そして踏み込む。
「??何のこと…………!まさか貴方!兄様にまで余計なことを言ったんですか!!!」
すまない、すまないと。自分で墓穴を掘ったことに気づいたセドリックが今度は赤らめた顔で目を逸らした。
意味もなく視点の方にではなく映像のティアラに向けて手を掲げ自分の顔を隠してしまう。しかし視点となっている位置からはしっかりとティアラに真っ赤な顔も見えてしまった。
もうっ!!!と声を上げるティアラは今日一番大きな声になった。一体いつ、どんなことを言ったのか問い詰めたくなったが、内側から頬をぎゅっと噛んで堪える。今度こそ喧嘩せずに終わりたいと理性で抑えた。兄がどういう返答をしたかは想像できる。
「今日だって兄様達がきちんとお姉様をっ守ってくれているとちゃんと私は信じてます!父上のお手伝いだって、今日もちゃんと頑張りました!」
「あ……ああ、お前ならそうだろうとわかっている。すまない、俺は今日は同行できなかったが……」
「守るのは近衛騎士の方々がいるから良いんです!むしろ勝手に飛び出してたらすっごく怒ってましたっ」
セドリックの戦闘術は知っているつもりのティアラだが、彼にプライドの護衛までは期待していない。もっと違う形で力になってくれる人だと知っている。……が、それを口にできるほど素直にはまだなれない。
通信兵を呼ぶまでに身嗜みを専属侍女達に整えさせたにも関わらず、無意味に自分の髪を何度も手で撫で整える。胸の内なら言えるのに、と思いつつ小さく唇を尖らせてしまう。
そんなティアラの心も知らず、自分の力不足と同時にやはり女王の支持に従うことは正しかったのだと二つの意味でセドリックは息を吐く。そうか、と言葉を繋ぎながら彼女の顔を注視する。
「しかし今もお前達の力になる意思は変わらない。今日もレオン王子と物議を重ねたところだ」
「レオン王子とですか⁇」
「!もしやレオン王子と話したかったか。良ければ今から話せないか尋ねてくるが」
「!結構ですっ!!今は貴方とお話ししてるでしょう?!」
ばかっ!!と、その言葉が一文字だけでかかったところでティアラはハッと口を自分で覆った。結局怒ってしまったこともそうだが、うっかり本音が出かかってしまったことに一人大きく目を見開く。
レオンとも話したくないわけではない。ティアラにとっても親しい相手の一人だ。しかし、自分が今話したい相手はセドリックである。ここで自分がレオンとも話をと頷けば、絶対に彼はまた誤解すると確信した。複数の思惑が混ざり合い、つい強く口調で「貴方と話したい」という欲求が前に出てしまった。瞬きもできないまま、じわじわと顔に熱が上がっていくことに余計ティアラは焦り出す。
肩まで上がるティアラに、セドリックも「すまない」と謝罪しつつ少し頭を傾ける。自分がティアラに怒られることなどいつものことだ。
セドリックの顔色が変わらないことに、ティアラも慌てて誤魔化すべく小さな舌を回す。
「じるっ、ジルベー……ル宰相も!昨日は珍しく遅くまで父上と、お姉様やラジヤのことについてお話しをしていたようですっ……」
今夜はいつも通り帰れましたけれどっ……、とその後も吃りすぎて泡のような声の上に早口になってしまう。
パタパタと視点に入らない位置から自分を扇ぎながら笑ってみせるティアラは、セドリックの目からも珍しくぎこちなかった。今日はやはり怒られる時間がどれも短いなと絶対的記憶能力で算出までしてしまった。
昨日はティペットの件で、プライドを絶対的に守る護衛案と同時に彼女の予知した民の安全を確認できるまで捜索の手を緩めるべきではないとその対応策も含めてジルベールは王配のアルバートに説得と話し合いを重ねていた。今日も何事もなかったというわけではないが、予定通り騎士団も動き無事目的の人物の他にも二名フリージアの民を確保した。更にはヴェストからも領主からの対応共有を受けたところで、アルバートから昨日の分早く帰るように命じられた。マリアンヌも大事な時期だ。
「そうか。ジルベール宰相と王配殿下ならばさぞ意義のあるものだっただろう。……話が長くなったな。すまない、今夜は」
「!あっあの!今日は何を召し上がりましたかっ?」
忙しい中……と、時間を割いてくれたことの感謝を続けようとしたセドリックの言葉をティアラが上塗った。
目的も要件も終えた今、忙しい彼女の明日の為にも切り上げようとしたセドリックは二度瞬きを繰り返した。今までの会話と違い、全く脈絡がない話題だ。もしかしたらプライド達が帰ってくるまでこのまま会話を引き延ばしておきたいのかと考える。プライドの身を心配するティアラらしい発想だ。
しかし食事と言われても、今日はずっと宿に待機した為に食事もそうセドリックにとってもの珍しいものではない。朝食から夕食まで、一つも漏らさず正確に料理名から付け合わせまでメニューを答えたセドリックだが、彼女が本気で夕食を知りたいわけではないことは理解する。「しかし」と最後に言葉を切り、もう少し的確な話題に転じる。
「昨日までならば市場で物珍しいものも食べたが」
「!詳しく、そちらをお聞きしたいですっ。市場のそういうお話しとか、まだ誰からも聞いていないので……!」
きらっと金色の瞳を煌めかせたティアラに、うっかりセドリックは心臓が高鳴った。
嬉しそうな表情をこんなに真っ直ぐ見れるとは、と改めてフリージア王国の特殊能力の凄まじさを知る。ぷすぷすと顔に熱が入る中、プライド達の生活が知りたいのだろうと必死に思考に水をかける。しかしそれでもあまりに可愛い過ぎた。
支配下国とはいえ、あくまで属州である為にラジヤ帝国としての食文化が深く残っていた。時には支配下前からの伝統料理もと話すセドリックに、ティアラもにこにことなる。いつもこんな風に普通に話せれば良いのにと両手で頬杖をつきながら何度も思う。
話せば話すほど彼女の顔が綻んでいることを眺め続けたセドリックも、そこでふと自身の顔も緩んだ。瞳の焔が柔らかく揺れれば、表情の変化に気付いたティアラもぱちりと瞬きする。
「どうなさったのですか?」と尋ねるティアラに、セドリックも力が抜けたまま口を開いた。
「……安心した。顔色も良いことを確認できただけで、ヴェスト摂政殿下に通信兵の許可を頂いた甲斐があったが……こうしてお前の笑顔まで見れるとは」
ぴっ!と途端にティアラの背筋が伸びる。
みるみる内に血色が良いどころか真っ赤に染まっていくティアラは、目を丸くしたまま今更ながら考える。今夜どうして彼が自分との通信の特殊能力での会話を望んでくれたのか。プライドの状況について聞きたいのかとも考えた。しかし、セドリックが自分をどう思ってくれているかも自覚している。昨日の今日で、と思えば当然の結論だった。
言葉にするまで、膝の上で何度も指を組み直してしまう。やっぱり、の言葉を飲み込んで映像のセドリックを上目に覗く。
「……私を、心配して下さったのですか?その、……お姉様のことで落ち込んでいると思って……」
「すまない。決してお前を侮っていたわけではない。先の言葉も本心だ。ただ、……鬱憤や不安をぶつけるならば俺が適任かと思った」
ティアラに見透かされていたことに羞らいを覚えつつ、余計なお世話だったことを反省する。
しかしセドリックにとっては重要なことでもあった。常に次期王妹として気を張り、今は頼れる姉も兄もいない。その上、プライドに一大事があったまま遠く離れた地にいる。昨日もプライドに甘えるどころか、逆に彼女を支え励ましたのであろうティアラの心身が気になって仕方がなかった。
自分にティアラを元気付けられるなどとは思っていない。ただただ彼女の様子と、そしてせめて自分が彼女の捌け口になれればと思った。心優しく周囲に気を配るティアラが、良くも悪くも己自身には遠慮もしないとセドリックは知っている。
セドリックなりに自分ができることを考えた結果だ。
しかし彼女は自分が理解していた以上に強かった。結果としては自分の方が一方的に安堵と癒しを得ただけだったと思うセドリックに、……ティアラの頬は膨らんだ。
「?どうしたティアラ」
ぷくぅぅぅっ、と。頬袋でもあるかのように膨らますティアラは愛らしいと思いつつ、彼女の機嫌を傾けてしまったらしいことはセドリックもわかった。
どこか発言に、傲りが見え透けていたのだろうかと自分の発言を一字一句違えず振り返る彼に、ティアラは頬の膨らみを無くした後もきつく一度唇を結んだ。
「……貴方はそうやって、また私を泣かせるのですね」
なっ?!と、今度はセドリックから大きな声が上がる。
そこまで彼女を傷付けてしまったのかと焦燥するのも束の間に、別の言葉も脳裏に浮かぶ。いや、まさか、と自分の都合が良いように判断しようとしてるのかとも思ったが、今も目の前で瞳を本当に潤ませかける彼女は傷付いているようには見えない。頬を染めながらのそれは、むしろ愛らしい。
ごくりと喉を太く鳴らしてしまってから、しかし今こそ尋ねる機会だと意を決する。
「あの、……花言葉か……?」
「………………………」
否定もできず、恥ずかしくて肯定もできない。また頬を膨らませそうになり下唇を噛んでしまう。
ただぴくりと彼女の華奢な肩が揺れるのはセドリックも捉えた。やはりかと、言葉には出さずに確信する。今年のアーサーの誕生日を前に、ティアラが花を摘んでいた時だ。
ティアラも、彼があの後に調べてくれたのだろうことは想像できていた。今もそれを確かめる為にわざと言ってみてしまったところがある。あれからセドリックに強く追求されず、自分も言えないままだった。言及されたくないような、明らかにして欲しいような気持ちが鬩ぎ合い何もできなかった。そして、今も。
「ティアラ、あの花言葉の本意についてなのだが」
「ッお話しできて嬉しかったのは貴方だけじゃありませんから!お姉様と兄様達にもよろしくお願いします!宿でうっかり摘み食いしちゃ駄目ですよ!」
おやすみなさい!!と突如として捲し立てた。
う、あ……と。突然雷撃のように発するティアラに遮られたまま相槌もまともにできないセドリックは、そのまま置いていかれる。最後の挨拶と同時に席から立ったティアラが立ち去り消えたと思えば廊下の方向から「映像を切ってくださいっ!」と声がはっきり拾えた。直後には、自分は何を言うまでもなく、ティアラの映像がぷつりと消えてしまう。
聞き損ねたことに映像のあった方向を前にセドリックは頭を抱え背中を丸め項垂れ、……急速に赤面し沸騰する。
神子の記憶力が、ティアラの捲し立てた言葉を鮮明に再生する。過去の無礼である摘み食いを指摘されたことにも頭が燃えたが、今はそれに合わせて彼女の言葉が繰り返し頭の中で鮮明に繰り返され、その度に噛み締める。
─ ティアラも、俺との話を喜んでくれたということか……?
貴方だけじゃありません、貴方だけじゃありませんと。その言葉が巡っては死ぬほどに鼓動が速くなる。
セドリックは知らない。映像を繋げたいと打診を受けてからティアラがこの時をどれほど心待ちにしていたか。休息時間ではその後公務に戻る自分が平静を保てている自信がないから公務後の夜に時間指定をしたことも。プライドのことが心配で堪らなかった中で、今夜の通信を楽しみに頑張れたことも。セドリックとの会話一つひとつが惜しくて、一分一秒でも長引かせたくて途中からはそれに必死になってしまったことも、何も。
ティアラの乙女心に、一つも気づけなかった。
しかし、今彼女がくれた言葉を無碍にするほどは愚かでもない。
言葉にできず、記憶の代わりにこれが夢ではないことを確かめる。顔を覆い、俯きながら赤面の熱を手のひらで冷やす。ぷすぷすと顔から煙が出ている気さえする。一人椅子の上で顔を覆い熱が引くのを時間が解決してくれるのを待ち続けた。
そんな彼が、こちらからの映像をまだ切っていなかったことに気付くのは、プライド達の帰還を報告してくれた通信兵がノックを鳴らしてからだった。
気づけばティアラの映像が切れてから七十八分もずっと、無様に視点の前で悶絶し続けたところをティアラに見られていた可能性に、セドリックは暫く動けなかった。




