Ⅲ280.嘘吐き男はほぼ攫われる。
……いや~レイちゃんよく燃えなかったわ本当。
そう、家に背中を向けて歩くライアーは頭の中で思う。
目の前では勧誘役である騎士二名が進む中、中途半端な長さの髪を無意味に掻きあげそのまま手を添えた。家に置いていったレイがよく、付いてくると駄々をこねなかったものだと考えながらやはり最後に見せた顔を思い返すと悪かった気がしてしまう自分に困る。
ジャンヌが関わっている以上、もう自分に選択権はないも同然だがレイもレイで彼女には弱いこともライアーはわかっている。自分と生き別れた時から中身が変わっていないレイにとって、ジャンヌにあんな手紙を貰えば男として黙っていられるわけがない。炎を出さなかったということは、怒りよりも別の感情だったという証拠でもある。決してレイが以前より我慢強くなったわけではない。
報酬に目が眩んで任務に協力することを決めたライアーだが、レイは最後まで文句を垂れるだろうと思っていた。
それをよりにもよってジャンヌを出してきたところに、実は人相に反して腹が黒いんじゃねぇのかと親戚であるアランの背を見て思う。するとライアーの視線を感じ取り、アランもまた首だけを回しライアーへと振り返った。
「本当にすみません。もっと事前に依頼できれば良かったんですけど。レイはあれ、大丈夫ですか?」
「あ~はい。大丈夫です全然。ていうかむしろ当日で助かりました本当もう。あのツラで何日もむくれられる方が疲れますんで」
愛想笑いではない、自然体の笑みを向けるアランは裏稼業に目が肥えているライアーにもやはり腹黒の人間とはまだ思えない。添えた手で頭をポリポリ掻きながら目を逸らす。
アランとエリックの目にもレイの最後の表情は「大丈夫」と言えるものではなかったが、それを見るのが今だけで済んだのは助かったとライアーは本気で思う。たとえ一週間前でも一か月前でもずっと引きずりムクれ続けるのはレイだ。ジャンヌ関連の時はこっちはわりと気楽に眺められたが、自分のせいでずっとそんな顔をされたら途中で揺らいでしまう。ぐだぐだ天秤に揺れて悩むのはレイを手放すか悩んだ時期だけで一生こりごりだった。
どうせ一日で済む依頼なら猶予ぎりぎりまで寄り道も視野にいれていたライアーだが、あの顔のレイを思い出せば速攻で帰らなければならないなと今から思う。幸いにも侍女であるグレシルも、レイと仲が良いとは言わずとも面倒なレイを無視することに抵抗がない人種だ。レイの精神を逆撫でることはないだろうとライアーは今はそう考える。
「それで、どこまで行くんです?まさか城までとか」
「ああいえ、待ち合わせがあるので」
そこにしましょう、と。エリックは持参した時計を確認しつつ、ちょうど目についた路地を指した。レイ達の住んでいる住宅街自体人の行き交いは多くないが、やはり誰の目にもつかない場所が都合も良い。
待ち合わせという言葉は意外ではなかったが、エリックが指で示した先にはライアーもわずかに眉を動かした。これから合流する相手が人の目を警戒しないといけない相手なのかとまでは察しがつくが、人気のない場所を指定されるとどうにも裏稼業時代の癖が最初につく。標的を始末する時に使う手だ。
騎士であれば余計に、罪もない一般人を堂々とは斬れないと思うからこそ、このまま自分はうっかり殺されるんじゃないかと過る。ライアー自身、騎士のことはたいして信用していない。もともとは敵対関係だった相手だ。昔は遭遇しないようにしていた騎士に、今は自分が付いていっていることの方が妙な気分である。しかも今日が初めてではない。
物陰に入った途端ザシュッと。そんなことを思い浮かべつつ、気づかれないように足を遅めてしまう。しかし騎士ならまだしも、ジャンヌの知り合いである騎士だと何度も自分に言い聞かせる。アランもエリックもジャンヌとともに行動しているのを見たことがある騎士、そしてジャンヌからの手紙を持ってきたのだから本人であることも間違いない。…………と、思いつつもやはり口は緊張を誤魔化そうと勝手に回る。
「……あー。そういえばジャンヌちゃんは元気です?異国に移り住んだんでしたっけ。あとジャンヌちゃんの彼氏の~……?」
「フィリップとジャックですか?いやそりゃ元気ですよ。恋人ってわけじゃないですけど」
「あと異国ではなく山に帰った、ですね」
軽くカマを掛けてみたライアーに、アランもエリックも当然引っかかることなく言葉を返す。
まだ自分達に警戒と、少し疑いもあるのだろうと気付きつつ苦笑だけで指摘はしない。今日突然騎士が現れて依頼を突き付けたのだから、そうなるのも無理はないと思う。貧困街の住人が衛兵を装ったように、権威や立場がある人間に装って陥れる人間がいることも知っている。ただでさえフリージア王国では特殊能力も存在するのだから完璧な偽装をする者もいる。
ライアーの探り方に、質問内容はともかく口調は本当に自然だなとアランもエリックも小さく関心した。嘘や探りになれている人間だ。
路地へ先に入るアランとエリックに、ライアーも少し歩数を置いてから用心深くそのあとに続いた。二人とも壁によりかかることもなく足を止め佇んでいるが、無駄に自分の気を引くそぶりもない。挟み撃ちをするのなら一人は先導して、自分が続いたら後からももう一人が続くというのが定石だが、アランもエリックも並んで路地に入ったお陰でライアーにはまだ背後に逃走経路が残っている。
路地の先が行き止まりであることを知っているライアーは、後からくる人物が自分の背後から訪れるのだろうと壁に背をつけながらも一歩分以上路地の奥に入ろうとはしない。いつ誰か来ても挟み撃ちにならないよう逃げ道を作りやすい立ち位置を意識しつつ、視線をアランとエリックではなく逃げ道の方へと向けて口を動かす。
「どれくらいでお仕事場所には着きますかね。あいにくご主人サマに返却期限まで指定されちゃったもんで」
「往復に時間はかかりませんので安心してください。仕事さえ何事も無く終われば、約束の時間には戻ってこれます」
結構近い。と、ライアーは適当に返事をしながら頭の中で計算する。
もともと一日で帰ってこれる仕事だと聞いた時からある程度の場所は考えていた。人身売買ということは裏通りか、それとも国外か。自分が現役だった頃の市場がいくつ残っているかもわからない。トーマスになってからは世間から離れて生きることを選び、そして記憶を取り戻した後も別段世間の話に興味はない。少なくとも〝学校〟やファーナム兄弟の話を聞く限り、それなりに治安は良くなっているのだろうと見当づくが、まさかたった数年で自分の時代にあった裏稼業だけが知る奴隷市場綺麗さっぱり一掃されたわけもないだろうと考える。城下のどこかで沸いているのが発見されたなら、騎士団が目の色変えて掃討に動くのも納得いく。
そこまで考えてから、まだ五分もたっていないにも関わず未だ現れない待ち人にライアーは一度大きくため息を吐いた。
ここで待ちぼうけは構わないが、さっさとレイがいる場所から離れたい。どうせならもっと離れた場所で待ちたかった。今頃部屋に籠っているだろうと察しはつくが、うっかり見つかったら「まだいたのか!」とまた駄々をこねる姿が頭に浮かぶ。
溜息を吐くライアーに、アランとエリックは互いに顔を見合わせて眉を垂らして笑う。ライアーを送りだすレイもレイだったが、ライアーも全く気にしないわけではないのだなと理解する。どこぞの配達人と比べればわかりやすいくらいだ。
この仕事には乗り気になってくれたライアーだが、それとあの状態のレイを置いていくのは別物なのだろうと思う。そして
─ すっっげぇなぁ……プライド様。
─ いっそ不憫にすら思えてくる……。
そう、アランとエリックは言葉にはせず胸の内で呟き、思う。
無事ライアーの協力とレイの承諾を得た近衛騎士二名は改めて〝ジャンヌ・バーナーズ〟の恐ろしさを思い知らされていた。
ライアーを嫌々ながらも自分達に押し出したレイを思い出す度、まだチクチク針で刺される気分になる。横暴な振舞いのレイも目にしているからこそ、嫌がりながらも従った姿は印象的だった。そして彼を動かしたのは間違いない、ジャンヌからの手紙だ。
手紙の中身を読んではいないが、どういった内容かは知っている。ジルベールとステイルが考案した〝事情〟をもとにジャンヌとして書いた手紙は、どれほどの破壊力だったかそれは書いた本人の想像を遙かに超えるものだったのだろうと思う。アランに至っては、ジャンヌとの別れ際のレイの姿をよく覚えている。あれだけ最後には懐いてしまったレイが、ジャンヌから直筆の手紙など貰えば無碍できるわけがない。ジャンヌに良いところを見せたくてグレシルの面倒を買って出た青年だ。
今日だけでなくファーナム家での振舞いを知っているエリックも、誰にでも傍若無人に振舞っていたレイが嫌で嫌で仕方がなくてそれでもジャンヌからの頼みを断れなかった男心を思えば、そっと肩に手を置いてやりたい気持ちにすらなった。あの年代であれば特にだ。
『……レイに、……お願いの手紙を、書きます。……………………彼は私の、友人なので………』
そう消え入りそうな声で提案したプライドを思い出し、アランもエリックも半分口が笑ってしまう。
苦渋の決断とも呼べるほど、プライドもまたかなり苦し気だったと思う。手紙を書き終えた後も、どういった旨を書いたのか尋ねたステイルに「特別なことは何も」と前置いた上で「友人として誠心誠意お願いしました」と言われれば、聞いていた全員が既にレイへの勝利を確信した。
レイがジャンヌを異性として意識しているかは不明でも、親しい立場である女性から手紙で懇願されて断ることは難しい。少なくとも友愛か親愛かは置いて好意程度はあることをこれまで目にしたジャンヌへの態度だけでエリックとアランは察しがついている。ただでさえライアーの件で借りがある相手に、自分が逆に頼まれておいて断れるわけがない。自分がレイと同じ立場であれば、プライド王女ではなく〝ジャンヌ〟相手であってもは断れないと二人は思う。
そして、そのレイからの少なからずの好意をプライドもまた自覚しているからこそ、手紙を書くと言い出したのだろうとも。手紙を自分達に託してくれたプライドの指が肩ごとぷるぷる震えていたのをよく覚えている。
レイにとっては数少ない友人に自分が数えられているこを自覚するプライドにとって、その〝友人〟という立場を盾どころか矛にして頼むのは、あまりにも良心が痛んだ。
「お待たせ致しました。アラン隊長、エリック副隊長。ライアーさんもご一緒ですね」
うおッ?!と、突然の知らない声にライアーは思わず喉がひっくり返った。
それ以上は大声を上げないように手早くエリックが口を手で塞いだが、もうライアーも目を丸くするばかりでそれ以上言葉はでなかった。
今までいつどこから現れるか自分なりに想定していたライアーにとって、そのどこからでもない位置から現れた青年は衝撃だった。屋根から飛び降りてきたのかとも考えたが、あまりにも高低差があり過ぎる。着地の音すら気づけなかった。
にこやかに笑う正体不明の青年を前に、ライアーもべったりと壁に背中をつけた。何かの特殊能力かとまでは考えが及んだが、判断材料がなさすぎる。平然とその青年と会話をする騎士の様子に彼が待ち人だということはわかったが、騎士の装いでもない青年を前にまたこの仕事がきな臭くなってきた。「では行きましょうか」と声を潜める青年に、同じ声量でアランとエリックは応答した。
エリックに口をふさがれているライアーだが、本気で一回逃げようか考え直そうかと思う。
両手を頭の位置まで上げ、パラパラと左右に振りながらまずは自分に騒ぐ意思がないと訴える。エリックもそれを受け、口をふさぐ手を放したがそのままライアーの肩を掴むように手を置いた。別段騎士に触れられること自体はどうでも良いライアーはへらりと笑いながら「いや~驚いた」と合わせて潜めた声で青年に愛想を向けて見せる。にっこり笑った青年が、口を閉じたまま手を差し伸べてくればすんなりと握手を結んだ。同時にアランからも反対肩に手を置かれたが、それも今は気にしな
─い、のも束の間に、視界は切り替わる。
「お待たせしました。無事ライアーさんをお連れできました」
「……………………………………………………」
ぽかんと、嘘ではなく本気の表情でライアーの口が開いたまま固まった。
さっきまで路地にいた筈の景色が、瞬きほどの一瞬で上等な一室になっている。途端に静かに自分の両肩から騎士の手が引かれれば、うっかり足元からフラつきかけた。嫌な予感しかしない。ひとまずヘラリと笑顔を作りながら、現状を考える。
「良かった」とほっとした様子で笑う女性は気になったが、あまりに屈強な男達に囲まれた状況に背中が汗ばんでいった。いっそ明らかに裏稼業の人間がぎっしり集まっているか、アランやエリックのような騎士の団服に囲まれていれば諦めもついて適当に振舞えた。しかし、今目の前にいる面々の〝種類〟がまったく定まらない。
裏稼業のような目つきをしている男もいれば、素朴な女性もいる。気品高そうな優男が笑っていると思えば、屈強な騎士もいる。「あーどうも」と適当に挨拶しながらも誰に目を合わせればいいか、悩む。大概こういう時にはまとめる人間がふんぞり返っているものだが、それがどれかも人相だけでは見当がつかない。
「……えーー…………で、俺様にどうしろって話?」
そう、ひとまずジャンヌ関係者であるアランに振り返る。
人身売買組織、奴隷としての潜入、そして奴隷被害者救出とまではわかっていたライアーだが、まだ詳細も今ここがどこかも知らない。
……………………人身売買以上の恐怖的存在が目の前で胸を撫でおろしていることにも、まだ。
「失礼しました」とにこやかな声で挨拶を始める瞬間移動の青年を前に、ライアーは長年の経験で早くも危機を感じ取った。
ラス為アニメSeason2・第7話が<<本日>>放送です!
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