条件を提示し、
「つまりは再び裁判にかけられたくなければ協力しろと?」
「いえ、もし断られても裁判や処罰対象にはなりません。ご安心ください」
年下のレイだが、あくまで一般人として扱うエリックは自分に対して強い口調になったレイにも騎士として柔らかく笑みを含ませながら言葉を返した。
レイからの威嚇と不信感がじわじわ増しているのを肌で感じつつ、気づかないふりをする。まだ話はこれからだ。説明の順序立てもジルベールの指示通りに行ったエリックだが、やはり今のは脅迫と思われたと理解する。自分でも同じことを言われたら身構える。
自分達にこれを教授してくれたジルベールも、それをわかった上で指示をしたのだろうと思えば宰相であるジルベールを恐ろしく感じた。今この場にいないにも関わらず、この場を征しているのは間違いなく自分達騎士ではなくジルベールだ。
断っても報復はないことに、レイも無意識にそこで丸く息がこぼれた。ライアーも殆ど同時に胸を撫でおろす。ここで騎士との全面戦争も、レイとの逃亡生活もまっぴらである。ライアーも今はこの生活も気に入っていれば、もうレイを罪人にするわけにはいかない理由がいくつもある。美人な未亡人を息子のことで悲しませたくもない。
空気は僅かに和らいだことで、エリックも断れる状況を守った上で交渉を進める。もともと、三人の同居環境が議題に上がっていることもジルベールによる敢えての過剰表現。プライドからも本人達が固く拒んだら無理強いはしないで欲しいと頼まれている。
「任意の〝試験〟のようなものだと考えていただければ結構です。もしこの依頼を完遂すれば彼の保護観察を解除し、特例として彼をレイ・カレンとグレシル・コーツの〝後見人兼監督者〟として認めるのはどうかと。そう、今回の騎士団任務を知られたジルベール宰相から提案が上がりました」
王国騎士団への任務協力、そして奴隷被害者救出に貢献。一般の民として充分すぎる功績を立てた人物であれば、二人の監督者として任じられる。
現状までライアーに問題行動はなく、保護観察として紹介した職場も辞めたとはいえつまりは自立している。実際、奴隷被害者の中でも親族の元へ帰った者であれば保護観察期間も短縮される。
親族不明どころか記憶喪失だったトーマスの時は保護観察も必要と判断され期間も設定されたが、今は当時の彼と状況が違う。記憶も殆ど戻り、未成年者二名と共にカレン家の補助を受けつつ住居も持ち、生活の基盤を得ている。
あくまでライアーの裏稼業時代の前科が書類上存在していない今、功績という名の信用さえ得れば未成年者二名の監督責任者になることは難しくない。奴隷被害に遭っただけの一般の民という扱いだ。
そこまで聞いたライアーは、頭を指先で搔きながら首を大きく傾けた。「その監督ナントカになると具体的にどうしなきゃなんねぇんです?得あります??」とそもそもから疑問を投げる。法律も学んだレイと違い、ライアーにそういった難しい法や規則の知識は全くない。
つまりはレイとグレシルが更生するように監督し、二人についての定期的な報告に答える。賃金は発生しないが、三人で生活することが正式に国に認められる。そうライアーにもわかりやすくかみ砕いて説明したエリックだが、そこでちらりとアランと目を合わす。
ここで次の一手をもう一度言うべきかと確認すれば、頷くまでもなく今度はアランがはっきりと全員の印象に残る声で口を開いた。
「それに保護観察が解除されたら、もう一般の民として自由に過ごせますね」
あくまで法に則った行動ですけど、と大事なことも付け足すアランにライアーは半笑いで中途半端に伸びた髪を片手で掻き上げた。
あーそりゃありがたいと思いつつ、理解はしてもしっくりこない。レイとグレシルとの生活はこのまま続けれればと思うが、別段そこに名前が欲しいわけでも誰に認められたいとも思っていない。そもそもグレシルのことはジャンヌにレイが任され、そしてレイの面倒は頼まれずとも自分が一生見ると諦めている。
どうせ今も自分が見ておかないといけない二人である。保護観察で定期的に忘れた頃ひょっこり顔を出す監察官もライアーは別段煩わしいと思ったことはない。いっそ、いつか三人分揃って監察官も三人現れたら面白いとすら思ったこともある。つまりは、ライアーにとっては何も変わらない。今まで通りの生活をしていれば、保護観察であろうと何も不便も不自由もないのだから。
むしろ問題なしと判断されている今、どこの揉め事かはしらないが新たな恨みを買う方が面倒だった。しかも奴隷被害者と聞けば、自分は苦手な分野である。奴隷被害者に情が全く沸かないわけでもなく、そして奴隷市場という存在が吐くほど駄目だと自覚がある。
潜入というのならば奴隷の檻を眺める側ではなく入れられる側と思えば、やれなくもないとは思う。檻の内側の景色はもう経験済みだ。しかも今回は騎士団総出で奴隷救出となれば、自分の中で気休め程度は持てるようになるかもしれない。
だが、奴隷被害者だろうと何だろうと〝他人〟の為に危険な目に遭いたくはない。
自分が長生きする為には見捨てるか見切りをつけるのが一番の秘訣だと痛感している。もし自分の命と引き換えに、もしくはレイの命と引き換えに誰かを殺せと命じられたら、グレシルでもファーナム家でも自分は殺せるだろうとライアーは思う。それなのに、さらに顔も知らない他人の為にレイを放って危険な仕事はしたくない。もう今このままの生活で充分自分は間に合って
「報酬金も相応額支払われます」
「報酬金も相応額支払われます?????」
思わず、エリックの言葉を早口でそのまま繰り返した。
あまりの食いつきに、エリックの方が逆に少し驚く。さっきまではライアー本人からもあまり良い手ごたえを感じられなかったというのに、首を伸ばすどころか早足で自分に急接近までしてきた。
あまりの顔の近さまで接近してこられたことで僅かに背中を反らすエリックに、ライアーは「ちなみにどれくらい……?」と小声で尋ねた。すかさずレイから名前を呼ばれたが無視をする。それどころかレイには聞かれないようにと、尋ねながら自分の耳に手を添えエリックに傾けた。
間違いなく金額をレイに知られたくないという意思表示に、エリックも苦笑しながらもそれに応じた。声を抑えつつ、ジルベールから正式に許可を得た報酬金額をライアーに耳打ちすれば…………途端に彼の鼬色の目が輝いた。
きらりと、磨かれたばかりの窓のように煌めいた瞬間をアランも見逃さなかった。一般の民には到底短期間では手が届かない金額だ。レイの家から支援を受けているとはいえ、侍女としてグレシルも受け入れている彼らの生活は慎ましいくらいである。そんな中で大金をぶら下げられれば、一瞬でも夢を見るなという方が無理の話だった。
レイの想像通り、金の使い道まで考えたライアーはそこで新たな可能性まで希望を見出す。ハッと息を飲み、そして目の前のエリックに…………尋ねようとしてやめた。
人相から見て温厚だが真面目そうなエリックよりもこういう冗談も通じそうな雰囲気のアランへ首をぐるりと向け、また迫る。「ちょっ、ちょいと良いですか」とやや血走ったライアーの目に、アランは吹き出しそうになった。もう、ジルベールが予期した通りの質問を自分にしてくるのだろうとわかってしまった。鼻先まで近づかれても構わず、そのまま慣れ慣れしく肩に腕を回されたが気にしない。
こそこそとエリックに尋ねたのと同じ小声で囁くように尋ねられる。
「ちなみにたとえば~なんですけど??保護観察無くなるってことは、…………とか…………ても、別に???ねぇ??男なら普通に誰だって………」
「あ~まぁ問題はないですね。非合法店じゃなければ別段」
ッッしゃああア!!と、直後にライアーがガッツポーズをしたところで、アランも反らすどころか耳を押さえて飛びのいた。それほどにライアーの雄叫びが至近距離では耳にキンときた。
床を蹴ったアランがひと跳ねで大きく距離を取れば、ライアーは金額を提示したエリックの方へとまた迫る。真剣に見える眼差しを輝かせるライアーに、レイは次の一言を聞く前から不機嫌になる。値段に興味はないが、ライアーの裏稼業時代はよく知っているレイはもう想像できた。
やります。と、ライアーがエリックの手を両手で掴みながら鼻と鼻がぶつかる距離で宣言してしまった。




