Ⅲ279.騎士達は訪問し、
「入ってください。話はそれからでも遅くないでしょう」
そう、開口一番から不機嫌な声を浴びせられたアランとエリックは互いに苦笑のままフリージア王国にある民家へ足を踏み入れた。
時間帯も夜分であり、ステイルの瞬間移動により人目のない物陰から数十歩でレイの家に辿り着いたアラン達はさっそくレイの玄関へとノックを鳴らした。
時間帯とそしてお向かいであるファーナム家に気づかれないように大声で呼びかけることはしなかったアランだが、ノックだけでは三分待っても扉は開かれなかった。さらにノックを大きめに鳴らし、それでも返事がない。耳を澄ませば少なからず家の中から人の気配はした為、今度は更に大きめかつノックの回数も倍に増やせばやっと扉が開けられた。
眉間に皺を寄せながら扉を開けたレイの侍女もどきであるグレシルだったが、アランと目が合えば一度反射的に扉を閉めかけた。そしてアランも、ステイルとの約束の時間が限られている為、悪いとは思いながらも扉の隙間にすかさず手をいれ阻んだ。
阻まれたことと、うっかり騎士を相手に扉を閉じようとしてしまったこと両方にグレシルがヒッと短い悲鳴を上げたところでやっと奥から「どうした?」とライアーが出てきた。
そしてライアーもまた騎士二名の来訪にカチリと固まれば、とうとう家の主人であるレイも仮面を付けて玄関まで足を動かした。
騎士二名の来訪にそれぞれ嫌な覚えがありすぎる三人だったが「夜分にすみません」と「ジャンヌの親戚の」と、それを自己紹介につけられたところで半分近くの警戒心は解けた。少なくとも騎士として自分達の誰かを今さら捕まえにきたわけではないと思えれば、逃げる必要はなくなった。エリックの顔はあまり覚えていないが、アランの顔は記憶に留めていたレイもひとまず彼らを家に入れることだけは許可した。
門前でファーナム家に気取られたくないのはレイも同じである。騎士やジャンヌ関連であれば余計にだ。今にも双子が「あっ!」と大声をあげて門前で騒ぎ自分の家までズカズカ上がり込んでくることまで明確に想像できた。今日もファーナム家に上がり込み騒ぐこともしたレイだが、自分の家で同じことはされたくない。
家の中へ促されたアラン達もこれには幸いと、速やかに中へ進み入り扉に施錠までかけた。
侍女としての役割も果たさず身体を狭め上目に硬直するグレシルに構わず居間へと進むレイに続き、ライアーの方が「まぁどうぞどうぞ騎士様」と腰を低くして勧める。本音は今すぐ騎士に帰って欲しいが、それ以上に不興を買いたくない。
居間に入れば、以前にグレシルを紹介した時よりもいくらか整頓されている気がアランはした。扉を開けた時は固まっていただけのグレシルだが、意外と侍女らしく整頓もしてるのかなと考える。
が、事実は整頓事体をしているのはライアーである。
最低限の叩きをかける、箒をかける、床を拭く程度のことは週に三回ほど行うことになったグレシルだが、彼女もまたそもそも下級層の生活が馴染んでいる。掃除で汚れることも気にしなければ、逆に部屋が汚れていることも散らかっていることも気にならない。
常に出したら散らかしっぱなしにするレイとグレシルに、ライアーが一番片付けは行っていた。レイと自分だけの時は気にしなかったが、好みの女性が一緒に住んでいる今は自分が気になるようになった。
「それで、何の御用でしょうか」
騎士を相手に言葉を整えたレイは、口に反してドカリと音を立てて椅子に掛ける。
ライアーもグレシルも落ち着かずに立ちっぱなしのまま、アランとエリックもまた座ろうとは思わない。しかし茶を出させないどころか椅子も進めようとしないところは、相変わらず彼だなとアランもエリックも少し笑ってしまった。もう、話し出す前から交渉が難航する気配しか感じない。
これは最初からライアーとだけ話すこと自体も難しかったんじゃないかと、エリックは静かに思う。このレイの警戒ぶりでは、たとえ門前でライアーだけ指名して連れ出そうとしても不信に思われる。人が良いアーサーが「面倒くさい」と言っていたレイだが、確かに自分が会った時もライアーが帰ってこないという理由でわざわざファーナム家に乗り込んでいたと思う。
さっそく本題を投げかけられたことは都合もよかった二人だが、レイが自分に向けての話だと思い込んでいることに若干言いにくさを感じる。
互いに目を合わせ、アランから「いや~」と声を漏らしたところでエリックも共に視線を自分達の斜め後方に立っているライアーへと移した。その動きだけで察しの良いライアーもドキリと肩を揺らし、顔が引きつった。
「…………え、俺様??」
はい。と、揃ってアランとエリックが頷いたところでライアーからどっと滝のような汗が溢れだした。同時に、唯一椅子に寛いでいたレイまでも背中を浮かせ前のめる。
あと少しで立ち上がるまで行きそうだったところで、アランが「逮捕じゃないから」と両手の平を見せて宥めた。その間に、向き直ったエリックがライアーへと「突然のことで申し訳ありません」と改めて本題を話し始めた。
自分ではなく騎士の目当てがライアーに確定したことで、グレシルだけは絨毯の上へと半分寝転がるように腰を下ろし、転がっていたクッションを抱きしめた。
エリックの説明を聞くレイも、少なくともライアーの余罪についてではないことを確かめながら肘置きを掴み目を尖らせる。
騎士団での大型任務があり、囚われている被害者達を助ける為に奴隷役として潜入任務に協力して欲しい。目利きも多いと考えられる組織の為、できる限り自然に振舞える人材が欲しい。戦闘の可能性はあるが、ともに行動する〝専門職〟がライアーの安全を保障する。
その依頼内容に、いくつもの要素をでっちあげ構成した謀略家ジルベールによる〝事情〟は、疑り深いレイにも嘘だとは気づかれない。しかし唯一それでも気になる点に、エリックの説明途中にも構わずレイは口を挟んだ。
「何故ライアーなのでしょうか。他にも適任はいる筈です」
「彼の保護観察が関わっています」
…………流石ジルベール宰相、と。レイからの指摘に間髪入れず自然に返したエリックは、表情に出さないように留意しつつ心の中で唱えた。
ライアー達に協力依頼する為に、危険性もなるべく偽りにならない内容の言い換えだけでなくレイからそういう指摘もあることは想定されていた。いくらライアー〝だから〟できる任務でも、騎士〝には〟できない任務と理由づけても、それでもステイルから聞いたレイの性格上ライアー〝でないと〟いけない理由も突かれる可能性も大いにあると。そして読み通りだった。
ジルベールが用意した理由伝授を、エリックはそのまま自分の言葉でレイへ達と説明する。
まさか、配達人が騎士は嫌だと駄々をこねた結果〝ジャンヌ〟達の推薦でライアーになりましたなど言えるわけがない。
今は奴隷被害者として捕らえられた時の罪も猶予が付き保護観察下にあるでライアーだが、何か問題や事件を起こせば即逮捕の立場でもある。城が紹介した職場も一年経たずに円満とはいえ退職し、今は執行猶予付きのレイ・カレンと同居。さらにはグレシルという前科者も雇い入れている。
定期的な監察官訪問により現状問題も事件も起きてはいないことも確認されたが、それでも好ましい集団とはいいにくい。
……そういう意見も出ているのだと語るだけでも既に、レイの眉はピクピク動いた。「うわったしかに」と思ったライアーも途中からは自分の状況への心配よりも、レイがここでまた火を出すのではないかとそちらの方が心配になる。それこそ騎士への現行犯だ。
そろそろっと足音も立てずに玄関に近い位置から、レイの傍にまで移動する。ライアーが近づいたことで、自分の特殊能力を心配されたとわかったレイもひと睨みしてから少し落ち着いた。しかしそれでも今聞いた分だけでは〝理由〟ではなく脅迫だ。
まるで依頼を受けなければ、余罪で捕らえるぞとも聞こえなくもない言い分にレイはフンと鼻息を立て、足を組み直す。
まだ、彼らがジャンヌの関係者であることが、自分達へ脅迫にきた可能性は低いとレイ達の中で結論づけさせる。




