の有用性ならばライアーのさらに十倍はいくのではないかと考える。しかし、そんなことを言えばまた話が脱線する為、敢えて黙した。
そしてプライド達だけは、それがヴァルの謙虚でも計算違いでもないと知る。
彼の特殊能力はあくまで土壁でしかない。本来の土壁やドームも凄まじい能力だが、それでも単体であればやはりライアーの方が優秀で価値も高い。
少なくともここで値段談義をするくらいにはこの場に慣れてくれたのだろうと思うことにし、ライアーの騒々しさを飲み込み続けるステイル達に、ジルベールがとうとう動く。
バチンッッ!!
空気を割るような音は一瞬銃声と勘違いしそうな鋭さだった。
護衛に神経を張りつめていた騎士達だけでなく、本調子を掴んできたライアーも口を止め肩を揺らし振り返る。
ただ一回両手を叩いただけで、部屋にいる全員の注目を集めたジルベールは切れ長な目をライアーと合わせた。
彼がふざけているだけではないと思うが、比較的に肩の力も抜けたのならばこちらもそろそろ次の段階に移りたい。時間も有限で、これからステイルも自分も策の相談で忙しい身だ。
協力者の理解を得ることは大事だが、だからといっていつまでも客扱いするわけにもいかない。
ジルベールと目が合った途端、ライアーも無意識に喉を鳴らす。
部屋に訪れた時からにこやかで物腰も柔らかい姿しかない薄水色の男に、上等な服を着ていること以外警戒心も抱かなかったライアーだが、いま一瞬の目の細さにぞくりと寒気を覚えた。
手を叩く一回だけで、自分がせっかく得た流れと空気を断ち切ってしまう男に、もしかしたら本当の依頼人はこっちの男かとも考える。
明日は「バッドエンドから一年後~誰にも期待されない魔法使いの私が、伝説の精霊魔法使いに実力を認められ王子を救う~ 」も更新予定です。
よろしくお願いします。




